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2001年09月13日
会津と台風と風と貿易センタービル
9月9日は会津のツーリングトライアルだった。
その昔、会津リゾートツーリングトライアルというのが開催されていたけど、新しい主催者が、リゾートの実行部隊の協力を得て開催を実現させたもの。
東京からもそこそこに近いし、コースも楽しかった。セクションも、御薬園と鶴ヶ城のふたつのクラスに別れていて、どちらもそこそこに楽しかった。お勧めの大会が、また生まれました。

当日は台風15号接近なんていわれていてお天気が心配だったけど、降ったりやんだりで、結局1日中悪くないコンディションでトライアルができた。日本のあちこちはたいへんだったみたいだけど、こんなときに遊ばせてもらって、申しわけないなぁ。
と、そんなこんなで自然山通信10月号の準備などしていたら、ニューヨークがとんでもないことになっている。
目先の心配としては、1週間後にフランスに行く飛行機はだいじょうぶなのか。いや、トライアル・デ・ナシオンは、そもそもちゃんと開催されるのだろうか?
もうちょっとまわりを見渡してみると、なんだかやばい雰囲気だなぁ。ブッシュさんは戦争が好きみたいだから、世界中がたいへんなことにならなければいいけどなぁと、ちょっとトライアルどころではない今日このごろ。
投稿者 nishimaki : 23:13
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2001年09月03日
2002年型スコルバとバイカーズステーション
コマ図ラリーの帰り道、韮崎のアルプスヴァンに寄って、新型のスコルパを見せていただく。ちょっと見には、去年型とまったく変わっていないけど、外国製トライアルマシンって、細かいところを少しずつじょうずに改良していく。スコルパに限らず、どこのメーカーのものでも感心する。
試乗もする予定だったけど、ニシマキにマシンの挙動がわかるわけもないので、「去年型の方がちょっとのったらパワーがあった」という秋山さんと「去年型よりパワフルな感じがする」というニシマキと、全く別の印象を確認したところで駐車場を2周しただけの試乗も終了。

実は、ニシマキはこの2002年型スコルパを予約しているのでした。
ということで、ここで突然の売りたし。
2000年シェルコ2.5
走行不明。1999年四十雀から走りはじめました。
割れたリヤフェンダー1枚と、保安部品つきリヤフェンダー1枚つき。
シェルコの工場から暗黙の了解のうちにかっぱらってきた2.9関係のステッカーもさしあげます。
整備はまめではありませんが、半年に1回くらい成田さんにごきげんをとってもらっています。フロントのベアリングはこの前交換してもらって、その前の時に(KGTへ行く前)リンクをグリスアップしてもらったはず。
フレーム左側に数ヶ所えくぼつき。フレームの曲がりは、成田さんに矯正してもらいましたが、えくぼだけは残っています。
タイヤはフロントは1本め、リヤは平谷へ行く前に交換しました。
さていくらでしょう。35万円くらいはほしいなぁ。40万円以上はもらえないなぁというのがニシマキ的査定ですが、いかがでしょう?
今はまだスコルパが来ていないので、即納はできません。
さて日記の続き。
秋山さんところから家へ寄ってセローとシェルコを積み替えて、バイカーズステーション編集部へ。伊藤家の入門講座を、編集部の室内でやってみせるというお約束だったのでした。

伊藤敦志先生によると、滑りやすいタイルは練習には絶好ということだったけれど、練習の初期段階ではいいけど、少しできるようになったら、やっぱり土の上のほうがぴたりとスタンディングが決まって気持ちがいい。でも、編集部のみんなが、ほとんど全員トライアルバイクとスタンディング練習に興味をもってくれたのが、出張講師としては大収穫でした。もしかしたら、来月号のバイカーズステーションに載るかな?
投稿者 nishimaki : 23:16
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2001年09月02日
コマ図ツーリング
ふと気がつくと、この週末は予定がなかった。そう思っていたら、某所でおこなわれるコマ図ツーリングに誘われた。悪い言い方をすれば、無許可で山を走り回る闇ラリー。だけど、乱暴に走り回ってはあっという間に走る場所を失うから、彼らもそれなりに礼儀を尽くしている。そんなのを含めて興味があったから、ほいほいとでかけた。
しかしぼくのマシンは、ロシアから持って帰ってきたままなにもしていないセロー。ブレーキレバーは折れて半分しかないし、クラッチレバーはぐにゃりと曲がっている。リヤホイールのスポークは2本折れていて、なによりドライブチェーンはロシアで切れてしまって、ロシアの力持ちニコライさんが力づくで1駒つめたやつで、いつ切れるかわかんない。しかもこんなチェーンで走っていたものだから、ミシュランラジアルの真中のブロックは、リンクとこすれてほとんど残っていないという代物。コマ図ホルダーにはロシアンラリーの最終日のものが入っているし、燃料タンクは、ロシアで入れたまんま。壊れないで走れたら勲章ものだ。
でまぁ、結論としては、とっても楽しかった。参加者のみんなはtmとかガスガスとかKTMとかで、難所ではその都度うれし苦しむ情況となるんだけど、こちらはなんでもない。腐ってもセロー、山がなくてもミシュランラジアル。
地元との関係も、軒先を通るときには礼儀を尽くして頭を下げてと、きちんとよくやっている。開催も年1回で、参加者たちはそれ以外にこの場所に走りにきたりしないお約束。なにより参加も一見さんはお断り。誰かの紹介がなければ参加できないというシステムが、遊び場所の環境維持を支えているんじゃないかという気がする。

集合は土曜日の朝、1日中250キロほど走って、日曜日は60キロほど走ってゴール。
ニシマキ的には、土曜日はこのラリーのコマ図のくせに悩んだりして、ミスコースしたりミシュランのフロントのグリップを急になくしたり(ある程度のスピードになったときのサイド部分のグリップって、見るからになさそうだものね)して2度ばかり転んで、少々くやしかったけど、日曜日はみんなと遊べて、楽しかったのだった。
ちょうどトライアルバイクが1台あったので、終わってから伊藤家のトライアル入門講座を開催。みんな、けっこう興味深そうだった。こういうことをやると、トライアルはもっともっと人口が増えるはずのスポーツだなぁと思うのだけど、現実はそれほどは甘くない。
投稿者 nishimaki : 23:19
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