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2003年10月19日
虫干しトライアルに行ってきた

しばらくオートバイに乗ってないので、まみさんたちがやってる虫干しってトライアルに連れていけとふうみに言われて、おでかけしてきました。
今年から、空冷バイクの集いになったんで、125Fも参加資格あり。モノショックもあり、女性はもともとなんでもいいんで、会場はけっこうにぎやかになった。マシンがちがえば、いつもとぜんぜん雰囲気も変わるので、楽しい。最新のバイクしか持っていない人が、少しかわいそうです。
ニシマキのトライアンフは、最近配線をつくりなおしました(なおしてもらいました。小池さん、ありがとう)。サンシャイントライアルでもリタイヤしたけど、原因はバッテリー上がり。しかもぜんぜんチャージしていなかったのが根本の原因なんだけど、イギリスのおじさんが引き回した配線は、日本人には難解で、なにが問題なのかさっぱりわからなかったのでした。
これで、あんまりきがけなく走れるようになりました。燃料をたれ流していたコルク製の燃料コックも、新品になった。
で、セクションは、マーカーを走ると、ぼくには(トライアンフには)ちょっとこわかった。なにがなんでもぶつけられないから、安全第一で走りました。そしたら、優勝しちゃった。ごめんなさい。
写真は、土曜日に近くのコンビニまでお昼を買いにいくところ(竹谷さんに撮ってもらった)。立派な保安部品がついているので、買い物にもいけます。
投稿者 nishimaki : 19:12 | コメント (0)
2003年10月17日
同窓会ネタつづき
ちょっと思いだしました。40人ばかりいた同級生のなかで、ひとり、ニシマキのことをテレビで見たという人がいた。15年前のテレビ東京の番組。彼女(昔少女だったおばさん)は「パリダカにでたでしょう」と言ってたけど、パリダカではなくエジプトのファラオラリー。あらびっくりです。見る気もなく見ちゃったんだろうけど、40人中ひとり見たってことは、視聴率2.5パーセント。で、15年も彼女の記憶に残ってるわけだから、テレビパワーおそるべし。なんでもいいからテレビに出たい人がいっぱいいるのも、さもありなん。トライアルも、もっとじゃんじゃんテレビに出してもらわにゃいかんよなぁ。
投稿者 nishimaki : 19:13 | コメント (0)
2003年10月14日
全日本の日
全日本中部大会、今回は欠席させていただきました。中国大会もいかなかったから、2回続けて欠席ってのも、なんだかしめしがつかない(笑)と思ったのだけど、ごめんね。
残り1戦、IASとIBではチャンピオンが決まりました。萩原真理子の女性チャンピオンはならなかったけど、いい戦いをしたみたいだし、内容はよかったのではないでしょうか。藤原由樹も、去年あたりの線の細さから一転、見事に化けてきたみたい。IAの井内も、なかなかたくましい選手になってきた。ヨーロッパでは“渋谷の次”は誰なのかってのが、隠れ日本ファンの間の共通の話題になっている。みんな、がんばってください。
全日本の当日は、実は33年ぶりの小学校の同窓会があった。全日本は来月もあるけど、次の同窓会がまた33年先だともう生きている自信もあやういので、いってくることにした。
担任の先生が、ずいぶんじいさんになってるなぁと思ったけど、それでも神さま須藤さんより若かったりというのはふつうの驚き。カリスマ美容師がいたり、世界を股にかけたという女性詐欺師がいたり、我が同窓生もなかなかがんばっておった。
帰り道、担任だった72歳引退教師と電車をごいっしょした。担任時代はいろいろあっておもしろかったけど、その後の校長って職務は、意味がわからなかった」そうで、先生ってのは、やっぱり生徒を教えてこそ先生なんだよね。ぼくらの時代、先生は王様で、中間管理職とは別の人種だったから。

で、その翌日、体育の日の月曜日は、自然山のお仕事。
音声の収録は、お金がないからカラオケボックスででもやろうと思ったんだけど、隣で大騒ぎしていたりしたり、予約でいっぱいだったりするとめんどくさいんで、結局ほんもののスタジオを借りちゃった。ケーブルテレビのスタジオで、ここもすぐ隣で生放送やってたりしたから、そんなに静かでもなかったんだけども。
この収録の結果は、まもなくお届けできる予定の「伊藤家のトライアル基本編」。長らくお待たせいたしました。もうちょっとお待ちくださいませ。
この収録中、関東地方はすごい大雨だったんだね。買い物部隊がびしょびしょになって帰ってきたけど、こちら、まったく気がつきませんでした。
投稿者 nishimaki : 19:15 | コメント (0)
2003年10月04日
自然山通信を見た(笑)
いつもは製作課程でほとんどすべてのページの仕上がりを把握してしまうのだけど、今月は写真と原稿をじゃんじゃん送りつけて、あとはどうなるのかわからないという状態で杉谷まかせ。みんなより遅れて、本日自然山通信10月号を見ました。
誤字脱字誤変換いっぱいというのはいつものことだけど、日記はいろんな時期にいろんなところで、いろんな道具を使って書いたので、つなげると少し気になるところがあって恥ずかしかった。いつもはページになってから、もう一度読み直して手直ししてるんだけど(それであの誤字誤変換の嵐なのかよとつっこまれそうだけど、そのとおりです)今回はその手順が踏めなかった。ヨーロッパでも、日本並の通信環境があっちこっちにあれば、自然山通信の誤字脱字は、もっと少なくなるにちがいない。あれ? そういうことじゃないか。
藤波インタビューページは、いろいろ考えることがあってああいうタイトルにしたけど、いざでっかい文字になると、ちょっと生だったなぁ。当人が「こんなタイトルにしやがって、このやろー」と思っていただければ……。いや、そういうつもりでもなかったのだけど。
あのタイトルに隠されたテーマは「乾杯」、なんてね。
あしたはトライあるくです。時差ぼけは、帰ってきた当日、しっかり遊び回って夜まで寝なかったおかげで7割くらい解消しているけど、今朝は午前4時に目が覚めて、次に起きたら9時だった。
投稿者 nishimaki : 19:17 | コメント (0)
2003年10月03日
ニッポンにて

さすがに3週間もいると、日本に帰るのも少しわくわくする。最近1週間くらいのヨーロッパ行きが多かったもんで、そのくらいだと、もう帰っちゃうのかともっていなく思ったりもしたもんだ。
トリノからミラノの空港まではバスでいった。マリオがバスターミナルまで送ってくれたけど、トーレ・ペリーチェからトリノまでは、列車に乗っていらっしゃいということで、まぁ荷物は全部トリノに置いてあったから、かばんひとつ持って列車に乗った。2回目だから、すっかり勝手知ったる気になっている。
切符を買ったら、ホームのあちこちにあるパンチャーに切符を通さなければいけない。この前はこれをしないで、車掌さんにぶつぶついわれた。今回はぼくがパンチしていたら、おっさんが「これはどう使うのですか?」なんて聞いてきた。で、得意になって教えてあげたのだ。いや、ぼくもこれを使うのは初めてなんだけどね。

トリノから成田までは、今回は、実は大荷物があった。野崎さんにいただいたフランスワインとマリオにもらったイタリアワインはともかくとして(これも割れたら元も子もないので取り扱い注意だけど)デナシオンのトロフィーってのを預かっちまった。トロフィーを誰が持って帰るのかをめぐって4人で悩んでいたところにぼくが現れてしまったので、持ち帰る羽目になっちゃったわけ。せっかくだから、今後のデナシオン募金の際には、できる限りこいつも連れてって、みんなに見てもらうことにしよう。
帰りの飛行機は、満席だった。帰国直前にマリオから風邪をもらったらしく、熱っぽい。とにかく早く眠りたくて、離陸早々ワインを飲んで寝てしまった。日本行きの飛行機は、とにかく寝るのが一番。さしあたって書かなければいけないレポートもないし、杉谷にもなにも期待されていないので、ひたすら寝る。
成田到着は朝の9時。今日1日起きていられれば、時差ぼけもなく日常復帰できるのだけど、家に帰るときっと寝てしまうので、今週末のトライ歩くに使うオートバイをピックアップにいったり温泉にいったり、うろうろして夜までがんばる。それでも午後3時ごろに、どうしようもなく眠くなって寝てしまったけど、クルマで寝たので30分ばかりで目が覚めた。家で寝てたら、このまま夜中まで寝ちゃったろうなぁ。
というわけで、今現在的には、時差ぼけ解消はうまくいってます。世界選手権、全日本、デナシオンと時差ぼけ3連発だった黒山チームご一行はたいへんだったろうなぁ
投稿者 nishimaki : 19:18 | コメント (0)
