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2004年07月29日
デ・ナシオンの発表
この前の日記にデ・ナシオンの発表はまだないと書いたけど、今日届いたMFJの機関誌「ライディング」のこんな記事があった。
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V トライアル・デ・ナシオンについて
2004年9月24日〜25日スペイン(CORDOBA)で開催されるトライアル・デ・ナシオンの日本代表チームの選手選考について、トライアル選手会から体制案が提案され日本代表選手選考委員会を設置することが確認され、承認された。
■選手会案
選出コンセプト:世界の頂点を目指すチーム作り
選出理由:海外経験豊かで、総合力でそれぞれの選手の能力を100%引き出せる体制作りを念頭において選出。戦略ミーティング等を積極的に行い、チームワークを重視して戦うことを想定している。
藤波貴久・黒山健一・小川友幸・田中太一
萩原真理子・西村亜弥・高橋摩耶
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委員会の結論は記載されていないから、この時点(この会議は6月30日のトライアル委員会)では委員会の結論は出ていないと思うしかない。
重箱の隅をつつくのが好きなニシマキとしては、選考コンセプトはともかく、選考理由の方は、女性陣についてはまったくあてはまらないところが気になる。3人とも、海外経験はほとんど皆無(真理子・亜弥姉妹は、確か東南アジアにデモンストレーションに出かけたことがある)なので、海外経験が豊富といわれてもなぁと思うんだが、たぶん選考理由については、女性陣のことは念頭におかれていないのでしょうね。もちろん、こういうつっこみをしつつも、この3人の選出については、爪の垢ほどの異論もありませんけど。
最終発表は、いつになるのかな?
MFJは最近Webでの情報提供にも力を入れているけれども『ライディング』のほうが情報は先行するようです。Webは『ライディング』の後追いみたいですね。
そういえば自然山通信も、一部の速報情報をのぞいて、自然山本誌で掲載するものは、あせってWebに掲載することもないか、なんて考えていたりします。自然山通信はお金をいただいて読んでもらってるけど、Webのほうはただだもんなぁ、という理由もなくはないけど、あっちとこっちに書くのはたいへんだから、が真相でありました。おそまつ。
投稿者 nishimaki : 02:18 | コメント (0)
2004年07月21日
気になること
世の中のことをぶつぶつ言うようになったらご老体であると常々思っているんだけど、あんまりにも暑いんで、ちょっとぶつぶつ言わせていただこう。
さすがにしょうがないから、きのう今日あたりはエアコンをつけている。だいたいぼくはエアコンが合わなくて、すぐ調子を崩す。エアコンばりばりの電車なんてのは、大の苦手だ。第一、寒すぎる。電車に乗るときには、いつもジャケットを持っていかなければいけない。要するに、あの寒さはネクタイに背広姿の人に合わせてあるんだね。わざわざ暑苦しいかっこをしている人のために電気を使ってるくせに節電しましょうなんて呼びかけて原発を立てて、あげくのたてにヒートアイランドだの地球温暖化だの、結局大洪水。全部自業自得だっての、わかってんのかなぁ。みんなでやめてみようぜ、エアコン。ぼくが大統領になったら、エアコン使った人は終身刑にしてやる。ま、独房には扇風機くらい入れといてあげるよ。
道路交通法には、キープレフトってのがある。左側を走れってやつ。さっぱり守られていないではないか。だーれもいない高速道路の、2列目とか追い越し車線をちんたら走っているのはどういう了見だ。キープレフトを守れば、渋滞は2割くらいは軽減されるはずだ。ドイツだったら、キープレフト(あっちはキープライトだけど)守らないやつらは死刑だぞ、きっと。
投稿者 nishimaki : 02:17 | コメント (0)
2004年07月20日
新潟の水害
村松が楽しいのとタイガーカブがくやしいのと、自分の話ばっかりしたので、ちょっとふれておかなければいけないと思った。村松は、高速道路を三条でおりる。三条といえば、堤防が決壊してたいへんなことになっている、まさにその現場。ほんとにこんなところで大会ができるのかなぁとか、ほんとにここを通っていっていいのかなぁという心配はありました。
でもまず、大会ができるかどうかという点では、ぼくらの心配はしょせん外野の心配であって、村松の人は自分たちの土地を、ぼくらよりは知っている。村松は、三条の先にあるけど、ぜんぜん条件がちがうから、水害被害もなかった(一部通行止になっていて、おいしいセクションにいけなかったということはあったらしいけど)。
走ってみるとわかるけど、村松は、自然と人間が、じょうずに暮らしているという気がした。水の流れも、ごく自然に。村松はたまたま自然の地形がよかったということもあるだろうけど、水害が起こるような加工をしていなかったということもあるんじゃないかと、村松を走りながら勝ってながら考えたのでした。
村松へ行く道中、ラジオでは「ボランティアを募集中、ボランティアの問いあわせは……」と呼びかけていた。大会翌日の月曜日、これに参加していったらどうかなと、ちらっと思った。
でもこういうのってはなかなかむずかしい。以前、神戸の震災のときに手伝いにいったときには、あっちの窓口、こっちの窓口をまわされたあげく、ほんとにこんな仕事が役に立つのかなぁ、という仕事をさせていただいた。その後まったく別の活動拠点で、数日被災者に荷物を届けるという仕事をした。これもはとっても有意義だった。行政の力ではなくて、行動力、判断力のある人のもとで、ある程度自己の采配によって行動した方が、意義のある活動ができるというのがこのときの教訓。神戸の時からみんな進歩しているはずだから、行政のボランティアの操縦のしかたも、きっと進歩はしているとは思うけど、もう一度ためしてみるのは、ずいぶん勇気がいります。
帰り道、三条インターには「災害救助中だから、市内へのマイカーの乗り入れはやめてね」という表示が出ていた。ひとりでふらふらと手伝いにいっても、なんの役にもたたない。
つまり、ぼくにはこういうときに頼りにできる組織がないということだ。これまたくやしいけど、三条を横目に、そのまま帰ってくることになった。現実的には、そろそろ締め切りなので、帰らないとたいへん、というのもあったのだけど……。
投稿者 nishimaki : 02:16 | コメント (0)
2004年07月15日
村松
タイガーカブを持って、村松へいってきた。ところが、また完走できませんでした。突然、電気がこなくなったみたいで、おしまい。
ぼくのことを知っている人にこう言えば「ニシマキはマシンの整備をしないからイギリスマシンみたいに手のかかるのは無理なんだよな」と思うにちがいない。ぼくもそう思います。でもそう白状すると「だったらおれにくれ」という人が多そうなので、黙っている。くそー、完走できるのはいつかなぁ。
というわけで、たった3セクション走ったところで本部に帰って、むりやり主催者の菊池貢さんのベータ125をお借りしてみんなを追いかけた。村松は、ほのぼのとしていて、なんだかとってもいい感じのところだった。トライアルのじょうずな(龍泉洞とか平谷とかを走ってぼろぼろになって「楽しぃ」と涙するような人たち)にはお勧めしないけど、ちょっと走ると筋肉痛になってしまうような軟弱者には、こんなに楽しいトライアルはないと思います。でもまだこの大会は来年以降が本当のお楽しみです。
しかし、あー、くやしい。
投稿者 nishimaki : 02:15 | コメント (0)
すごー

早起きして、スポーツランド菅生におでかけする。前から“存在”は存じ上げていたのだけど、この春SUGOツートラが開催されるまでは、お会いするチャンスがとんとなかった藤原広喜さんに会いにいった。会うだけなら、わざわざ出かけていくこともないような気もするけど、こういうのもたまには悪くない。
杉谷はいろいろと忙しくて、平谷のエントリーも忘れて、すっかり憔悴。たまりきったストレスを解消するために釣りに出かけてしまったけど、杉谷に様々な仕事を押っつけて、ぼくは新幹線に乗ったのでした。
新幹線は、新潟行きがなんだか混んでいた。三条市が水没したのはつい昨日のことだから、それとなにか関係があるのかなぁ。といいつつ、仙台行きも満席だった。今、新幹線ってのはいろんなところに出ているんだね。東北・上越のふたつしか知らないのは浦島太郎だった。しかも、来る電車、来る電車、みんなちがう色をしている。センスがいいとはいえないカラーリング。そういえば昔々、湘南電車は列車事故防止のため、沿線の人々の注意を喚起しようと、わざと下品なカラーリングにしたという話を聞いたことがある。ほんとかなぁ。
東京は暑かったけど、仙台はふつうの7月だった。短パンでは、ちょっと寒いくらい。エアコンの室外機といっしょに暮らしているような東京は、やっぱりなにかがおかしいんだよね。
写真は、菅生でエンデューロやらトライアルやらをしかけている藤原さん。本人、今年もISDEに出場するという根っからのライダーです。
大量のおもちゃが投入されて雰囲気一新された菅生のトライアル場にて。
投稿者 nishimaki : 02:13 | コメント (0)
2004年07月09日
不在者投票と世界選手権速報
きのう、不在者投票にいってきた。今は、不在者投票っていわないんだってね。期日前投票っていうんだそうだ。たいしたちがいはないような気がするけど、つまり不在でなくても、気が向けば投票日以外にも投票ができるってことだ。以前は、不在者投票をするのは非国民みたいな扱いだったけど、最近待遇がうんと変わって、今回はまたさらに投票が簡単になった。というか、これで当たり前なんだけども。
くやしかったこと、ふたつ。期日前投票には、電車に乗って5つ先のあざみ野駅まで出かけたんだけど、うちの近所の長津田駅前で、緑区住民向けの投票所があった。ぼくは青葉区民で、杉谷は緑区民。ちきしょー。
もうひとつ。投票したときに、投票証明書みたいなのをもらうと、コーヒーがただになったりいろんなサービスを受けられるって特典があるんだそうだ。「ちょうだい」っていわないとくれないんだって。ちぇ。もらいそこねた。言わないとくれないというのは、年金もそうだけど、お役所の典型的態度。でもお役所に言わせると、欲しいんだったらちゃんと申告しなさいということになるんですね。
アンドラとイタリアと、世界選手権速報をしました。現地から杉谷に電話をするという、いたって野蛮な速報体制。でもこれ、後で見ると恥ずかしい。今日の藤波はあんまり調子が良くないようだ、なんて書いていながらちゃんと優勝されてしまったり、勘違い、見落とし、その他もろもろ、恥ずかしいことだらけだ。世界選手権は、コースが長くて、逐一追いかけていられないんだけど、まぁそういう問題ではないだろう。どうもすいません。こういうどたばたも臨場感のうちだと思って、開き直って今後もやらせていただきましょう。
世界選手権って、現場に行かなきゃ見られないことはたくさんあるけど、さまざまな仕事環境が整っていなくて(今回のぼくは、また特別にひどかった。結局コンピュータは別のトラブルも起こしていて、修理することになった)日本にいた方が情報を整理するにはいいかもしれないなぁ、なんて情けないことを考えたりした。
でもやっぱり、現場にいなきゃ味わえないことはたくさんある。特にイタリアは飯がうまいから、それだけで極楽です。
今日も暑いなぁ。
投稿者 nishimaki : 02:10 | コメント (0)
帰ってきたら
メールでこんな写真が届いていた。差出人はジョセップ・ラガさん。アダム・ラガの親父だ。スペイン選手権の表彰式を待っているところで、優勝した息子を撮りにきた親父は「あんたらは撮ることはあっても、撮られることは少ないだろう」と言いながら写真を撮ってくれた。メールアドレスを教えろ、写真を送ってやるからとは言われていたけど、こういうのは半分は届かないので忘れていたら、ちゃんと届いた。メールアドレスは、しかも息子のアダムに伝えたので、てっきり忘れ去られると思っていたんだけどね。疑ってかかって、ごめんなさい。
投稿者 nishimaki : 00:18 | コメント (0)
2004年07月04日
金曜日、セクション下見
セクションの下見にでかけたら、こんな人に会いました。えーと、名前はなんといったけかな。長年に渡って、ISDE(6日間エンデューロ)で日本チームのサポートを買って出てくれているご夫婦です。初対面なんだけど「あなたのことはビッグタンクで読んだことがあります」といったらお話がはずみました。
投稿者 nishimaki : 00:26 | コメント (0)
2004年07月01日
アプリカについた
ほんの10kmの間に1000m近く標高を稼ぐという峠道を登って到着した街は、こじんまりとしてかわいい。入り口に、スポーツ観光の街、みたいな案内看板があった。いってみればスキーリゾートなんだろうけど、雪のない今の季節でも、街の2割くらいは機能しているという感じ。
投稿者 nishimaki : 09:32 | コメント (0)
