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2004年11月25日
12月号を印刷屋さんに届ける
よく「事務所はどちらですか?」と聞かれるけど、自然山通信には事務所はありません。仕事をしているところが事務所です。ときには全日本のパドックになることもあるし、ヨーロッパのホテルだったりもする。通常は、杉谷とニシマキの自宅の仕事場が、事務所です。まぁ世間的があるし会社登記もしたので、杉谷家が自然山本社になってますけど。
なんの話だっけ、そうそう、ぼくらはおのおの別々の場所で仕事をしているからこの瞬間に杉谷が必死こいて仕事をしていても、ぼくのほうは一段落した気になってしまっている。申し訳ない。
で、たまっていた郵便物の中から、社会保険庁からの問い合せを発見した。「あなたはどんな年金に入ってますか?」みたいな問い合わせだ。高校生のころ(30年前だ!)、二人目か三人目の初恋の人の父親が「年金制度は破綻するからそんなものに入るのはばかだ」といっていたけど、うちのお袋は「年金には入りなさい」といって手続きをされちゃったから、なんとなく気になりながら、おおむね払い続けていたはず。でも、どうなっているのかはわかんないですね。三歩歩いたら忘れちゃうのに、そんなに昔のことを覚えているってのは無理な話だ。そのための調査みたいだった。
送付先がよく分んなかったので電話したら、担当のニシムラさん(女性)は、なごやかにお返事してくれた。社会保険庁はつぶしてしまえという声が多いけど、ニシムラさんにはがんばってほしいものだと思いました。担当者の応対ひとつで印象はがらりと変わるから、ぼくもニシムラさんを見習って、がんばろう。
そうそう、タイトルについてなんだけど、今最後の追込み作業をしている杉谷によると、今月号はもしかしたら1日には発送ができないかもしれないということです。全国100万人の自然山通信愛読者の皆さん、トライアルショップの皆さん、1日になっても、2日になっても自然山が届かない場合は、今回は事故よりもぼくらのぐずをのろってください。ごめんなさい。
投稿者 nishimaki : 23:20
2004年11月18日
へそ曲がりの携帯電話選び
「話せりゃいいと思いますけどねぇ」というコマーシャルは、どうも好きになれない。「話せりゃいい」と思ってるんだよ。だけど、なーんだか卑下したようなコマーシャルに見えちゃう。それに「話せりゃいい」けど「話す」機能がちゃんとしているかどうかは、また別の問題だものね。
小学生の芙海は、最近携帯電話を持つようになった。最近の携帯電話って、テレビなんだね。テレビ電話は通話料が高いだろうなぁとは思っていたけど、単なるテレビなら、ついてて損はない。携帯を解約しても、テレビとしては機能するわけだ。NHKは携帯電話を持っている人まで、受信料をとりにくるのかなぁ。いやはや。
でニシマキ。いろいろ悩んだ末、
ぼくの選択は、オークションで絶版となっているカシオのCA409って携帯電話のバッテリーを二つ買うってことでした。ふたつで1200円。1日ちょいしかもたなくなった自前のバッテリーとあわせて3つもバッテリーがあれば、まだしばらく現役で使える。
この電話、前にも書いたけど、ほんとに丈夫。愛知県の某奥さまはどっぽん便所にこの電話を落として回収不能になったのだけど、暗い便槽の中で、電話は機能し続けていたらしい。電話かけるとちゃんと通じて、便器の中から呼び出し音が聞こえたのだとさ。
たぶん、それほど丈夫な電話を作っちゃったから、商売的に失敗だったんだろう。後継機もなくなって、防水頑丈な携帯は、ドコモにかっこ悪いのが1機種あるだけになった。これまで、ぼくの携帯電話は1年と持ったことがなくて、たいてい半年くらいで水没で寿命になっていた。ただ歩いているだけで水没になっちゃうんだから、どうしようもない。でもこの電話は、2001年3月製造のものだった。もう3年も動き続けている。
文字が読みにくいとかいろいろ不満もあるんだけど、ま、話せりゃいいじゃないですか。電話なんやから(男・47歳)
投稿者 nishimaki : 08:34
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2004年11月07日
災害ボランティアというもののかたち
新潟へ行ってきました。行く前はぴーちくぱーちくと偽善者ぶったことをいろいろ書いたけど、帰ってきたらすっかりおとなしくなっている。ここがまた、偽善者たるところです。
新潟へ行ってなにをしてきたか、これからなにができるか、なにが足りないのかをレポートしてくるのが使命だと思ったのですが、そうすべきなのか、今となっては疑問のあるところでもあります。
災害は、その場所その場所で全部ちがう。神戸のボランティア体験をもとに新潟を語ることはできないし、日頃の災害支援訓練も、もちろん役には立つと思うけど、すべてではない。その地域ごとに求めるものがあり、不足しているものがある。同じ被災地でも、個人個人でみんなそれぞれに困っていることがあるはず。そんな、奥の深い有機的な問題を、知ったふうに書き綴ることはできないと思いました。
今日がボランティア仕事がひまだとしても、あしたは忙しいかもしれない。忙しくてもひまでも、やりたい仕事でもやりたくない仕事でも、助けてあげたいという気持ちの前にはみんな同じはず。「おれ、修行が足りないなぁ」と思うことしばしでした。
現場では、旧知の方にもはじめての方にも、いろんな方にお会いできて、有意義でした。ご紹介しようかと思ったけど、それもやめました。
みんな、誰かにほめられようとして現場に向かったのではないはず。そういうわけで、ぼくもほんとはここにはご報告をしないですませようと思ったんだけど、一方、まだまだオートバイといえば暴走族と素直に信じておられる方がいらっしゃるのも事実ですから、やったことはきっちり報告していく必要もあるのかもしれません。
地震の被害も台風の被害も、まだまだたいへんだと思います。困っている人に手を差し出す。その当然のしぐさを、ふつうにできる人になりたい。
なんだか、いろんなことを考えさせられて帰ってきました。現場にいた人は、みんな同じような感想をお持ちでしたけれど。
投稿者 nishimaki : 01:11
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