« 2005年07月 |
メイン
| 2005年09月 »
2005年08月22日
一筆書き日本半周
今回は日記らしい日記です。19日夕方から21日未明にかけてのお話。
20日は熊本でインドアトライアルイベントの取材。
21日は岐阜県板取でバイクトライアル世界選手権の取材だ。
帰ってきてみたら、同じルートを通らず、横浜から熊本までを往復してきたことになるので、書いておきたくなった。
19日午後、荷物をまとめて電車に乗る。いつも海外取材に出かける旅行バッグに、ブーツとヘルメットまで詰め込んで、少し重たい。
こどもの国線から横浜線で新横浜へ。ここで新幹線に乗って名古屋まで。禁煙車の4号車に指定をとったつもりが、4号車は煙がもうもう。切符をよく見たら、14号車だった。はるばる車両10両移動して14号車へ。席に着いたら、小田原を通過するところだった。
名古屋から夜行バスで熊本へ。夜行バスのチケットは名古屋でお金を払ってねということだったので、少し早めに名古屋入り。21時発のチケットを買って、ついでに博多から岐阜羽島までの新幹線の切符も買う。土曜日の熊本のスケジュールが終わったら、最終電車で岐阜羽島まで出て、土曜日から現地入りしている杉谷に拾ってもらって、日曜日に板取のバイクトライアル世界選手権を観戦しようというスケジュールだ。博多を19時半前に出て、新大阪乗り換え、岐阜羽島到着は23時ちょっと前。帰りは大牟田からだから、乗車券は大牟田から買いたかったのだけど、名古屋の自動販売機では博多からの乗車券しか替えなかった。新幹線の特急券と指定席券だけ買っておく。
チケットを買って、時間が余ったから駅前のビックカメラへ。G'z oneの携帯電話が安かったら機種変更してしまおうと思ったのだけど、なんと、東京の相場より5000円ほど、東京の最安値より1万円ほど高いではないか。とんでもないので素通りしてビールを飲みながら飯を食う。名鉄のバス乗り場は、エスカレーターが完備してなくて、重たいかばんで階段を上がるのはしんどかった。
バスは独立席で快適。21時名古屋発、途中、養老サービスエリアで休憩したけど、ぼくはすでにぐうぐう寝ていた。博多到着は朝7時。博多から大牟田までは特急で30分ほど。ぼくはJR九州の列車たちが好きだ。最近の列車は、流線型の女性的な造形が多いけれど、JR九州の列車はごつごつして男性的なものが多い。特急列車にイスには、金属製のテーブルが備え付けられている。鉄道というのは、こういう男らしいエッセンスを持っていたものだよ、昔は。
関係ないけど、最近、東京の地下鉄で、ドアが何秒間か開いたという運転事故が、大騒ぎになっていた。ドアに寄り掛かったりしていることも少なくないから、確かに大事故につながる問題だけど、30年ほど前、ぼくが列車であちこち旅行していた時代、機関車に引かれている客車のドアは手動で開け閉めするもので、走行中でも自由に開けることができた。暑い夏の日、席がいっぱいだったときは、ドアを開けてデッキに腰掛けて、流れる景色を見ながら旅をしたものだけど、つい居眠りしていたことも少なくないから、ごろんとおっこっていても不思議じゃなかった。逆に、個人の安全管理を個人が任されていた時代だった。今みたいに、ドアは開かない、窓も開かない乗り物に乗っていたら、危険だと思ったときにはたいてい取り返しがつかない。危機意識は、日ごろからちょっとずつ訓練していなければ身につかないのではないかと、ぼくは思うのであります。
当時、危機意識なんてことばは知らずにデッキに腰掛けていたけど、もちろん落っこちるのはいやだったから、最低限の危機管理はしていたのだと思う。「飛び降りはあぶないからやめろ」というアナウンスを無視してまだ動いている客車から飛び降りて、ホームで転んで駅員さんに怒られたこともあった。そうやって、子どもは危険を学習していくんだと思うけどな。
そうそう、あの頃、まったく考えていなかったけど、デッキに腰掛けて風に吹かれているということは、前のほうの客車でご用を足された物体は、そのまま風にのって飛んできていたということだ。今みたいに、トイレにタンクがついたのなんて、新幹線の開業以来のことだったんじゃないかな。なんともババッチイ状況だけど、それも旅の風物詩だったわけですね。衛生に対しての危機管理は、今は病的に進んでいると思う。
えーと、ともあれ大牟田に着いた。大牟田からは、三井グリーンランドまで、バスに乗る。190円。運賃の払い方がわからず「お金はどこから入れるんですか?」なんて聞いて、田舎者みたいだった。バスの乗り方って、地域によってちがうから、まぁそれも旅の楽しみのひとつではある。
三井グリーンランドでのイベントが終わったのが午後4時過ぎ。福岡の村上夫妻に誘われて、乗せてってもらうことになった。博多駅まで連れてってもらって、一緒に晩飯。そういえば、乗車券を買ってないのを思い出した。名古屋で、大牟田から岐阜羽島までの乗車券が買えなくて結果オーライだった。村上さんと別れて、博多から岐阜羽島までの乗車券を買って、のぞみに乗る。
新明石で降りた兄ちゃんが、アサヒ芸能を置いていったので、いただいて読む。袋とじのグラビアが3つあったのだけど、にいちゃん、ひとつしか破いていなかった。「杉本彩全裸妖宴」は破かれていなかった。兄ちゃん、年上には興味ないと見える。
岐阜羽島は、なんにもないと思っていたけど、少しはホテルなんかがある駅なんですね。田んぼの真ん中に唐突にできた政治駅だったけど、もう40年前のことだもんね。駅前で5分ほど待つと、杉谷が迎えにきてくれた。杉谷は少し離れた名鉄の路線の駅前に宿を取っていたけど、駅前にはなーんにもなく、杉谷は夕食をとるのに一苦労したらしい。ご苦労さまでした。
日曜日は板取のバイクトライアル。ものすごい雨で、全身びしょびしょになった。でもオブザーバーや選手は、濁流に流されかけたり流された人もいたのだから、雨に濡れるくらいはなんてことはない。夏の暑い用意しか持っていなかったから、最後は震えながら観戦することになった。
ざっと着替えて、そのまま帰途に。なんだか頭が痛い。これから締め切りだから、寝てていいから死んでも風邪をひくなと杉谷に命令されて、寝かせてもらう。美濃ICからから北陸自動車道に乗って、新しくできた東海環状道に入る。これで、豊田に出る。一宮の万年渋滞区間をパスできるから、これはなかなかいい道路だ。
でもこの道は、海上の森のあたりの、見事なオフロード天国を粉みじんにした道でもある。こんな道作りやがって。楽しい遊び場がなくなったじゃないかと思いながら、でききてしまうと便利だなぁと思ってしまうのはくやしい。
豊田からは東名高速に合流して、そのまま横浜インターへ。東名高速には、行きは名古屋インターから乗ったから、ここでも行きと帰りは同じルートを通らなかった。一筆書きの旅行をしたからといって、なんの自慢にもならないけど、ちょっとばっかりハードな一泊4日でありました。
投稿者 nishimaki : 19:55
2005年08月14日
携帯電話屋さん
auの携帯電話を買い替えようと思ってます。
今の電話はカシオのCA409。もう44ヶ月使っているらしい。3年以上になるじゃないか。物持ちの悪いぼくにしたら、画期的だ。
落としても水没しても、なにしてもこわれないから、こんなに長持ちする。大雨でも、首からぶら下げて平気でいられるのはとっても気楽だった。いまだ、元気に動いてくれてるので、お気に入りの電話です。携帯電話はこれで5〜6台目なんだけど、気に入った電話なんて、初めてです。
で、ほしいのはCA409の後継機であるG'zOne TYPE-Rです。だけど、正直なところ、電子コンパスがほしいわけでもなし、折り畳み式の電話はあんまり好きじゃないし、世間が盛り上がっているほどにはこの電話がほしいわけじゃない。でも、最近じゃ携帯電話のカメラ機能が仕事道具として重要な存在になっているから、まぁ、買い替えようと思ったのだった。調べてみたら、ポイントがたまってて、5000円ばかり安く買える。
で、安いお店はどこかなとネットを調べたら、15000円くらいの値段がついているところが何軒かある。送料含めて、1万円そこそこで手に入ることになる。
「購入ボタン」を押しちゃおうかなぁと思ったんだけど、でもびっくらこいたことに、こういう携帯電話の通販ショップは、SSLの暗号化処置をしていないところがとっても多い。で、住所から名前から、携帯電話の製造番号まで送れというんだから、なんともおっかない。
現実には、こういうところからの情報漏れが、ぼくになんらかの被害をもたらすことなんてあんまりないのかもしれないけど、でも、気分が悪い。いってみりゃ、ゴキブリが店のあちこちでかさこそと走り回っている飯屋で飯が食えるかというような感じ。
といって、店頭で買うにしたって、おんなじ情報は提示するわけだから、お店が信用できなけりゃあぶないのはいっしょ。そのへんの携帯電話屋さんじゃなく、auの直営ショップとかヤマダ電機とかヨドバシカメラならだいじょぶなのかといえば、これまたそんなのわかんないわけで、まぁ、心配することが多い世の中になっちゃったものだ。
ともあれ、値段で選ぶのはおっかないからやめたということで、それが本日の教訓でありました。
* 写真はカシオのG'zOneサイトにあった壁紙サービス。携帯電話のウインドウ用の壁紙かと思ったら、パソコン用の壁紙だった。電話機が置かれている地図は英語の地図だったけど、どこかと思ったら黒部だった。日本語の地図はかっこ悪いから英文字の地図にしたいが、さりとて海外で使えない電話が外国の地図の上に置かれているのも陳腐だから、じゃ、英文字の日本地図がいいんじゃないかという企画会議がおこなわれたんだろうか。いろいろたいへん。ニシマキとしては、ほんとはFOMAやVodafoneみたいに、SIMカードを入れ替えられるタイプの、防水携帯電話がほしいよー。
投稿者 nishimaki : 19:43
2005年08月13日
相模川クリーンアップの報告とこれから
相模川のクリーンアップ活動は、最初に話があってから1年を迎えました。「相模川クリーンアップトライアル」なるトライアル大会を始めて9ヶ月。その間、参加者がほとんどいないような回を含めて4回の開催をしてきました。
クリーンアップ活動には、もちろん反対の声などあるわけがないのですが、そことトライアル大会を絡めた試みは、果たしてうまくいくのか、これで正しいのか、半信半疑のまま、今でも自問しています。
もともと、相模川の河川敷でトライアル遊びをするということが、やっていいのか悪いのかはっきりしない。行政側(相模川のクリーンアップ関係について、行政の窓口になっているのは相模川河川管理事務所)の対応は「一級河川に対する国の方針もあり、拒絶はしないが許可もしない」というものです。お墨付きをもらった黙認のようなもので、私有地に勝手にはいっているのとは事情がちがうけど、有料のトライアル場(あるいはモトクロスコースやラジコン飛行場や釣り場)を利用するような気楽さはない。利用者にも自覚や責任が求められてくるわけです。
河川敷には、いろんな目的で、いろんな人が入り込んできます。水遊び、バーベキュー、釣り、ラジコン、四駆にオートバイ。オートバイに限っても、モトクロスもトライアルもエンデューロも、ちょっとだけオフロードを楽しみたいだけの人もいる。
そんなみんなに、共通の自覚や責任を問うことなんかできるんだろうか。ラジコンや釣りのみなさんは、エリアが限定されているので連絡事項の伝達も容易です。仲間意識も高い。モトクロスをやっている人たちは、少なくともモトクロスコースを共用していることで、連絡がとりやすい。ところがトライアルは、どこから現れてどこへ消えていくのか、出会いもまれです。釣りやラジコンの人たちにすれば「オートバイの連中は、もっと連絡を徹底できないのかね」ということになりますが、ふらりとやってきたオフロードライダーまでを含めると、連絡の徹底はとてもむずかしいのが現状です。
この点について、大会をやって人を集めて、そこで周知徹底しようと思ったのが、クリーンアップトライアルのはじまりのひとつの理由でした。やってくるのはトライアルの右も左もわからない初心者のみなさんが多いし(そういうふうに設定してもいます)彼らが走る場所のことまで気を配れるようになるには、少し時間が必要だと思われ、クリーンアップが、相模川の現状について告知をする場としては、必ずしも機能しきれていないのが現実ですが。
現在、猿が島利用者連絡会では、河川敷に利用者に呼びかける看板を立てようという動きが起こっています。河川敷には河川法なるものがあって、トイレひとつ、看板一枚建てるにも一筋縄ではいかないのですが、これも、行政から許可もしないが排除もしないという言質をもらって、計画が進められています。
看板には、ゴミの問題や、このエリアには多くの民間の地主さんが存在すること、また水門近くをオートバイや自動車が走り回ることで、水門斜面が崩れてしまい、多額の費用を充てて補修工事をしなければいけない被害が起こっていることなどをお伝えすることになるはずです。
相模川クリーンアップトライアルでは、4回の大会開催で、少しずつエントリーフィーの貯金がたまってきました。当初より、エントリーフィーは相模川のクリーンアップ活動に使わせていただくと宣言しておりましたが、まずは連絡会の看板設置に向けての費用に充てたいと思います。
===============================
●相模川クリーンアップトライアル・4回開催時点での会計報告
4回通じてののべ参加人数:61人。エントリー収入:153,000円
MFJ承認料:4回で40,000円
MFJ共済掛け金:ひとり500円で30,500円
打ち合わせや事務経費など:29,500円
差し引き:53,000円
===============================
看板設置の次は、大きなゴミの撤去処理費などが考えられますが、これは連絡会とも相談の上、あらためて考えていきたいと思います。
現在、第3日曜日に行われている12時から1時間のクリーンアップ活動は、猿が島入り口を拠点としておこなわれています。トライアル愛好家が駐車スペースとしてよく利用するのは座架依橋下関口運動場周辺で、ここには清潔なトイレもあって(これは行政が設営したもの)快適なスペースといえます。このエリアは、いわゆる猿が島を利用する多くの人々からは隔絶されているので、ここのゴミを払拭できるのは、トライアル愛好家しかいません。それが不法投棄による赤の他人が出したゴミであっても、トライアル愛好家の手で美しいプレイゾーンを作っていきたいと思います。
いまのところ、みなさんの自覚に頼るしかない段階なのが、ちょっとくやしいですが。
投稿者 nishimaki : 13:14
2005年08月10日
自然山的郵政民営化
世間では、郵政民営化騒ぎで衆議院が開催したりして大騒ぎです。小泉さんによれば、これは日本の将来の根幹をなす大問題のようですが、もちろん自然山通信には、そんなことは見えてきません。でも、自然山は自然山的に、郵便局について思うことがあります。
自然山通信創刊の頃から、郵便局にはお世話になってきました。創刊の頃は、印刷所(当初は、早稲田の印刷屋さんにお願いしていた)で本を受け取って、そのまま近くの郵便局へ直行、郵便局の駐車場とか路上で封筒に本を詰めて、発送していました。直接発送している読者の方はそんなに多くなかったから可能なことでした。午後いちくらいに本を受け取って、郵便局が閉まる頃には作業が終了していましたから。今は、おかげさまで購読してくださる方が増えて、とてもそんな内職みたいな仕事では追いつかなくなりました。
今はだいたい2日がかりの発送作業となります。それ以前に、発送する封筒とか宅配便の伝票とかを用意する作業がありますが、それをのぞいて、本が届いてから送るべきところに送るまでが、丸1日もしくは2日といったところです。
山ほどの荷物があると、佐川急便が目ざとく匂いをかぎつけて、いろんなサービスを持ちかけてくれます。サービスってのは、お値段と、担当者が足しげく通ってくれて、迅速な発送ができるってことでしょうか。郵便局は、つい歩いていけるところに局があるけど、局員が集荷にきてくれるなんてことはありません。こういう大口の取引は、もうちょっと大きな本局の仕事となります。
現在、自然山通信は、郵便局経由と宅配便発送と、二手にわけて発送されています。到着スピードや料金など、一応リサーチした結果、こうなってます。で、郵便局経由で発送するものは、だいたい2000弱になってます。それなりの大口。毎月1回、郵便局に持ち込んで発送をお願いしていたら、そのうち局員が集荷にきてくれることになりました。ちょうど郵政公社ができた頃だったでしょうか。民営化が話題になったのと集荷にきてくれるようになったことに、関係があるのかないのかは、わかりません。
発送の際は、荷物の重さを量って、それぞれの重さに応じて郵便料金を算出し、切手を貼るかわりにまとめてお金を払って、別納のスタンプを捺します。本ができあがったその日のうちに発送作業が完了するかどうかは、大きな問題です。いつも、発送の時には戦争のような騒ぎになります(実は、最近はずっと杉谷家が、この戦争を引き受けてくれている。ありがとうございます)。郵便局経由で発送するものも、玄関先にずらりと並べられて、局の人が集荷にきてくれるのを待っている。
と、そこへ郵便局から電話。「あのー、今日はなんだか忙しくなっちゃって、集荷は明日でもいいでしょうか」。
子どものお使いじゃないんだから、この日に来るといったらこの日に来いよ。仕事に責任感ってものがないのか。電話口で「このやろー」と説教することしばし、しょうがなさそうに、赤い軽自動車のパネルバンに乗って、局のおいちゃんが集荷にやってきた。
ところが今度は、道具をなんにも持ってきていない。発送作業は、郵便物の重さを量り、料金表に照らし合わせて郵便料金を算出しなければいけない。集荷のおいちゃん、手で持っただけで重さを察知できる熟練職人かと思ったら、ただ道具を忘れてきてしまっただけだ。しょうがないから、杉谷家のはかりを使って重さを計量する。
では、重さに照らし合わせて、お値段はいくらか。おいちゃん、料金表も持っていない。これじゃ、料金算出もできないではないか。それで、大事な荷物を預かり、郵便料金をいただいて帰るというのだから、そのお仕事感覚にはぶっ飛ぶ。これでは仕事にならないと悟ったのか、ふたりでやってくることもある。しかし、仕事のできないおいちゃんに連れて来られたもうひとりのおいちゃんは、いよいよなんの仕事もできないおいちゃんで、もうひとりのおいちゃんののろのろとした仕事ぶりを、ただぼうっとながめている。家の玄関先で、そんな仕事ぶりを見せつけられて、杉谷の仕事の能率はあがるわけがない。お気の毒。その間、佐川急便のおにいちゃんがやってきて、山ほどの荷物をあっという間に処理して帰っていく。それを見ても、郵便局のおいちゃんふたりは、なんの焦りもお感じにならないらしい。
と、郵便局とのやりとりは、毎月こんな感じ。郵便局の荷物は、行方不明になったときに、ほとんど追跡調査ができない。窓口では「追跡します」みたいなことが書いてあるけど、問い合わせたって「配達しているはずです」と問きり調の返答が返ってくるだけだ。宅配便みたいに、荷物の番号できっちり追跡するなんてことはできない。
いまのところ、料金的な問題とか(わずかなちがいでも、チリも積もれば山となって、自然山の財政を左右する額となる)細かい問題で、郵便局からの発送はやめられないんだけど、宅配便側の条件が整えば、仕事をする気がまったくないおいちゃんのご機嫌をとりながら、おいちゃんの仕事を手伝ってあげなければいけないこんな状況からは、早く脱却したい。
そんなこんなで、郵便局ってこのやろうだよなぁと思いながら街をあるいてみれば「郵政民営化反対」のデモ行進。テレビを見たら「公務員になりたくて郵便局へはいったのに民営化されるなんてひどい」なんてコメントしている郵便局員がいる。
ぼくたちは、少なくとも自然山通信は、郵政が民営化されてもされなくてもどっちでもいいんだけど、お願いだから、最低限の仕事はふつうにやってください。仕事ができる人なら、公務員で税金からお給料を払ってあげてもいいんだけど、仕事ができる人なら、民営化されても充分やっていけるかもしれませんね。デモやってる場合じゃないですよ、郵政公社のみなさん。ご自身が、民営化以前に、郵政公社にとって、日本の住民にとって、必要な仕事をきちんとできているのかどうか、考えてみてください。
投稿者 nishimaki : 16:04
| コメント (1)