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2005年09月30日
スパ・フランコルシャン
フランコルシャンのパドックに遣ってきたバス。
行き先が、ニュルブルクリンクになっている。
冗談だと思う
(ニュルはドイツの伝統的サーキット)。
今回のヨーロッパ行きの、最初の週末はスパ・フランコルシャンでの世界選手権トライアル最終戦。
もともと、ぼくのモータースポーツはロードレース観戦から始まっているから(一時、ヤマハのロードレーサーを所有していたこともある。なんとも走らせ切れなくて、暗い過去。そんな話をしていたら、藤田秀二さんが「ぼくも昔、ロードレースに出場したことがあるんだ」と恥ずかしそうに告白してくれた)、こういう伝統のサーキットに来ると、なんとなく感慨深い。
ヨーロッパのロードレースは、マン島とアッセンのオランダGP(伝統のイベントで、オランダGPとはいわずにダッチTTと呼称されていた)にしかいったことがなくて、あとはレースのない日のムジェロサーキット(イタリア)を訪れてサーキットのおじさんの運転でコースを何周かしたとか、F3時代の片山右京のレースを観戦に南フランスのニームのサーキットへ行ったくらい(といっても、これはファラオラリー出場の際、ちょうど近所でやっていたから、応援に駆けつけた)。レースカメラマンを名乗っていた時代がある割には、ヨーロッパのサーキットはほとんど知らない。
まだパスポートを持ってない時代、かの根本健さんに「ひとつだけグランプリを見るならどこがいいですか?」とおたずねしたら、迷わずアッセンという答えが返ってきた。アッセンは、とにかくお客さんがたくさん集まる。その文化のちがいを見てこいという含みがあったのだと思う。アッセンはさすがオランダだけあって、平らな土地にうねうねとコースがはっていた。対してスパ・フランコルシャンは、山あいをぬってコースがはっている。トライアル屋としては、真っ平らなアッセンよりも、うんと楽しそうなサーキットに思える。そういえば、アッセンのサーキットを歩いても、それほどわくわくしなかったのは、当時からぼくは山っ気があったからなのかな?
アッセンもそうだけど、フランコルシャンももともと公道だったサーキットだ。山あいの道が、そのままサーキットになってしまったようなもんで、コースの横に小川は流れているし、レンガでできた古い建物もそこここにあって、サーキットというより街の歴史みたいなものを感じてしまう。たぶん、サーキットという概念ができる前から、ここではモータースポーツが育ってきていたにちがいない。なんだか、いろいろと重厚なものを感じさせるフランコルシャンなのだった。
と、そんなモータースポーツミーハーの思惑はさておき、最近のトライアルは、こんなふうにサーキットを開催地とすることが多い。サーキットはモータースポーツのメッカだから、トライアルを受け入れる素地は充分にある。問題はセクション。これまで、トライアル大会はセクションに適した場所を選んで開催地としていたが、サーキットを開催地とすると、必ずしもよいセクションが作れる場所があるとは限らない。というか、今の世界選手権トライアルに適した地形なんて、そうそう転がっているわけじゃない。
だからもてぎがやったように、大量の岩を運び込んで、敷地内に世界選手権に適した難度の地形を演出することになる。フランコルシャンは、もてぎとちがって古い山が多いから、自然の地形もまだまだありそうなんだけど、用意されたセクションはその大半が人工的に作られたものだった。“自然との闘い”なんてキャッチフレーズがトライアルには似合ったものだけど、これからのトライアルは、そのイメージも変わっていくかもしれないなぁ。走るマシンと選手の力量があまりにも高度になったことと、だいたい自然の地形そのものが、この世からだんだん姿を消しつつある。
環境問題から、ロードレースやモトクロスの関係者からは「最後に残るのはトライアル」みたいな話をされたこともあるんだけど、トライアルだって、環境問題は避けては通れないのかもしれない。
投稿者 nishimaki : 22:30
ベルギーにて
気がついたら、まるまる1ヶ月以上も日記が更新されていないではないか。
ということで、ヨーロッパ滞在中に書きためた日記から。
まず、9月15日頃の日記。
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オランダのアムステルダム、スキポール空港経由で、ベルギーにやってきました。
今回飛行機の中で気がついた不思議なこと。ふつう、お水を飲むとトイレに行きたくなる。だいたい、水を飲んでから2時間後くらいにタイマーがセットされるみたいなんだけど、ところが飛行機の中では、このタイマーが少し狂うみたい。
エコノミー症候群になるとたいへんだから、運動しなさい、水を飲みなさいといわれるもんで、せっせとお水を飲む。飲めとイワンばかりにワゴンがやって来るから、ワインも飲む。食事にはオレンジジュースもくっついてくるし、食事が終わったらコーヒーも出てくる。けっこう水分をとっている。
でも、あんまりトイレに行きたくない。我慢しているわけでもないけど、なぜか行きたくならない。もしかして、気圧の関係とかなのかなぁ。着陸したら、上空で栓を締めたペットボトルはぺちゃんこにつぶれていた。ペットボトルがこうなるのだから、ぼくらのからだの中でも、なんらかの気圧的変化が起きているにちがいない。
ベルギーのノールマン・ビージェルマンさんは、日産を扱う自動車屋さんだ。ベルギーにはHRCのヨーロッパオフィスが歩けど、もともと、HRCで使うトラックなどのメンテナンスをおこなっていた。そんなこんなで、ヨーロッパにレースに来る日本勢の多くは、ノールマンさんのお世話になっている。HRCとの関係もあって、ロードレースのライダーが多かったのだが、トライアルでは、黒山一郎、成田匠らがホンダマシンで世界選手権挑戦を始めたことも会って、やはりノールマンさんのガレージを出発点にしている。
1995年にヨーロッパを取材旅行した杉谷も、ノールマンさんのところでクルマとキャラバンを調達した。今回はベルギーGPということもあって、久々にノールマンさんのところに立ち寄り、キャラバンをひいてのパドック入りとなる。
ノールマンさんの敷地には、こんなクルマがある。日産・アーバン。日本名ではキャラバンとかホーミーという。成田匠が世界選手権に挑戦2年目に新車で購入し、その後小川友幸号となり、田中太一号となり、現在はなかば引退してノールマンさんの移動ワークショップとなっている。なんでも、古すぎて通常の車検はとれず、近郊のみを、運転者限定で走ることを許されているのだという。考えてみれば、15年ものになる。日本のトライアルの一時代を支えたクルマなのである。
ノールマンさんのガレージの物置きには、フレディ・スペンサーがチャンピオンをとったシーズン(1983年)のカウリング(ゼッケン3番)がほこりをかぶって置いてあったりする。不思議。こんなところにも、モータースポーツの歴史がさりげなく流れている。
一番上の写真は、黒山健一チームご一行とノールマンさんご夫婦と、お孫さん。スギタニカメラとニシマキカメラ、黒山健一カメラを3台ごみ箱の上に並べて、せいのでセルフタイマーを押して撮ったもの。3台のカメラが、ほとんど同時にストロボを焚いたのは圧巻だった。
自然山通信本誌に掲載された写真は杉谷カメラで撮影、黒山健一日記にあるのは黒山カメラ、この日記のはぼくの。たぶん見分けはつかないと思うけど、3枚の写真は、別々のカメラで撮られたものなのでした。
投稿者 nishimaki : 21:14