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2005年11月30日
無からはじめる
本日のぼくの携帯の
待ち受け画面
ぼくら世代(30代後半から老人まで)のオフロード愛好者は、誰に勧められるともなく、自然とオフロードの楽しみを知った人が多い。考えてもごらんよ。昭和50年代のニッポンは、まだまだ舗装率が低くて、ツーリングに行けば好むと好まざるとに関わらず未舗装路(=ラフロードで、オフロードとは別物という議論はとりあえず置いておいて)を走らされたもんだった。東京育ちのニシマキがそうなのだから、地方にお住まいのみなさんだったら、もっとひんぱんにオフロードに出会うチャンスはあったことと思う。
好きで入りこんだわけじゃないから、こうやってオフロードを知った人の全員がオフロード愛好者になったわけじゃないと思う。でも、中にはひぃひぃいいながらオフロードを抜け出てきて、すっかりオフロードが好きになっちゃった人もいる。
今、巷にはオフロードがない。トライアルパークはオフロードだらけなんだけど、こんなところには、誰も入りこもうと思わないし、そもそもふつうの人は、トライアルパークがどこにあるのかわかんない。オフロードに触れる機会は、今の世代の人には、ほとんどないんじゃないかと思うのである。その点が、ぼくらの世代とは大きくちがう。
メーカーの人と話をすると「最近のオートバイ乗りは本当のオートバイの楽しさをしらないし、オフロードの楽しさをしらない」という主旨の発言をする人が多い。そのとおり、売れるのはスクーターばっかりだし、オフロードスポーツのカテゴリーは壊滅状態だ。
でもね、そこでメーカーはなにをしてきたのかと、ぼくはとても疑問に思うわけだ。「最近のオートバイ乗りは……」といっている人は、自然とオフロードに親しんだ年齢層の人が多い。そしてまた、オフロードマシンは売れないから、スクーターでも作っていようと決めている人も、こういう世代の人が多い。やらせてみれば本当はオフロードが大好きになる人たちがいっぱいいる(かもしれない)のに、メーカーは「だれも寄ってこないから、今日はもう商売をやめよう」と言っている。これでいいのか。
メーカーに言わせれば、オフロードスポーツは絶滅したカテゴリーなのだろう。自然に絶滅したのだから、救いようがない。トキのえさを作ったからといって、誰も買ってくれる人はいない。しかしね、絶滅しかけた動物たちだって、環境が整えば帰ってくる。昔と同じ環境がなくなっちゃったから、オフロードスポーツはそれでおしまいというのは、あまりにも悲しい。
日本にはモーター文化がないと、あっちこっちでよく言われる。でも文化なんてものは、無意識にしろ、誰かが作ろうとしなければできないんじゃないか。日本のモータリゼーションは、単に商売として工業製品が売れるから発達して、売れなくなったから衰退しているだけなのだから、そんなもの文化とはいえない。
これからトライアルをきちんと根付かせていくには、今までトライアルライダーを育ててきたような方法論は通じないと、ぼくは思います(トライアルライダーが、自分の子どもにトライアルをさせるのはここでの話の流れとは少し別問題)。トライアルを始めるに至る、オフロードとの親しみ、トライアルとの接点、その他もろもろ、ここまでトライアルライダーが誕生してきた背景は、ことごとく消え去っているのだから。
さて、今、この世に存在しない市場が、トライアル。世の中から完全に隔離されて生息しているのが、ぼくらトライアル仲間だということを、ぼくらはもっと意識しないといけないんじゃないかと思う。で、存在しない市場を開いていこうと思うと、これからもきっとたいへんだなぁと思う一方、これまた、なにもないところからなにかを生み出す作業になるんだろうなと思うのでありました。
トライアルは困ったものだ愚痴りたい気持ちもあるんだけど、愚痴は言うのも聞くのもつまんないので、今、トライアルにはなにもないのだと思うと、ちょっと気が楽になりますね。
投稿者 nishimaki : 16:15
2005年11月16日
ラジオと運転台
本文と関係あるようなないような、バイク教室の子どもたち。
オートバイの乗りかたより、ちゃんと乗らないとあぶないという
危険意識を勉強することが、なにより意味があるんだと思う
で、ラジオとはぜんぜん関係ないんだけど、東武鉄道の運転手さんがクビになっちゃいました。
そういう話をしたかったのではないのだ。クビでも恩赦になってもいいのだけど、そういう時代なのだなぁと痛感したというお話。
ぼくは中学校から高校生の頃、蒸気機関車が好きであっちこっちにでかけていた。最後のほうは、蒸気機関車が好きなんだか旅が好きなんだか、ただふらふらするのが好きなのかよくわかんなくなっていたけど、ともあれ、ローカル線のホームで機関車を見ていると、かなりの確率で「坊主、乗ってみるか」と運転台に乗せてくれたりした。ぼくはたいてい、機関助手の席に座って、お釜に石炭を放り込む機関助手の働きっぷりや、運転手のスロットルワークを眺めていた。今だったら、あの親切な運転手さんたちは、みんなクビなんだなぁ。
ぼくの弟は、飛行機が好きで、一応パイロットの免許も持っているんだが(宝の持ち腐れ)飛行機でも、けっこうコクピットに入れてもらったりしたもんらしい。わざわざ入れてもらわないでも、運転席と客席のドアが閉まっていないのも多かったから、コクピットをのぞくのも簡単だったのだけど。その機長さんも、今ならクビでしょう。
たぶん、昔っからいけなかったんだろうけど、いけないことにたいしての罰則が、うんときつくなったのかもしれない。はじめて海外旅行をした頃、外国ってのは飲酒運転は不問なのだと思っていた。けっしてそんなことはない。事故を起こさなければ、多少は許すというだけの話だったみたいだ。今は、事故を起こす可能性は、ちょっとでもつぶしておくという姿勢なんだろう。
そうそう、蒸気機関車の旅をしていた頃は、客車ってのは扉は手で開けるもんだった。閉めるのも手動。動いているときでも、扉は開く。混んでるときには扉を開けて、デッキに腰掛けて風に吹かれていた。当時の列車のお便所は垂れ流し式だから、前のほうでいたされた方の物体は、ぼくの鼻先にも飛んできただろうけど、まぁそんなことは気にしていられない。垂れ流しも、今じゃ許されないことですね。
今じゃ、窓が開く列車だって少なくなった。自動車も、窓が開かないのが多くなって、エアコン前提の設計をしてるものが多い。デッキに腰掛けて旅をしたなんて、なんてあぶないことをしていたんだろうと思う一方、そういうことがあたりまえの時代だったんだなぁと、今から30年前の日本を、少しなつかしく思った。
でも、その20年弱前、終戦直後の日本では、列車の乗り方はこんなもんじゃなかったんだね。機関車のデッキにまで鈴なりだよ。乗るほうも走らせるほうもおっかないと思うんだけど「乗る人がいるからしゃあねぇじゃないか」「客室にはいりきらないんだからしゃあねぇじゃないか」てなもんで、油断をすればすぐに死ぬという状態で、列車は走った。
慣れれば、自分の安全はなんとか確保できるようになるんだと思う。キャメルトロフィーに取材で参加したとき、リヤゲートにつかまってよく移動した。狭いクルマに乗り込むより、屋根につかまってしがみついていたほうが楽しいんだもの。ジャングルだし、落ちても死ぬことはないかもしれないけど、ケガはする。ジャングルだから、木々を掻き分けて進むんで、ときどき身を低くしないと、木の枝に顔をはたかれたりするリスクはある。でもみんな、上手に木をよけながら、リヤゲートにしがみついていた。でもこれも、誰かが禁止令を出しちゃった。あぶないなんて言い出すなら、キャメルトロフィーなんてやらなきゃいいだろうと思ったりしたけど、これも時代だ。
で、トライアルのお話。いまどき、オートバイにはいろんな安全対策がほどこされている。ブレーキを思い切りかけてもスリップしない装置とか、スタンドを上げないとエンジンがかからないとか、親切この上ない。ところがトライアルでは、そういう親切さがほとんどない。ぜーんぶ、ライダーが自分で考えて、自分で道をつけなさいということになっている。ニュートラルランプまでついてないから、これだけでとまどってしまう一般ライダーは多いんだ。
でも今のご時世、安全は自分で得るべしという思想は貴重だ。安全安全とがんじがらめにしておいて、それでいて子どもたちの運動感覚がにぶっているとか、危機意識が薄いとか言われても、そりゃそうだろうと思ってしまう。トライアルというスポーツは、スポーツとしてみたら当然なんだけど、オートバイ遊びとしてみると、桁がちがうほどに危機意識を要求されるものだ。オートバイに乗ったり、山の中を走ったり、セクショントライをしたりという楽しみもトライアルの大きな魅力だけど、自分を危機にさらすことができるというのも、今どきの世の中にあっては、トライアルの得がたい魅力なんじゃないかと思う。
危機意識が薄いいまどきの現代人たちは、みんなトライアルをやったほうがいいよね。トライアルがうまくならなくても、危機を実感するだけで、きっと大きな意味があるにちがいない。
投稿者 nishimaki : 21:04
2005年11月07日
ラジオ
恥ずかしいから黙ってたんだけど、ネットラジオに出演しました。ライブドアの。
ライブドア〈ねとらじ〉のRadio Uってやつ。
『あいぶんこジャーナル』のiBUNKO Journal No.58です。
ラジオはRadioのはずだけど、なんでURLがladioなのか、ホリエモンは英語を知らないのかとか、そういう疑問もありますが、この番組をやっているのは水城雄(みずき・ゆう)さん。 Webサイトはこちら。小説家であり、音楽家でもある。 ぼくが知りあった頃は、小説家だったけど、そういえば、当時からFMラジオに出演したりしていた。人前でしゃべるのが苦手なニシマキ的には、なんともうらやましい。
最近は、音楽ユニットもやっているらしい。「Oeufs(うふ)」といって、童謡や唱歌、そしてオリジナル曲を制作してるんだそうだ。
ぼくが水城さんを知った当時は福井県にお住まいで、遊びにいったことも仕事に行ったこともあるんだけど、いつの間にか、東京に住みついていらした。ふと思い立って遊びに出かけ、今はこんなことをしてるんだぜーと話をしたところ、じゃ収録しようとマイクをつきつけられたわけでした。
ぼくなんぞ、自分に縁のない部分は考え方が古くて、小説家ってのは羽織袴で火鉢にあたりながら鉛筆をなめていてほしいと思うのだけど、世の中にはこういう多芸な小説家もいるわけだ。そういえば、水城さんはヨットにも乗る。石原慎太郎はヨット乗りで小説家で東京都知事だから、こういうステレオタイプな職業観はあらためないといけませんね。
それでも水城さんに「職業はひとつに徹したほうがよい」と忠告する人はいるらしいです。ひとつのことを続けていると勲章ももらえるみたいだし(うちのじいちゃんは吉田茂総理時代の外務省でかばん持ちをやっていた。ずっとやってたら、最後には勲章もらってた)その方が世間体がいいんでしょうが、ぼくは水城さんの不思議な生きざまが好き。
放送は、トライアルのこと、自然山通信という雑誌のことなど、お話した。2回だかにわけて公開するとかいっていたから、もしまんざらでもないと思ったら、しばらくして、またアクセスしてみてください。
そうそう、世の中が狭いなと思ったのは、水城さんと知りあった当時、ぼくはロードレースの取材なんかもしていたんだけど、ちょうど清水國明さんが、鎖骨を骨折しながら鈴鹿8時間耐久を走りきって、このときのレポートを書いたりしていた。なかなか感動的なレポートだったのだけど(自画自賛)、その頃水城さんが先生をやっていたカルチャーセンターに通っていらしたのが、清水さんのお父さんだった。
清水さんは今、「森と湖の楽園」ってのをやっている。そしてこれまた、杉谷とぼくの昔っからの知り合いである中澤くん(杉谷と中澤くんは、たぶんぼくと杉谷より密接な関係)が、ここでお仕事している。
みんな、てんでばらばらに暮らしているようで、実はうんと近所で活動している。ラジオを聴いて、誰かとまた、新しいつながりができたら、うれしいなぁ(でも、自分の声を聞くのは恥ずかしい)。
(写真は、なにを話そうかと冷や汗をかきながらメモを作るニシマキ。「そんなめんどくさいことやってないで、話しはじめればいいんだよ」と水城さんに脅されて、結局ぶっつけでお話することになりました。この写真は、水城さんが撮ったもの。水城さんの日記から盗んできました)
投稿者 nishimaki : 17:55
2005年11月05日
ロシア外交
北朝鮮に自ら亡命していた元オウム信者の(そこそこ)美人が、殊勝な(金もうけになると思ったのかな?)芸能プロダクションの手助けを得て(実はめんどくさいことは早く片づけたいという両国の思いもあったと思うけど)日本に帰ってきた。
というような一般ニュースはどうでもよくて、彼女が返ってきた飛行機は平壌〜ウラジオストク〜新潟便だった。新潟に着いたその飛行機は、折り返しウラジオストクに帰っていったのだけど、その飛行機でぼくらの友人がロシアに帰った。
この男はニコライといって、ナホトカに住んでいる。ロシアンラリーでロシアに通っていた頃の知り合いで、やつはオートバイも四駆も、オフロードが大好き。おれのオートバイのパーツが手に入らないかなとか、そういうお願いに答えているうちにすっかり仲良しになったのだけど、やつは英語が話せない。こっちはロシア語が話せない。まぁ、でも、大きな問題はなく、仲良しにしている。
ニコライは、八ケ岳山麓に住んでいる宮田のところにやってきた。で宮田から「ニコライの相手をしていると仕事にならない。1日でも2日でもいいから、代わってくれ」ということで、杉谷にないしょで飛んでいったのだ。ぼくにとって、八ケ岳山麓は気持ちのいいところだけど、ニコライにとっては、ロシアの風景と大差ない。散歩すると、そういうのはイマイチ敵の興味ではない。オートバイに乗るのも、ロシアはジュネーブ条約を批准してないから、国際免許がない。ロシア人が日本のお巡りさんにつかまるとめんどくさいことになりそうだ。山の中だけだったら関係ないだろうけど、ロシアではこわいものなしで動くニコライも、日本ではおとなしい。
病気のお母さんのための血圧計を買ったり、宮田の家の冬支度のまき割りなんかをする。血圧計は、どこでも買えるけど、ニコライは中国製がいやだと言い張る。ロシアには中国製があふれていて、そのすべてが、粗悪品なんだそうだ。気持ちはわかるがね、いまどき日本の製品の半分は中国製で、血圧計に至っては見渡す限り中国製だった。日本の規格で作っているから大丈夫だよ、というところまでは話が通じない。でも、実際に動かして見せて、半分無理やり、日本ブランドの中国製血圧計を買ってもらった。
ニコライは、力持ちである。まき割りなんかは、ひょひょいのひょいだ。男たるもの、こうでなければいけない。おれなんざ、まるきり力もなく(残念ながら色男だから力がないわけじゃない)ロシアで困ったときも、力仕事は全部ニコライにやってもらった。ニコライは、雪道でスタックしたクルマを、荷締め器で引き上げたことがある。それも、あんまり重たくて、ウインチワイヤーが切れてしまったあとを引き継いでのことだ。飯は食うけど、ウインチを積むより、ニコライを積んでおいたほうが、いざというとき、役に立つ。
こういうやつと遊んでいると、日本がなぜ日露戦争に勝ったのか、さっぱりわからない。やっぱり神風が吹いたのかなぁ。ニコライは、最初はぼくらの言うことを聞いちゃいなかったのだけど、日本人の判断も悪くないぞとわかってくれた以降は、ぼくらの方針に同意して作業を進めてくれるので、とてもよい日露関係ができている。だから、やつが日本にやってきたら、みんなでいろいろお世話をしなきゃいけないんだが、日本人は、みんな忙しい。ぼくらがロシアにいくと、5分空港で会うだけのために、ニコライが150kmクルマを飛ばして出迎えに来てくれたりしたもんだけど、日本人は、みんな冷たい。おれなんか、たった1日遊んであげただけだ。
ニコライは、ディーゼルエンジンのランクルがほしかったらしいけど、いまや日本に、ディーゼルエンジンを積んだ四駆はほとんど存在していないらしい。ディーゼルエンジンを積んだランドクルーザープラドをロシア人に売ってもいいという人がいらっしゃったら、ご連絡ください。
やつは、ロシア語以外は話さないけど、最近は英語のメールをよこすようになった。翻訳マシンを駆使してるんだね。一言二言だけど、日本語のメールを送ってきたこともある。びっくり。それに対してこっちは、いまだにスパシーバ(ありがとう)とかダスビダーニャ(さようなら)とかクラシーバ(美人)とか、ほんのちょっとしかロシア語を覚えない。アクションの悪さは、本当に申し訳ない限りだ。
で、決定的だったのは、ハシだ。宮田が教えたというが、ニコライはハシを上手に扱うではないか。ぼくより上手かもしれない。ぼくはハシを上手に扱える人には、問答無用で負けたと思ってしまう(いまだに、正しい箸の使い方がよくわからない)。
そういえばここんところ、ハシについてはたてつづけにショックを受けた。もう一件は、くも膜下出血で倒れてリハビリ中のむっちゃんだ。倒れて、どんな障碍が残るかわからない、まずは手がぜんぜん動かない、という情報が入ってしばらくして見舞いにいくと、彼はすいすいとお箸を使ってごはんを食べていた。きっと、甚大な努力をしたんだと思うけど、おれなんか、ぼへーっと生きているよなぁと思い知らされた4本のハシのお話。
ハシも、外交も、むずかしい。
投稿者 nishimaki : 12:00
2005年11月04日
機械による採点、その後
世界選手権最終戦の翌日、FIMの旗振りで採点マシンによるオブザベーションのテストがおこなわれたのだけど、どうやらそのプロジェクトの雲行きが怪しくなったという話を風の便りに聞きました。確かな人からの情報なのだけど、FIMの直接の関係者ではないから、ほんとにプロジェクトが立ち消えになったのかどうかはわかんないんで、こんなふうにニシマキ日記で書いてます(ほんとは1ヶ月も日記書くのをさぼってしまって、我ながらあわてている)。
ついでに、この機械採点への動きの陰には、FIMがノーストップルールを採用したいという移行が、強く反映されている。止まったら5点。SSDTとかイーハトーブでは採用されているルールだ。概してイギリス人は、ノーストップルールに肯定的だ。トライアルライディングは流れるように走るべしという哲学が、特にイギリスでは根強い。そういう走りをしなければ、SSDTをはじめとしてつるつる滑るイギリスの地形では歯が立たないという背景もあるんだろうけれど。
止まったら5点というルールにすると「止まる」をどう定義づけるかがむずかしい。オートバイの動きを哲学すると、トライアルの場合、なにがなんだかわかんなくなってくる。岩をどかんと登って、真上に飛び上がって着地することがある。これ、進行方向を二次元で考えたら、前進してない。上に向かって進んでいくのを前進だと解釈すると、落ちてくるのは後退になるのか。いやいやマシンが進んでいるほうが前進だなんてことになったら、するするバックすればそれが前進方向になる。あぁややこしい。人間が採点するのはむリだから、じゃ、機械にお願いしよう……。
ところがFIMが開発してきた採点マシンは、前輪の回転をセンサーで察知する形式だから、前輪さえ回っていれば、マシン全体が後退していても、前進していると判断されるものだった(そんなことができるかどうかは別問題として)。反対に、マシンが進んでいても、前輪が止まってしまえば停止と察知される。最初から誤判断が予測できちゃうようなシステムなのだ。
おまけにテストでは故障も発生した。人間のオブザーバーの場合は、見えていなかった場合は減点を取りようがないから、ライダーが得することになるけど、採点マシンの場合もそうなるのか、だったら、ライダーが悪いやつで、故意にぶっ壊したらどうなるのか、なーんて、つまんないことを考えはじめるときりがない。
だけども、この機械の公開テストは、2年前に1度、今回でまだ2度目だ。新しいものが開発される過程では、いろんなことが起こって、いろんな検討がされて実現にこぎつけるもんだ。2度くらいうまくいかなかったからといって、制度そのものをひっこめるのは早計じゃないかとも思うんだけど、機械がトライアルを採点するシステムそのものに限界を感じちゃったということなのかもしれない。
パドックでも、どんなルールがいいのだろうと、ときどき語られることがある。ライダーとしては、どんなルールになっても、そのルールを受け入れて勝利を得てなんぼのものだけど、理想のトライアルルールとはなんだろうと考えてみるのも悪くないもんだ。
インドアトライアルとアウトドアのルールが異なるのも、みんなに知ってもらうには具合が悪いという意見は根強い。インドアではバックしてもいいけど、5回足をついたら5点になる。アウトドアは、今MFJが採用しているルールで、バックは問答無用で5点、しかし横振りを繰り返すことで事実上バックすることも可能になっている。
97年に採用して不評を買った、何度バックしてもよいというルールを復活させればどうだという意見もある。ただし当時は事実上無制限だったセクションの制限時間が、今は1分半(全日本は1分)と定められている。この時間設定をシビアに設定すれば、必要以上にラインを修正したり、一度トライして失敗したからといって、バックしてやりなおしている時間はないから、バック5点の現行ルールや、停止5点の未来の(?)FIMルールの主旨は生かされるというわけだ。 ただし、FIMがノーストップルールを推し進めたいのは、セクション内をするする走らせたいだけではない。ライダーとマシンの技術力がどんどんアップすることで、セクションがどんどんむずかしくなっていく。そうすると、世界選手権に参加するライダーが減ってしまう。これをなんとかしたいという側面もある。 もっと多くの(うまいライダーを増やすのではなく、うまくないライダーでも走れる点をめざしている)ライダーに参加してほしいと思えば、難易度を落とす、少なくとも危険度を落とすしかない(難易度と危険度は必ずしも相関関係にはないんだけど、たいていは難易度を増せばあぶなくなる)んだけど、そうすると、たいていは興行として楽しくなるなるというジレンマをかかえる。 オリンピックを目指すトライアルは、世界中、大序を問わず楽しまれているという前提が必要で、それもあって、アジアでの世界選手権(日本GPだ)やアフリカでの世界選手権(フランスの領土であるアフリカ大陸内で世界選手権が開催されたことがある)、また女性部門の世界選手権やデ・ナシオンなど、こういう流れに沿って組み立てられているものでもある。 その頂点たる世界選手権が、へたするとたった15人そこそこの参加者で争われているというのは、FIMとしてもかっこがつかないのにちがいない。これは困った問題。上位陣が成長を止めてくれればそれもひとつの解決策なのだけど、同じ環境、同じ能力を持っていれば努力が好き、犠牲を払うことをいとわない者のほうが成績が優秀なので、下位のライダーがトップとの差をつめるには、よっぽどの天変地異(子どもが大人になってからだができてくる、精神的に強くなる、お金持ちになる、協力者が現れる等々)が起こらないとありえない。
この5年ほど、世界選手権から引退していく選手もちらほらいるけれど、そういう連中は、ランキング10位から15位の選手が多い。トップ5は、チャンピオンを目指すのに一生懸命になれる。その下に位置するトップ10までは、トップ5に食い込むのに気持ちを向けている。ところがその下は、本人は精いっぱいの努力をし、どんどんポテンシャルを上げているのに、それが成績に現れないことが多い。なんたって、今年の世界選手権全15戦のうち、10戦以上出場したのは15人にすぎない。100人参加しているうちの15位だったら価値があるけど、15人参加している中での15位はあんまり価値がない。FIMのこういう悩みは、理解できる気がする。といって、解決策は見あたらない。
選ばれた者だけが走れるセクションだから、そこを走るトップライダーが輝いて見える。しかし同時に、数多くの中から勝ち抜いてきた事実を見せられてこそ、頂点の価値を見いだすことが可能だ。二つの要素は、両立するのやらどうやら。
そんなこたぁ、FIMが考えていればいいのかもしれないけど、もしおヒマなれば、ちょっと考えてみてください。日本中のみんなが考えれば、そういう波動が、きっと世界を動かすにちがいないからさ。
投稿者 nishimaki : 14:37
