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2006年07月20日
マラソン
杉谷にびっくりされたりあきれられたりしながら、24時間リレーマラソンってのに参加してきた。
7月15日朝10時スタート、16日朝10時ゴール。シンプルですね。やることは、走るだけです。場所は富士吉田近くの北麓公園でした。
北麓公園には立派なトラックがあるんだけど、そこでたすきを渡して、公園を一回り。1.6kmコースには上り坂もあってちょっと(かなり)苦しい。上り坂があれば下り坂もあり。下りは下りで、膝に負担がかかるからまたたいへんなんだけどね。
チームはそれぞれ10人ほど。靴に赤外線で反応するチェッカーを付けていて、これで周回が計られる。ほんの軽いものなんだけど、よくできてる。ロードレースやモトクロスが初めて機械計測したときには弁当箱みたいな箱をマシンにつけらされたものだけど、これならついているのがぜんぜんわからない。これで、足つきの数を数える装置はできないもんですかね(余談)。
中には、スーツとかセーラー服着て走ってるやつとか、赤ふん一丁のやつとか際物もいっぱいいる。もちろんまじめに走っている人もいっぱいいる。セーラー服が遅いかというと、これが全速力で走っていたりする。走るほうに自信がなければ、セーラー服なんて着て走れるわけがないのだ。速いほうは際限がなくて、コニカミノルタが冠スポンサーなんで、コニカミノルタの実業団チームも走っている。こいつらに限らず、ちゃんと走っている人たちは性別年齢問わず、とんでもなく速い。
昔々、サーキット走行ってのをしたことがあったけど(ヤマハTA125のベースとなった市販車改造マシン)、こっちがおっかなびっくりヨタヨタ走っているイン側を、一瞬にして抜き去って消えていくバカッ速い人たちがいた。ヨーロッパ転戦から帰ってきたばかりの根本健さんにもぶち抜かれたことがありました。スピードは桁がちがうけど、正しいランナーにぶち抜かれたニシマキなんちゃってランナーは、そんな昔日の光景を思い出してしまった。もうちょっとわかりやすくいうと、アウトストラーダをフィアット500で走っていて、フェラーリの12気筒にぶち抜かれるような感じです(やっぱりわかりやすくないか)。
自分でもなんでこんなことになったのかなぞ。学校卒業したての若い娘にメル友になってもらってるうち、すっかりだまされたのが真相なんだけど、公式コメントとしては、次は平谷に出場するし、8月にはベルドン5日間に参加するから、足腰鍛えておくかなという大義名分がある。努力や練習がきらいだから、練習に出かけていってぼけーっとしているより、体力トレーニングしたほうが効き目があるんじゃないかという逃げ口上もあり。
昔々、中学のときには1.5kmを5分か6分で走ったことがあるなぁという記憶があって、そんなもんかと思っていたけど、そりゃ、当時は膝もちゃんと動いたし腹も出ていなかった。杉谷が昔はTLRの上で逆立ちができたけど、いまじゃ畳の上で逆立ちするのもおぼつかないのといっしょだ。
ベストタイムは1.6kmを8分20秒ほど。上り下りがけっこうあって、上りでばてて、下りで膝をいたわってだから、タイムが出るわけがない。ひとりで醜態を晒すのはいやだから、慧菜と茅美佳、娘どもをふたり巻き添えにした。仲間は21人もいて、2チームに分かれての参加。娘どもは別のチームで走ってたんだけど、夜中に茅美佳に「いよっ」と肩を叩かれて抜かれたのは軽くショックでした。彼女にはベストタイムで1分ほど差をつけられた。学校で駅伝をやってる芙海は年齢制限にひっかかって参加できなかったんだけど、連れて来たら、もっとぶっちぎられるところだった。でもまぁ、藤波父ちゃんや黒山一郎さんが息子たちと競ったらどうなるかを考えたら上等であると、無理やり納得する。
大学生がいたり、消防隊予備軍の学生がいたり、いろんな仲間がチームにいて、なかなか濃い24時間だった。トライアルは試合の前後では濃ゆいコミュニケーションの時間が流れるけど、リレーは走っている人以外は待ってるしかないので、仲間の輪の作り方もトライアルとはまたちがって新鮮。こういう感覚は、ジャングルで道路工事をしながら荒れ果てた廃道を進んだキャメルトロフィー以来だった。
キャメルトロフィーでは、数十人の仲間たちが、代わる代わるにスコップを持って作業をする。作業ポイントは全員で作業できるほどには広くないから、順番で仕事するのだ。炎天下で作業するから、そうじゃないとあっというまに死んでしまう。仕事のないときに飯を食ったり川に水浴びをしに行ったり、そういうのも全体的には立派な仕事のうち。24時間マラソンも、人が走っている間にぐぅぐぅ寝ているのは立派な仕事であるわけだ。
それにしても、参加は200チームにも及んでいた。6人から参加ができるんだけど、12人ほどのチームもあって、参加者だけでざっと2000人、ものすごいビッグイベントだ(エントリーフィーだけで1000万円以上になるなぁと、せこいニシマキは数えてしまった)。スタッフの皆さんは、ランナーが補給するお水を休みなく用意し続け、同じく栄養補給用のバナナを24時間切り続け、そういえば吉田うどん(なかなか絶品でした。今度、あらためて富士吉田にうどん食べに行きたい)のサービスがあったり朝にはおにぎりをもらえたりしたけど、あれも2000食用意したってことだなぁ。すげー(1000万円はすぐなくなっちゃいそうだなと、せこいニシマキはまた計算した)。
トライアル大会では、だいたいひとつのイベントで200人も集まってしまうと、そろそろ収集がつかなくなってくる。いろんな意味で、手軽なスポーツとそうでないスポーツのちがいを実感させられることになった。というか、トライアルはぜいたくなスポーツなんですね、きっと。
ニシマキの場合、ジョギングシューズはなんでもいいのだと高をくくって、近所のスーパーで3000円のを買ってきた。それなりにサイズは厳選したつもりなんだけど、ちょっと走ってみたらどうも物足りなくて、トライアルブーツに入れていた中敷きとかを取っ換え引っ換えして試行錯誤した結果、結局何千円か出費して気持ちのいい中敷きを買ってきた。最初から1万円のジョギングシューズは買わないくせに、始めてしまうとトータルで1万円出すのは抵抗がないわけだ。最初に80万円のトライアルマシンを買うのに抵抗がある人が多いのは、当然ですね。
速い人は速く走ればいい、疲れたら歩いてもいいというのも敷き居が低くてよろしい。ニシマキはアホなので、上り坂をがんばって、その先の平らなところになって歩いたりしていた。レベルをまちがうと手も足も出ないトライアルとちがって、平和です。
ぼくらの仲間では一番速かったのが山田くんの5分20秒、彼は消防士の卵で、体は商品だからさもありなん。もっとも素晴らしいタイムは15分台で、チームリーダーの西田くん(素性はよくわからない。これから仲よくなろう)が夜中にみんな寝てしまって誰も走らないなら、ぼくが走り続けますとでていったときにマークしたタイム。責任感の結晶の記録でした。
ちなみにチームの最年長はその西田くんのお父さん(その次の年長者が、ぼくだ)だったんだけど、お父さんは7分ちょっとで回ってきなさる。年齢がいっていても、日ごろの鍛練次第で若者に負けない記録が出せるわけだ。ニシマキみたいに、日ごろからだらだらでれでれ歳を取っていると、気がついてみたらどうしようもなくなっているわけだ。
トライアルを始めたばっかりの人が大汗かいてオートバイに乗っているのを見ると、トライアルもいい運動かなのかなぁと思うけど、ちょっとずつうまくなってここでも力を抜く術を覚えちゃって、ここでも手抜きをやっている。
走ってから3日たって、意外に筋肉痛もひどくなくて(もちろん手抜きをしていたからでもありますが)気分もよろしい。世界選手権2日間取材するほうが、よっぽど疲れる。どうやら疲れというのは、動いたから疲れるものでもなくて、動かないから疲れたり、精神的に緊張が続いたりすると疲れたりと、奥が深いものがあるのではないかと気がついた。疲れたからとなにもしないでいると、どんどん疲れてくるのかもしれない。ぼくが疲れているのは、そういうことなのかもしれないなぁ。
今週末は、平谷のトライアルに行きます。伊那では天竜川があふれそうだというし、平谷の山あいはどうなっているんだろうなぁ。ぼくは第1回の雨の日に走って、敗残兵みたいになって帰ってきた。トライアルは、からだも動かすけど精神的にもつっこまれることが多いんで、平谷ではやっぱり疲れ果ててしまうでしょうね。楽しみでもあり、おそろしくもあり。生きていたら、またお会いしましょう。
投稿者 nishimaki : 19:37 | コメント (3)
2006年07月06日
オートバイのいらないトライアル遊び
いろんなところに何度も書いているんだけど、6月24日土曜日にJMMというイベントがありました。正式名称はJournalist Mortorcycle Meeting、雑誌屋さんが集まってオートバイで遊ぶ集いです。
これが、いろんな意味で考えさせられるイベント。ぼくひとりで考えているのももったいないので、みんなにもおすそわけします。
ところがいつの頃から、参加者が激減した。主催者の鈴木雅雄さん(JOPPAと呼ばれている。じょっぱるは青森方面の方言で頑固者という意味だそうで、そのとおり頑固者。それゆえ、みんなが逃げていったという説もあるけど)の言を借りるまでもなく、雑誌屋さんがオートバイに乗らなくなっちゃったのだ。オートバイ雑誌を見ると、華麗なライディングシーンがあふれているけど、そういうのはたいていプロの乗り手たちで、雑誌を作っている人が実際にオートバイ遊びをする、あるいは日常の足にしているというケースは、どんどん減ってきている。
「オートバイの楽しみを伝えるべき人々が、そのオートバイの楽しみを知らずしてなんとするか」
と、JOPPAは酔えば酔うほど饒舌に嘆く。そのとおりでござる。さらにいえば、最近はオートバイメーカーの人間も、あんまりオートバイには乗らないという。世も末なのである。
その結果、開発者や雑誌屋は、プロの意見を聞く。プロの意見は大切なのだよ。でも、プロばっかりの世の中が成り立つわけがない。アマチュア野球や草野球を楽しむ人がいるからプロ野球が成り立つのであって、全員がプロになったら、つまらないではないですか。なのに素人がオートバイに乗らないもんだから、プロの意見ばかりがまかりとおりる。その結果、現代のオートバイのほとんどが、とんがっちゃって、乗れる人には楽しいけど、乗れない人にはちっとも楽しくないという代物になっている。
護身用に拳銃を求めたらM16を与えられたようなもんだ。レミントン・ダブル・デリンジャーのような視点が、オートバイにも必要なのではないか。思いついたたとえが思いきり不適切だけど、こんな発想で、JOPPAは現在のJMMを主催している(過去のJMMは、雑誌屋がみんな相応のライダーばっかりだったから、たいへんに過激だった。ライダーとして才のない輩が雑誌屋入りしたのは、ニシマキあたりが時代の走りだったかもしれない。とほほ)。最初のJMMはモトクロスバージョンだった。少しして、トライアルバージョンができた。今では、トライアルバージョンだけが、毎年開催されている(2006年は、オートバイに乗りながら釣りを楽しむというバージョンが復活する)。
例によって前置きが長くなりました。
対象となる雑誌屋(やメーカー関係者)がオートバイに乗らなくなっているので、参加する人が減少していたというのが、ここまでのあらすじです。
このJMM、簡単にいうと、オートバイ不要のトライアル大会。ライダーはロードスポーツや自家用車に乗って、ぽつぽつと集合する。オートバイは、それぞれセクションに置いてあって、全員が同じオートバイでトライする。オートバイは、1日中ひとつのセクションで大活躍するわけだ。
セクション間の移動は、歩く。トライアルができるひとは、歩くなんてめんどくさいぞと思うかもしれないけど、参加者の多くは、オートバイで移動したら、歩くよりも疲れてしまうにちがいない人々である。
だいたい1チーム5〜10人をセットにするのだけど、各グループにはリーダーを任命させてもらっている。リーダーが先生役になって、トライアルを知らないひとを引っ張っていくんである。リーダーシップのある人、トライアルのうまい人、オートバイのうまい人等々、リーダーにもいろいろいるけど、20年以上もやっていると、リーダーも与えられた仕事はきちんと理解していただいているようだ。
JOPPAはしゃべらせると辛口だけど、イベントは基本的には参加者にやさしい。スタッフのホスピタリティ精神は、ぼくもずいぶん勉強させてもらった。今ぼくが(まじめにトライアルやったら、まだまだどへたくそ部類なのに)初心者向けの講座をある程度自信持ってやっていられるのは、ここんちのスタッフとの交流と、そこから生まれるノウハウがあったからだ。
JMMには、ぼくがやっている「はじめて」体験講習会と、もうひとつ、子どもの講習会もある。親子で会場にやってきて、お父さんお母さんは喜々としてオートバイ遊びをしている。子どもだけほったらかしではお気の毒。で、乗れない子どもも乗れる子どもも、いっしょになって講習会に参加する。ふだんお父さんにオートバイを教えてもらっている子どもも、同じ年ごろの仲間と走るのは、また格別の思いがあるようで、これまた引率者の人柄とともに、毎年なごやかにことが進んでいく。
最初に、参加者が減ってきたと書きました。これは過去形です。今年は子どもまで合わせると、全部で150人の参加者が集まった。ちゃんと定員を設けてお断りをしないとまずいんじゃないかという話もあるんだけど、雑誌屋やメーカー関係者が乗りたくないオートバイに、乗りたいとおっしゃってくれる人がいるというのは歓迎すべきことで、だからむげには断れない。で、150人になっちゃった。
実は、数年前から雑誌屋やメーカー関係者に限るという枠を取っ払っちゃった。それより、乗りたい人に乗ってもらおう。大々的に告知をするにはいたっていないけど、口コミが口コミを読んで、初参加の人が3人くらいずつ連れてくるもんだから、まるでねずみ講みたいな勢いで参加者が増えていくのだ。
参加費1万円。この金額自体は、けっして安くはないと思います。だけどオートバイはガスガスやシェルコやスコルパ、ホンダのRTLを始め、セローやCRF100などがセクションで待っててくれる。装具は自前だけど、持ってないなんて人がいたら、しょうがねーなーと言いながら、スタッフのストックの中から貸し出すようにしている。お昼は、毎年お世話になっているケータリングシステムがあって、最後には豪華抽選システムもある。
こうやって諸元を並べてみれば、参加者が集まらないほうがおかしいというようなイベントだ。でも、雑誌屋やメーカー関係者に対象を絞っていたときには、まるで閑古鳥でボランティアに頼った運営さえも成立しないというなさけない状況だったのだ。
教訓はふたつ。ひとつめは、今のオートバイ産業は、オートバイが好きでもない人たちによって形成されているということ。もうひとつは、ターゲットにねらいを正確に合わせれば、お客さんは増える。
JMMのお客さんがこんなにも増えたのは、特にやりかたを変えたわけじゃない。今までシャットアウトしていた人々を、歓迎しただけのことだ。
このイベントをお手伝いするたびに思うのだけど、これと同じようなことが、トライアル産業界にもいえるんじゃないかといえるんじゃないか。こんなイベントを日本中でひんぱんに開催したら、トライアル人口は今より劇的に増えるんじゃないか。そううまくいくもんかという声がすぐに聞こえてきそうだけど、少なくともそういう可能性がおおいに秘められているだろうという期待はある。
トライアルの世界の人にも、このイベントに長く協力している人はいる。ぼくや村岡ジッタ(彼のほうがずっとずっと長く関わっている)はスタッフだけど、木村治男さんや藤田秀二さんは参加者として関わってくれている。木村さんは、今回も会社の女性軍を大量に連れてきてくれた。
かつてライディングスポーツ時代「トライアルを表紙にすると売れない」と決断して、以後二度とトライアルを表紙にすることがなかった(表紙になったことがあるのはルジャーンと近藤博志さんのみ)二代目編集長古谷重治さんも、年に一度のトライアルを楽しんでおられる。売れなくたって、本人は楽しい。もしかしたら、当時は売り方がへただっただけかもしれないけどね。
毎年パリダカに参戦している菅原義正さんも、会社の人を連れてやってきてくれた。「おれ、トラック屋だと思われてるけど、もともとバイク屋だかんね」と楽しそうなのだ。菅原さんはオートバイで二度パリダカに出場したけど、完走経験はない。「今ならいけるんじゃないですか?」とお世辞を言っておきました。今のパリダカは当時よりはるかに高度化されているから話がちがうだろうけど、いろいろ経験を積まれた菅原さんは、ずっとたくましくなっているはずだから。菅原さんは「いやー、だめでしょう」と当然の反応でしたけど。これは余談。菅原さんも、大昔にはトライアルを楽しんだひとりだ。
オフロード界のおそるべきポータル「ダーヌポ」を主宰するホッパーさんもご参加。ぼくは初対面。ネットの中の人物像と実在する人間とには大きなギャップがあって、今回も楽しい出会いだった。
アルプスヴァンの秋山さんも参加してくれた。秋山さんは125Fを持ってきてくれた。SSDT参加経験のある青池武さん(ヤングマシンでお仕事させてもらっていた時代にはお世話になりました)など、なかなか豪華な面々が揃っている。
亜路欧の萩原さんは、最近は自分で乗ろうとしないけど、このイベントの効能はよくご存知で、全国のガスガス取り扱い店などに「こういうイベントをぜひやってみたらどうか」という話をしているらしい。やるなら、一度見学においでなさいというわけで、萩原さんはいろんなトライアル関係者に声をかけてくれたということだけど、残念ながら、トライアル関係での新規参加は、ほとんどない。
これはいったいどうしたことだろうね。実際問題、すでにトライアルをやっている人にとっては、このイベントは楽しいイベントではあるけれど、楽しいトライアルではなくなっている。しかして、トライアルライダーが楽しいと思うイベントは、ふつうの人にとっては苦行以外の何者でもない。トライアルライダーは自分が楽しい世界しか見えなくなっているから、こういう別次元の世界は、じっくり観察する必要があるんじゃないかと思うのですけれど。
みんな、自分のことばっかりで精いっぱいなのだろうけど、でもね、今、トライアルを楽しんでいる人の中で、このイベントでトライアルを知ったという人はたくさんいらっしゃる。このイベントで泥の上を走る楽しさを知ってしまった幸せな人たちは、けっこうたくさんいるはずなのだ。
JMMや、相模川の初心者大会(近く、クリーンアップ大会の特別版として8月のイベントについて発表の予定)や、ど・ビギナーでやってるはじめて学校など、こういうイベントはトライアル愛好者には「なにやってんだろうなー」くらいの低レベル以下のトライアルだけど、けっこうその後トライアルマシンが売れている。お金の話を持ち出すといやな顔をする人も多いけど、こういうイベントを催すことで、トライアルは確実にお客さんを獲得する。なんでトライアルを商売にしている人たちが、こういうイベントに手を出さないのかなぁ。
まぁもちろん、あんまり商売熱心になって、イベントのあとでローンの契約書とか持って歩き回っていたら一発できらわれちゃうだろうけど、初心者向けイベントには、そういう期待値があるわけだ(費用対効果という点では、悪いけど世界選手権日本大会よりはるかに効率がいいと思われる。もっとも、世界選手権があるから、トライアルの認知度が上がっているという背景はけっして否定するものではありません念のため)。
トラックで大量のトライアルマシンを運んできてくれた亜路欧の萩原さんも、JMMスタッフに言わせると「ガスガスのカタログくらい配ればいいのに、日向ぼっこして犬と遊んでるだけ」の健やかな一日を過ごしておられたけど、カタログを配るのも商売っ気のうちだし、どこまでやるのかはむずかしい。そういえば我が自然山通信も、JMMではお店も出したことがない。イベントの主旨もあるけど、そんなひまがないのですね、現実的に。
半分愚痴みたいになったけど、ともあれ、このイベントはたいへんに素晴らしいイベントなのはまちがいない。自然山の読者の皆さんは、このイベントの対象レベルを卒業している人が多いだろうけど、今トライアルを知らないひとに楽しさを知ってもらうことで、楽しみの世界が広がるのだ。1万円の元は取れるという豪華な賞品群だけど、賞品がいいからきている人って、どれくらいいるんだろう。そのほとんどは、このオートバイ遊びが楽しいからきているにちがいないのだ。
クリステル・チアリさんも、去年が楽しかったらしく、今年はたくさん仲間を連れてやってきた。そういえば、萬沢まやさんという人も、このイベントでトライアルの楽しさを発見したらしい。彼女はいまや珍しい存在となった雑誌屋さんだけど、実はお父さんは安央さんといって、トライアル普及の大御所である。彼女が「トライアル楽しい」と言ってると聞いて「いまさらなにを言うか、親の顔が見てみたい」なんて思ってしましたが、トライアルとの出会いには、こういうこともあるわけだ。
うちのもっともご近所の読者であられる瀧田巡査部長さんも「来年はトライアルにはめたい仲間を連れてきます」とニコニコ顔でお帰りになった。5歳の息子の岳くんは、友だちがいっぱいできて盛り上がっていた。きっと帰りのクルマの中では、一気に疲れが出て、こてんと寝てしまうことだろう。
トライアルはとっても楽しいのに、トライアルを取り巻く環境は、まだまだたいへんに未成熟。トライアルを普及振興させていくためには、このへんがきっちりしていてほしいもんだと、また思いを新たにしたのでありました。
投稿者 nishimaki : 16:11 | コメント (3)
