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2006年09月27日
アールスト
アールストは、ホンダ・ヨーロッパの本拠地のある街で、ホンダ・レーシングの総本山でもあるから、日本のレース関係者には、この街を知らない者はほぼいない。でもぼくは知らない。もぐりだからってことにしておこう。
アールストで知っているのは、杉谷が連れてってくれる、町外れのコインランドリーだけだ。鉄道の線路をくぐった先にあるコインランドリーは、なんだかさびしい通りに面していて、人種的にも風体的にも、なんだかだいじょうぶかなぁと心配になるような人が通りすがる町並み。まぁ彼らも、なにかの縁で話をすることになれば、けっしてあぶない連中じゃないんだけど、景色としてみると、あぶなっかしく見えてしまう。こっちの目が、日本人の視線になっているというのもある。
おまけに本日は、洗濯機を回して飯を食いにいって(この店がまたチャールズ・ブロンソンのできの悪い弟みたいなのがやっている、あぶなっかしい店。シシカバブはうまかった)帰ってきたら、なんと停電で止まっている。おまけにフタも開きゃしない。なにをしゃべってるんだかさっぱりわからない(言語的な問題ではなくて、ろれつが回っていない)お兄さんも、憂いを秘めたおねーさんも、洗濯物を抱えて待っている。ぼくらは洗濯物を人質にとられているので、おとなしくそのへんを散歩してくることにした。
で、はじめてアールストのセンター街へでたわけだ。
あーん。なかなかいい街なんじゃないの。街の真ん中の広場で、のんびりしていたら気持ちがよさそうだ。今までアールストといったら、なんとなく暗くてあぶなそうな街という印象があったけど、ごめんなさい、あらためます。
街は、少しのんびり歩いてみなければ、わからない。
気持ちのいいアールストに出会って帰ってみたら、コインランドリーの停電は解決しておりました。
投稿者 nishimaki : 16:08
2006年09月21日
時差ボケ
ベルギーに到着。日本を11時頃出発。約10時間のフライトでロンドンに午後4時について5時半に乗り換え便でブラッセルへ。空港から列車に乗って、デンデルリーフというかわいい名前の駅に着いたのが夜の10時だった。日本を出てから見かけ上は9時間の旅。家を出たのは午前6時だったから、実質は24時間の旅だった。
時差ボケについて「ニシマキさんでも時差ボケなんてあるんですか?」と藤波貴久選手についこの前聞かれた。ふだん昼夜ひっくり返った生活をしているから、実際の昼夜がひっくり返ったって、問題はなかろうというのが彼の推察である。そんなこたぁないんだな。むしろ、朝起きて夜寝るという生活のリズムを守らなければいけない制約がないから、へたをするといつまでたっても体内時計が新しい国になじまない。日本からヨーロッパに行くときには、西向きに移動するから多少は時差ボケが軽いのと、現地に着いてから昼間動く仕事がいっぱいあるので、強制的に体内時計は矯正されるけど、それでも数日間はなんだかおかしい。
まず、妙な時間にトイレにいきたくなる。ぼくの場合、朝ご飯を食べなくても起きたらうんちをしたくなるんだけど、とにかく朝になったらうんちをすべしというお約束がからだの中にできているようだ。ヨーロッパに渡ってしばらく、およそとんちんかんな時間にもよおしてくる。今も、ヨーロッパ初日にして、朝4時に目が覚めてしまって、これを書いているんですけどね。
うんちだけじゃなくて、ふだんは夜中におしっこに起きるなんてことはないんだけど、今日は2回も起きてしまった。これも時差ボケだ。
しかしおかげで、いいものを見た。今泊まっているのは、杉谷所有のキャラバンだ。そのキャラバンは、ノールマンさんというブラッセル郊外の自動車屋さんの庭に泊まっている。トイレは工場の中にあるけど、おしっこはそのへんに勝手にしてねというお約束。だからおしっこはキャラバンのドアを開けて、空の下で開放的におこなうことになる。
10時に寝るときには、まだ空には夏の星座が光っていた。天頂には七夕の織り姫さまと彦星さま。ここはブラッセルから10kmばかり離れた郊外なので、天の川もかろうじて見えた。
次に起きたのは1時半くらいだった。空は秋の星座になっていた。秋の星座は、目立たないのが多い。水瓶座とかアンドロメダとか、明るい星がないんだね。夏の星座を見てから3時間、空の季節はすっかり移り変わっていた。
そして今さっき、またおしっこ。東の空からは、オリオン座が登ってきていた。一晩で、夏から冬まで、一足飛びに星座を眺めたことになる。プラネタリウムだったらボタンひとつでこんなことも可能だけど、これはまぎれもなくホンモノの空。時間だけじゃなくて季節までぼけてしまったわけだけど、季節の流れが一晩で見られるのだから、時差ボケも、悪くない。
写真は、ベルギー空港からベルギー市内へ向かう列車の中で雑誌を読むおじさん。英語で電話していたから、どうやらベルギー人ではない模様
投稿者 nishimaki : 22:19
2006年09月16日
陸さんの逮捕と自然山通信
新大久保の携帯電話屋さん、陸さん他陸さんのお店のスタッフ3名が逮捕された。
といってもさっぱりわかんないだろうけど、ニシマキにはショックで恥ずかしい事件だった。恥ずかしいというのは、陸さんを逮捕にいたらしめた日本の無知に対しての感想です。
この事件、ぼくがベルドンを走り終えた頃のタイミングでの事件で、帰ってきてからニュースを知ってびっくり。ぼくが海外で使っているNOKIA6680は、日本ではVodafoneの電波をつかむ携帯電話としてメールのやりとりなどに使っているけど(自然山の試合速報はほとんどこの機種からおこなっている)、この電話はこちらのお店から買ったものだ。
http://www.landk.ne.jp/
陸さんの逮捕容疑は、どうもよくわかんないもので、その顛末はこちらに詳しい。
http://d.hatena.ne.jp/shamil/
ぼくと陸さんは機械を購入するときにちょっとお話ししただけだけど、海外で日本語の使える携帯電話を使っている人の中には、陸さんのファンは少なくない。
お店には、フィンランドの人や、えーと、どこの国の人だったかな、とにかく日本人以外の人が働いていて、陸さんの奥さんの木村さんは「日本人は私一人なんで少数勢力なんです」と言っていた。
携帯電話についての興味もあるけど、ぼくにはこういう多国籍ぶりがおもしろくて、今度は彼らがおいしいと思う新大久保のお店にいっしょに食事に行きたいもんだなぁと思っていた。
で、木村さんにぼくの仕事のことをお話ししたら、なんだかいたく興味を持ってくださって、木村さんの日記に紹介してくれて、リンクもしてもらっている。
http://oasobi.cocolog-nifty.com/yu_sora/
お店のBBSにはアクセスできなくなっているから、こっちもちょっと心配だったけど、こっちは無事。お店も、先日から無事に再開されているようだ。
こんなふうな逮捕事件って、なんだか昭和初期のあぶない日本時代みたいだよなぁ。世間や中国は小泉の靖国問題ばっかりやり玉に上げるけど、日本があぶなくなっていくのは、こんなところからなんじゃないかという気がしないでもない。
火曜日からまたベルギー、フランスへ行ってしまうけど、帰ってきたら、新大久保に遊びに行ってみようかな。
投稿者 nishimaki : 22:11
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2006年09月12日
クルーセルの携帯ケース
ぼくはNOKIAの携帯電話を使ってます。日本では異端児。でも世界的にはこれがもっとも高シェアを持っています。NOKIAの電話機は起動するとき、タリラリランという決まったメロディを発するんだけど、海外の飛行機に乗ると、飛行機が着陸すると同時に客席のあちこちからこのメロディが聞こえてくる。ほんとは携帯電話は飛行機を出てからオンにすべしなんだけど、NOKIAユーザがマナーが悪いというより、やっぱりそれだけNOKIAが普及しているということなんだと思う。
NOKIAの宣伝をしたいんじゃないんだ。
これだけ世界中でシェアの高いNOKIAだから、世界にはNOKIA用のアクセサリーはいろんなのが出ている。日本の携帯電話屋さんにはほとんど見かけないけど、携帯電話に関しては、日本はものすごいへんてこな発展をしているのがいかんですね。
携帯電話だけじゃない。コンピュータも、大昔の(15年くらい前)日本では日本独自のハードウェアを使ってたから、世界との接点をつくるのがたいへんだった。でもコンピュータが日本で本格的に普及してきたのは日本独自のハードウェアから、世界標準に時代が変わってからなんだけど、携帯電話には変化は起きそうにない。悲しい。
でNOKIA。NOKIAはフィンランド製だけど、ここに並んでいるのはスウェーデン製の革ケースクルーセルご一行。右から汎用PDAケース(はいっているのは2.5インチハードディスク、隣は最近めっきり使わなくなってしまったPalmM515。その隣にNOKIA6680と6630(Vodafone702NK)が並んでいて、一番左は6680ケースがもう一つ。
携帯電話にケースという文化は、なぜか日本にはないけど、これまたよその国ではけっこう一般的だ。ケースは3000円ほどするんだけど、1円の電話に3000円のケースを着せてやろうとはふつう思わないんだろう(10万円のカメラに3億円のケースを用意するようなもんだ)よその国ではNOKIAは1円では買えないので、ケースを着せて大事にしようという気運があるのだと思う。
NOKIAは、日本ではVodafoneとFOMAに、それぞれラインアップがある。日本の携帯電話はキャリアと電話機が直結した関係だけど、諸外国では並列の関係だ。この関係がうらやましくて、ぼくは海外用NOKIA6680を日本語向けに改造したものを使っている。そのかわり、この電話は6万円弱もしたんだ。その価値があったのかといえば、まだまだ真価を発揮していないけど、さすがに6万円の電話は大事にしなければ悲しいので、さっそくケースを購入した。
ところが使用半年、このケースが壊れちゃった。このケースはベルトクリップとかが装着できるようになっているんだけど、そのとりつけ部分が欠けてしまった。ぼくはベルトクリップはまったく使わないので、欠けたら欠けたまんまでもいいかと思ったんだけど、せっかくだからクルーセルジャパン(http://krusell.jp/)に問い合わせてみた。そしたら保証期間内ということで、無償交換してもらえることになった。3000円の商品のトラブルに新品交換というのも太っ腹だなぁ。すぐに新品が送られてきて、同封の封筒で古いのはそのうち送り返してね、との指示があった。一番左のケースは、送り返す前の破損したケースだ(中に圧紙が入っている)。
自然山通信でも、買ったビデオがきれいに写らない、という問い合わせがきたときには、おんなじような対応をしているけど、よそさまがこういう対応をしてくれると、妙にうれしくなる。こわれちゃったときには「なんだだめじゃん」と思うけど、そんな気持ちは帳消しだ。
さらに駄目押しがあった。日本でクルーセルといえば、熱心な伝道師がいらっしゃる。清水隆夫さん。その清水さんの働きで、クルーセルジャパンが特別プレゼントしてくれたのが、一番右の汎用ケース。「汎用ケースを作ってみたけど、どんな使い方が便利か、モニターしてちょうだい」というのがプレゼントの目的らしい。
いただいた当初は、またPalmでも使ってみようかと思ったけど、最近はもっぱらNOKIA6630がぼくのPDA化している。電話帳やスケジュールもMacintoshとシンクロするので(もちろんPalmでもできるけど)とっても便利。それに、ごらんの通り、このケースはPalmには少し大きい。
だもんで、ぼくはもっぱら2.5インチHDDケースとして使っている。
このHDDは、自然山通信最新号についての仕事がそっくり入っている。家の机のデスクトップと出先のトートパソコンの両方で仕事を進めるために、お仕事一式は外部HDDに入れて持って歩いている。大事な大事なHDDだから、クルーセルの頑丈なケースに入れてあげるくらいでちょうどいいのだった。
クラーセルさん、清水さん、ありがとうございました。プレゼントしていただいた直後にご報告しなきゃいけなかったんだけど、今日になっちゃった(書かなきゃいけないものを、飛行機の中でまとめて書きました)。汎用ケースは、HDDを入れるのが、ぼくのお気に入りです。
●追記
クルーセルジャパンのサイトにパスワード規制がかかっている。なんでだろう?
クルーセルについては、こちらhttp://www.krusell.se/をご覧ください
投稿者 nishimaki : 12:23
2006年09月08日
プロバンス新聞
3日目だったかな? 地元のプロバンス新聞の記者さんがやってきて、日本人を取材したいという。その記事が、4日目の朝刊に載っていた。これがこの記事だ。新聞に載っちゃったから、日本人は有名人になっちゃったねーなんて思ってたんだけど、帰ってきてからフランス語のわかる人に訳してもらったら、なんのこった。
取材は、マリオ・カンデローネ(ほとんど今回のベルドンの主人公のひとり。イタリア人にして七人の侍のメンバーの一人)につきあってもらった。なんとなれば、プロバンス新聞の記者さんは、英語があんまり得意ではなく、こちとらポンニチは、フランス語は全滅だからだ。マリオはフランス語はそれなりに話す。スペイン語はイマイチ。英語はかなり上手に話す。日本語はぼくのイタリア語と同レベル。
何人できたのか、ベルドンは何回目か、年はいくつだ、オートバイはどうしたのだ、云々カンヌン。記者さんの取材はしつこい。最近のニシマキは、ライダーの気持ちをおもんばかって、取材はどんどん簡素化していっているけど、ライダーは取材を受けるのが仕事だから、こんなふうにしつこく食い下がるのも必要だなと反省しました(といいつつ、直後のアンドラでは、藤波貴久選手が他の取材の相手に忙しそうだったので、やっぱり遠慮してしまったのだった)。
でね、ぼくらの記事だけど、なんだかぼくの名前がいたるところに登場しているなぁとは思ったんだ。
野心のない、いや、野心を見つけにきた変な日本人6人組!!!
イタリア人の10年来のお友達マリオ・カンデローネ曰く、Hiroshi NISHIMAKIは日本人じゃないとさ。ふつうの日本人は秩序正しいんだけど、Hiroshiのようなふつうじゃない日本人だと、トライアルの試合でも規制が多くていやんなっちゃうらしい。いわば反抗的な人ってわけだ。
彼らにとって、ベルドン5日間はすごーく大変なトライアル。おっこちたら命がないような危ないところもあるしね。昨年の大会を輝かせた野崎史高が今回は不在の中、しかしこの6人組は野崎のあとに続くような人たちではない。みんなバカンスでやってきた。楽しみゃいいのって、みんな言ってる。中にはすでにへとへとになっていて、第2ステージをスタートしなかった人がいたり、中にはヨーロッパ初めての人もいるとか。すごいチャレンジだね。でも、ま、言葉の壁だって、なんのその。我が国には「我が輩の辞書に不可能はない」と言ったナポレオンがいるけど、日本人だって、やる気があれば不可能はない。変な日本人6人組気を付けて楽しんで下さいまし。
途中の見出しには「HIROSHIはへそ曲がり」なんて書いてある。これは、ぼくらのインタビュー記事ではなくて、ほとんどマリオの日本人インプレッション(しかもニシマキインプレッション)ではないか。
マロゴン由佳さんにこの新聞を見せたところ、この記事は好意的なのかどうか、ちょっと悩んでいたものね。くそー、マリオのやろー。やりやがったな。
もっとも、マリオに「おまえはふつうのイタリア人か?」と聞いたら「おまえがふつうの日本人じゃないくらい、ふつうじゃない」とお答えになった。マリオと遊んでいる限り、ふつうのイタリアを知ることにはならないのかもしれない。
投稿者 nishimaki : 23:18
2006年09月06日
アンドラから地中海へ
9月3日、プレスルームを退散して下界のホテルに戻る。途中、茅沼さんたちのホテルの隣の飯屋に顔を出したら、やっぱり茅沼さんたちがいて、ステーキを食べていた。ホテルにクルマを置いて、その足で飯屋へ。茅沼さんはこの店で生ビールが飲めるのがたいへん幸福のようだった。
しばしすると、今度はマリオが現れた。さっき、バイバイをしたばかりなのに。そのしばしのち、マイケル・ブラウンとジェームス・ダビル現る。楽しそうにお食事していたけど、帰ってから計算してみたら、マイケルは今回でジュニアカップのチャンピオンになれないことが確定的になっていた。「じゃ、ベルギーでね」と笑顔で別れたけど、日本人だったらお通夜の会食になっていたような気がする。
4日、朝4時に目が覚める。時差ボケかと思ったけど、考えてみたら最近日本でもこんな生活をしているから(早朝に起きてお昼寝をして早寝する。健康的なのか不摂生なのかよくわかんない)、体内時計がふつうになったということかもしれない。目が覚めたので、少し仕事を進める。
朝ご飯をのんびり食べて、茅沼さんのホテルに。茅沼さんがイタリアワインがほしいというので、マリオが持ってきてくれた。茅沼さんの分を渡す。ほかにもぼくの分と杉谷の分と、そのほかにもペップからもらったスペインワインがあって、ワインばかり6本もある。税関はきちんと申告するからいいんだけど、飛行機に持ち込めるかどうかが問題だ。
スペイン方向へ降りるという茅沼さんと別れて、ぼくはまたフランス方向へ。途中、スペインの携帯電話のSIMをチャージして、ヘルメットを買う。マリオがNZIヘルメットが安いから買ったと喜んでいて、うらやましかったのだ。カーボン製で160ユーロ。杉谷とおそろいのやつは130だったけど、もうちょっとかっこいい(と思われる)もの。ただし持って帰らなければいけないヘルメットがふたつになって、どうやって荷造りしようか、悩みも増えた。
アンドラ国境のPas de la Casaという町で昼食。ここからフランス。国境越えの山のてっぺんだ。
それから地中海まで、一気にドライブ。100km/hでも170km/hでも、お好きなスピードで走れるのが気持ちいい(170km/hはさすがにスピード違反なので、お巡りさんには気をつけつつ)。最近は日本円が安くなっちゃったせいで、ヨーロッパの物価はとても高く感じる。1ユーロは1.00ユーロと表記するけど、ぼくはこれも100円換算していた。でも最近は150円に換算しないと日本円と同じにならない。とにかく高い。なにもかも1.5倍だ。しかして高速道路を走ると、こちらも1.5倍のスピードで流れている。こっちは1.5倍で気持ちいい。
地中海について、いつものように安宿を見つけようかと探したところ、街道沿いに小さなホテルを発見。でも外から中をのぞいたら、ちょっと雑然として走なんで気が変わった。今日は海沿いのホテルにでも泊まって、海を眺めながら仕事しようと思ってみたのだった。で、その先の二つ星の小さなホテルに入ってみる。そしたらなんと、115ユーロだっていうではないか。1万5000円以上だよ。ほんまかいな。こっちの顔が引きつったのを見てとったか、ひとりだったら85ユーロでどうだというけど、それでもいつもの倍だよ。ごめん、泊まれないやと退散する。部屋は見せてもらったけど、とてもこじんまりといい部屋だった。彼女とでも来てるんだったら迷わないけどね。
取って返して街道沿いの小さなホテルへ。目のくりくりした日本のどこかで会ったようなおねーさんがでてきて42ユーロだという。ほいほいとここに泊まる。夕食は12ユーロだった。オーダーするときおねーさんに「英語しゃべれる?」と聞いたら「ノ」とくりくりした目をますます大きく見開いてにっこり手を広げるのだった。こうなると困るより笑ってしまう。ま、いつものように、てきとうにオーダーして、でも無難なお食事ができた。だけどここんところ、毎食ちゃんと食べているから、どうも食べ過ぎだ。運動不足がいけないんだけど。
アンドラのレポートを何本か書いて、携帯電話経由で杉谷に送る。世界で通じる、日本であんまり通じないボーダフォン(今はソフトバンクになっちゃった)は、今回、なぜかアンドラでは圏外だった。藤波夫婦のボーダフォンはどっちも通じたから不思議なんだけど、おかげでアンドラでは速報メールが送れず、悲しかった。海外の携帯電話事情は、いまだによくわかんない。ほんとは、海外では海外のSIMを使ってアクセスしたいんだけど、その方法がさっぱりわかんないまんまなのだ。
さて、今日は地中海の田舎町に住む日本人のご家庭にお邪魔する。茅沼さんがベルドン計画が始まった頃に「ここに遊びにいくのはどうかな」と資料を見つけてきたところで、日本人向けにホームステイをやっているというマロゴン由佳さんのところ。ご本人はオートバイにはさっぱり感心がないんだけど(ご主人のバイクがホンダかスズキかもわからない)、ご主人のルックさんはファンティック303を持っていて、弟はガスガスの新車を持ってるという。「自然が好きなひとは、キャンプにもいくしサーフィンもするし、トライアルもするみたいです」と由佳さん。今、ホームステイ用の小さな家を建設中なので、これができたら、日本からのお客さんを本格的に呼べるようになる。いエールという町の駅から3kmくらい。フランス語と日本語と関西弁がちゃんぽんの息子娘たちと遊びながら、地中海の観光を楽しむ拠点とするにはいい感じ。今度ベルドンに参加することがあったら(参加すると宣言はしちゃってあるけど)終わったあとはこちらにお邪魔して、数日をすごしていこうかな。
すっかりおじゃまして(ほんとは携帯電話の使い方を教えてもらおうと思ったのだけど、由佳さんは自動車にも乗らない、携帯電話も持ってないという珍しい人だった)夕方マルセイユに戻る。ついた日は5人のおじさんを連れて結局高いホテルに泊まっちゃったけど、今度はぼくだけだ。飛行場をすぎてあやしい感じのネオンがあったので入ってみる。労働者風のにこやかなおっさんたちがわいわい飲んでいるバーがホテルのレセプション。こちらも英語は全滅(カウンターの中から「誰か英語しゃべるやつはいねーか」と声をかけてくれたけど、お客にも英語を話すやつはいなかった)。ま、なんとかなるもんだ。魚のパテとハムカツの夕食をとって(ビールとコーヒーも飲んだ)一泊40ユーロ。たぶん今回の一番安い宿。
ヨーロッパにあんまり慣れていないときには、ホテルに泊まるのがめんどくさかった。どうせ寝るだけだし、苦労して折衝するよりクルマの中で寝ちゃったほうが簡単だぞと思ってたんだけど「部屋はありますか?」の交渉ができるようになると、いろんなホテルに泊まるのが楽しみになってきた。日本じゃ、ホテルの外観を見てから飛び込んで泊まるなんてことはまずしない。飛び込んでも、たいていいっぱいだって言われるしね。でもこっちだと、予約するようなホテルはたいてい高級すぎるし、味気ない。飛び込みで泊まるホテルは、いい感じのホテルも、ちょっとあぶない感じのもあるけど、それぞれ個性があっておもしろい。今回のマルセイユのホテルは、マルセイユらしく、ぜんぜんお上品じゃないけど、にくめないって感じだった。毎晩ホテルを探すのがこんなにおもしろかったかというのは、今回ようやく気がついた。次は、メニューをもうちょっと読めるようになりたいな。
写真は、マロゴン由佳さんご一家。人懐こい兄妹もとってもかわいかった。
投稿者 nishimaki : 13:45
2006年09月04日
世界選手権終わった
なんだかハードな週末だった。
今回はスコルパがオートバイを貸してくれたので(ベルドンのときに社長にあったのでお願いしておいた)その点はらくちんだったんだけど、土曜日に山の上からオンコースで降りてきたら、右手首が痛くてビデオカメラが持てなくなった。ベルドンのときにはぜんぜん感じなかったんだけど、やっぱり軽く腱鞘炎かなんかになってるみたい。
腱鞘炎の話を直ちゃん(藤波直子さん)にしたら「仕事しはじめたら痛くなったってことですよね」と言われてしまいました。あー、なるほど。仕事しなけりゃなおっちゃうのか。ぼくはてっきり、ベルドン5日間のライディングより、金曜日と土曜日にかかえていたビデオカメラの操作のほうが重労働なのかと思いましたよ。
試合後、藤波家にはお稲荷さんをごちそうになりました。標高が高くてお米がイマイチとのことだったけど、素晴らしかった。ついでに湿布ももらっちゃった。右手首に巻いてます。
藤波家はもう一泊していくの帰るのとどたばたしていたけど、結局帰ることになっていきなり身支度が始まった。ぼくはなんとなく仕事をしたくなかったので(ごめんなさい。なんだかとっても疲れちゃって、こんな日記は書けるくせに、試合のレポートは書く気になれない)、藤波家の帰り支度の間、夢ちゃんの相手をすることにした。金曜日にはようやくさわれるくらいで大ニュースだったけど、今日は二人で手をつないでお散歩をした。イタリアのフェデレーションのおばさんがやってきて「あなたのパパのことはよーく知ってるのよ」なんて夢ちゃんに近寄ってきたら(と言ってたかどうかはわかんないけど、まぁそんなところだと思う)、人見知り夢ちゃんはぼくのところに逃げ込んできた。健一さんに続いて、イタリアのおばさんにも勝利したニシマキです。このおばさん、あとでマリオに聞いたら、マテオ・グラッタローラのお母さんだった。
夢ちゃんとパドックをひとしきりお散歩して帰ってきたら藤波家の身支度があらかた終わっていた。今回モーターホームを運転してきたのは貴久本人で、明るいうちに山を下りないと、コーナーを回りきれない恐れがあるのだった。
プレスルームは、ソロモトの6ページを抱えて四苦八苦のチリとマリオ・カンデローネ、モトチクリスモの人(名前は知らない)がお仕事中。ひとりひとり、仕事が終わって消えていきます。
写真はセクショントライ中の藤波。今回はビデオ撮影に専念してスチール写真は原則として撮らなかったんだけど、ここだけちょっと撮ってみた。画面の下のほうに、ビデオカメラのレンズが写りこんでしまっています。
投稿者 nishimaki : 02:49
2006年09月03日
小川毅士
今回は小川毅士くんのお話。
ツヨシという名前がイマイチ、ガイジンに流通してないんで、プレス仲間と話をするときにはもっぱら「イタリアの小川」と呼んでいるんだけど(日本の小川は友幸さん)、小川毅士くん。すっかりイタリアになじんできた感じ。前半戦はお父さんとお母さんと3人でやってきていたけど、今回はなんとひとりできているという。
黒山健一はお父さんと二人でやってきた。小川友幸もそう。成田匠は最初は工藤やすゆきさんと。あとになって成田は単身渡欧したけど、ベータのNo.1ライダーとなってからだからだいぶヨーロッパも住み慣れてきていたにちがいない。ツヨシくらいのヨーロッパ1年生が単身渡欧というのは、ちょっと例がない。野崎史高もお母さんとやってきていたからね。
これには藤波貴久もびっくり。「さびしいやろ」と冷やかしつつも「いやでもことばを覚えるぞ」とはげましのおことば。覚える気がなくても、日本語のない生活をしてれば、自然とイタリア語になる。
「イタリア語を覚えたいなぁ」とマリオにいうと「トライアルの公用語はスペイン語だから、スペイン語にしなさい」というのだけど、イタリア人は「カタランとイタリア語はとっても似てるから、早口じゃなきゃ、聞きとれる」とフランス人と平気でお話ししていてうらやましい。スペイン語でもフランス語でもイタリア語でも、なんでもいいから英語以外の言語を話せれば世界が広がるという感じがするんだけど、隣の芝生は青く見えるのかな?
スペイン人に「藤波貴久はスペイン語を話しているのかカタルニア語を話しているのか」と聞くと「ミックス」ということです。たぶんスペイン語とカタルニア語のちゃんぽんがトライアル公用語なのでしょう。
きのうのディナーの席で「9月から藤波夢奈が幼稚園に行くよ」と教えてあげたら、一同大喜び。直子お母さんも「夢ちゃんに通訳してもらうんだ」と期待している。ネイティブのことばを覚えるわけだから、お父さんよりお母さんよりことばは達者になるでしょう。うらやましいなぁ。
夢ちゃんにおみやげの熊さんをあげたら、オットととかなんとか言っている。カタルニア語でクマのことをそういうんだそうだ。もうネイティブ化は始まっているのですね。藤波家には、スペイン語の絵本がころがっている。ところがこの絵本、カタルニア語バージョンとスペイン語バージョンがある。ポンニチにはむずかしい。早く夢ちゃんに教えてもらいたい。
ところで藤波家はパドック一大きなモーターホームだけど、こいつはアメリカ製で、ハンドル切れ角がごく少ない。モンテッサの巨大なトレーラーのほうが小回りは利く。ヨーロッパの街中にはランナバウトというロータリーがいっぱいある。こいつは便利な使い方があって、道がわかんなくなったらランナバウトをぐるぐるまわりながら正しい道を探せばいい。杉谷と初めての道を旅するときも、必ずぐるぐる回っていたもんです。でも藤波号は、ロータリーをぐるぐる回れないらしい。回ろうとすると、2回も3回も切り返しをしなきゃいけないんだそうだ。大騒ぎですね。
小川毅士の話だった。ツヨシのマインダーを務めるのはペゼンティくん。開幕戦あたりではジュニアクラスに参戦していたライダーでもある。でもぜんぜんだめっぽいので、ツヨシ担当になったというわけか。ツヨシはペゼンティくんの家に居候している。「外食すると、メニューがわかんないから肉ばっかり頼んでたけど、家庭料理だと、そうか、この人たちはこんなのも食べるんか」と日々発見があるようだ。
モトクロス誌のプピィに「ツヨシとは話をしたことある?」と聞くと「やつはイタリア語も英語もちょっとしかしゃべらないだ」とのこと。「日本語でもそんなもんだけど、今回からひとりだから、イタリア語を覚えると思う。期待しててね」と伝えておいた。ということで、名実ともに「イタリアのツヨシ」になることを期待してます。
投稿者 nishimaki : 16:03
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土曜日の食生活
朝ご飯はホテルでいつものとおり。メシはともかく、このホテルは地下駐車場がすげー狭い。駐車場が6ユーロもするんだからもっと快適かと思ったけど、急降下で地下へ降りて、すぐ直角に左折。しかも左右がぎりぎり。こんなところ、ほんとに曲がるのかと四苦八苦しながらようやく駐車スペースにクルマを止めたら、直後に四苦八苦してクルマを止めたのがテリー・ミショーさんだった。「どえらくむずかしいセクションだぞなもし」と、ターンの神様ミショーさんに言わしめたのだから、その険しさもおわかりいただけるかと。
昼飯はセクション脇のスタンドでサンドイッチとコーラ。それでも6ユーロだ。ずっと、1ユーロ100円の感覚で計算するくせがついているから、1ユーロ150円になると、さすがに高い。でも日本の財力の弱さがいけないんだから、しょうがない。
晩飯は、スペインのソロモト誌のペップ・セガレスと、イタリアのモトクロス誌の契約カメラマンのプピィと、えーと、名前をなんといったかな、2日前に25歳の誕生日を迎えたばかりのバレンシア生まれのおねーちゃんと3人で食した。例によってメニューはさっぱりわかんないので、彼らにおまかせしたけど、牛でもない豚でもないなんかの肉ってのを頼んだけど、出てきておいしくいただいても、まだなにを食べたか理解できない。もしかしたら、スズメかなんかかもしれない。ワインは、スペインのよりカタルニアのやつのほうがおいしかった。
25歳のおねーちゃんは、インドアトライアルのオフィシャル広報官を務めていたとかで、インドアシリーズに添って、ロシアとかアルゼンチンとかブラジルにも飛んでいったそうな。彼女は4人とアパートをシェアして住んでいて、ひとりはドイツ人、ひとりは台湾人、もうひとりはイタリア人で、部屋の中の公用語は英語にしようと決めているらしい。だもんで、夕食をとった4人の中では彼女が一番英語が達者だけど、ちょっと達者すぎて、ぼくには聞きとれない。ペップの英語は聞きとりやすいけど、やつはそもそも英語が得意ではない。プピィのイタリア語をおねーちゃんがリピートしてお勉強したりもするんで、イタリア語もスペイン語もカタルニア語(バルセロナ地方をカタルニア地方と呼んで、このあたりは言語もちがう。アンドラはカタルニア語を公用語としている)もわかんないポンニチとしては、なにがなんだかさっぱりわかんないけど、幸か不幸かはなしの流れだけはわかるんで(アダム・ラガが来年どこと契約するのかとか、スペイン語で「あした・あさって・しあさって」はなんというのかとか)なんとなくわかったふりをして聞き流している。会話のコミュニケーションなんてのは、こんなものかもしれないっすね。
最後に食後酒として、こりゃ、どう味見しても焼酎だよというようなのを飲まされて、一気に酔っぱらった世界選手権前日の夜。ふぅ。
写真はモンテッサ監督のシレラさんと、愛娘。11歳で、トライアルもやってるけど、ほんのさわりね、ということだ。11歳の頃のライアなんかはもうばりばりだったから、トライアル関係者が「自分のこどももトライアルやってます」というときには、いろいろ注釈をつけないといけないことになる。でもシレラさんが「そんなに本気じゃないのよ、お楽しみでちょっと乗ってるだけ」というときには、ぼくが芙海のトライアルについて語るときとおんなじだったから、なんだかおかしかった。
投稿者 nishimaki : 15:32
2006年09月02日
金曜日の食生活
ベルドンのライダーモードから一転、アンドラの世界選手権で取材モードになって、興味の焦点はもっぱらメシですが、仕事中は生きるための燃料として飯食ってるので、あんまり楽しめているという感じでもない。それでも、同業者やメカニックたちを見ていると、食事中は仕事とは切り離して楽しそうにやってるんだなぁ。
アンドラの一日。朝ご飯はホテルでとりました。こちらのホテルの朝食によくあるバイキング。ジュースにクロワッサンにハムにチーズにヨーグルトにコーンフレーク。このお食事は、まぁどおってことありません。
で、お昼。トップライダーがプラクスティを終えたのがだいたい2時近くだったけど、パドック横のレストランへ行ったら、みんなで揃ってご飯を食べはじめている。
モンテッサの面々やベータのメカニックのイーバンやルカにメニューを解説してもらって注文する。なんと昼飯の定食が17.5ユーロだよ。ユーロで聞くとそんなに高くないけど、今、ユーロは150円もする。計算すると、とってもぜいたくな昼食になる。
前菜はサラダを注文しました。メインは肉と魚と、もうひとつはよくわかんない。イーバンによると背骨だというんだけど、いまどき、そんなあぶないものを食わすのかなぁ。ともかく、迷わずお魚を注文する。
そしたら、出てきた前菜はカルパッチョみたいなやつで、お魚のお刺し身みたいなのが入っている。なんだー、前菜もメインもお魚になっちゃった。デザートはジョセップが食べてたプリンがおいしそうだったのでそれにする。最初に出てきたオリーブもおいしかった。でも食事が終わったら、ほとんど4時じゃないか。ぼくだけじゃない。モンテッサもベータもシェルコも、みんなお昼が終わったら4時だ。それからまた、練習に出かける。郷に入れば郷に従えで、こういう食生活にしてしまったほうがらくちんなのでしょうね。
でも、午後はほとんど何にもしなかったから、ぜんぜんおなかが減らない。ビールと柿の種くらいで軽く夕食にしようかなと思ったけど、結局それもしないで寝てしまいました。
そうそう、夜はバスタブにゲルを入れてみたのだ。泡々になるやつ。これ、いったいどうやって使うんだろうな。お湯をためて、しばらくつかったまま本を読んでいたら、汗が噴き出してきた。悪くないのかもしれないけど、結局頭もからだも洗わないと落ち着かないから、ただのお湯でもいいような気がするけどね。正しい使い方をご存知の方がいらしたら、教えてください。
写真はデーニュに戻る途中にふと見つけて立ち寄ったがらくた趣味のおじさんちの庭。こんな古いマシン(といのしし)がずらずら並んでいる。不思議な空間だった。
投稿者 nishimaki : 23:46
ベルドン・おまけなど
ベルドンでのいろいろ。備忘録や覚え書きを兼ねて。こういうことを書いておいて次の機会の役に立つこともあるし、ぜんぜん役に立たないこともある。まぁ、いろいろということです。
ベルドンでは、ガソリンは自分らで用意する。燃料サポートのトラックが2台あって、各々に鉄タンク(ポリタンクはだめ)を載せておく。
ぼくらはマリオを入れて7人だから、20リットルのタンクひとつではちょっと不安(ひとつのタンクで2回の給油をすることもある)。2年前にぼくらが買ったタンクをマリオに預けてあった(というより、処分に困ったのでマリオに押し付けた)ので、マリオはそのタンクと自分の2個のタンクを持ってきて全部で4缶を7人で使った。
でも4日目になって、マリオは自分のマシンを壊してしまって、125Fを借り出した。タンクの燃料は75対1に混合してあるので、4ストロークには使えない(使えないことはないと思うんだが、マリオは使えないといっている)。そしたらマリオは、しゃあしゃあとゼッケン1番のタンクから給油していた。ゼッケン1はコロメだ。
「マシンも借りたから、燃料ももらっちゃう。でもオレが燃料をもらっちゃって、コロメのがなくなっちゃったりしてね」
なんて、マリオは笑っている。
今回は、スコルパにお世話になりっぱなし。スコルパだけは、世界選手権用のトラックがやってきて、みんなの整備をしている。コロメの参戦、ペテランセルのサポートなど、ビッグネームをかかえているのもあるけど、さすがフランスのイベントだけあるって感じ。
マリオは、3日目にフロントブレーキキャリパーがゆるんで転倒、大クラッシュをしたのだけど、そのときに膝をちょっとぶつけていたがっていた。3日目の晩、スコルパと宿がいっしょになって、そしたらベンジャミンが湿布だか塗り薬だかをくれた。マリオはマシンも人間も、すべてスコルパにお世話になっている。ぼくらはエアクリーナーのお掃除だけ、お世話になっている。
1日走っていると、いろんな人に出会う。狭い道を走っていると、後ろから排気音が迫ってくる。うんと速い連中ははるか遠くで激しく空ぶかしをして存在を知らせてくるから、ぼくもよけられるところ(わざわざ止まるまでの必要はないけど、先へ行かせてあげないとお互いに楽しくない)を見つけてやりすごす。若いライダーにはいかにも「くそガキ」風のやつも多いんだけど、そういうときはみんなにっこりメルシーと抜いていく。まぁ、根はそんなに悪いやつじゃないわけだ。きっと。
ひときわ甲高い4ストロークサウンドはコロメだ。コロメには林道で抜かれて、そのあとしばらくいっしょに走った。ベンジャミンとお話しながら走っていたから、ぼくでもついていけるスピードだったんだけど、こういう何気ないスピードで何気ない道を走っても、やっぱり世界チャンピオンはうまいなぁ。当然だけど。
ずぶとい排気音で道を譲ったら、バイルだった。狭いシングルトラックの山道だったんだけど、道を譲られたバイルは、ぼくを抜きざま、100mほどウイリーしたまま走っていった。山道だから、多少うねうねしている。さすが世界選手権モトクロス全クラス制覇でスーパークロスのタイトルまで取っちゃった男の走りはちがうなぁ。
ジャン・ミシェルには、表彰式で名刺をちょうだいした。長らく会っていない佐藤敏光によろしくってことでした。
そうそう、表彰式といえば、ニシマキ2回目の参加にして、はじめて表彰式に出会うことができた。ゴールの町ではスタジアムトライアルがおこなわれたあと、あっという間に参加者がいなくなってしまった。これは2年前と同じ。なんだぁ、みんな淡泊なんだなぁと思っていたんだけど、その後、斉藤さんと下の町に置いたままになっているクルマをとりにいくと、途中の町(昼飯を食べたところ)に参加者の車が大量に止まっている。どうしたのかなぁと思ったら「おまえらも早く来い」ということで、ちょっと様子を見にいったら表彰式だった。そうかぁ。こういうふうに表彰式はおこなわれているのか。
下のクラスの表彰から始まって、最後にコロメが表彰台の中央で手を振っていたと思ったら、5日間、なにかと「ニッポンのお友だちがやってきましたよー」とアナウンスしてくれたおっさんが「ほれ、おまえらも台上に登りなさい」と言うではないか。まいったなぁと思いつつ、斉藤さんとふたりで台に登って、地元のメダル(別になにかを表彰されたわけではない)をいただいてきた。
マイクを向けられて、斉藤さんは「またここへきて、今度は表彰台に登ります」と宣言してしまった。ぼくは「次はもっとたくさん日本人を連れてきまーす」とか言っちゃって、みんなにうけちゃったのだった。参加ご希望の方がいらしたら、ニシマキをうそつきにしないためにも、来年いっしょに行きましょう。
写真は、山の頂上の絶景ポイントで、たぶんイタリア側に向かって、フランスのおっさんに撮ってもらった斉藤さんとニシマキ。こんな素晴らしいところを走らせてもらっちゃって、日本のみなさんには申しわけないなぁと思いつつも、ぜーんぜんそんなこと考えてないみたいに、人間の芯から楽しそうですね、ぼく。実は「ベルドンに来ない人って、ばかだよなーと思っているのです。わはは。
(きのう、パスケットが250Fに乗っているビデオを撮ったと書いちゃったけど、チェックしたらスイッチの押しまちがえで撮れていなかった。あちゃー。黙ってればわかんなかったのに、全国的に失敗を防露してしまったよ。とほほ)
投稿者 nishimaki : 15:51
スコルパSY250F
スコルパ250Fに乗せてもらいました。ベルドンが終わってから。
去年の11月にプロトタイプに乗せてもらったことがあるけど、このマシンに乗るのはそれ以来。プロトタイプは、低速はスムーズで高速はどえらいパワフルで速いマシンだった。
今回乗せてもらったのは、それとはまったくちがう性格のマシンになっていた。
今回、ベルドンではコロメが優勝したけど(アンドラについて、藤波マインダーのジョセップにベルドンの結果を聞かれてコロメが勝ったよと報告すると「えぇっ、コロメが勝ったの?」との反応。コロメが優勝するはずじゃなかったらしい)、優勝したからってわけじゃないけど、マシンはとってもいい感じだった。排気音は乾いた感じで気持ちよくて、ミスファイヤもない雰囲気できれいに回っていた。操縦性の軽い感じはプロトタイプそのまんまで、こりゃいいマシンになったなぁという印象です。
プロトタイプが「はえーっ」という印象だったから、このマシンの第一印象は「遅い」。そういう印象を語ったら藤波貴久曰く(もちろん彼が乗ってみたわけじゃない)「トライアルなんだから、そういうふうになるでしょうね」という反応だった。きっと、ホンダ4ストロークもそういう過程をたどったんではないだろうか。
アンドラの金曜日に、タデウスが到着。「ちょっと乗せてみろ」とジョルディ・パスケットが試乗した(ビデオで撮影した。ファハルドに「ガスガスに言いつけるぞ」と冷やかされていたけど)。パスケットとタデウスの会話はなぜか英語なので(藤波のタデウスの会話はスペイン語)盗み聞き。
「1月の時点ではすげーパワーがあったけど、どんどんパワーを落としていったんだ。それでこうなった。この仕様がいいみたいよ」
ということだ。パスケットが試乗したのはマインダーのマシンで、タデウス本人のはもっといいの?と聞いたら「おんなじおんなじ」というお答えだった。
次の全日本では、黒山、野崎、成田のマシンがこんな快音を響かせて走るのかな? 楽しみです。
アンドラでは、コロメがセッティングしていった結果、日本で聞くようなちょっと濃いめの感じの音になっていったけど「標高が高いから、パワーがほしくてどうしてもガソリンをたくさん送るようになるよね」とのことだった。空気が薄いから、ガソリン濃くしたらますます濃くなってしまうではないかと思うんだけど、このへんは、今度全日本で木村さんに教えを乞おうと思いました。コロメやグレッグに教えてもらうには、ことばの壁が大きすぎます。
写真はニシマキの試乗に便乗して250Fをテストする並木さん。グレッグ、ありがとう。
投稿者 nishimaki : 03:20
2006年09月01日
ベルドンの絶景
ベルドン最終日は、たいへん美しい光景だったので、今回ほとんど写真を撮らずにトライアルに没頭していたニシマキだったけど、珍しくせっせと(といっても10枚くらい)写真を撮りました。
まず1枚目。これは最終日。山のてっぺんに向かってどんどん標高を稼いでいるところ。これで標高2800メートルくらいとのこと。マリオ(前・TY-S150F)と斉藤さんが登ってくる。
2枚目は、山のてっぺんの、今回もっとも標高が高いセクションをトライする斉藤さん。ぼくが先にクリーンしてプレッシャーをかけておいたら、斉藤さんもしっかりクリーンしてきた。おそろしいきわどい神経戦を、ものすごい低レベルで展開しているぼくたち。
3枚目はこれも山のてっぺん。セクションより、さらに上に登って、見晴らしのいいところまでやってきた。うしろはアルプスの西のはじっこの山々たち。ベルドン渓谷はアルプスの西のはじっこだけど、ここからオーストリアの東側まで、高い高い山々がずっと続いているわけだ。
投稿者 nishimaki : 23:54
ベルドンの結果と夢ちゃん
5日間が終わって、ほんとうなら1日くらいぼーっとしていたいところだけど、今回はすぐに世界選手権アンドラ大会があるので、朝8時にホテルを出て、茅沼さん兄弟をマルセイユ空港に送り、一路アンドラを目指す。世界選手権は日曜日だけど、土曜日には女性世界選手権があり、金曜日には世界選手権クラスのライダーがせっせと練習に精を出すので、これがおもしろい。ということは木曜日には現地についていたいので、休みなしということになった。
茅沼さんはぼくといっしょにアンドラへ行く予定だったのだけど、少しゆっくりしたいということで、別行動をとることになった。
アンドラは4回目くらいになるけど、今回フランスからペレネー山脈を越えてきた。くねくね曲がりねって、すごい道だった。おまけにいつもとちがうところから入ってきたから、会場がさっぱりわからない。30分ほど迷って、いつものパドックの場所へ到着。今回はそこからさらに30分ほど山の上まで上がったところがパドックになっていた。
で、さっそく藤波家にお邪魔したところ「自分たちのことばっかりで、結果が書いてないじゃないか」とおしかりを受けたので、ちゃんと結果を書いておきます。
●エキスパート1
1位 マルク・コロメ 22点クリーン83
2位 ブルーノ・カモッジ 39点クリーン78
3位 ジェローム・ベシュン 44点クリーン76
4位 ニコラス・ゴンタール 103点クリーン53
5位 ジュリエン・アルナウド 122点クリーン46
6位 ダン・ヘミングウェイ 250点クリーン40
●セニア1
1位 マルク・ソウラス 113点クリーン49
2位 ロウレント・モレル 113点クリーン48
3位 リー・サンプソン 137点クリーン42
4位 ルドビック・ビアノ 171点クリーン29
5位 マイル・チャビエル 183点クリーン32
6位 ベンジャミン・デラモテ 218点クリーン24
●オープン
1位 カルロス・カサス 15点クリーン85
2位 ジャン・ミシェル・バイル 51点クリーン66
7位 ステファン・ペテランセル 125点クリーン47
と、こんなところで。
ほかにもクラスはたくさんあるんだけど、みなさんの知っている名前はこんなところです。カルロス・カサスさんの名前はしらないかもしれないけど、SSDTにも参戦しているスペインのうまい人。といっても、職業的には素人ライダーだと思う。
本日のビッグニュースは、男のひとが大の苦手の藤波夢奈ちゃんを、はじめて抱っこした。黒山健一さんは、いまだに近寄るだけで泣かれるらしい。勝った(笑)。ということで、写真は夢ちゃんとお父さん。夢ちゃんが他人のカメラの前で笑顔を見せるのは、珍しいということでした。しかもストロボも焚いちゃってるしね(でも子どもってのは、ある時突然変化するから、たまたまそう言うときに遭遇しただけかもしれない)。
●ベルドン日ごとの結果
| pos. | Rider | Day1 | Day2 | Day3 | Day4 | Day5 | Total |
| Points | Clean | Points | Clean | Points | Clean | Points | Clean | Points | Clean | Points | Clean |
| Expert1 |
| 1 | Marc Colomer | 3 | 12 | 0 | 22 | 3 | 19 | 8 | 16 | 8 | 14 | 22 | 83 |
| 2 | Bruno Camozzi | 4 | 12 | 11 | 19 | 7 | 19 | 7 | 16 | 10 | 12 | 39 | 78 |
| 3 | Jerome Bethune | 9 | 10 | 4 | 19 | 23 | 15 | 6 | 16 | 2 | 16 | 44 | 76 |
| 4 | Nicolas Gontard | 15 | 10 | 23 | 13 | 18 | 12 | 28 | 9 | 19 | 9 | 103 | 53 |
| 5 | Julien Arnaud | 24 | 6 | 23 | 12 | 24 | 12 | 24 | 7 | 27 | 4 | 122 | 46 |
| 6 | Dan Hemingway | 39 | 3 | 32 | 9 | -- | -- | 64 | 2 | 41 | 4 | 250 | 40 |
| Veteran V |
| 1 | Gerard Hamay | 5 | 10 | 7 | 18 | 10 | 18 | 14 | 11 | 7 | 14 | 43 | 71 |
| 2 | Nigel Greenwood | 5 | 12 | 7 | 18 | 12 | 15 | 9 | 13 | 12 | 14 | 45 | 72 |
| 14 | 並木 勇 | 22 | 5 | 19 | 11 | 28 | 11 | 27 | 5 | 20 | 8 | 116 | 40 |
| 21 | 西巻 裕 | 28 | 4 | 29 | 12 | 42 | 7 | 31 | 7 | 32 | 7 | 162 | 37 |
| 23 | 齋藤 善弘 | 27 | 4 | 25 | 11 | 36 | 8 | 45 | 4 | 30 | 6 | 163 | 33 |
| 27 | Mario Candellone | 10 | 8 | 9 | 16 | 12 | 13 | -- | -- | 10 | | 174 | 57 |
| 31 | 七海 清志 | 37 | 2 | 44+2 | 6 | 52 | 4 | 38 | 6 | 40 | 5 | 211 | 23 |
| 39 | 茅沼 完治 | 40 | 2 | 55+2 | 5 | 242 | 2 | 160 | 0 | 234 | 2 | 821 | 10 |
| 茅沼 保文 | 70 | 0 | | | | | | | | | | |
| Veteran N |
| 茅沼 保文 | -- | -- | J | -- | 128 | 1 | 160 | 0 | 56 | 1 | 414 | 2 |
この表は5日間が終わってから、マリオが手配してくれて広報担当の人からリザルトをごっそりもらったので、リザルトを整理してつくったもの。毎日のリザルトは、壁に貼り出されるだけでもらえないので、2年前は終わってみたら自分たちの記録はどこにも残っていなかった。今回は、自分たちの結果だけは毎日写真に撮っていた。今じゃ世界選手権なんかだと、黙っていてもメールでリザルトが届くシステムになっているけど、すべてのイベントがそうだと思っちゃいけないんですね、やっぱり。
途中、茅沼さんの成績の中、全セクションを不通過なのに合計点数があわないのとかあるけど、まぁ、細かいことは気にしないのがフランス流ということで。
投稿者 nishimaki : 23:24