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2007年01月23日
名前のお詫び
新年早々、アホなことをやってお騒がせしました。ジェロニ・ファハルドの件。
藤田秀二氏から電話で「本人に確認したら“おれはファハルドだ”と言っていたので、統一したほうがいいと思う」と連絡をいただいた。たいへん申しわけございませんでした。面目ないです。
しかして、外国の人の名前はむずかしい。こんなことを書くと、お騒がせのまちがいをしでかしておいてなにをぬかすかと言われそうだけど、外国の人の名前については、大昔から悩まされていた。
最初は、正しい名前がわかんないってことだ。Freixaなんて、なんて読んだらいいかわかんない。ようやく英語の名前には慣れてきても、スペイン人やイタリア人は、また別の読み方スペシャルがある。今でも、あんまり縁がないドイツ人の名前はさっぱりわかんない。
今、正しい名前と書いた。正しい名前というのは、たとえばFreixaだったらフレイシャ、ということだ。正しい名前の読み方はなにかと、よく雑誌屋仲間で情報交換したもんです。ケニー・ロバーツがフレディ・スペンサーと競り合っていた頃のことでした。
その後、世界選手権の舞台と離れて、こういう話題は忘れていたのだけど、知り合いが世界GPのビデオ制作に携わって、難題をふっかけられて困っていた。二人の世界チャンピオン、Wayne GardnerとWayne Raineyのことだ。前者はオーストラリア人で、後者はアメリカ人。母国語はどちらも英語で、日本のレース業界はGardnerのことをワイン・ガードナー、Raineyのことをウェイン・レイニーと書いていた。今、Wikipediaを牽いてみたらここもこうなっていた。
この原稿をアナウンサーに読ませようとしたら、映像業界に長いプロのアナウンサーは、ワイン・ガードナーと読むのを断固拒否したそうだ。ふたりは同じ名前であり、読みがちがうのはおかしい。ワインと読むのはオーストラリア訛りをバカにしてているとも思える。ふたりともウェインと読む、というのが彼の主張だった。一見、主張は正しいかもしれないけど、当時は「レース界の常識を知らない、困ったちゃんに仕事を頼んじゃったね」と酒の肴になったものだった。
今思うに、正しいも正しくないもあるのかな。そもそも外国の人の名前をカタカナで表記し、カタカナを読んで発音するという事自体に無理があるんじゃないだろうか。ガードナーは自分のことをワインだというだろうけど、レイニーのことはなんと呼んでいたんだろう? 同じつづりなんだから、やっぱりワインと呼んでたんじゃないかなぁ。
日本人にとって「ウェ」と「ワ」はまるで別の音だけど、英語圏の人にとっては同じなので、こういう話をしていること自体がなぞなんじゃないかと思う。
たとえばドギー・ランプキンという人がいる。この名前はこういうものとして日本で流通しているけど、Doug・Lampkinという表記をみることもある。アントニオ・ボウをトニー・ボウと呼ぶみたいなもんだ。Dougはダグと書くのが一般的だけど、カタカナで読むと、ドギーとダグはずいぶん印象がちがう。困った。
で。
外国語の発音が得意ではない、といって発音記号を読むのも苦手のニホンジンとして、こういうカタカナ表記から、ほんものに近い発音を読み取ることができないかと考えた。たとえばドギーの場合は、ドギーとカタカナで読んでしまうとドギーだけど、ダグと呼ばれることもあるなら、ダギーでもよいのかもしれない。ドギーと言いながら、ドギーにも聞こえるように発音すると、ホンモノに近いのではないか。
水のことはウォーターというけど、カタカナ読みでウォーターと発音しても、まず通じない。といって、カタカナ読みでワーラーと発音しても、やっぱり通じない。ウォーターと言いながら、ワーラーにも聞こえるような感じで言ってみると、ようやくほんもののWaterに近くなる(気がする)。
日本語を使う日本人にとっては、外国の人の名前が固定化されないのはややこしい話だけど、よりホンモノに近い発音を日本の人に伝えるには、ひとつのカタカナ読みに固定しないほうがいいんじゃないかとも思うんだよね。たとえばコロメやフレイシャは、もてぎのプログラムやホンダのレース報告ではマーク・コロメ、マーク・フレイシャと表記されている。でもマークっていったらアメリカやイギリスの人の名前みたいだ。「marcって、なんと発音するの?」「marc」「マーク? マルコ? マルク? マルケ?」「marc」と埒が明かない問答がしばらく続いて、結局聞いている日本人であるこっち側が、マルケじゃないな、マルクかマークだけど、マルクに近いかなと結論を出して、自然山通信ではマルクと表記している。でも聞く人が聞けばマークに聞こえるかもしれない。少なくとも、カタカナ読みのマークでもマルクでもないのは明らかだ。ついでにいえば、フレイシャはフレクシャと発音する人もいる。チームメイトだった藤波もフレクシャと呼んでるから、そっちのほうがホンモノに近いのかもしれない。カベスタニーかキャベスタニーかという問題もある。統一しようとすると頭がこんがらがる。
藤田さんにすれば「ニシマキの野郎、どうでもいいことを引っ張り出してきて、めんどくさいなぁ」と思いながら、グラナダの会場でファハルドに聞いてくれたんだろうと思う。申しわけない。
スペイン人Joanは、スペインではホアン、カタルニア人だったらジョアンなんだけど、世界20カ国の皆さんが集まるキャメルトロフィーでスペイン人のJoanにおまえの名前はホアンなのかジョアンなのかと聞いたら、どっちでもいいよ、おんなじなんだと答えた。当のJoanがカタルニア人だったかどうかは把握してなかったけど、きっとあんまりこだわりのないカタルニア人だったのだと思う。カタルニア原理主義者だったらジョアンだと主張するだろうし、スペイン人だったらジョアンと発音する発想はないはずだから。カタルニア語というのは、バルセロナ周辺の、トライアルが盛んな地域ではイタリア語やフランス語より流通している言語だけど、スペイン全土的には、日本でたとえればアイヌ語か琉球語のような感覚らしい。カタルニア人でカタルニア語を話していても、カタルニア語が読めない人も、けっこういるようだ(アンドラの公用語はカタルニア語だけど、アンドラ新聞が読めないスペイン人はいたもんだ)。
てなわけで、ファハルドとファジャルドは見た目には大きなちがいだけど、ぼくはいまだに、ふたつの表記はおんなじ音を無理やりカタカナ表記したものにすぎないと思ってます。もしかしたら、ファヒャルドってのもいいかもしれない。
でも藤秀さんの指摘を受けて、ファジャルド事件は反省しました。なるべく混乱しないように、おとなしく世界選手権を伝えていかないといけないなぁと。
(といいつつ、自分ちでやってるクリーンアップトライアルですが、クリーンアップなのかクリーンナップなのか、表記するたびに悩んでます。とほほ)
写真は自然山通信によく情報を提供してくれるペップ・セガレス。カタルニア人。奥さんのベゴーニャさんも、同じ会社にお勤め。もうすぐ彼らはパパとママになる。
投稿者 nishimaki : 12:03
2007年01月19日
フジガスベア?
藤波貴久の公式Webサイトで、こんなものが新発売になった。いえいえ、もちろん夢奈ちゃんを売りに出したわけじゃない。夢ちゃんが持っている、小さな熊さんだ。
この熊さん、藤波大好きファンのテディベア製作者が、愛しの熊さんにフジガスウェアを着せて仕上げたもの。これを持って街を歩けば、少々の階段はクリーンできるし、こいつといっしょに観戦に行けば、フジガスは華麗にクリーンして優勝し、そして世界チャンピオンに返り咲くというお守りの熊さんでもある。
実は、こういうのがトライアルの世界で受け入れられるのかどうか、いろんな読みがあって、半信半疑。テディベアが好きな人がフジガスファンにいれば、このお値段は破格だから、きっとあっという間になくなってしまうはず。でもテディベアの価値がわかんなければ、ほしくもなんともないでしょう。
トライアル用品だって、ふつうの人から見たら「なんでそんなもんに何万円も払うのさ」というような買い物がけっこうある。そりゃ、リヤフェンダーの1万円には、それだけの価値と必要があるから買うのであって、トライアルを知らないひとのご指摘はもっともかもしれないけど、大きなお世話である。
トライアルずっぽしの世界に住みついていると、こんなふうに、いろんなところで価値観のギャップが染みついてくるようになる。ときどき、シャバの空気を吸って、ふつうの価値観を取り戻しておかないとあぶないかもしれません。いまや、熊さんだってシャバの空気を吸いに、街の中まで降りてくる時代だ。トライアルライダーだけが、ひたすら山にこもって降りてこない。
そういえば、きのう山の中を走っていて熊に出会う夢を見ちゃった。ぼくは熊に会ったことがない。だから夢に出てきた熊は、ヒグマくらいの大きさは合ったけれども、ぺたっと座って手で草を食べていた。やってることはパンダだ。実際に熊に会っていたら、きっと夢の中の熊さんは、もっとどう猛に振る舞っているちがいない。熊の前をなんとか通り過ぎたら、次にはライオンが出てきた。ライオンは、タンザニアの自然公園で会ったことがあります。でもなんでライオンだったんだろうなぁ。
というわけで、藤波ベアがどんな人に受け入れられて、どんな人のマスコットになっていくのか、ちょっと楽しみな今日この頃です。
フジガスネット
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投稿者 nishimaki : 11:58
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2007年01月06日
携帯電話を買い替えました
……、というようなしょうもないことを、なにも1年の最初の日記に書かなくていいと思うんだが、すっかりご無沙汰してしまったこの1ヶ月半、いろんなことがあって、とても楽しくて忙しくて、あんまり書くのをさぼっちゃったものだから、なにから書いていいのやら、すっかり困ってしまった。で、どうにもあたりさわりのない、つまりしょうもない話題からとっかかることにしたのでした。ごめんなさい。
ということで、年末に携帯電話を買い替えたのだ。
一番左のやつはお気に入りで、3年くらい使ってた。防水だから、オートバイに乗って雨に降られても大丈夫だし、そのまんま水没してもだいじょうぶ。水に強いだけじゃなくてめっぽう丈夫だったので、これも心強かった。ぼくはこの電話を、電話機として使うより、腰が痛いときのツボ押し棒として使うことのほうが多かった。ツボ押し棒としても、たいへんよくできた携帯電話だったと思う。
真ん中の黒いのは、その防水携帯電話の後継機として登場したもので、メーカーは同じくカシオ。前のやつにはカメラがなかった。携帯で写真なんか撮る趣味はこれっぽっちもないのだけど、携帯電話で自然山のWEBに速報を送るようになると、雨の日でも電話機だけ持っていれば、最低限のお仕事ができるってのが魅力に思えてきた。防水の携帯電話も防水のカメラも少ないけど、防水のコンピュータはないに等しい。雨の日にメールを送るとなると、多少うちづらくたっても、防水携帯電話は心強い道具になるってもんだ。
ところがね、ぼくはこの黒いG'z one TYPE-Rって機種が、どうにも好きになれなかった。古い端末を持ってって、機種変更してもらおうと思ったことも何度もあった。かっこ悪いし、実はこの端末にはメモリーを吸い出すのにはWindowsマシンが必須だったから、マックユーザのぼくは撮った写真を吸い出そうとすると、パケット通信料を払ってメールするしかないのだった。そんなことに通信料を払ってやるもんか。てことで、結局あんまり使わないまんま、むだな端末だったんですね。便利に使っている人もいると思うけど、ぼくには不要なものだった。ほんとに、前のをそのまま使ってりゃよかった。
で、新しいWINのG'z one W42CAが登場した。これはメモリーカードを内蔵しているし、ずいぶん仕様的にはインチキだけど、海外の携帯端末にも差し込めるSIMカードも持っている。まだまだダメダメだけど、だいぶふつうの仕様になってきた。なんだけど、最近は電話機も高いんだね。機種変更は2万円くらいするってんで、まぁそれならむりして取り換えることもないやと思って、気に入らないのを使い続けてきた。
そんなある日、東京の街角をあるいていたら、年末叩き売り、みたいな電話機屋さんがあった。いくらになるの?と聞けば、1万7000円からポイントを引いた分だという。なんだ、たいして安くないなとたたずんでいたら、いくらだったら考えてくれますか?と香取慎吾みたいな兄さんが聞いてきた。あー、ぼくはTYPE-Rもきらいだけど、香取慎吾も大きらいなのだ。SMAPがきらいってわけじゃないんだけどね。でもこのときは、香取慎吾だから逃げ出すということもせず、1万円ならと適当なことを言っておいた。そしたらぼくのポイントを調べにいって「ようがす、1万円でいいです」と返事が来た。一瞬、しまったな、5000円って言っておくんだったな、ポイントが予想以上にたまっていて、ほんとは8000円くらいになるのだったら、損しちゃったなと思ったりした。
家に帰ってから調べたら、ポイントなんかほんの1000円ぽっちしかありしない。いやー、香取君、年末の成績ほしさに、ずいぶんとまぁ思い切ったもんだねー。しかしおかげで、知らないうちにオダギリジョーのライフカードなんかに加入させられた。聞いてないぞーとごねようと思ったけど、年会費ただだし、香取慎吾とオダギリジョーに免じて許してやることにした。ついでに、この店はメモリーのコピーもやってくれなかった。「個人情報がうるさいですから」だって。うそだよね。auのお店に持っていったら、すんなりやってくれたし。
で、めでたく電話機は新型になったわけだが、メモリーとして使うmicroSDカードが別売だってのは盲点だった。うちの街にはそんなものはなかなか売ってないので、こいつで撮った写真は、やっぱりまだ吸い出せないままだ。まぁ、全日本シーズンがはじまるまでには、体制を調えよう。
電話機をふたつ並べて、こっちは大きらいなんだけど、こっちの白いのはまぁまぁおきに入りだとふうみに話したら、こっちのとこっちのはどうちがうのだ?と言われた。確かに、似たようなものかもしれないけどね、今並べてみても、ぼくにはおしゃれ度にダンチの差があるような気がしますですよ。
携帯電話といえば、本日の毎日新聞の記事「世界の壁 日本10社で販売シェア8.8%」とのこと。記事では、日本の電話は高機能で、市場が成熟しすぎているからこんなことになると苦しい展開。1円で携帯電話が買える世の中を作ってしまって、それで首が回らなくなっているって、もっとしっかり説明しないといけないと思う。計算機やオーディオプレーヤーや住所録からカメラまでついて、おまけに電話魔でできる機械がたったの1円そこらで買えるなんて、おかしいではないか。電話会社がそろって消費者の感覚をマヒさせておいて、結局日本の携帯電話産業も衰退させてしまったんだから、世話はないや。ぼくは今回、ちょっとでも安い電話を買ってご機嫌だったけど、もともといらないものを買ってしまったのも、そろそろ電話機を新しくしておかないと損かもね、なんて思ってしまったからだ。すっかりマヒさせられているわけだ。ちぇ。いい加減、気をつけようっと。
あー、それにしてもお正月から、くだらない日記ですね。次は、もうちょっとまともなことを書かないといけません。今年もよろしくお願いします。
投稿者 nishimaki : 22:09
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