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2007年06月11日
JMMにて(想定外について他)
6月9日、毎年やっているトライアルごっこイベント。もともとは雑誌屋さんの年に1度のオートバイ遊びだったんだけど、最近のオートバイ雑誌屋さんはオートバイに乗らない人が増えたりして(!)、今では参加条件をとっぱらって、人づてにいろんな人が集まってくるようになった。オートバイはセクションに置いてあるから、ライダーはオートバイに乗るかっこうだけしてやってくればいい。お手軽だ。
このイベントについては、何度か日記に書いたので、詳細は省略。過去のこのイベントについてはこちらをどうぞ。
2006年07月06日:オートバイのいらないトライアル遊び
2004年06月12日:JMMスーパートレッカー
2001年06月14日:この1ヶ月間のできごといろいろ
今回はこれ以外に思ったことだけ書いておきます。
まず、事故はいつも想定外のところで発生するけれど、それはほんとは想定外ではなくて、こちらが想定するのをさぼったところで発生するということ。
事故っていっても、あぶないセクションを作ったとか、そういうことじゃない。トライを終わって、平らなところでUターンしようとして、そのまま暴走するというパターン。暴走した先が崖だったりすると、たいへんにあぶない。
もちろん対策は考えた。マシンにはつけられるものには全部アクセルストッパーをつけた。自然山DVDフロントアップ道場に付属でついているやつだ。さらにアクセルの遊びも増やした。アクセル全開が、アイドリングからほんの少し高いだけ、という仕様になっている。
セクションにするところは、落ちるようなところは選ばない。仮に暴走していっても、山にぶつかって止まるように設定した。でも登れば降りなきゃいけないし、あんまり安全安全といっていると全部まっすぐの真っ平らになっちゃうし、それで悩むわけだ。なんせ、参加者たちはびっくりするようなことをしてくれる。使ったオートバイを回収しようとしたら、フロントブレーキがすかすかになっているのがあった。どういう壊れ方をしたのかと思ったら、メカの心得のある(と自覚している)人が、ブレーキの遊びを調整しようとしてネジを回したら、オイルが飛びだしてきてブレーキがきかなくなったということだ。ほんとかなぁ。少なくとも、びっくりすることは次々に起こる、ということだ。
こういうイベントに関わりはじめた最初は「想定外のことが次々に起こるなぁ」とびっくりするばかりだった。でもそのうち、どんな想定外が起こるかはわかんないけど、想定外の事件は必ず起こるので、それはすでに想定外ではないということに気がついた。想定外でないなら、手を打っていないぼくらに非がある。イベントを作っている側としては、こういうふうな考えでいないと、オフロード初心者をトライアルなんかに誘い込めない。
今回も、一生懸命安全にセクション設定をしながら「まぁここは大丈夫だろう」「こんなところ、落っこちるやつはいないだろう」と高をくくったところが何ヶ所かあった。手を抜いたのかもしれないし、条件的に最善を尽くしたけど、どうしてもリスクが残ったところもあった。実際に事件が起きたのは、そういう場所じゃなくて、まったくリスクに気がつかなかったところだった。ぼくらの見落としってやつだ。そんなところで事件が起きるなんてまったく想定外だったのだけど、そういうところが、実は一倍あぶない。
現実的には、いったいどうやって対策すりゃいいのさと大悩みしてしまうんだけれど、悩みながら、より安全をめざして、それでもいくつかの“想定外”の事件にびっくりしながら、また来年もこのイベントはやっていくことになるんだろうな。
もうひとつ、ぼくはここでオフロードなんかはしったことがないという初めての人のクラスを担当している。このクラスのコンセプトとしては、初めての人なりにトライアル競技をしてみようってことなんだけど、そんなのはほとんど無理なので、競技というよりお勉強会になる。それなりにみんなお勉強して帰っていくからこれでいいんだと思ってはいる。
だけど、ここんところ、他のスタッフから「もっとオートバイを走らせないとつまらないのではないか」という声がどんどん届くようになった。ぼくがやっているのは、確かにオートバイがあんまり走らない。でも走らせるとあぶない人たちに、安全にトライアルをおもしろがったもらおうと最大公約数で考えるとこんなふうにおちつくという結論だった。
今回、外野の声に合わせて、ちょっとメニューを変えてみた。少し急いで先に進んだ。さて、どうだったろう? 参加者にもゆっくり感想を聞いてみなきゃいけないけど、トライアルマシンに乗る時間は増えたけど、確実に技術を持ち帰ってもらうという点では、あせらずに一歩ずつしっかりやったほうがいい。どっちがいいかわかんないけど、少なくともぼくにはちょっと中途半端だという思いが残ったから、次からは雑音が聞こえてきても、自分の思ったように勧めようと思ったのだった。
*写真は、素晴らしい先生である柳沢克吉くんと生徒の子どもたち。克吉は子どもたちに礼儀作法もちゃんと教えるので、かなわない。
もう1枚は、自転車で2度交通事故を起こして死にかけた経験の持ち主であるうちの娘と、25回パリダカに参加した(世界一の記録だそうだ)菅原義正さんと、その昔、ユーミンにテーマソングを作らせて(笑)パリダカに参加したことがある浅賀敏則さんと、その他のお二人のみなさんの記念写真。後ろから顔を出しているのは、雑誌業界の大先輩のA氏。
投稿者 nishimaki : 12:10 | コメント (2) | トラックバック
2007年06月06日
持ち時間の不思議
持ち時間5時間30分というのは、一体何秒のことなのか、という禅問答みたいな論争(というほどのこともなく、ただの雑談だけど)を、山本昌也さんとしました。
全日本選手権近畿大会、そのゴール地点にいて、1ラップ目の持ち時間ぎりぎりの各ライダーのゴールを待っていたときのこと、田中太一選手だけが、持ち時間を20秒すぎてチェックポイントに入ってきました。1ラップ目の持ち時間は3時間。田中選手のスタートは○時○分だから、○時○分がタイムオーバーとなるべき時刻田中選手がはいってきたのは○時○分○秒でした。
「1分オーバーです」と告げられた田中選手は「59秒まではオンタイムなんじゃないの?」と質問していましたが「いいえ、ダメです」といわれてちょん。一般論として、ライダーは判定についてはダメ元で聞いてみるのが習慣化していますから、この田中選手の場合もそうかもしれない。
でもぼくは昔々のことを思い出します。そのときぼくは、たまたま板取村の自転車世界選手権の本部席に座っていて、スペイン選手から「タイムオーバーの計算の仕方がおかしい」とさんざんごねられて、四苦八苦しながら対応したのを思い出し、それからヨーロッパの世界選手権に出かけるようになって、時間の数え方についても日本とヨーロッパではちがうんだなぁと思い知ったのでした。
田中選手のいう、59秒まではオンタイムという考え方は、田中選手がヨーロッパで戦っていたときになじんでいた数え方です。今回の場合なら○時○分をすぎて、○時○分○秒までは減点ゼロ。○時○分となったらはじめて減点1点が課せられるというしくみです。
「そんなの、どう考えてもおかしいやん」
と、昌也さんは言います。ぼくも、少し違和感があります。でもヨーロッパに通ってるうちに、なんとなくそういうものかと思ってしまうようになった。習慣の問題ですから、なんでと言われても答えようがない。無理やり理由をつけるとすれば、分以下の単位を切り捨てると考えれば、ヨーロッパ的時間の数え方も、納得できます。秒針がなくて、00秒になった瞬間に分針が1分進む時計を公式時計にしていたとしたら、秒単位のタイムオーバーはとりようがない。○時○分までオンタイムということは実質○時○分○秒までオンタイムということになります。
たとえば、これはフランスGPの結果表。13位のクリストフ・ブリオンは5時間33分15秒かかってゴールしてます。持ち時間は5時間半だから、3分15秒タイムオーバー。日本だったら、4点の減点。でもFIMのリザルトでは、タイムオーバー減点は3点ってなってます。
ぼくも日本人だから、石原慎太郎と同じく、フランス人の数字の数え方はへんてこだよなぁとは思います(でも、フランス人の数字の数え方のほうが、オブジェクト指向ではないかと思いこそすれ数字を数えられないとは思わない)。だけど彼らの数え方を否定するには、フランス人の育つ環境や教育やひょっとしたら宗教など、いろんなことを研究しないと結論が出ないと思われる。ブッシュがやったみたいに、アメリカの論理でイスラム圏を統治しようとすると無理がでる。時間の数え方も、もしかするとこんなのに通じるんじゃないかと思うわけです。
と、これがいつものニシマキへ理屈です。昌也さんは、瞬時にする直感的な判断が適確でステキ。でなければ、5年も続けて全日本チャンピオンにはなれない。へ理屈並べるニシマキに、昌也さんはこう言いました。
「じゃ、ヨーロッパじゃ、セクションの持ち時間は、たとえば1分だったら1分59秒までいいわけ?」
ごもっともです。ヨーロッパのセクションの持ち時間は1分30秒だけど、セクションの持ち時間については、1分30秒になったとたんにピーッと笛を吹かれるわけだから、ヨーロッパの時間の数え方が宗教上の理由だという(?)ぼくのへ理屈は破綻しました。
往々にして、トライアルにはヨーロッパの古い習慣が残っています。古いかどうかわかんないけど、日本人には不思議な習慣がいっぱいある。最近になって少しずつそれに気がついたのか、たとえば免許のないライダーは公道を走らせないようにしよう(当然だ!)とか、だれでも彼でもがライダーのヘルプをするのはやめようとか、日本人にとってはどうしてそんなのが改革になるんだというような見直しがおこなわれています。
ニシマキの記憶の範囲では、たとえば停止1点というルールが使われたとき、日本GPでは厳格に停止を1点と採点しました。ルールブックに停止1点と書いてあるんだから、止まったら1点とられるのがあたりまえ。あと、ゲートマーカーの中を走れと書いてあるから、ゲートマーカーにタイヤが触れたら中を走ったことにはならないんで5点減点。これもごく当然の判定です。
そのどちらも、ヨーロッパの連中に言わせると、ありえない判定ってことになる(ヨーロッパの連中というくくりの中には、藤波貴久や黒山健一ら、ヨーロッパを走っている日本人も含まれる)。とあるセクションでラガがこれにぜんぜん納得できなくて「あとで抗議するからちゃんと覚えててくれ」とオブザーバーに言いたいんだけど通じない(ラガが日本語が話せればよかったんだけどね)。そこにいたニシマキを見つけて通訳させられたってことがありました。試合が終わってから「あの判定はどうした?」とラガに聞いたら「今日の成績はあそこの判定がひっくり返っても関係ないレベルだから、もういいの」という答だった。その判定次第で優勝が手に入るようだったら、きちんと抗議をするつもりだったのかもしれません。
ラガの話じゃないんだ。かように、ものの判断については日本人とヨーロッパ人と、いろいろ基準がちがいます。一口にヨーロッパ人というけど、イギリス人とスペイン人が同じ価値観を持っているとも思えないんで、彼ら同士でもいろいろあるにちがいない。
でも判定については、最初は「日本人はへんてこな判定をしやがる」という反応だったけど、そのうち「どうやら日本人の判定のほうが正しいんじゃないか」ということになって、そしたら停止1点なんてルールはトライアルをつまらなくするから、やめちゃおう」ということになった(と、流れを見ていてニシマキは強く感じる)。日本人は思うのである。「ほれ見ろ、日本人の判断は正確なのだ。最初から日本人の言うことを聞いておればよいのだ」と。
でも、不幸にしてトライアルの中心地は、やっぱりヨーロッパにある。そしてヨーロッパに出向いていかなければ、どんなにすぐれたトライアル選手も世界チャンピオンに慣れないように、正しい価値判断もまな板に乗らない。昌也さんのいうことはたいへん説得力があると思うけど、猪名川サーキットで言っていても世界は変わらない。ジュネーブだかブラッセルだかで開催されるFIMのトライアル委員会に、日本からも委員が出席しなければ、日本の存在はいつまでたってもお客さまで、正しかろうが正しくなかろうが、日本がやることは異端児のやることとして受け止められる。
今、世界の舞台に存在する日本人は、藤波貴久と小川毅士しかいない。藤田秀二さんやぼくらもときどき取材に出かけるけど、年に数回じゃ、出席率が悪すぎる。ヨーロッパの人たちは、毎週のように試合の現場で顔を合わせて、いろんなことを話している。そういう中から、トライアルの未来も形成されている。正しい判断も、主張すべきところにいて主張をしないことには、なんにも変わりゃしないのだ。
(セクションの持ち時間は90秒で切り捨て、試合の持ち時間は330分で切り捨てという規則なら、91秒と331分でタイムアウトという解釈もありですね。日本人的には違和感もあるけど、世界にはいろんな考え方のいろんな人種があるということを、島国の人にはもっと知ってほしいけど、報道の中でもそこんところが一番むずかしい)
トップの写真は、大雨が降る直前に首都高を見上げて。最近、東京のこういう光景が珍しく見えるようになった。
投稿者 nishimaki : 21:46 | コメント (0) | トラックバック
マリオと里帰り
もてぎのあと、恒例となっているマリオとの日本観光。マリオは8年目、アニエーゼは7回目の日本訪問だ。二人で来たときは、日本GPのあと数日間日本観光をして帰っていく。これまで、京都や札幌にはふたりだけでもいったけど、だんだんふつうじゃない観光に目覚めてきたので、この数年間はぼくと杉谷がいっしょにでかけている。ぼくらにとっても、知らなかった場所を楽しむことができて、有意義ではある。今回は、ついこの前引っ越したばかりの奥秩父に連れてきた。
ということで、4日分の長い日記。
もてぎを出て、いつものとおり益子焼の買い物などして(お金がかかるし、マリオは益子焼のよさがさっぱりわからないので、買い物なんかしないで森でも歩こうと主張していたが、帰りのクルマから道をイノシシが横断しているのを見てびびってしまって、やっぱり買い物に行こうということになった)、遅い朝飯をファミリーレストランで食べ(10時からのランチの時間になったので、399円でランチが食べられた。どういう値段なんだろう。日本人もびっくり。でもコーヒーは250円もした)、マクドナルドへ移動してコーヒー飲みながらメールチェックをしてきのうのイタリアグランプリの結果を見る。イタリア人のバレンティーノ・ロッシが勝ったのでマリオは大喜び。
杉谷とここで別れて、ぼくらは秩父へ。お世話になったガソリンスタンドで給油してお茶などいただき、住んでたときにはとうとういけなかった近所の札所に行ってみる。入り口に「物見遊山お断り」と書いてあったのでちょっと躊躇するが、赤とオレンジを着てサンダル履きの三人組は入山料のひとり300円(おつりないから三人分1000円入れてきた)とアニエーゼが家内安全のお願いして1000円納めてまいりました。
すぐそこまでかと思ったら、参道は延々と山道が続いていて、ちょっとびっくり。マリオが途中で根を上げて「セクションはまだ先か? おれは最終セクションだけ見ればいいんだけどな」と言い出す。アニエーゼは元気だ。
てっぺんまで行ったら、鎖場。マリオは高所恐怖症なんだかで、登ってこない。この人はよくわかんないけど病気持ちなので(髪の毛がないのも、病気が原因らしい。高血圧でもあって、去年は温泉に入ったら心臓がばくばくしてたいへんだった)無理強いはしないでおく。
「イタリアじゃ、これをやってみようぜと勧めてもアニエーゼはいつもやらないって言うんだ。なんで日本じゃこんなことをやるんだろう?」
とマリオが不思議がっている。そういうこと、よくあります。きっとぼくらも、日本ではやらないようなことを、イタリアでいっぱいやっているはずだ。
マリオが近寄ることもできない大岩は、向こう側が断崖絶壁だった。落ちたらひとたまりもない。アニエーゼを立たせて写真を撮る。それが一番最初の写真。この写真を撮ったときにはこっち側がこんなになっているなんて、彼女は知る由もない。ぼくの位置まで来て振り返って「あらまぁ、こわい」とひっくり返るわけだ。
お寺を出て温泉に寄る。ここも、いつもぼくが通っていたのではないはじめてのところ。露天風呂や薬草風呂があって、出てきたアニエーゼは大喜びだった。今晩の宿は、旧荒川村の茅葺き屋根の民宿。約束の時間を1時間遅らせてもらって、なおかつ3分遅れで到着。3点減点だとマリオが判定してくれた。宿のおばちゃんは山菜料理を山盛りにして待っていてくれた。山三つ葉、ふき、たらの芽、うど、こごみのてんぷら、山女魚、こごみのマヨネーズ和え、イワタケ、自然薯、わらび、やまうど、それに山三つ葉と豆腐のみそ汁。なんというヘルシーで豪華な山の幸の夕食だ。
おばちゃんはマリオたちが山菜を食べられるのかどうか心配していたけど、連中も日本経験がそこそこ豊富だから、もはやたいていの食事には驚かない。魚の食べ方は美しくないし、口のまわりがかゆいといってたけど(天つゆか自然薯だろう)、ぺろりと全部食べてしまった。
この山菜は、おばちゃんの息子夫婦がとりにいってるらしいんだけど、朝の3時半に出発して、車を降りて2時間歩いて、往復8時間の行程でとってくるものらしい。イワタケなんぞ(イワナの右隣)、この量で都会だったら1万円だそうな。
この宿は、築300年で、お役所が記念物に指定したがったらしいけど、そんなものにされると宿として使えなくなるんでお断りしちゃったそうだ。夏休みには、子どもたちが合宿で泊まりに来て、昔ながらの家を観察していくらしい。茅葺き屋根の民宿は、消防法の関係もあって、今やごく少ないとのこと。
アニエーゼは日本の昔の家の構造に興味津々。マリオはお疲れのご様子だった。
気のいいおばあちゃんの民宿を出て、長瀞のライン下りへ。実はもてぎから荒川村(今は秩父市)へ行くのには荒川村を通っているんだけど、マリオはたぶん気がついてないと思われる。最初に流れの穏やかな川下りをして、バスで上流に移動してちょっとだけ急なところへ。水を水田が使ってる今ごろは、水が少ないんだそうだ。台風のあとはたいへんエキサイティングだということだけど、川の流れが急だったりするとお休みになるってことだ。
船頭さんは川の流れをとてもよく心得ていて、モナコGPを走るパトリック・デパイユのごとく(また古い例を出しました。あんなに正確なドライビングをするデパイユも、死んじゃいましたね)、岩ぎりぎりに船を通して進んでいく。最初に乗ったコースはおばあちゃんばっかりで、こんなんでおもしろいかなぁと思ったけど、2回目は秩父鉄道の鉄橋をくぐるところで水をかぶる下りもあって、なかなかよろしかった。
川岸から駐車場まで、ぶらぶらとお買い物。コーヒーを飲みたいといっちゃ喫茶店に入り、コンニャクのみそおでんを食べてみたいということになってまた店に入る。ぜんぜん進まない。でもこういうことをしにきたんだから、それでよいのだ。
駐車場は、たまたまその上の宝登山の駐車場と共通で、1日500円で2ヶ所のに停められるってことだから、そっちもいってみる。ロープウェイなどで山のてっぺんに登って、帰りは山道を降りてきた。「きのうのセクション1へいく道よりはだいぶらくちんだ」とマリオ。この人は、トライアルにまつわる話をしている限り、機嫌がいい。途中、車が通れる道を外れて、トレイルに入る。木の根が続く滑りやすいコケの道。3人とも、こういう道のほうが慣れている。ただし方向がわかんない。トレイルをしばらく降りると広い道に出るので、そこでちょっと待っていると、いっしょにロープウェイで山頂まで行ったお姉さん二人が降りてきたので、道が正しいことを確認できた。マリオは、このお姉さんたちが気になる様子。
下山して駐車場につくと、マリオは「彼女たちを待ってよう」という。待っててどうするんだろうと思うけど、これがイタリア人なんだね、きっと。でも残念ながら、彼女らは現れなかった。きっと途中から別の道を降りたんだろう。へへへ、残念でした。と、クルマで走って少々、彼女たちが道端の喫茶店に入るところを目撃。あぁ、ニアミスだとマリオはくやしがっている。
それから温泉。マリオは高血圧なんで、ある種の温泉には要注意だと心配しているけど、サウナは問題ないんだそうだ。高血圧症について温泉のはいり方が書いてないかと聞くから読んでみたら「無理をなさらないでください」と書いてあった。無理してお風呂に入るって、どういうことだろうな。「自分のレベルを守れってさ」と伝えたら「おれのレベルってなんだ?」と聞き返された。当然だと思うけど、ぼくもわからない。
お風呂から出たら、すれちがいにロープウェイの二人組が入ってきた。マリオはたびたびの偶然に目をハートマークにして「今度出会ったら結婚するぞ、おれたち」と息巻いている。アニエーゼが隣にいるのに、それとこれとは別問題らしい。
その晩は小鹿野の須崎旅館さんに泊まる。アニエーゼに蕎麦打ち体験をさせたかったので、このお宿のオプションをお願い。この日も到着は3分遅れ。また遅れちゃったよというと「南イタリアだと1時間遅れがふつうだ」とマリオ。ここはニッポンだからねと言うと、なんとなく納得していた。南イタリア選手権だと、タイムオーバーは1時間が1点なのかな?
そばは、アニエーゼと交替で打った。でも実は、きっと先生がぼくらの不始末をうまく修正してくれていたにちがいない。マリオはずっとビデオを撮っていた。晩飯は、このそばも含めて、豪華絢爛だった。満足。でもマリオは、この旅館の女将が気に入ったらしい。彼女には子どもがいるみたいだよといってるのに「じゃ、離婚したというニュースが入ったら真っ先に教えろ」という。相手の都合は聞いてない。知らん顔するのもかわいそうなので、翌朝役場へいって住民票を抹消したときに、ついでに婚姻届をもらってきてマリオに渡してやった。女将に名前を書いてもらえばいい記念になるかなと思ったが、ほんとに提出しちゃったらまずい。でもそれ以前に、マリオには女将に婚姻届に名前を書いてちょうだいとお願いする勇気はなかったらしい。で、この顛末はすべてアニエーゼが横で見ているのだから、笑います。女将と記念写真におさまるマリオ、なんだか緊張してます。
そういえば、両神のぼくがいたところのすぐ裏に、大谷藤子という小説家の生家があった。なんとなく気になって、何冊か買ってみたんだけど、彼女の小説に「須崎屋」ってのがある。冒頭に須崎屋の紹介があって、確か、街の中にあんまりきれいじゃない安宿がある、みたいな紹介をされている。これじゃ、小説のネタになってるのが、いいんだか悪いんだかわかんない。でも大谷藤子の小説は、例外なく暗〜いのだ。小説と実際のちがいを確かめるのも、なかなか楽しい。大藪春彦の「汚れた英雄」の舞台となったマン島に初めて行ったとき、やっぱりそんな感覚で島をめぐったのを思い出した。
須崎旅館さんは気に入ったので、小鹿野へ行くときには、マリオにないしょでまた泊まろうっと。どうせこの町には、きっと近いうちに来なくちゃいけなくなりそうだから。
投稿者 nishimaki : 16:55 | コメント (2) | トラックバック
