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2008年07月27日
FIM委員の顔ぶれ
FIMは、毎年関係者(選手権に参加するエントラントも含む)にいろんな冊子を配布している。MFJも、ライセンスホルダー(ライセンスフィーを払った資格のある人)に競技規則書などを配布しているけど、当然というかなぜかというか、FIMのほうが気合いが入っている。世界選手権の開幕戦にでかけると、ほれとばかりにばさばさと冊子を渡される。去年のFIM年鑑(全カテゴリーのランキングなどが一覧されている)、レギュレーション総則、トライアル細則、環境問題についてなどなど。
意地悪な見方をすれば、開幕戦で規則書をもらったって遅いじゃないかって気もするけど(その点、MFJの規則書はシーズンオフの間に作られて、新年度のライセンスの発行とともに送られてくる。立派)FIMは世界選手権の現場で、世界中のみなさんにタダでお配りしちゃうんだから、太っ腹ではある(世界選手権にきている人というのは、MFJの全会員なんかよりはるかに少ないわけだけど)。
といっても、いつもはぱらぱらとめくって本棚にしまいこんでしまうのだけ(捨てるのは、かろうじて思いとどまっている)。ちょっと眺めてみると……。
年鑑には、役員名簿ってのもある。ふつうの人にはとんとご縁がないとは思うけど、この9年、もてぎで世界選手権をやるようになって、オフィシャルの人たちはFIMのお偉いさんとの接触も頻繁になった。FIMにはトライアル委員会というのがあって、これに世界中の人が参加している。今のオヤブンはクルミエールさんといって、フランスの人。英語を器用に話すけど、英語でお話するのは恥ずかしがる。前のオヤブンはベルネダさん。スペイン人。もともとスペイン協会の仕事をしていて、スペインの若いライダーを引き連れて世界選手権を転戦などしたことがある。当時の目玉ライダーはアンドリュー・コディナとかで、なぜか杉谷真がその転戦に乗っかっていたりしたこともあった。
副委員長はノルウェーのミンケンさんとルクセンブルクのヴァン・ディックさん。ディックさんとぼくらは、藤波が世界チャンピオンをとる前日、トライアル仲間のカート耐久レースでチームを組んだことがある。金曜日の夜、突然、近所のカートコースに出かけるぞということになって、みんなでぞろぞろでかけていった。トップライダーは「そんなお遊びにつきあっていられるか」という感じだったけど、世界選手権1年生(当時はユースだった)のオリベラスやジベールなど、スペインの若手はこぞって参加してきた(参加させられた)。ぼくらのチームはスペインベルネダ、ヴァン・ディック、杉谷、ニシマキというデコボコカルテットで、ピカイチに速かったマンサノに何ラップもされてしまった。
そんな話がしたかったわけじゃない。トライアル委員には、その他イギリスのウイロビーさんをはじめ8人がいらっしゃる。国名を挙げると、ポルトガル、イタリア、サンマリノ、ベルギー、ドイツ、チェコ、スペイン、イギリスの方々だ。残念ながら、日本の人はひとりもいない。トライアルのみならず、委員会の名簿を最初から最後まで見ても、日本の人はロードレース委員会に杉本五十洋さんひとりしか発見できなかった。
トライアル委員会の人は、それぞれ世界選手権が比較的盛んな国の人だけど(サンマリノでの開催は、最近はないなぁ)他の委員会を見てみると、クロアチアとかチェコとかペルーとか、あんまりモータースポーツが盛んでなさそうな国の人も、どんどん名前が並んでいる。日本にはでっかいメーカーが4つもあって、世界選手権も開催されていて、ロード、モトクロス、トライアルの各クラスでチャンピオンがでているというのに、たったひとりですぜ、たったひとり。
よく、ヨーロッパの連中は日本人が強くなると、都合がいいように規則を変えやがる、という不満を聞くことがある。欧州勢のわがままは、ぼくも感じることがある。でも、そこで「そりゃ、あんたたちのわがままでしょ」という人がいなけりゃ、それはわがままではない。
日本のライダーよ、もっと世界へ出て行きましょう、と無責任に言い続けているけど、世界へ出て行かなければいけないのは、選手だけじゃない。ぼくらジャーナリストもそうだし(たった10年の自然山通信なんかより、長年にわたって世界の舞台を取材し続けている藤田秀二さんには、とんと脱帽する)、こういう大会を運営する側の人にも、それはいえることだ。
工業アドバイザーなんてグループもあるんだけど、そこにはハスクバーナやドゥカティ、ヤワ、アプリリアの人々が並んでいる。日本のメーカーはというと、ホンダヨーロッパ、ヤマハヨーロッパ、ダンロップタイヤから委員が出ているけれど、それぞれイタリア人、オランダ人、イギリス人だった。ここにも、日本の人はひとりもいない。
女性とモーターサイクル委員会みたいな組織もある。なんとそこには、2007年女子世界チャンピオン、イリス・クラマーの名前がある。彼女、10代の頃からトライアル委員会のおやじを相手に自説を主張する気が強いところを見せていたが、彼女ならこういう役柄もぴったりだ。ドイツのライダーねーちゃんがFIMの役員をしているというのに、日本人は壊滅状態。ほんとうになさけない限りなのである。
以前、MFJの人とお酒飲んでいるとき(割り勘)、FIMから役員を出せと言う要望がくるんだけど、誰かいませんかね、という話になった。モンテッサのM社長はどうかな、ヤマハのKさんはどうかな、なんてこれまた無責任なことを言ってみたものの、まぁいろいろむずかしいわけだ。なんたって、MFJからギャラが出せるわけでもない。「杉谷さんでもいいんですけどねー」とも言われて、杉谷を年に3回くらいヨーロッパの会議に飛ばしてみるのもおもしろいかとは思ってみたけど、現実、おもしろいばっかりでもなさそうだ。昔々、キャラバンを引っ張って世界選手権まわりをしていた頃なら、ついでに会議に出席するのもよかっただろうけど、今や杉谷さんは、FIMの会議に出席するより、海に出るのが忙しい。いざ、自分に振られると「えー、むずかいなぁ」と答えてしまうのだから、日本の役員さんよ、世界へ出ましょう、なんて言うばっかりなのも、無責任きわまりない。
しかしいずれにしろ、会議に日本人が並んでいなくて、日本の主張なんか通るわけがないのだった。
投稿者 nishimaki : 06:10 | コメント (4) | トラックバック
2008年07月02日
マリオとアニエーゼの日本探訪
あれから1ヶ月経っちゃったけど、今年もマリオ・カンデローネとアニエーゼ・アンドリオーネが日本にやってきた。今年の彼らは、日本GPの1週間前に日本にやってきて、大会翌日の月曜日に日本を発った。ちょうど1週間の滞在で、前半4日間が彼らの短いバカンスだ。FIMの公式ビデオを撮っているスペイン人のロベルトは彼女といっしょに2週間の日本観光を楽しんでからもてぎにやってきた。ヨーロッパの人たちのバカンスってのは、こういうスケールなんですね。くやしいけど。
世界選手権日本大会は、2008年で9回目を迎えた。海外から毎年取材にやってきているのはマリオただひとり。アニエーゼ(マリオのかみさん。日本人的には、かみさんと呼ぶには戸籍上どうなっているのかとかが気になるけど、あちらの方々は、戸籍上の問題はあんまりこだわらないみたい。ふたりがちゃんとしたパートナーであるかどうかというところが問題らしい)は2002年だったかに来日していないから、残念ながら皆勤賞を逃している。今年は試合後に、藤波貴久が世界選手権参戦200戦目の表彰をされていたけど「来年はおれが海外からの取材10年連続皆勤賞を表彰されるのだと、マリオは張りきっている。
彼らが日本に来たのは、日本では全日本近畿大会が開催されている日だった。その日、彼らはまず町田のホテルに投宿する。なんで町田かというと、杉谷家から近いから、誘い出すのになにかと便利だってのと、宿代が安い。それと大事なのは、近所にあるエクセルシオール・カフェのエスプレッソが、コーヒーにうるさいマリオのお眼鏡にかなっているということだ。
イタリア人は、コーヒーに目がない。といっても、単なるコーヒーじゃだめだ。コーヒーのおいしい部分だけを抽出したようなとてもとても濃いエスプレッソ。もちろんただ濃いだけじゃない。イタリアで飲むエスプレッソはたいていおいしいけど、フランスのは最悪。スペインのはイマイチで、ポルトガルのはまぁまぁ。日本で出てくるエスプレッソは、たいていフランスといい勝負だから、マリオがお墨付きを与えるエスプレッソは、たいへん貴重なのだった。
成田から町田までは、すでにマリオたちにとっては通い慣れた道で、ひとりでバスにのってやってくる。でも今回は、去年ベルドンでお世話になったおふたり、齋藤義宏さんと瀧田伸一さんが朝も早くから出迎えに行ってくれた。ヨーロッパでお世話になった外国の人を成田空港で出迎えるってのは、なかなかいいもんです。帰りのクルマの、なんとなくたどたどしくもフレンドリーな会話もおもしろかったりしてね。
日曜日の晩は、齋藤さんと瀧田さんとマリオたちとでご会食となったらしい。その晩のご会食は、居酒屋さんだったそうだ。翌日、彼らは新宿へ出かけた。今、ユーロ高円安だから、カメラ機材なんかを日本で買うのはお得感がある。さらに新宿のニコンのサービスセンターで、汚れたCCDを掃除してもらうのも、ここ数年の日課になった。でもアニエーゼのニコンはあんまり汚すぎて、その日の返却は無理と言われてしまったらしい。トライアルの取材は、カメラを泥漬けにしているようなもんだから、さもありなん。
彼らが新宿から帰ってきた頃、ぼくらが大阪から(横浜の杉谷家に)帰ってきた。全日本の夜は、速報レポートなど書いていて、全部終わるのが朝になる。なのでホテルで遅い朝食をとってから帰途につくのが毎戦の恒例だ。それで、今度はぼくらがマリオたちを歓迎する会食となった。でも、なぜか齋藤さんもやってきた。この日の会食コースも、また居酒屋さんだ。
外国人を連れていくのは、居酒屋さんが便利。へたにイタリア料理店にいっても、たいてい日本の味のイタリア料理だから、お口にあうかどうかわかんない。居酒屋さんなら、彼らも半ばあきらめてくれる。それに、日本的料理からピザまで、メニューが多国籍なのもいい。問題は、いまだに禁煙席が用意されているところが少なくて、禁煙席っていっても喫煙席から煙が流れ込んできたりすることが多いってことだ。マリオは煙を吸わされるのをとってもきらう。がまんできるかどうかは別にして、ぼくもいやだから、これは同感です。
トライアンフ相模原(スナップリング)の高橋店長とゆかりさんもやってきた。ゆかりさんは1999年にマリオが主催したトリアル・どんなに参戦している。店長はその後SSDTに参加して、マリオとは戦友である。ゆかりさんたちがきたので、河岸を変えてまた呑むことになったのだけど、呑み屋のハシゴってのはイタリアの文化にはないから、マリオは今日はディナーを2回とったから、フィットネスに励まないとたいへんだと騒いでいた。その後、マリオがエスプレッソをご馳走するとエクセルシオール・カフェに出かけるも、閉店だった。コンビニでスターバックスコーヒーを買って道端で飲む。お食事の後はコーヒー飲まないと決着しないってのが、イタリアの文化なので、しょうがない。
翌朝、ぼくはマリオたちを連れて福島へ。今回は、ぼくが廃校に住み始めたってことで、マリオも杉谷も「今年はマリオは福島へ」と決めてかかってたけど、がっこうへ連れていってどうしようというのか、実はさしたるプランがなかった。去年秩父へ連れていった時には、古民家の民宿とか長瀞の川下りとか、それなり観光ツアーを組んだのだけどね。
それにしてもマリオも、日本観光がだんだんマニアックになってきた。1年目は日光だった。2年目は確か京都。それから北海道、鎌倉、伊豆、箱根、信州の温泉と年ごとに秘境狙いになってきて、去年は秩父。秩父も外国人観光客的にはけっこうマニアックだけど、福島のほうは、いよいよマニアックだ。でも考えてみりゃ、ぼくはイタリアに何度もいってるけど、フィレンツェのドーモにもいったことないしバチカンにも行ったことがない。最初から秘境みたいなトライアル会場ばっかりいっている。マリオは健全な日本観光を楽しんでいるってことになる。
福島の川内村に帰ってきた(マリオ的には初登場)のは、火曜日だった。そういえば、火曜日は我が村の温泉は定休日だった。マリオは高血圧だから、あんまりハードな温泉には根を上げてしまうのだけど(信州の鉱泉で動悸がしてあぶなくなったことがあった)ここの温泉はごく水に近い温泉だから大丈夫(温泉好き的にはパンチが足りないかも)。ふたりともそこそこ日本の温泉ファンなので、定休日は残念なり。ま、しょうがない。
まず、がっこうへお連れした。通りすがりに、入り口の鈴木商店で買い物かたがた、イタリアのお客さんを紹介する。アニエーゼは日本語検定に合格した日本語使いだから、なんとか会話になっている。
「これはナンですか?」
「フキだ。今日おれがとってきた」
「ワカリマシタ」
なんて感じ。鈴木商店は本来魚屋さんだけど、いろんなものが並んでいる。マリオたちに言わせるとスーパーマーケットだそうで、それが鈴木さんには受けていた。イタリアの田舎町にも、小さなスペースに商品がごっちゃと並んでいるお店はあるもんなんだ。
さてさて、晩飯時になったので20分走った村内のイワナ屋さんへいく。もともと大工さんで、大工さん引退を機に趣味の川魚釣りを商売にして、食い物屋をはじめたお店。店主の馬場さんは、お話し好きだ。イタリア人が現れても、動じない。そして、日本語で「うまいか?」と話しかけている。聞きとれなくても、なんとなく察しはつくから、マリオは「ボーノ」と答える。アニエーゼは「オイシイデス」と答えている。
ご注文はイワナづくし。唐揚げと塩焼きと刺し身。塩焼きは時間がかかるけど、のんびりのお食事はヨーロッパ人は得意だから、ぜんぜん問題ない。待ってる間に「これ食ってみろ」と田楽がでてきた。炭を起こしてもらって、コンニャクに火を通しているうち、あたりが暗くなっていく。
川魚の刺し身は、もっと警戒するかと思ったら、ふたりともおいしいおいしいと食べている。日本人は刺し身をよく食べるから、川魚を生で食べるのはあぶないと知ってるけど、刺し身を食べない人種にとっては、海魚も川魚も、おんなじくらい警戒すべきもので、いったん警戒が解けてしまえばいっしょなのかもしれない。川魚は虫がいるから生で食べられないんだけど、ここはきれいな水で養殖しているのを刺し身にしているから大丈夫、と解説してやろうかと思ったけど、この人たちはときどき必要以上に心配性になったりするから、向こうが心配してないのをいいことに、黙っておくことにした。マリオは、塩焼きが気に入ったらしい。塩焼きなら、イタリアでもおんなじものが食べられると思うんだけどな。
お食事が進んだ頃、馬場さんがやってきて「今日は泊まってくのか、どうやって寝てるんだ、風呂はどうしてる」と聞いてきた。風呂は温泉にいくんだけど、今日は休みなんだよねと話をしたら「おれんちで入っていくか?」という。こういう展開になるかなぁと思ったけど、こうなってもおかしくない雰囲気が、馬場さんにはある。イタリア人をおれんちの風呂に入れたぞ、というのは、馬場さんにも興味深いエピソードとなるのかもしれなかった。で、聞いてみる。
「お風呂、入る?」
英語では「Take a bath?」ってなるんだけど、ふたりがきょとんとして、心配そうな顔になってきた。そりゃ、魚を食べに来て風呂にはいるかと聞かれたら、警戒するのも無理はないかなぁと思ってると「おれたちはクルマできたんだけど、クルマはどうするんだ?」なんて聞いてくる。風呂に入るんで、酒を呑むかと聞いてるんじゃないんだから、クルマに乗って帰れないことはないだろう。なにが心配なのかな? にこにこしている馬場さんを前に、マリオたちとぼくは、しばし英語と格闘する。つきあいは長いから、たいていの会話は(文法がめちゃめちゃだろうと)通じるのだけど、ときどきこんなふうにスタックすることはあるのだ。
ようやく事態がわかったのは10分くらいたってからだった。「今日は温泉が休みだから、ここでお風呂に入っていくかってご主人が言うんだ」と解説してからだ。「なんだ、バスじゃなくてバスだったのか」。どうやらぼくは「Take a bath?」じゃなくて「Take a bus?」って聞いたらしい。バスに乗るか?なんて聞いたもんだから、彼らはふたりだけ放り出されて勝手にバスで帰れと言われたとでも思ったのかもしれない。それにしても、ぼくの発音がめちゃめちゃなのは今に始まったことではなくて、たぶんこの何年ずっと、マリオはぼくのトンチンカンな発音につきあってきて、おおむね会話は成立している。それは、話の流れがだいたいお互いに理解してるからだ。でも今日はだめだった。レストランに食事に来て、そのままお風呂に入るなんて、イタリア人の辞書にはなかったってことでしょうね。いえもちろんぼくの辞書にもありません。だけど、村では時々こういうことも起こりうる。「魚レストランのご主人はおもしろくてとっても親切」とマリオは喜んでいた。ま、外国人スペシャルですね。
がっこうには、光ファイバーでインターネット回線が入っている。これを使って、マリオはSKYPEを起動してイタリアの実家と連絡がとれる。ネット回線さえ貸してあげれば、電話代を気にすることなくイタリアと電話ができるんだから、便利な世の中だ。イタリア語のニュースも、日本にいながら読める。
「えらいこっちゃ」
ニュースを見て、マリオが悲鳴。マリオの住んでる村が水害にあっている。ひとも亡くなっているようだ。すぐ、マリオは友だちに電話している。アニエーゼも、お母さんに電話する。
「アニエーゼのお母さんは、こっちはあぶないから、あんたたちはずっと日本にいた方がいいわよと言っている。おれの村は、川が増水して、うちに渡る橋が通行止めになっている。おれんちに帰るには、クルマが通れない山道を歩いていくしかないらしい」。マリオは今イタリアにいないから、山道を歩いて帰る必要はないけれど、イタリアに帰ったときに、歩いてでも帰れる家があるかどうか、問題になってきた。でもそれはそれ、うじうじ心配してないで、翌日の予定を考えるときには、ニコニコしてしまうのはさすがにイタリア人。こういう切り替えはうらやましい。
翌日は、高塚山の山頂にハイキングしてきた。高塚山は山頂近くまでクルマでいけるし、そのへんには無料のキャンプ場もある。山頂までは片道30分くらいで、登山というほどの行程ではない。サンダルでもなんとか歩けるくらいの道のり。日本に来てから運動不足だから、ジムはないかなぁとおっしゃるマリオには、ちょうどいい運動になった。
そうそう、入り口に「バイク進入禁止」という看板が立っていた。無料のキャンプ場には、ライダーもよく訪れる。ツーリングライダーには良識のある人が多いけど、ハイキングコースを走って山頂までいこうと思うやつもいるかもしれないから(誓って、ぼくはオートバイで立ち入ったことはありません)、こういう看板も必要になる。でもそのオートバイが、フルフェイスヘルメットをかぶってロードレーサーに乗ってる絵なんだよね。
「この看板はなんだ?」
「オートバイはだめだってさ」
「トライアルバイクで走っちゃだめで、ロードレーサーならいいってか?」
「ロードレーサーで山道を走るのはやめましょう、ってことかもしれない」
マリオと付き合っていると、人生を冗談ですごせるようになってくる。イタリア人ってのは、みんなこんなのなんだろうか。
高塚山を降りて、温泉に行く。高塚やまのあと、ほんとは山の反対側にある鍾乳洞にもいこうかと思ったんだけど「電気もない、遊歩道もないような鍾乳洞があるんだけどいくか?」と聞いたら、敬遠されちゃった。大滝根山にはふたつの鍾乳洞があって、電気も遊歩道もないのは入水鍾乳洞。もうひとつ、立派な電飾つきのあぶくま鍾乳洞ってのがあるんだけど、ぼくはこっちは観光地すぎて好きじゃない。こっちに連れていってあげればよかったかな。温泉はいろんなところへいったから、ふたりともすっかりベテラン。最初の年に民宿に泊まったときには、湯船に石鹸入れられたりしたら困るから、狭い浴室にぼくとマリオで入ったものだった。湯船にゆっくりつかるという習慣はあんまりないから、温泉は彼らにも大人気だ(ただし特別に強い成分の温泉はのぞく)。
温泉の後、村の中心街にある小松屋旅館さんにいく。小松屋旅館さんは、川内村に2軒ある旅館の一軒。3泊ともがっこうに泊まるのも能がないと思って、1泊の予約を入れておいた。そういえば、ぼくの夕食はお願いしてなかった。「今日はおれのディナーはナシだな」とマリオに話しておいたけど、宿についたら「食べてくでしょ、イタリアの方のお世話はおまかせします」ということになった。なので、本日も3人でご会食。ご主人はきのこに詳しい方だから、お膳は地のものが盛りだくさんだった。ふたりはビールを呑む。ぼくはクルマだから呑めない。なんたって、駐在さんはお友だちなので、ご迷惑はかけたくないのでした。
そうそう、駐在所は宿の並びなので、ここにも寄ってみた。村の更生園(知的障碍のある人がいらっしゃる)がつくってるコーヒー豆でコーヒーを入れてくれた。駐在さんは村で唯一、自然山通信の読者さんだから、ぼくのお客さんだし、マリオもレポートを送ってくるのだから、大事な読者さまというわけだ。ごちそうしてもらうのは立場が逆だけど、おことばに甘える。駐在さんは白バイ大会にでたときの雄姿がのっている雑誌を見せて、自らのトライアル活動を国際的に知らしめようと試みていたけど、白バイ大会に出ることがどれほどたいへんなことなのかという件については、マリオに伝えられた自信はない。週末は世界選手権だから、駐在さんも見にいきましょうと誘ったけど、村にたったひとりのお巡りさんは忙しいのであった。
お食事後、エキスサイズを兼ねて自動販売機までコーヒーを飲みに行く。イタリアのコーヒー通が、自動販売機のコーヒーでいいのかと心配になるけど、どんな味のコーヒーが出てくるのかがわかっていて覚悟して飲すれば、イタリア人にとって、自動販売機コーヒーもそんなに悪いものではないのかもしれない。
翌朝、朝ご飯を食べ終わった頃にマリオたちを迎えに行く。そのまま民芸館と、草野心平ゆかりの天山文庫へ。ここでは、我が部落の区長さんの奥さんが働いていらっしゃる。日本の詩人のことはピンとこなかったみたいだけど、囲炉裏の前に詩人が座って酒を呑んでいたという話や、その席に今座れるという事実については、ちょっとは興味は持ってもらったみたいだった。アニエーゼは日本好きだから、民芸館の古い農具なんかもおもしろがっていた。農具のいくつかは、似たようなのがイタリアでもあるみたいだった。ぼくも彼らも農業には疎いから、確証はないけど。
一度がっこうに帰ってインターネットにアクセス。
「おれんちはまだ立っている」
マリオは一安心。でも、隣の村では道が崩れたり家がつぶされたり、たいへんな様子だ。ぼんやりとした午後をすごして、そののち温泉へ。行きがけに、鈴木商店にお刺し身を注文していく。今度は海のお魚のお刺し身。やまのど真ん中にある魚屋さんは、とてもおいしいお刺し身を食べさせてくれる。わざわざイタリアから食べにくる価値があるってもんだ。
と、お客さんのおひとりが「イタリアのひとが来てるっていうから待ってたのよ」と待ちかまえてくれていた。近くの縫製屋さんの奥様。かしわもちをいただき、食べる。葉っぱも本物だから食べられるのだよと教えてやる。“スーパーマーケット”に買い物にいって、そこのお客さんからお菓子をいただくというハプニングは、マリオたちには不思議体験だったらしい。イタリア人よ、村のひとってのはこんなふうに親切なのだ。ぼくだって、マリオの村の人たちには、けっこう親切にしてもらったものだけどね(ただし柏餅をもらったような覚えはない)。
温泉は、日替わりで男湯と女湯が入れ替わる。
「きのうとお風呂がちがうけど、どういうシステムになってるんだ?」
「きのうはあっちが男湯、今日はこっちが男湯。あしたは混浴だよ」
しょうもない冗談です。あしたはいよいよ世界選手権取材でもてぎにでかける日なんだけど、混浴と聞いたマリオは「おれはここに残る」と言っている。お約束だけど。
お風呂をでて、お刺し身を受けとってお食事。これも食わせてみなさいと、イカフライとか山菜のてんぷらとか、盛りだくさんいただく。
「みんなきみらを歓迎してくれてるんだよ」
と解説するが、マリオは自分たちがなんで歓迎されるのか、理由がわかんないようだ。「イタリア人だからね」と答えるも、ここの人はイタリア人が好きなのかなぁとやっぱり腑に落ちないでいる。それでも、みんながとても親切なのは問答無用で理解してくれた。
お食事していたら、区長さんがやってきた。
「イタリアのお客さんが来てるんだって? 知らせないなんて水くさいぞ」
てなわけで、区長さんの歓迎のごあいさつを通訳させられる。「いやー、なに言ってるかわかんないぞ」と言いつつ、マリオにも区長さんの笑顔はちゃんと通じるのだった。区長も山菜もってきてくれたので、食卓はたいへんにぎやかになった。
今晩のコーヒーは、マリオが持ってきたコーヒー豆でエスプレッソを淹れる。ひとり用のレスプレッソを淹れるパーコレーターは前にプレゼントしてもらってたけど、やっぱりイタリアの豆じゃないといかんよなぁと思うので、マリオには「おいしいコーヒー飲みたかったら、お豆持参できてちょうだい」とお願いしておいた。イタリアのバル(Bar)で飲むエスプレッソとはだいぶ様子がちがうけど、香りは確かにイタリアのエスプレッソだった。
さて、マリオの日本の休暇はこれでおしまい。翌朝はもてぎに向けて出発した。途中パトカーとすれちがうとマリオが「お友だちがきたぞ」と言うんだけど、日本にはお巡りさんはいっぱいいるのだ。
マリオが帰ってしばらく、岩手宮城地震が発生した。すさかずマリオから「みんな大丈夫か?」とメールあり。地震はずいぶん遠いところだったから大丈夫。鈴木さんも区長さんもあの人もこの人も、みんな元気ですぞとお返事すると「よかったよかった」と安堵の返信があった。そうそう、マリオの家も、マリオの家に通じる橋も、無事だったらしい。日本の災害もイタリアの災害も、どちらも犠牲者がでているから単純によかったでは済まないのかもしれないけど、少なくとも知人やお世話になった人の無事が確認できるのは幸せなことではある。
投稿者 nishimaki : 20:20 | コメント (0) | トラックバック
