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ニシマキ日記

2008年07月02日

マリオとアニエーゼの日本探訪

08高塚山マリオ

 あれから1ヶ月経っちゃったけど、今年もマリオ・カンデローネとアニエーゼ・アンドリオーネが日本にやってきた。今年の彼らは、日本GPの1週間前に日本にやってきて、大会翌日の月曜日に日本を発った。ちょうど1週間の滞在で、前半4日間が彼らの短いバカンスだ。FIMの公式ビデオを撮っているスペイン人のロベルトは彼女といっしょに2週間の日本観光を楽しんでからもてぎにやってきた。ヨーロッパの人たちのバカンスってのは、こういうスケールなんですね。くやしいけど。

 世界選手権日本大会は、2008年で9回目を迎えた。海外から毎年取材にやってきているのはマリオただひとり。アニエーゼ(マリオのかみさん。日本人的には、かみさんと呼ぶには戸籍上どうなっているのかとかが気になるけど、あちらの方々は、戸籍上の問題はあんまりこだわらないみたい。ふたりがちゃんとしたパートナーであるかどうかというところが問題らしい)は2002年だったかに来日していないから、残念ながら皆勤賞を逃している。今年は試合後に、藤波貴久が世界選手権参戦200戦目の表彰をされていたけど「来年はおれが海外からの取材10年連続皆勤賞を表彰されるのだと、マリオは張りきっている。
 彼らが日本に来たのは、日本では全日本近畿大会が開催されている日だった。その日、彼らはまず町田のホテルに投宿する。なんで町田かというと、杉谷家から近いから、誘い出すのになにかと便利だってのと、宿代が安い。それと大事なのは、近所にあるエクセルシオール・カフェのエスプレッソが、コーヒーにうるさいマリオのお眼鏡にかなっているということだ。
 イタリア人は、コーヒーに目がない。といっても、単なるコーヒーじゃだめだ。コーヒーのおいしい部分だけを抽出したようなとてもとても濃いエスプレッソ。もちろんただ濃いだけじゃない。イタリアで飲むエスプレッソはたいていおいしいけど、フランスのは最悪。スペインのはイマイチで、ポルトガルのはまぁまぁ。日本で出てくるエスプレッソは、たいていフランスといい勝負だから、マリオがお墨付きを与えるエスプレッソは、たいへん貴重なのだった。
 成田から町田までは、すでにマリオたちにとっては通い慣れた道で、ひとりでバスにのってやってくる。でも今回は、去年ベルドンでお世話になったおふたり、齋藤義宏さんと瀧田伸一さんが朝も早くから出迎えに行ってくれた。ヨーロッパでお世話になった外国の人を成田空港で出迎えるってのは、なかなかいいもんです。帰りのクルマの、なんとなくたどたどしくもフレンドリーな会話もおもしろかったりしてね。
 日曜日の晩は、齋藤さんと瀧田さんとマリオたちとでご会食となったらしい。その晩のご会食は、居酒屋さんだったそうだ。翌日、彼らは新宿へ出かけた。今、ユーロ高円安だから、カメラ機材なんかを日本で買うのはお得感がある。さらに新宿のニコンのサービスセンターで、汚れたCCDを掃除してもらうのも、ここ数年の日課になった。でもアニエーゼのニコンはあんまり汚すぎて、その日の返却は無理と言われてしまったらしい。トライアルの取材は、カメラを泥漬けにしているようなもんだから、さもありなん。
 彼らが新宿から帰ってきた頃、ぼくらが大阪から(横浜の杉谷家に)帰ってきた。全日本の夜は、速報レポートなど書いていて、全部終わるのが朝になる。なのでホテルで遅い朝食をとってから帰途につくのが毎戦の恒例だ。それで、今度はぼくらがマリオたちを歓迎する会食となった。でも、なぜか齋藤さんもやってきた。この日の会食コースも、また居酒屋さんだ。
 外国人を連れていくのは、居酒屋さんが便利。へたにイタリア料理店にいっても、たいてい日本の味のイタリア料理だから、お口にあうかどうかわかんない。居酒屋さんなら、彼らも半ばあきらめてくれる。それに、日本的料理からピザまで、メニューが多国籍なのもいい。問題は、いまだに禁煙席が用意されているところが少なくて、禁煙席っていっても喫煙席から煙が流れ込んできたりすることが多いってことだ。マリオは煙を吸わされるのをとってもきらう。がまんできるかどうかは別にして、ぼくもいやだから、これは同感です。
 トライアンフ相模原(スナップリング)の高橋店長とゆかりさんもやってきた。ゆかりさんは1999年にマリオが主催したトリアル・どんなに参戦している。店長はその後SSDTに参加して、マリオとは戦友である。ゆかりさんたちがきたので、河岸を変えてまた呑むことになったのだけど、呑み屋のハシゴってのはイタリアの文化にはないから、マリオは今日はディナーを2回とったから、フィットネスに励まないとたいへんだと騒いでいた。その後、マリオがエスプレッソをご馳走するとエクセルシオール・カフェに出かけるも、閉店だった。コンビニでスターバックスコーヒーを買って道端で飲む。お食事の後はコーヒー飲まないと決着しないってのが、イタリアの文化なので、しょうがない。
 翌朝、ぼくはマリオたちを連れて福島へ。今回は、ぼくが廃校に住み始めたってことで、マリオも杉谷も「今年はマリオは福島へ」と決めてかかってたけど、がっこうへ連れていってどうしようというのか、実はさしたるプランがなかった。去年秩父へ連れていった時には、古民家の民宿とか長瀞の川下りとか、それなり観光ツアーを組んだのだけどね。
 それにしてもマリオも、日本観光がだんだんマニアックになってきた。1年目は日光だった。2年目は確か京都。それから北海道、鎌倉、伊豆、箱根、信州の温泉と年ごとに秘境狙いになってきて、去年は秩父。秩父も外国人観光客的にはけっこうマニアックだけど、福島のほうは、いよいよマニアックだ。でも考えてみりゃ、ぼくはイタリアに何度もいってるけど、フィレンツェのドーモにもいったことないしバチカンにも行ったことがない。最初から秘境みたいなトライアル会場ばっかりいっている。マリオは健全な日本観光を楽しんでいるってことになる。
 福島の川内村に帰ってきた(マリオ的には初登場)のは、火曜日だった。そういえば、火曜日は我が村の温泉は定休日だった。マリオは高血圧だから、あんまりハードな温泉には根を上げてしまうのだけど(信州の鉱泉で動悸がしてあぶなくなったことがあった)ここの温泉はごく水に近い温泉だから大丈夫(温泉好き的にはパンチが足りないかも)。ふたりともそこそこ日本の温泉ファンなので、定休日は残念なり。ま、しょうがない。
 まず、がっこうへお連れした。通りすがりに、入り口の鈴木商店で買い物かたがた、イタリアのお客さんを紹介する。アニエーゼは日本語検定に合格した日本語使いだから、なんとか会話になっている。
「これはナンですか?」
「フキだ。今日おれがとってきた」
「ワカリマシタ」
 なんて感じ。鈴木商店は本来魚屋さんだけど、いろんなものが並んでいる。マリオたちに言わせるとスーパーマーケットだそうで、それが鈴木さんには受けていた。イタリアの田舎町にも、小さなスペースに商品がごっちゃと並んでいるお店はあるもんなんだ。

08川内マリオ岩魚

 さてさて、晩飯時になったので20分走った村内のイワナ屋さんへいく。もともと大工さんで、大工さん引退を機に趣味の川魚釣りを商売にして、食い物屋をはじめたお店。店主の馬場さんは、お話し好きだ。イタリア人が現れても、動じない。そして、日本語で「うまいか?」と話しかけている。聞きとれなくても、なんとなく察しはつくから、マリオは「ボーノ」と答える。アニエーゼは「オイシイデス」と答えている。
 ご注文はイワナづくし。唐揚げと塩焼きと刺し身。塩焼きは時間がかかるけど、のんびりのお食事はヨーロッパ人は得意だから、ぜんぜん問題ない。待ってる間に「これ食ってみろ」と田楽がでてきた。炭を起こしてもらって、コンニャクに火を通しているうち、あたりが暗くなっていく。
 川魚の刺し身は、もっと警戒するかと思ったら、ふたりともおいしいおいしいと食べている。日本人は刺し身をよく食べるから、川魚を生で食べるのはあぶないと知ってるけど、刺し身を食べない人種にとっては、海魚も川魚も、おんなじくらい警戒すべきもので、いったん警戒が解けてしまえばいっしょなのかもしれない。川魚は虫がいるから生で食べられないんだけど、ここはきれいな水で養殖しているのを刺し身にしているから大丈夫、と解説してやろうかと思ったけど、この人たちはときどき必要以上に心配性になったりするから、向こうが心配してないのをいいことに、黙っておくことにした。マリオは、塩焼きが気に入ったらしい。塩焼きなら、イタリアでもおんなじものが食べられると思うんだけどな。
 お食事が進んだ頃、馬場さんがやってきて「今日は泊まってくのか、どうやって寝てるんだ、風呂はどうしてる」と聞いてきた。風呂は温泉にいくんだけど、今日は休みなんだよねと話をしたら「おれんちで入っていくか?」という。こういう展開になるかなぁと思ったけど、こうなってもおかしくない雰囲気が、馬場さんにはある。イタリア人をおれんちの風呂に入れたぞ、というのは、馬場さんにも興味深いエピソードとなるのかもしれなかった。で、聞いてみる。
「お風呂、入る?」
 英語では「Take a bath?」ってなるんだけど、ふたりがきょとんとして、心配そうな顔になってきた。そりゃ、魚を食べに来て風呂にはいるかと聞かれたら、警戒するのも無理はないかなぁと思ってると「おれたちはクルマできたんだけど、クルマはどうするんだ?」なんて聞いてくる。風呂に入るんで、酒を呑むかと聞いてるんじゃないんだから、クルマに乗って帰れないことはないだろう。なにが心配なのかな? にこにこしている馬場さんを前に、マリオたちとぼくは、しばし英語と格闘する。つきあいは長いから、たいていの会話は(文法がめちゃめちゃだろうと)通じるのだけど、ときどきこんなふうにスタックすることはあるのだ。
 ようやく事態がわかったのは10分くらいたってからだった。「今日は温泉が休みだから、ここでお風呂に入っていくかってご主人が言うんだ」と解説してからだ。「なんだ、バスじゃなくてバスだったのか」。どうやらぼくは「Take a bath?」じゃなくて「Take a bus?」って聞いたらしい。バスに乗るか?なんて聞いたもんだから、彼らはふたりだけ放り出されて勝手にバスで帰れと言われたとでも思ったのかもしれない。それにしても、ぼくの発音がめちゃめちゃなのは今に始まったことではなくて、たぶんこの何年ずっと、マリオはぼくのトンチンカンな発音につきあってきて、おおむね会話は成立している。それは、話の流れがだいたいお互いに理解してるからだ。でも今日はだめだった。レストランに食事に来て、そのままお風呂に入るなんて、イタリア人の辞書にはなかったってことでしょうね。いえもちろんぼくの辞書にもありません。だけど、村では時々こういうことも起こりうる。「魚レストランのご主人はおもしろくてとっても親切」とマリオは喜んでいた。ま、外国人スペシャルですね。
 がっこうには、光ファイバーでインターネット回線が入っている。これを使って、マリオはSKYPEを起動してイタリアの実家と連絡がとれる。ネット回線さえ貸してあげれば、電話代を気にすることなくイタリアと電話ができるんだから、便利な世の中だ。イタリア語のニュースも、日本にいながら読める。
「えらいこっちゃ」
 ニュースを見て、マリオが悲鳴。マリオの住んでる村が水害にあっている。ひとも亡くなっているようだ。すぐ、マリオは友だちに電話している。アニエーゼも、お母さんに電話する。
「アニエーゼのお母さんは、こっちはあぶないから、あんたたちはずっと日本にいた方がいいわよと言っている。おれの村は、川が増水して、うちに渡る橋が通行止めになっている。おれんちに帰るには、クルマが通れない山道を歩いていくしかないらしい」。マリオは今イタリアにいないから、山道を歩いて帰る必要はないけれど、イタリアに帰ったときに、歩いてでも帰れる家があるかどうか、問題になってきた。でもそれはそれ、うじうじ心配してないで、翌日の予定を考えるときには、ニコニコしてしまうのはさすがにイタリア人。こういう切り替えはうらやましい。
 翌日は、高塚山の山頂にハイキングしてきた。高塚山は山頂近くまでクルマでいけるし、そのへんには無料のキャンプ場もある。山頂までは片道30分くらいで、登山というほどの行程ではない。サンダルでもなんとか歩けるくらいの道のり。日本に来てから運動不足だから、ジムはないかなぁとおっしゃるマリオには、ちょうどいい運動になった。

08高塚山看板

 そうそう、入り口に「バイク進入禁止」という看板が立っていた。無料のキャンプ場には、ライダーもよく訪れる。ツーリングライダーには良識のある人が多いけど、ハイキングコースを走って山頂までいこうと思うやつもいるかもしれないから(誓って、ぼくはオートバイで立ち入ったことはありません)、こういう看板も必要になる。でもそのオートバイが、フルフェイスヘルメットをかぶってロードレーサーに乗ってる絵なんだよね。
「この看板はなんだ?」
「オートバイはだめだってさ」
「トライアルバイクで走っちゃだめで、ロードレーサーならいいってか?」
「ロードレーサーで山道を走るのはやめましょう、ってことかもしれない」
 マリオと付き合っていると、人生を冗談ですごせるようになってくる。イタリア人ってのは、みんなこんなのなんだろうか。
 高塚山を降りて、温泉に行く。高塚やまのあと、ほんとは山の反対側にある鍾乳洞にもいこうかと思ったんだけど「電気もない、遊歩道もないような鍾乳洞があるんだけどいくか?」と聞いたら、敬遠されちゃった。大滝根山にはふたつの鍾乳洞があって、電気も遊歩道もないのは入水鍾乳洞。もうひとつ、立派な電飾つきのあぶくま鍾乳洞ってのがあるんだけど、ぼくはこっちは観光地すぎて好きじゃない。こっちに連れていってあげればよかったかな。温泉はいろんなところへいったから、ふたりともすっかりベテラン。最初の年に民宿に泊まったときには、湯船に石鹸入れられたりしたら困るから、狭い浴室にぼくとマリオで入ったものだった。湯船にゆっくりつかるという習慣はあんまりないから、温泉は彼らにも大人気だ(ただし特別に強い成分の温泉はのぞく)。
 温泉の後、村の中心街にある小松屋旅館さんにいく。小松屋旅館さんは、川内村に2軒ある旅館の一軒。3泊ともがっこうに泊まるのも能がないと思って、1泊の予約を入れておいた。そういえば、ぼくの夕食はお願いしてなかった。「今日はおれのディナーはナシだな」とマリオに話しておいたけど、宿についたら「食べてくでしょ、イタリアの方のお世話はおまかせします」ということになった。なので、本日も3人でご会食。ご主人はきのこに詳しい方だから、お膳は地のものが盛りだくさんだった。ふたりはビールを呑む。ぼくはクルマだから呑めない。なんたって、駐在さんはお友だちなので、ご迷惑はかけたくないのでした。
 そうそう、駐在所は宿の並びなので、ここにも寄ってみた。村の更生園(知的障碍のある人がいらっしゃる)がつくってるコーヒー豆でコーヒーを入れてくれた。駐在さんは村で唯一、自然山通信の読者さんだから、ぼくのお客さんだし、マリオもレポートを送ってくるのだから、大事な読者さまというわけだ。ごちそうしてもらうのは立場が逆だけど、おことばに甘える。駐在さんは白バイ大会にでたときの雄姿がのっている雑誌を見せて、自らのトライアル活動を国際的に知らしめようと試みていたけど、白バイ大会に出ることがどれほどたいへんなことなのかという件については、マリオに伝えられた自信はない。週末は世界選手権だから、駐在さんも見にいきましょうと誘ったけど、村にたったひとりのお巡りさんは忙しいのであった。
 お食事後、エキスサイズを兼ねて自動販売機までコーヒーを飲みに行く。イタリアのコーヒー通が、自動販売機のコーヒーでいいのかと心配になるけど、どんな味のコーヒーが出てくるのかがわかっていて覚悟して飲すれば、イタリア人にとって、自動販売機コーヒーもそんなに悪いものではないのかもしれない。
 翌朝、朝ご飯を食べ終わった頃にマリオたちを迎えに行く。そのまま民芸館と、草野心平ゆかりの天山文庫へ。ここでは、我が部落の区長さんの奥さんが働いていらっしゃる。日本の詩人のことはピンとこなかったみたいだけど、囲炉裏の前に詩人が座って酒を呑んでいたという話や、その席に今座れるという事実については、ちょっとは興味は持ってもらったみたいだった。アニエーゼは日本好きだから、民芸館の古い農具なんかもおもしろがっていた。農具のいくつかは、似たようなのがイタリアでもあるみたいだった。ぼくも彼らも農業には疎いから、確証はないけど。
 一度がっこうに帰ってインターネットにアクセス。
「おれんちはまだ立っている」
 マリオは一安心。でも、隣の村では道が崩れたり家がつぶされたり、たいへんな様子だ。ぼんやりとした午後をすごして、そののち温泉へ。行きがけに、鈴木商店にお刺し身を注文していく。今度は海のお魚のお刺し身。やまのど真ん中にある魚屋さんは、とてもおいしいお刺し身を食べさせてくれる。わざわざイタリアから食べにくる価値があるってもんだ。
 と、お客さんのおひとりが「イタリアのひとが来てるっていうから待ってたのよ」と待ちかまえてくれていた。近くの縫製屋さんの奥様。かしわもちをいただき、食べる。葉っぱも本物だから食べられるのだよと教えてやる。“スーパーマーケット”に買い物にいって、そこのお客さんからお菓子をいただくというハプニングは、マリオたちには不思議体験だったらしい。イタリア人よ、村のひとってのはこんなふうに親切なのだ。ぼくだって、マリオの村の人たちには、けっこう親切にしてもらったものだけどね(ただし柏餅をもらったような覚えはない)。
 温泉は、日替わりで男湯と女湯が入れ替わる。
「きのうとお風呂がちがうけど、どういうシステムになってるんだ?」
「きのうはあっちが男湯、今日はこっちが男湯。あしたは混浴だよ」
 しょうもない冗談です。あしたはいよいよ世界選手権取材でもてぎにでかける日なんだけど、混浴と聞いたマリオは「おれはここに残る」と言っている。お約束だけど。
 お風呂をでて、お刺し身を受けとってお食事。これも食わせてみなさいと、イカフライとか山菜のてんぷらとか、盛りだくさんいただく。
「みんなきみらを歓迎してくれてるんだよ」
 と解説するが、マリオは自分たちがなんで歓迎されるのか、理由がわかんないようだ。「イタリア人だからね」と答えるも、ここの人はイタリア人が好きなのかなぁとやっぱり腑に落ちないでいる。それでも、みんながとても親切なのは問答無用で理解してくれた。
 お食事していたら、区長さんがやってきた。
「イタリアのお客さんが来てるんだって? 知らせないなんて水くさいぞ」
 てなわけで、区長さんの歓迎のごあいさつを通訳させられる。「いやー、なに言ってるかわかんないぞ」と言いつつ、マリオにも区長さんの笑顔はちゃんと通じるのだった。区長も山菜もってきてくれたので、食卓はたいへんにぎやかになった。
 今晩のコーヒーは、マリオが持ってきたコーヒー豆でエスプレッソを淹れる。ひとり用のレスプレッソを淹れるパーコレーターは前にプレゼントしてもらってたけど、やっぱりイタリアの豆じゃないといかんよなぁと思うので、マリオには「おいしいコーヒー飲みたかったら、お豆持参できてちょうだい」とお願いしておいた。イタリアのバル(Bar)で飲むエスプレッソとはだいぶ様子がちがうけど、香りは確かにイタリアのエスプレッソだった。
 さて、マリオの日本の休暇はこれでおしまい。翌朝はもてぎに向けて出発した。途中パトカーとすれちがうとマリオが「お友だちがきたぞ」と言うんだけど、日本にはお巡りさんはいっぱいいるのだ。

08川内アニエーゼ

 マリオが帰ってしばらく、岩手宮城地震が発生した。すさかずマリオから「みんな大丈夫か?」とメールあり。地震はずいぶん遠いところだったから大丈夫。鈴木さんも区長さんもあの人もこの人も、みんな元気ですぞとお返事すると「よかったよかった」と安堵の返信があった。そうそう、マリオの家も、マリオの家に通じる橋も、無事だったらしい。日本の災害もイタリアの災害も、どちらも犠牲者がでているから単純によかったでは済まないのかもしれないけど、少なくとも知人やお世話になった人の無事が確認できるのは幸せなことではある。

投稿者 nishimaki : 20:20 | コメント (0) | トラックバック

2008年01月08日

新しい数字

ナンバープレート表 ナンバープレート裏

 2008年。あけましておめでとうございます。ご承知のように、ニシマキには日曜日も正月も朝も夜もないので、新年になったからといって特別なにが変わるわけではないのですが、でも今年は近所の神社に初詣でなどでかけて、用意されていたお神酒などいただいて(お代わりもしたし)、しんしんと降る雪を踏みしめながら、新しい年を迎えた慶びなど感じてみました。

 そういう清らかな気持ちとは別に、1年の区切りというのはいろいろあるもんで、そういえば原付きの税金って、いつが区切りだっけかな、まだ名義変更してないから、小鹿野町から税金払えっていわれるかもしれないなと思い、年の瀬に名義変更してきました。村のこっちからこっちに移動したので、住民登録を変更するという儀式もあったのですが。
 ピンクのナンバープレートって、地域によっては横長で六角形のところも多い。あれはいやだなぁと思ってたけど、川内村のナンバープレートは長方形で、コンパクトでした。にこにこ。
 帰ってきて小鹿野町のナンバープレートをはずし(小鹿野町の皆さん、短い間でしたけど、本当にお世話になりました)川内村のナンバープレートを付ける……。
 つけようと思ったら、なんだか手に持った感触がちがいます。あれ?
 鉄板とアルミ板のちがいでした。小鹿野のナンバーはアルミ。川内のナンバーは鉄板です。当然、アルミの方が軽い。
 ぼくらの使用目的だと、圧倒的にアルミがいい。ほんとはチタンかなんかで軽いナンバーを作りたいくらいだ。原付きのナンバーは地方行政が各々作っているみたいだから、行政ごとに、大きいナンバーや小さいナンバー、軽いナンバー、重たいナンバーがあるんでしょうね。
 ナンバープレート全国比較でもやってみようかと思ったけど、やたらとめんどくさい割に得られる情報がたいした意味をもたないということに気がついて、やめました。とりあえず、川内村と小鹿野町については、調査結果を発表しておきます。
 川内村のナンバープレートを付けたトライアルマシンは2台。軽いナンバーを用意する必要はないと思われますが、小鹿野町のみなさんは、そんなわけでトライアルに適したナンバープレートを発行してもらっているのだから、ありがたく思ってくださいね。埼玉県小鹿野町では、オートバイによるまちおこし事業も展開してます。こちらもご注目ください。
 小鹿野町ナンバーは、ほんとは返さなきゃいけないだろうけど、小鹿野町に暮らした記念としてかざらせてもらおうっと。

投稿者 nishimaki : 12:20 | コメント (0) | トラックバック

2007年05月31日

再び引っ越の巻

川内第三小学校

 つい最近引っ越してばかりだけど、導火線に火をつけておいたプロジェクトが急転直下ころころと進みはじめて、引っ越していかないわけにはいかなくなった。詳しくは落ち着いてから解説させていただきますが、とりあえず引っ越ししたぞという報告だけしておきたいと思います。
 ネタのために引っ越してるわけでもないんですけどね。

 今度の引っ越し先は、廃校になった小学校です。福島県。
 廃校がほしいなぁと思いはじめたのはもう5年も10年も前だけど、話がつながっていよいよ自分が廃校に赴くことになるとは思わなかった。このへんの話は次回詳しく。
 いよいよ活動が始まろうというときになってチェックしたら、学校は雨漏りがしていた。2年間放置しちゃったから(その2年間、ぼくらはせっせと学校利用についての提案をしていた)傷みも激しいわけだ。話は決まっているけど、具体的な貸借契約とかも結ばれていない(このへんの順序がひっくり返るのは、まぁ、田舎だからなんでしょう)。
 それで、とりあえず空き家を探して、そこに荷物を入れて住みはじめることにした。学校を、ぼくらは「ひとの駅」と名づけた。福島県川内村ってところにあるので「ひとの駅川内」がフルネーム。駅だから、住むとなると宿直ってことになるわけで、となるとプライバシーは内。もともとぼくにプライバシーなんて(あんまり)ないけど、今後のことを考えると、駅(がっこう)とは別に住み家があってもいいのかなとは思ってもいた。

ツリーハウスとりゅうちゃん

 このへんの段取りは、全部地元の遠藤さんがやってくれた。といっても、遠藤さんはいっぱいいる。この場合の遠藤さんは隆之さん。たいへん親切な人だが、それ以上に、たいへんなポテンシャルを持っている。隆之さんの他に、川内村村長さんも遠藤さん。川内村には、遠藤さんと秋元さんと井出さんが幅を利かせている。じゃ、ファーストネームで呼ぼうかと思ったら、ひとの駅の入り口にある鈴木商店の鈴木さんは孝幸さんだった。人の名前が覚えられないニシマキには、しばらくは苦行が続きそうです。
 遠藤さんが借りてきてくれたのは、おばあさんが一人暮らしになったので村をでて常磐線沿いの町に引っ越したあとの空き家。写真を見せてもらったら、趣があって、ここにすみたいと思う人は少なくないんじゃないかと思われるようないい感じ。

ツリーハウス

 両神の家は、例によって引っ越しするというのにぜんぜん片づいていない。富士宮で小説家になろうとしている前田くんを呼びつけて、ついでに東京からは弟(一応、ニシマキにも家族がいる)を呼びだし、さらに地元のKさんが仕事をさぼって手伝いに来てくれた。みなさんのおかげで、ニシマキは生かされています。
 お昼に2トンのレンタカーを借りてきて、積み込みが完了したのは夕方5時だった。なかなかのウルトラC。実は、前回と同じく、今回も引っ越し屋さんに全部おまかせしようと思ったんだけど、荷造りを全部こっちがやって、トラックに来てもらうだけなのに前回と同じくらいの見積もりだった。高い。それでレンタカーを借りてきて、人力で作業することにした。忙しいさなかだから、綱渡りになっちゃった。いつもこんな調子だけど。

引っ越しトラック

 積み込みが終わって、そのまま、ぼくと前田くんは福島に向かう。途中、有料道路の入り口を間違えて逆戻りしてしまうなど失態を演じながら、高速代をけちって武蔵・上州を縦断して東北道をめざし、途中から山越えをして川内村入りする道程。
 途中から、遠藤さんに電話する。今日は家に着くだけついて、その家で寝てしまおうと思い、そういう予定であることをお話する。
「うーん、今日はうちの直売所の厨房に泊まりなよ」
 電話の向こうの遠藤さんは、なんとなく含みがある言い方。家にいったらなにかまずいことがあるのかなぁと思いつつ、1年間は地元の人に全面的に従うというモットーなので、おことばに甘えて山菜直売所の厨房に寝かせてもらった。川内に到着したのは0時半。
 遠藤さんの山菜直売所にはツリーハウスが建っている。朝、さっそくチェックに行く。前田くんは、ツリーハウスの中から天井を見上げて喜んでいる。家のど真ん中に、生きている樹木が通ってるのはなかなか乙なもんだ。
 翌朝、さっそく家に向かう。電気屋さんが電気の配線を工事中。電気はもちろん止められていたので、新たに契約しなおさないといけない。その工事をしてくれているのだ。今日は東京電力の検査が来る日なんだそうだ。
 電気屋さんが作業している横で、まずお家のチェックをする。がらがらと玄関を開け……、まぁ、開かない。家が歪んでますからね。えっちらおっちら開けないといけないのだった。
 あがると、こたつがでている。え? ここって、誰かが住んでるんじゃないの? 押し入れを開けると、布団や着物も入ってる。
 隆之さんがやってきた。これ、ほんとに空き家なんですか?
「そうそう。おばあちゃんがでていったままなの。部屋の中のものは、全部自由に使っていいそうだよ」
 ちょっとと頭を抱えるニシマキ。前田くんは、横で大喜びをしている。しかも前田くんは、部屋の片隅の床が、今にも抜けそうだというのを発見して、また大喜びだ。
 おばあちゃんの荷物をどうやって使わせていただくか、あるいは使わないのかはあとで考えることにして、とりあえず床がしっかりしていそうなところに荷物を運び込むことにした。余り荷物を優先的に運び込むと、人間が生活するスペースがなくなるから、バランスも考えないといけない。
 ざっと40個〜50個の段ボールを降ろして一段落。たいして荷物を持ってないつもりなんだけど、写真とか本とかコーステープとか、へんなもので荷物がふくれている。シンプルな生活がしたいなぁ。
 次は学校へ向かう。本棚や机は、学校で使うことのほうが多いだろうというのと、本棚に本を入れたら、いよいよ床が抜けそうだからだ。途中、遠回りをして佐藤校長先生の山小屋へ寄る。先生は小学校の最後から二人目の校長先生だった。今は引退して、子どもたち(と大人)相手の自然学校をやっている。ラジコン飛行機もやるしカヌーもやる。アマチュア無線もやるしサキソフォンも吹いている。パワフルなじいさんだ。
「このうえ山バイクも覚えなくちゃいけないから、たいへんだよ」と、ぼくが新しい趣味を持ち込んできたことにうれしい悲鳴を上げている。工作場は、木工工具がずらりと並んでいた。今回はごあいさつと、前田くんに佐藤先生の存在を見せてあげるのが主な目的だった。先生は、庭に窯を作っていた。パンやビザを焼くんだそうだ。

体育館にてのりゅうちゃん

 そして学校へ。入り口の鈴木商店でご挨拶して、机ひとつと本棚3つを職員室に入れさせてもらう。前田くんは老化に寝っ転がったり体育館に寝っ転がったりして写真を撮っていた。
 荷物を全部下ろしたので、温泉に。かわうちの湯。正直なところ、両神の温泉のほうが、お湯はいい。両神の温泉はかけ流しで、いかにも温泉というかおりがたっぷり。かわうちのほうは循環だから消毒処理がしてあるんだ。ただサウナや露天風呂もあるから、楽しさはこっちのほうが勝っている。年間2万円払うと、1回100円になる。両神は町民が半額だった。いろいろシュミレーションすると、川内のほうがうんとお得だ。
 これでミッションは完了したので、レンタカーを返しに秩父へ向かう。当初お昼までに返す予定だったけど、荷物を下ろし終わったら2時になっていた。レンタカー屋さんに延長の電話はしておいたけど、営業時間が翌8時までだから、それまでに帰りたい。お風呂に入ってご飯を食べたら、午後3時。ぎりぎり。
 役場の前を通ったら、村長さんが執務をしているのが見えたので、お行儀悪く、窓の外からごあいさつする。村長さんは「あれ? 村営住宅に住むんじゃなかったっけ?」と、一応ぼくの動向を把握してくれている。村営住宅は、申し込みに来たんだけど、家族持ちに限るとかいろいろ条件があって、ぼくには権利がなかったのだ。だから素直にあきらめた。今日は荷物を運びに来ただけで、世界選手権のあと(実はそのあとも、少し予定がある)本格的にこっちへきますとあいさつして、川内を離れる。
 帰りは常磐道から外環、関越道と高速道路の大盤振る舞いで帰る。燃料を入れてレンタカー屋さんには午後8時ぎりぎりに滑り込んだ。
 杉谷からはどこに引っ越したのか教えろと連絡があったけど、さて、ぼくはどこに引っ越したのかな。住民票をどこに移すのか、などは、少し様子を見ながら考えます。

 今回はカメラがどこにしまいこまれたかわかんないので、珍しく携帯電話のカメラで撮影したみた。

○写真1枚目:荷物運び完了。レンタカーの2トントラックと学校
○写真2枚目:隆之さんの趣味のツリーハウスをのぞかせてもらった。寝転がって天井を撮影する前田くん
○写真3枚目:ツリーハウスの外観はこんな感じ。このツリーハウスは樹木がストレスメンバーにはなっていない
○写真4枚目:2トンのトラックの中身はこんなことになっています。ぎっちり詰め込んだから、荷崩れはほとんどしていない。
○写真5枚目:体育館で、寝っ転がってステージをとる前田くん。

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