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ニシマキ日記

2007年07月10日

やり残したこと

小鹿野のライダーたち

 この前まで、ぼくは埼玉県秩父郡の住民でした。秩父にいたのは、たった半年にならなかった。はたから見たら、なにをしにいって、なにをしてたんだと不思議に思うと思うけど、ある程度、予定通りの行動だったんだけど、それにしても短かった。期間も短かったし、その間に、自分が思っていることの半分も動けなかったというのが、くやしかった。

 
 予定通りというのは、もともとぼくは福島に引っ越すことがほぼ決まっていて、そっち方面の準備が整うのを待っていたところだった。そんなとき、あれはかれこれ1年ちょっと前になるけど、某社の某氏に福島のお話をしたところ、似たような活動をしている人がいるから、そっちも手伝えという。それが小鹿野町の話だった。そんなこと言っても、ぼくは人一倍ぶきっちょで、いくつもの活動を器用にこなすなんてできないし、福島に引っ越すことになったらそれは譲れないですと説明したんだけど、それまででもいいからという話になって、それでぼくは小鹿野にやってきた。小鹿野町には某社の某氏の先輩が小さな拠点を持っていて、いろいろ活動していた。実はUさんはバイアルスやフロントタイヤが23インチのXL250Sのデザインを担当した技術者だ。
 小鹿野町では、なんと町役場が「オートバイによる町おこし」をテーマとしていた。町をつき抜ける国道299号は、休日となると多くのツーリングライダーがやってくるし、最近はわらじかつ丼が町の名物になっていて、これを食べるのを目的にやってくるライダーが多い。町の真ん中の路地裏には、元祖わらじかつ丼屋があるんだけど、これがとってもわかりにくい場所にあって、元祖にたどりつけないライダーもたくさんいて、おかげで町中のほとんどの飯屋さんが、わらじかつ丼をメニューに加えて、ライダーを歓迎する体制になっている。
 東京から100km圏内、距離的には遠くないし、バスで40分の秩父なら池袋まで特急に乗って1時間ちょっと。ところが秩父から小鹿野の間には小さな峠もあるし、秩父と東京の間も激しい峠道。便利とはいいがたいロケーションだけど、ツーリングに来るにはほどよい道路環境ではある(反応から先は、延々と追い越し禁止だし、休日は交通量もそこそこなので、気分よく走るには時間帯を選ばないといけませんけど)。
 今現在、ツーリングにやってくるライダーはかつ丼を食べたらまた走りだして、小鹿野町を去って行く。先には群馬県や長野県、山梨県があって、どこへいくにもさらに激しい峠道が待っている。地図を見ると、糸がこんがらがってしまったような道ばっかりだ。走るのは楽しそうだけど、小鹿野町としては、もうちょっと町を楽しんでもらいたい(で、お金を落としてもらいたい)。素通りしていくライダーが、小鹿野町を楽しむ可能性はないだろうかってわけだ。
 それで、このエリアのトレッキングルートを探せってのが、ぼくに与えられた使命となった。といっても、人の山に入り込んで荒らし回るわけにはいかないし、第一そんな山の中はたいていのライダーにとってはむずかしすぎるし、といってほとんどの林道は舗装されているし、作業は簡単ではない。秩父圏内にはとってもうまい連中がごろごろしているんだけど、彼らが知ってるエリアは、とてもじゃないけど一般ライダーが遊ぶ場所にはならない。一度、いっしょに遊ばせてもらいにいったけど、人車ともにぶっ壊しそうになって、すぐにドロップアウトした。
 幸い、地元にはオートバイが好きな連中がけっこういた。ゴールデンウィークに“で耐”にでかけたのも、彼らがこれに出場するからだった。彼らが集う自動車屋さんには、間もなくスコルパTY-S125Fが数台並ぶことになった。Uさんが資財を投入して買っちゃったのだ。誰かが購入してもいいし、レンタルとしてみんなに使ってもらうのも目的だった。彼らにはトライアルの経験はほとんどなかったから、道を探しながら、彼らとトライアルごっこをするのも、ぼくのミッションになった。

しのうちのメニュー

 モータースポーツをやっている連中だけあって、オートバイに乗るのはみんな上手だった。もちろんトライアルの心得はないから、お決まりの罠にひっかかって、お決まりの失敗をする。お正月にふうみを呼んで、みんなといっしょに走らせたのだけど、ひょろひょろの中学生がとことこと抜けていくのをついて走って七転八倒したのがいて、よい笑い話ができた。トライアルは(というよりオートバイライディングは)柔道みたいなもんだから、まるで心得がなければ、投げ飛ばされて当然なんである。
 そんな関係から、いろんな人と接触ができた。林道を作っている人、林業整備をしている人、山を持っている人、ロードレース活動をしながら選挙運動をやってる人……。こういう皆さんと、うまくいっしょにお仕事をして、うまく協力ができていけば、もしかしたらおもしろいことができるんだろうなと思いつつも、なかなか畳みかけて活動することができなかった。というのも、しょせんはぼくが腰かけだったからだ。残念。
 役場の人にはよくしていただいた。これは、Uさんがいかに役場と親密に連絡をとって、よい影響を与えているかということの現れでもあった。ぼくはいわばUさんの手先だったから、すべてUさんにおんぶにだっこでした。
 山道を探して周囲を散歩しているのをこの日記に書いた頃、ご近所の方からお手紙をいただいた。小鹿野町にはオオタカの巣が発見されていること、オオタカが子育てをしている間はとても神経質なので、少なくともその間は巣に近寄らないでやってほしいことなどのご指摘だった。その方はトライアルバイクにも乗っておられる方で、オオタカの子育てとぼくの散策とを、どっちも見守ってくださるようなご指摘はありがたかった。しらないで山に入って、オオタカの子育てをぶち壊してしまってからでは、怒られてもなにしてももう遅い。
 営巣の正確な場所は、林道整備事務所が持っているということだった。こういう情報を、林道を作る側が管理していて大丈夫なのかなと心配にもなったが、とりあえずオオタカの子育ては間もなく終わるし、ご指摘頂いたエリアに近寄る予定は当面なかったので、ぼくがオオタカと悶着を起こすことはなかったけれど、こういう事例はきっとどこへいっても起こりうるから、その都度気をつけないといけないなと日記に書いておくことにする。
「山で遊ばせてくれませんか」と直談判にいって、あっさり断れたこともあった。役場の人とでかけていって、最初はとても話がスムーズに進み「おもしろい活動だから、ぜひ進めなさい」といってもらったのだけど、翌日になったら話が一転していた。想像だけど、家族会議でご主人の性急なOKが責められたんじゃないかと思う。こちらも、あんまり話がスムーズなのに喜んじゃって、本来しておくべきいろんなフォローを全部すっ飛ばしてしまった。相手の理解があってもなくても、資料やビジョンはきちんと用意して完璧を期すべきというのが教訓だった。今となっては、あまりにも拙策だった。全面的に反対されたわけではなかったから、企画を持ってでかけていけばまだまだ脈はあるんだけど、時間の限られているぼくが、ちょっと結果を焦ってしまった大失敗だった。
 結局のところ、ぼくができたのは、地元の人にちょっとだけトライアルごっこを知ってもらうということくらいだった。地元には警察署があって、白バイ隊員もいらっしゃる。彼らと協力関係を持って、高校生にトライアルごっこを知ってもらえないだろうか、なんて夢は広がっていたのだけど、とてもそこまでやっている時間はなかった。まず、目前の数名のオートバイ好きおじさんたちに、トライアル“も”好きになっていただくのがぼくのできるせいぜいだった。
 秩父圏内には、国際B級やA級、さらには世界ジュニアチャンピオンまでいる。上達していけば師匠にはこと欠かないのだけど、まずはぼくにでもできること、ぼくだからできることもあるはずだと思って、いろいろやらせていただいた。上達のしかたにはいろいろあるけど、激しいことをやらせてきらいになる人がいないようにするのと、山の中で遊ぶことが多くなるのだから「行けた行けない」よりも「荒らさずに抜けられたか」が大事だってことをわかってもらったつもり。競技なら引っかき回してクリーンするのもクリーンだけど、掘ると思ったところでマシンを止める勇気がないと、これから先、走れるところはどんどん減っていくと思うのだ。
 そして、町のみんなとは何度かいっしょに走りにもいったけど、今となっては薪ストーブを囲んでいろんなお話をしたのが、貴重な時間だった。重要なのは、やっぱり人なんだと悟った半年の秩父暮らしだった。
 写真は、そばが名物といわれているこのエリアでも、ぼくがお気に入りだったしのうちさんのメニューと、トライアル遊びをする町のみなさん

投稿者 nishimaki : 14:37 | コメント (2) | トラックバック

2007年06月06日

マリオと里帰り

すぎの子
民宿すぎの子

 もてぎのあと、恒例となっているマリオとの日本観光。マリオは8年目、アニエーゼは7回目の日本訪問だ。二人で来たときは、日本GPのあと数日間日本観光をして帰っていく。これまで、京都や札幌にはふたりだけでもいったけど、だんだんふつうじゃない観光に目覚めてきたので、この数年間はぼくと杉谷がいっしょにでかけている。ぼくらにとっても、知らなかった場所を楽しむことができて、有意義ではある。今回は、ついこの前引っ越したばかりの奥秩父に連れてきた。
 ということで、4日分の長い日記。

 もてぎを出て、いつものとおり益子焼の買い物などして(お金がかかるし、マリオは益子焼のよさがさっぱりわからないので、買い物なんかしないで森でも歩こうと主張していたが、帰りのクルマから道をイノシシが横断しているのを見てびびってしまって、やっぱり買い物に行こうということになった)、遅い朝飯をファミリーレストランで食べ(10時からのランチの時間になったので、399円でランチが食べられた。どういう値段なんだろう。日本人もびっくり。でもコーヒーは250円もした)、マクドナルドへ移動してコーヒー飲みながらメールチェックをしてきのうのイタリアグランプリの結果を見る。イタリア人のバレンティーノ・ロッシが勝ったのでマリオは大喜び。

お願い事をするアニエーゼ
お願い事をするアニエーゼ

 杉谷とここで別れて、ぼくらは秩父へ。お世話になったガソリンスタンドで給油してお茶などいただき、住んでたときにはとうとういけなかった近所の札所に行ってみる。入り口に「物見遊山お断り」と書いてあったのでちょっと躊躇するが、赤とオレンジを着てサンダル履きの三人組は入山料のひとり300円(おつりないから三人分1000円入れてきた)とアニエーゼが家内安全のお願いして1000円納めてまいりました。
 すぐそこまでかと思ったら、参道は延々と山道が続いていて、ちょっとびっくり。マリオが途中で根を上げて「セクションはまだ先か? おれは最終セクションだけ見ればいいんだけどな」と言い出す。アニエーゼは元気だ。

岩登りをするマリオ
岩登りをするマリオ

 てっぺんまで行ったら、鎖場。マリオは高所恐怖症なんだかで、登ってこない。この人はよくわかんないけど病気持ちなので(髪の毛がないのも、病気が原因らしい。高血圧でもあって、去年は温泉に入ったら心臓がばくばくしてたいへんだった)無理強いはしないでおく。
「イタリアじゃ、これをやってみようぜと勧めてもアニエーゼはいつもやらないって言うんだ。なんで日本じゃこんなことをやるんだろう?」
 とマリオが不思議がっている。そういうこと、よくあります。きっとぼくらも、日本ではやらないようなことを、イタリアでいっぱいやっているはずだ。

絶体絶命のアニエーゼ
知らぬが仏

 マリオが近寄ることもできない大岩は、向こう側が断崖絶壁だった。落ちたらひとたまりもない。アニエーゼを立たせて写真を撮る。それが一番最初の写真。この写真を撮ったときにはこっち側がこんなになっているなんて、彼女は知る由もない。ぼくの位置まで来て振り返って「あらまぁ、こわい」とひっくり返るわけだ。
 お寺を出て温泉に寄る。ここも、いつもぼくが通っていたのではないはじめてのところ。露天風呂や薬草風呂があって、出てきたアニエーゼは大喜びだった。今晩の宿は、旧荒川村の茅葺き屋根の民宿。約束の時間を1時間遅らせてもらって、なおかつ3分遅れで到着。3点減点だとマリオが判定してくれた。宿のおばちゃんは山菜料理を山盛りにして待っていてくれた。山三つ葉、ふき、たらの芽、うど、こごみのてんぷら、山女魚、こごみのマヨネーズ和え、イワタケ、自然薯、わらび、やまうど、それに山三つ葉と豆腐のみそ汁。なんというヘルシーで豪華な山の幸の夕食だ。
 おばちゃんはマリオたちが山菜を食べられるのかどうか心配していたけど、連中も日本経験がそこそこ豊富だから、もはやたいていの食事には驚かない。魚の食べ方は美しくないし、口のまわりがかゆいといってたけど(天つゆか自然薯だろう)、ぺろりと全部食べてしまった。

すぎの子のご飯
すぎの子のご飯

 この山菜は、おばちゃんの息子夫婦がとりにいってるらしいんだけど、朝の3時半に出発して、車を降りて2時間歩いて、往復8時間の行程でとってくるものらしい。イワタケなんぞ(イワナの右隣)、この量で都会だったら1万円だそうな。
 この宿は、築300年で、お役所が記念物に指定したがったらしいけど、そんなものにされると宿として使えなくなるんでお断りしちゃったそうだ。夏休みには、子どもたちが合宿で泊まりに来て、昔ながらの家を観察していくらしい。茅葺き屋根の民宿は、消防法の関係もあって、今やごく少ないとのこと。
 アニエーゼは日本の昔の家の構造に興味津々。マリオはお疲れのご様子だった。

 気のいいおばあちゃんの民宿を出て、長瀞のライン下りへ。実はもてぎから荒川村(今は秩父市)へ行くのには荒川村を通っているんだけど、マリオはたぶん気がついてないと思われる。最初に流れの穏やかな川下りをして、バスで上流に移動してちょっとだけ急なところへ。水を水田が使ってる今ごろは、水が少ないんだそうだ。台風のあとはたいへんエキサイティングだということだけど、川の流れが急だったりするとお休みになるってことだ。

長瀞ライン下り
長瀞ライン下り

 船頭さんは川の流れをとてもよく心得ていて、モナコGPを走るパトリック・デパイユのごとく(また古い例を出しました。あんなに正確なドライビングをするデパイユも、死んじゃいましたね)、岩ぎりぎりに船を通して進んでいく。最初に乗ったコースはおばあちゃんばっかりで、こんなんでおもしろいかなぁと思ったけど、2回目は秩父鉄道の鉄橋をくぐるところで水をかぶる下りもあって、なかなかよろしかった。
 川岸から駐車場まで、ぶらぶらとお買い物。コーヒーを飲みたいといっちゃ喫茶店に入り、コンニャクのみそおでんを食べてみたいということになってまた店に入る。ぜんぜん進まない。でもこういうことをしにきたんだから、それでよいのだ。
 駐車場は、たまたまその上の宝登山の駐車場と共通で、1日500円で2ヶ所のに停められるってことだから、そっちもいってみる。ロープウェイなどで山のてっぺんに登って、帰りは山道を降りてきた。「きのうのセクション1へいく道よりはだいぶらくちんだ」とマリオ。この人は、トライアルにまつわる話をしている限り、機嫌がいい。途中、車が通れる道を外れて、トレイルに入る。木の根が続く滑りやすいコケの道。3人とも、こういう道のほうが慣れている。ただし方向がわかんない。トレイルをしばらく降りると広い道に出るので、そこでちょっと待っていると、いっしょにロープウェイで山頂まで行ったお姉さん二人が降りてきたので、道が正しいことを確認できた。マリオは、このお姉さんたちが気になる様子。
 下山して駐車場につくと、マリオは「彼女たちを待ってよう」という。待っててどうするんだろうと思うけど、これがイタリア人なんだね、きっと。でも残念ながら、彼女らは現れなかった。きっと途中から別の道を降りたんだろう。へへへ、残念でした。と、クルマで走って少々、彼女たちが道端の喫茶店に入るところを目撃。あぁ、ニアミスだとマリオはくやしがっている。

なにを乾かしているのか、マリオ
なにを乾かしているのか

 それから温泉。マリオは高血圧なんで、ある種の温泉には要注意だと心配しているけど、サウナは問題ないんだそうだ。高血圧症について温泉のはいり方が書いてないかと聞くから読んでみたら「無理をなさらないでください」と書いてあった。無理してお風呂に入るって、どういうことだろうな。「自分のレベルを守れってさ」と伝えたら「おれのレベルってなんだ?」と聞き返された。当然だと思うけど、ぼくもわからない。
 お風呂から出たら、すれちがいにロープウェイの二人組が入ってきた。マリオはたびたびの偶然に目をハートマークにして「今度出会ったら結婚するぞ、おれたち」と息巻いている。アニエーゼが隣にいるのに、それとこれとは別問題らしい。
 その晩は小鹿野の須崎旅館さんに泊まる。アニエーゼに蕎麦打ち体験をさせたかったので、このお宿のオプションをお願い。この日も到着は3分遅れ。また遅れちゃったよというと「南イタリアだと1時間遅れがふつうだ」とマリオ。ここはニッポンだからねと言うと、なんとなく納得していた。南イタリア選手権だと、タイムオーバーは1時間が1点なのかな?

蕎麦打ち
蕎麦打ち

 そばは、アニエーゼと交替で打った。でも実は、きっと先生がぼくらの不始末をうまく修正してくれていたにちがいない。マリオはずっとビデオを撮っていた。晩飯は、このそばも含めて、豪華絢爛だった。満足。でもマリオは、この旅館の女将が気に入ったらしい。彼女には子どもがいるみたいだよといってるのに「じゃ、離婚したというニュースが入ったら真っ先に教えろ」という。相手の都合は聞いてない。知らん顔するのもかわいそうなので、翌朝役場へいって住民票を抹消したときに、ついでに婚姻届をもらってきてマリオに渡してやった。女将に名前を書いてもらえばいい記念になるかなと思ったが、ほんとに提出しちゃったらまずい。でもそれ以前に、マリオには女将に婚姻届に名前を書いてちょうだいとお願いする勇気はなかったらしい。で、この顛末はすべてアニエーゼが横で見ているのだから、笑います。女将と記念写真におさまるマリオ、なんだか緊張してます。

女将と
女将とマリオ

 そういえば、両神のぼくがいたところのすぐ裏に、大谷藤子という小説家の生家があった。なんとなく気になって、何冊か買ってみたんだけど、彼女の小説に「須崎屋」ってのがある。冒頭に須崎屋の紹介があって、確か、街の中にあんまりきれいじゃない安宿がある、みたいな紹介をされている。これじゃ、小説のネタになってるのが、いいんだか悪いんだかわかんない。でも大谷藤子の小説は、例外なく暗〜いのだ。小説と実際のちがいを確かめるのも、なかなか楽しい。大藪春彦の「汚れた英雄」の舞台となったマン島に初めて行ったとき、やっぱりそんな感覚で島をめぐったのを思い出した。
 須崎旅館さんは気に入ったので、小鹿野へ行くときには、マリオにないしょでまた泊まろうっと。どうせこの町には、きっと近いうちに来なくちゃいけなくなりそうだから。

投稿者 nishimaki : 16:55 | コメント (2) | トラックバック

2007年05月31日

再び引っ越の巻

川内第三小学校

 つい最近引っ越してばかりだけど、導火線に火をつけておいたプロジェクトが急転直下ころころと進みはじめて、引っ越していかないわけにはいかなくなった。詳しくは落ち着いてから解説させていただきますが、とりあえず引っ越ししたぞという報告だけしておきたいと思います。
 ネタのために引っ越してるわけでもないんですけどね。

 今度の引っ越し先は、廃校になった小学校です。福島県。
 廃校がほしいなぁと思いはじめたのはもう5年も10年も前だけど、話がつながっていよいよ自分が廃校に赴くことになるとは思わなかった。このへんの話は次回詳しく。
 いよいよ活動が始まろうというときになってチェックしたら、学校は雨漏りがしていた。2年間放置しちゃったから(その2年間、ぼくらはせっせと学校利用についての提案をしていた)傷みも激しいわけだ。話は決まっているけど、具体的な貸借契約とかも結ばれていない(このへんの順序がひっくり返るのは、まぁ、田舎だからなんでしょう)。
 それで、とりあえず空き家を探して、そこに荷物を入れて住みはじめることにした。学校を、ぼくらは「ひとの駅」と名づけた。福島県川内村ってところにあるので「ひとの駅川内」がフルネーム。駅だから、住むとなると宿直ってことになるわけで、となるとプライバシーは内。もともとぼくにプライバシーなんて(あんまり)ないけど、今後のことを考えると、駅(がっこう)とは別に住み家があってもいいのかなとは思ってもいた。

ツリーハウスとりゅうちゃん

 このへんの段取りは、全部地元の遠藤さんがやってくれた。といっても、遠藤さんはいっぱいいる。この場合の遠藤さんは隆之さん。たいへん親切な人だが、それ以上に、たいへんなポテンシャルを持っている。隆之さんの他に、川内村村長さんも遠藤さん。川内村には、遠藤さんと秋元さんと井出さんが幅を利かせている。じゃ、ファーストネームで呼ぼうかと思ったら、ひとの駅の入り口にある鈴木商店の鈴木さんは孝幸さんだった。人の名前が覚えられないニシマキには、しばらくは苦行が続きそうです。
 遠藤さんが借りてきてくれたのは、おばあさんが一人暮らしになったので村をでて常磐線沿いの町に引っ越したあとの空き家。写真を見せてもらったら、趣があって、ここにすみたいと思う人は少なくないんじゃないかと思われるようないい感じ。

ツリーハウス

 両神の家は、例によって引っ越しするというのにぜんぜん片づいていない。富士宮で小説家になろうとしている前田くんを呼びつけて、ついでに東京からは弟(一応、ニシマキにも家族がいる)を呼びだし、さらに地元のKさんが仕事をさぼって手伝いに来てくれた。みなさんのおかげで、ニシマキは生かされています。
 お昼に2トンのレンタカーを借りてきて、積み込みが完了したのは夕方5時だった。なかなかのウルトラC。実は、前回と同じく、今回も引っ越し屋さんに全部おまかせしようと思ったんだけど、荷造りを全部こっちがやって、トラックに来てもらうだけなのに前回と同じくらいの見積もりだった。高い。それでレンタカーを借りてきて、人力で作業することにした。忙しいさなかだから、綱渡りになっちゃった。いつもこんな調子だけど。

引っ越しトラック

 積み込みが終わって、そのまま、ぼくと前田くんは福島に向かう。途中、有料道路の入り口を間違えて逆戻りしてしまうなど失態を演じながら、高速代をけちって武蔵・上州を縦断して東北道をめざし、途中から山越えをして川内村入りする道程。
 途中から、遠藤さんに電話する。今日は家に着くだけついて、その家で寝てしまおうと思い、そういう予定であることをお話する。
「うーん、今日はうちの直売所の厨房に泊まりなよ」
 電話の向こうの遠藤さんは、なんとなく含みがある言い方。家にいったらなにかまずいことがあるのかなぁと思いつつ、1年間は地元の人に全面的に従うというモットーなので、おことばに甘えて山菜直売所の厨房に寝かせてもらった。川内に到着したのは0時半。
 遠藤さんの山菜直売所にはツリーハウスが建っている。朝、さっそくチェックに行く。前田くんは、ツリーハウスの中から天井を見上げて喜んでいる。家のど真ん中に、生きている樹木が通ってるのはなかなか乙なもんだ。
 翌朝、さっそく家に向かう。電気屋さんが電気の配線を工事中。電気はもちろん止められていたので、新たに契約しなおさないといけない。その工事をしてくれているのだ。今日は東京電力の検査が来る日なんだそうだ。
 電気屋さんが作業している横で、まずお家のチェックをする。がらがらと玄関を開け……、まぁ、開かない。家が歪んでますからね。えっちらおっちら開けないといけないのだった。
 あがると、こたつがでている。え? ここって、誰かが住んでるんじゃないの? 押し入れを開けると、布団や着物も入ってる。
 隆之さんがやってきた。これ、ほんとに空き家なんですか?
「そうそう。おばあちゃんがでていったままなの。部屋の中のものは、全部自由に使っていいそうだよ」
 ちょっとと頭を抱えるニシマキ。前田くんは、横で大喜びをしている。しかも前田くんは、部屋の片隅の床が、今にも抜けそうだというのを発見して、また大喜びだ。
 おばあちゃんの荷物をどうやって使わせていただくか、あるいは使わないのかはあとで考えることにして、とりあえず床がしっかりしていそうなところに荷物を運び込むことにした。余り荷物を優先的に運び込むと、人間が生活するスペースがなくなるから、バランスも考えないといけない。
 ざっと40個〜50個の段ボールを降ろして一段落。たいして荷物を持ってないつもりなんだけど、写真とか本とかコーステープとか、へんなもので荷物がふくれている。シンプルな生活がしたいなぁ。
 次は学校へ向かう。本棚や机は、学校で使うことのほうが多いだろうというのと、本棚に本を入れたら、いよいよ床が抜けそうだからだ。途中、遠回りをして佐藤校長先生の山小屋へ寄る。先生は小学校の最後から二人目の校長先生だった。今は引退して、子どもたち(と大人)相手の自然学校をやっている。ラジコン飛行機もやるしカヌーもやる。アマチュア無線もやるしサキソフォンも吹いている。パワフルなじいさんだ。
「このうえ山バイクも覚えなくちゃいけないから、たいへんだよ」と、ぼくが新しい趣味を持ち込んできたことにうれしい悲鳴を上げている。工作場は、木工工具がずらりと並んでいた。今回はごあいさつと、前田くんに佐藤先生の存在を見せてあげるのが主な目的だった。先生は、庭に窯を作っていた。パンやビザを焼くんだそうだ。

体育館にてのりゅうちゃん

 そして学校へ。入り口の鈴木商店でご挨拶して、机ひとつと本棚3つを職員室に入れさせてもらう。前田くんは老化に寝っ転がったり体育館に寝っ転がったりして写真を撮っていた。
 荷物を全部下ろしたので、温泉に。かわうちの湯。正直なところ、両神の温泉のほうが、お湯はいい。両神の温泉はかけ流しで、いかにも温泉というかおりがたっぷり。かわうちのほうは循環だから消毒処理がしてあるんだ。ただサウナや露天風呂もあるから、楽しさはこっちのほうが勝っている。年間2万円払うと、1回100円になる。両神は町民が半額だった。いろいろシュミレーションすると、川内のほうがうんとお得だ。
 これでミッションは完了したので、レンタカーを返しに秩父へ向かう。当初お昼までに返す予定だったけど、荷物を下ろし終わったら2時になっていた。レンタカー屋さんに延長の電話はしておいたけど、営業時間が翌8時までだから、それまでに帰りたい。お風呂に入ってご飯を食べたら、午後3時。ぎりぎり。
 役場の前を通ったら、村長さんが執務をしているのが見えたので、お行儀悪く、窓の外からごあいさつする。村長さんは「あれ? 村営住宅に住むんじゃなかったっけ?」と、一応ぼくの動向を把握してくれている。村営住宅は、申し込みに来たんだけど、家族持ちに限るとかいろいろ条件があって、ぼくには権利がなかったのだ。だから素直にあきらめた。今日は荷物を運びに来ただけで、世界選手権のあと(実はそのあとも、少し予定がある)本格的にこっちへきますとあいさつして、川内を離れる。
 帰りは常磐道から外環、関越道と高速道路の大盤振る舞いで帰る。燃料を入れてレンタカー屋さんには午後8時ぎりぎりに滑り込んだ。
 杉谷からはどこに引っ越したのか教えろと連絡があったけど、さて、ぼくはどこに引っ越したのかな。住民票をどこに移すのか、などは、少し様子を見ながら考えます。

 今回はカメラがどこにしまいこまれたかわかんないので、珍しく携帯電話のカメラで撮影したみた。

○写真1枚目:荷物運び完了。レンタカーの2トントラックと学校
○写真2枚目:隆之さんの趣味のツリーハウスをのぞかせてもらった。寝転がって天井を撮影する前田くん
○写真3枚目:ツリーハウスの外観はこんな感じ。このツリーハウスは樹木がストレスメンバーにはなっていない
○写真4枚目:2トンのトラックの中身はこんなことになっています。ぎっちり詰め込んだから、荷崩れはほとんどしていない。
○写真5枚目:体育館で、寝っ転がってステージをとる前田くん。

投稿者 nishimaki : 18:38 | コメント (2) | トラックバック

2007年03月09日

椎茸の山

猿の糞
猿の……

 椎茸の原木が育つ山を、ぽこぽこと散歩してきた。山の地主さんに案内してもらっての軽トレッキング。実はこの山、この2ヶ月ほどの間に数回、こっそりと入って道を調べて、こんなところで遊べたら楽しいだろうなぁと妄想をあたためていたところだ。

 山には「アカミチ」ってもんがある。赤道と書くと別のものになっちゃう気がするので、漢字で書いていいものかどうかはわかんない。アカミチとは、昔ながらの道で、山の中の公道みたいなものらしい。
 ツーリングトライアルのコースにしても、ぼくたちがオートバイでトレッキングしようと思うと、このアカミチを楽しむことが圧倒的に多い。権利関係的には、走っていけないところではない、ってことになる。そしてこんなところを走るのが、おもしろいという同志は多い。
 ただし、アカミチを踏み外して畑に落っこっちゃったら一大事だし、アカミチの中には整備されてなくて崩れたりなくなっているものも多い。はたまた、アカミチの入り口が民家の軒先を抜けていたりして、走り回るには気をつかうことが多い。土地の主と出会ったらどんな顔をすればいいのかも、ちょっと考えてしまう。
 でもそうやって、こそこそと山を走っている限り、いつまでもオートバイがいい印象をもたれないのではないか。ダメならダメでもいいけど、正面からお願いして、話を進めていこうじゃないかと、地主さんのところに参上してみた。ツーリングトライアルの主催者は、通り道一軒一軒の地主さんを回って許可をもらったり説得したりして苦労している。それが個人ならお許しをもらわなくても許されるなんてことはないはずだ。
 でもまぁ、言うは易し、突然農家の親父さんのところを訪ねていくのも勇気がいる。そこで今回はつてを頼って、HさんとSさんにいっしょにいってもらった。
 玄関先で頭下げて帰ってくるもんだと思っていたら、まぁあがれ、ということになり、お茶をいただきながら掘りごたつに足を降ろし、そのうちTさんはGoogleEarthでとりこんだ地形図をもってきて、山の解説をしてくれた。もう60歳をとうにすぎていると思われるけど、心身ともにお若い感じ。
 して、こちらのお願いを聞いたTさんが最初に口を開いたのは「うーむ。まぁ、おもしれーじゃないか」ってもんだった。少し含みがありそうだったけど、そりゃ、自分ちの庭先をかすめてオートバイが遊びにいって、自分が手入れした山を走らせてくれってんだから、不安がないじゃないだろう。
 地図を広げて、山の解説をしていただく。今度いっしょに山を一回りさせてくださいとお願いしたら、いやー、天気もいいから、今度といわず、今いこうということになった。

椎茸山の散歩
アカミチを歩く

 Tさんは椎茸農家である。コナラを切りだしてきて菌を打って、椎茸が育ってくるのを待つ。
「コナラが一番いいけど、ほかの木でもダメってことはない。でも、中にはぜんぜんダメなのもあるね」
「広葉樹を倒すと、このあたりはモミがあっという間に育っちゃう。広葉樹は切り倒してもまた芽が出てくるけど、針葉樹は切ったらもう育たないんだ」
「サクラでも、かわいそうだけど、ときどき倒すことあるよ。日当たりとかでいなくなってほしいことあるから。ワイヤーで下に切り傷を入れると、だいたい半年くらいで倒れちゃう。枯れるのはすぐで、最後は風が吹いて倒れるんだね」
 木を切るのは、チェーンソーに頼らなくても、勝手に立ち枯れしていただくのを待っていればいい。ということは、立ち枯れ目的でリストカットされた木は、いつ倒れるかわかんないから、気をつけないといけません。
 オートバイで走るのも楽しいけれど、こういうお話を聞きながら、のんびり歩くのもまた楽しい。いろんな楽しみがあるから、人生は楽しいのだ。

猿の被害
猿にやられた原木

「これは猿の糞だよ。なんとなく猿の匂いしない? 猿でも熊でも、現れると、しばらくはやつらの匂いがするんだよ」
 それはわかんなかった。最近、ようやく獣の歩いた跡が自然と目に入るようになってきたけど、そのうち獣の匂いをかぎ分けられるようになるのかなぁ。ちなみに先頭の写真は、猿のうんちです。人間のうんちによく似てます。体つきが似ていると、うんちの形も似てるんですね。
 そのうち、Tさんがせっせと菌を打った原木のところに到着した。
「いやー、これは悪いことするなぁ。全部猿の仕業だよ」
 打った菌は、奥が甘いんだそうだ。それを猿は知っていて、上手にほじくり出して食べてしまっている。ぼくなら、ドリルを使わないと掘り出せなさそうだが、猿は器用だ。1cmほどの直径で埋め込まれた菌を、きれいにほじくり出して食べてしまっている。猿にお行儀をしつけるのは、それなりにむずかしそう。でもオートバイに乗る仲間が、猿より始末が悪いと言われないようにしたいもんだ。
 Tさんの山の周囲には、別の地主さんの山もある。でも手入れをしてあるのはTさんの山だけで、雑木林を通り越してジャングルになっている。こういう山は、蔦がからみこんで走りにくいことこのうえないし、山としても機能を失っている。オートバイで遊ぶにしろ椎茸を育てるにしろ、山はこつこつと手入れをしないと山としての機能を果たさないんだね。
 途中、おいしい水のでるポイントを紹介してもらった。
「ここいらの人は、もう一杯あの水が飲みたいって言って、ここの水を飲んで、死んでいくんだよ」
 山には、山の物語がある。今回は別のルートから降りてきてしまったから飲みそこねたけど、一度、そのおいしい水をいただかなければなりませぬ。
 山から下りたら、まぁあがれ、ということになって、リンゴなどかじりながら、椎茸のこととか、街の観光政策のことなどお話した。Hさんがちょっとしたアイデアを口にすると、Tさんは「おもしねーな、やってみようかな」と目を輝かせている。若くたって輝いてない人はいっぱいいるけど、Tさんのように、外からの情報を受け入れるアンテナを持っていれば、いつまでも輝き続けるにちがいない。
「落ち葉はね、半年か1年で腐って土になるよ。いい土になるよ」
「山歩きはね、だから落ち葉掃きからだね」

 Tさんと落ち葉掃きをし、椎茸の原木を切りだし、そしてTさんとこの山をいっしょにオートバイで走れる日が来ればいいなと、町役場を通じて、申し合わせや企画を考えはじめたところ。さぁて、夢はかなうだろうか。

投稿者 nishimaki : 14:02 | コメント (1)

2007年02月28日

てっぽうに撃たれる?

水たまり

 この日記しか見ていない人には意味不明かと思うけれども、自然山通信2月号に「てっぽうに撃たれるなよ」と書いた。
 そしたら、それが一部で問題になったらしくて、たいへんもうしわけないことをしたと反省しています。

 それでといってはなんだけど、てっぽうに便乗して、いろいろ考えてみた。

「てっぽうに撃たれるな」というのは、Kさんのおことばだった。自然山通信には「どこの」ということも書いちゃったので、ほぼ個人は特定できる。個人情報の漏えいだったのかもしれない。すいません。自然山のNさんというだけで個人情報漏えいの罪に問われるようになったらやりにくいですねー。

 でも問題はそういうことじゃない。鉄砲を持つことを許されている人たちは、きちんと資格を持っていて、銃を持つための講習を受けていて、よもや人なんか撃つわけがない。それだのに「撃たれるな」と注意するというのはなにごとか。銃を持つ権利を有する人々を人殺し呼ばわりしてなるものか、というご説である。そのとおりである。
 でもKさんの論旨はそういうことじゃなかった。ぼくがそのへんを散歩するといえば、廃道やさびれた小径である。登山道でもないし、遊歩道でもないので、ほぼだれも通らない。爆音を立てて走るんだったら音でそれと気がつくけど、幸か不幸かぼくのTY-Sはうるさくない。背後を通過されても、郵便カブが通過したのとかんちがいするくらいだ。
 こんな感じなんで、Kさんは心配するのである。「そんな山の中をうろうろしてたら、おまえ、熊にだってまちがえられちゃうぞ。今年はいつもとちがってあったかいから、葉っぱも完全に落ちてない。葉っぱがちゃんと落ちきっていれば見通しも利くけど、葉っぱがあるとよく見えないから、熊にまちがえられて撃たれちゃったら、撃たれたおまえも痛いかもしれないけど、撃ったほうだってたいへんなんだからな、心してうろうろしろよ」と、こういうご説だったのだけど、おいしいところだけ抜きだして書いちゃったんで、ご迷惑をおかけしました。幸い、今のところ猟師さんにも熊さんにも出会ってはいません。

 確かに「てっぽうに撃たれるな」というのは、いかにも鉄砲撃ちが人を撃ちたがっているみたいで、人聞きが悪い。重ね重ね申しわけない。「てっぽうに撃たれるな」なんていうと、鉄砲撃ちのみなさんから「失礼なことを言うでない」と言われてもおかしくない。ぼくらだって「トライアルバイクにはねられるなよ」なんて言ってる人がいたら「ぼくらはそんな悪いやつらじゃないぞ」と言いたくなってしまう。

 と思ったのだが、もうちょっとよく考えてみるに「トライアルバイクにはねられるなよ」だとトライアルライダーの怒りを買いそうだけれど「クルマにはねられるなよ」といわれて、ドライバーが怒ることはあんまりない(ような気がする)。自動車の運転手は自分がひとをはねるなんてこれっぽっちも思っていないし、自動車が人をはねることがあったとしても、まるでひとごとだと思っている。そう思えるのも、自動車を運転する人が圧倒的に多いからで、仮に飲酒運転で人殺しをするような極悪ドライバーがいたところで、それは自動車の問題ではなく、ドライバーの問題だとみんなが判断できるくらい、自動車が根づいているってことだ。
 てっぽうもオートバイも、まだまだ世の中的にマイナーなもので、だから頑固なアレルギーが絶えないのではないかなぁ、と、てっぽうについて考えているうちに、人口の底辺が支える印象について横滑りしてみました。

(今自然山通信を読み直してみたら、てっぽうに撃たれるではなく、鉄砲撃ちに撃たれると書いてあった。これ、おんなじようだけど、ずいぶんニュアンスがちがうし、ここまで書いてきた大前提が崩れてしまう気もする。ということで、とりあえず原文には「てっぽうに撃たれる」と書いてあったことにして、話を締めくくらせていただきます。写真はてっぽうとはなんの関係もなく、どこで撮ったのか忘れちゃったけど、雨上がりの村の道)

投稿者 nishimaki : 09:28 | コメント (4) | トラックバック

2007年02月08日

山道の探索


両神山を望む。
一ノ瀬泰造が
遠くに霞む
アンコールワットを
見ている気分になる

 秩父の山奥に引っ越して、数ヶ月になる。いろんな魂胆があっての引っ越しで、ほんとうはいろいろ報告したいことがいっぱいあるんだけど、タイミングの善し悪しとか大人の判断とかいろいろあるし、まだもろもろ手探り状態なので、なかなか発表できるものがない。でも山奥に引っ越したという報告だけだと、夜逃げでもしたんじゃないかと思われそうなので、ちょっとだけ近況をお知らせしておきます。

 この町では、オートバイによるまちおこし事業の計画があります。もちろん、計画があるだけで、ほんとうにうまくいくかどうかはわかんない。計画なんて、100個あってひとつ実現すれば立派なものだと思いますが、オートバイの世界の人には被害妄想を持っている人も多いので「計画挫折」の報告はあまりしたくない。どんどん絶望感にさいなまれていきそうだからね。というわけで、計画が実現間近になるまで、なかなか報告ができないってことになる。これは半分愚痴です。
 まちおこし事業の中にはいろんなのがあるんだけど、そのひとつに、トレッキングコースを作れないかというのがある。トレッキングコースといっても、トライアルコースや、一部のマニアが喜ぶような「ゲロ道(気持ちはわかるけど、ぼくはこの命名が大きらいだ。マニアの世界にはいじめることを楽しませる、と言い換える風潮がよくある。気持ちはわかるけど、こういうのが入り口を狭めているにちがいないと思うんだけどね)」はお呼びでない。どんなレベルの人でも(ある程度)快適に走れて、気持ちよさを享受できるような道がいい。その道は、ブルドーザーで建設すればいいってもんじゃない。自然のままの楽しい道がどこにあるのか、どんな道が楽しいのか、またそこは走ってもいいところなのか、いけないのか、どんな人を受け入れていくのか、そういうのをあれやこれやと考えていくことすべてが“トレッキングコース建設”に含まれる。


探索中のぼくたち。
町のKさんはこのためにTYR-Sをレストアした

 この町には、今のところ本格的トライアルライダーはいない。なんと、ぼくがトップライダーだ(すぐ近所には元B級チャンピオンの米沢さん、世界ジュニアチャンピオンの野崎史高、自転車チャンピオンの寺井一希など、雲の上の存在がごろごろといる)。で、町のオートバイ乗りを誘って、少しずつ山歩きをして道を探索している。ぼくが走れるところだから、まるで難攻不落じゃない。それでもオフロードライディングの経験が少ない人たちには、スリルたっぷりのエキサイティングな経験のようだ。
 当初は、それなりに“楽しい”道を探さないといけないと思っていたけど、トライアル素人さんたちの楽しみっぷりを見ていると、いわゆるトライアルコースを用意する必要は断じてないとわかる。トライアルはマニアックすぎて、ついつい世間の人々の存在を忘れてしまうのがよろしくない。
 こういう活動は、なーんとなくだけど、役場と連絡をとりながらやっている。ほんとは腕章でももらってお墨付きで道さがしをしたいところだけど、世の中はそんなに甘くないのだ。それに腕章がほしいのは、実は「オマエ、おれの庭でなにやってんだ」と怒られるのがこわいからで、自分のオートバイ遊びが誰に見られても困らないなら、お墨付きなんかいらない。それで、道さがしは同時に“誰に見られても困らないオートバイ遊びとはなにか”という命題に発展する。この命題は、ちょっと大きい。
 山の中には、林業を営む人が植林や木材の切り出しのためにつくった道があり、また古くから道として使われていたものもある。舗装道路の発達で放置されているものもあれば、このあたりは巡礼やハイキングが盛んなので、そういう用途で現代に生かされている道もある。こういった道は、明確に立ち入り禁止の表示がなければ、どの道も思わずつい入ってしまえる。でも、人の家へのアクセス道路だったりまるっきりの登山道だったりした場合は、あっさりあきらめて引き返す決断が必要だ。さらに、最近では引き返すだけじゃなく、そこに住む人や歩く人に出会って、あいさつを交わして引き返すのが大事かなと思いはじめた。走りたい盛りのライダーにはめんどくさいけど、そこでしばしお話しをしたりすると、結局その方が話はうまく進む。いつもオートバイが逃げていく後ろ姿だけを見せられていたとしたら、オートバイに対していい印象なんか持ってもらえるわけがない。
 道を散策しながら、この土地の持ち主は誰だろう、どんな人だろう、どうしたら、ぼくらが遊べるようにもっていけるだろうか、ここに住む動物たちは、どこに潜んでいて、どんなものを食べているのだろう……。山の中で目を凝らすと、いろんなものが見えてくる。トレッキングコースの開拓はそんなに簡単には進まないから、こうやって周囲のいろんなことを観察しながら作業していると、これもまたトライアル遊びのおもしろみだと思えるようになってきた。草木の成育状態や、地域の歴史を研究してみるのも、悪くない。ちょっとだけでも、そういう知識を仕入れて山を走ると、今までとちがう風景が見えてきたりするので、また楽しい。
 当面の課題は、山道をほじくり返さないように、町のみんなにやさしいアクセルワークを知ってもらうことと、引き返すときに苦労しないように、せめて足をつきながらでも前輪をぽんぽんと振れるようになってもらうこと。それができるようになったら、もうふつうのオートバイ乗りは卒業しちゃって、ぼくには相手ができない強者になっちゃうかもしれないけども。

 そうそう、この前の日記に写真で紹介したペップ・セガレスだけど、無事に赤ちゃんが産まれた。親ばかの最初の儀式として大喜びで写真を送ってきたので、みなさんにもぜひ見てもらいましょう。
 赤ちゃんは「Itziar Segales」って名前だそうだ。そういえば、杉谷と3人でSKYPEチャットをしながら、Itziarはなんと発音したらいいんだろうと悩んだっけな。以下、前回「名前のお詫び」参照のこと。

投稿者 nishimaki : 22:25 | コメント (3)

2006年10月08日

小鹿野町の住民となる


道の向こうの雲

 突然ですが、引っ越ししました。埼玉県小鹿野町。役場から、さらに5kmくらい走ったところの古民家を借りました(古い家だからこう書いちゃったけど、小民家というほどおしゃれじゃないです。大家さん、ごめんなさい)。
 今回ヨーロッパから帰ってきて、そのままこっちに移ってきた。荷物はいっさいがっさいこっちに運んであったんだけど、すべて段ボールの中だから、なにをするんでも段ボールを開けるところから仕事が始まる。しばらくは宝探しが毎日の日課だ。
 家の中でも宝探しなんだけど、それはぼくの不徳のいたすところで、ぼくはこの町に、もっと大きな宝探しをしにやってきた、はずなんだ。まだ、どうなるか、さっぱりわかんないけども。

 さて、日本に帰ってきてからこっち、この国はお天気がそうとうに荒れ模様。今日、ようやく晴れ上がった。あんまりいいお天気だったから、こっそりオートバイを走らせてみた。いやなに、誰が見張ってるわけでもないし、悪いことしてるわけではないのだから、こっそりする必要なんてなにもない。


菖蒲園

 まず、一番近所の角を曲がってみる。すぐに菖蒲の庭園があった。お気の毒に、イノシシの被害が多いらしくて、まりわを電線で囲われている。今日は、一日中山のほうから鉄砲の音がしていたけど、あれはイノシシを撃つ音なのかな? 鉄砲の音を聞きながらすごすのはあんまりよい気分とはいえないけど、里に降りてひとのものを荒らさざるをえなくなった(であろう)イノシシもかわいそうだ。
「オートバイで山の中走り回るのもいいけど、熊もでるからな。気をつけろよ。あと、鉄砲撃ちに撃たれたりするなよ」
 今回の移転のお世話になった(そしてこれからもお世話になる)Kさんは、こんなふうに言っている。熊のでるような山の中には、いきたくないよ。鉄砲にも、撃たれたくない。
 うちの近所のエリアは、山の上のほうまで、きちんと整備されていて美しかった。山の上までいったら、ガス欠だ。このマシンは、イーハトーブを走ったままだったんだね。山の上からエンジン止めて下り降り、町の給油所で給油。帰りに、別の方角に向いてみた。


小鹿野町中心部

 椎茸を収穫する(盗んでるともいう)自動車も入っているような道だけど、ここもきちんと整備されていた。要所要所にベンチがあったりする。このあたりは山登りのメッカだから、山歩きをする人たちへの配慮は手慣れたものなのかなと思いつつ、今日のところはこのへんでかんべんしてやる。
 この町でぼくがなにをするのか、実はぼく自身もよくわかっていないので、あんまり急がないで、これからゆっくり考える。
 山の上からは、山が見えた。武甲山から両神山まで。小賀野の町は、けっこう立派な町でした。
 帰ったら、スペインのペップからSKYPEでメッセージが届く。
「えらい山奥に引っ越したそうじゃないの」
「そうよ。家からオートバイで走りはじめたらすぐ山だよ。アンドラの、セント・ジュリアの町みたいなもんだ」
「そりゃいいねー。でも日本のその町にはハモンもおいしいワインもなかろうに」
「かまうもんか。おいしい酒があるし、それにぴりっときいたワサビもあるぞ」


両神山方面

 ペップは日本に来たとき寿司屋につれて行かれて、ワサビでしこたま涙をながして苦い経験をお持ちだ。もちろん、犯人はぼくらだけど。
「ひぇー、ではおいしい日本酒とワサビをとんとご賞味あれ」
 ペップは、そんな山の中にいたら、あんた、さぞトライアルがうまくなるだろうと言ってたけど、そういう目的ではないからね。ま、うまくなるに越したことはないけど。
 今日は、スペインのペップさんのリクエストにお答えして、日記を書いてみました。
Hi Pep! There are my new field!
(最近は、敵も翻訳にかけて読んでたりするから、日本語で悪口をかいてもわかっちゃったりするみたい。気をつけよう)

投稿者 nishimaki : 00:41