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2011年06月22日

ひまわり

2011ひまわりを植える村長と村人
ひまわりを植える村長と村人

 ひまわりを植えるというイベントがあった。
 ひまわりは、放射性物質を吸収するという性格があるらしい。一説によると、20日で95パーセントの放射性物質を吸収するんだそうだ。ほんとなら、こりゃすばらしい。でも、ほんまかいな?

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2011年06月09日

かわうちトライアルの被爆リスク

1106外国からのメッセージ
川内村と富岡町が役場五と避難している郡山のビックパレットにて。南米からの応援メッセージ。ブラジルと書いてあるけど、国旗はメキシコ。

 かわうちトライアルミーティングは、原発25kmの緊急時避難準備区域で開催します。原発事故の影響が絶対にないとはいえませんので、放射能について、おさらいします。
 川内村は、東京電力福島第一原発のほぼ真西にあって、距離、一番近いところで11kmくらい。会場となる草地は22kmくらいのところにあります。20km圏内のエリアは避難区域になっていて、現在立ち入りができません。その外側のエリアは、緊急時避難準備区域になっています。緊急時避難準備区域とは、緊急時(原発が大爆発を起こすなど?)にすぐに避難するか、屋内に退避できるよう準備をしておけ、というエリアです。外での活動などは制限されていませんが、その観点から、一人で逃げられない子どもやからだに障碍がある人などは安全な場所に避難するように推奨されています。
 ここまでは、お国が定めたところです。ここから先は、現地で生活することに決めちゃった、ニシマキがこれまでにお勉強したことです。

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2011年06月03日

蒲生さん逝く

炭窯越しに見る桜
炭窯越しに見る桜。今年は避難中で、桜は見られなかった

 蒲生喜好さんが亡くなった。
 蒲生さんは、87歳になる炭焼き職人だった。炭焼き一筋、最後の最後まで、炭を焼いていた。90歳まで炭を焼くと言っていた蒲生さんだったが、その願いは、わずかに届かなかった。でも炭焼き職人らしい、大往生だった。

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2011年06月01日

自動車持ち出しの巻

110601村長と
防護服を着せられてしまったぼく。村長と記念写真撮ってみました

 先日、川内村はほかの警戒区域に先がけて住民の一時帰宅が実施されたけど、今回は自動車の引き取りというイベントがあった。で、この前一時帰宅したSセンセイが「おらの代わりに軽トラックさ持ってきてくれないか」というんで、いってきた。なんだかんだと、一日仕事でありました。

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2011年05月31日

風評被害

2011年の春
2011年、軒先の、春

 今、日本中が元気がない。みんなが被災地のことを考えてくれているのはたいへんうれしいけれど、日本中の元気がなくなってくれるのは、誰の本意でもないと思うんだけど、元気があれば「元気を出そう」なんてコマーシャルを流す必要はありませんね。あんなんで元気が出たら苦労はない。むだだからやめたほうがいいと思う。
 と、そういう話をしたいんじゃない。ぼくの周囲では、どっちかというと、あんまり被害のない人たちが元気がない。これ、風評被害でやられているからだ。風評被害、困ったもんです。でも今日は、風評被害に悩む人たちに怒られちゃうようなことを書いてみる。

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2011年05月11日

一時帰宅と一時上京

一時帰宅中継車

 原発20km圏内に住む人たちの一時帰宅が始まった。先陣を切ったのが我が川内村の住民たちだった。ぼくが住み続けているのは原発25km地点で、立ち入り禁止にはなっていない。でも20kmラインをはさんで、すぐ向こうにも家はあるのに、その境目がどうやって引かれているのかはよくわからない。わからないことだらけで、なにが疑問なのかもわからなくなっている。
 とりあえず、久しくお会いしていない先生が一時帰宅に参加しているのを知って、お迎えにいってきた。一時帰宅の前線基地となった体育館には、村史上はじめてではないかと思われる取材陣が押し寄せていた。中継車がこんなに並ぶなんて、盆踊りだって満月祭だって、かわうちトライアルだってなかったことだ。ぜひ、平和なイベントの時にも、取材に来ていただきたいものでありますが。

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2011年05月01日

モンペリ再開

2011モンペリの雑誌

 先週から、モンペリがお店を開けている。モンペリは、かわうちの湯の前のコンビニ。うちの村にはコンビニが2軒しかないから、モンペリの再開は大ニュースだ。ただ、本格的再開には、まだまだ前途多難なのだった。でも動き始めれば、必ず道は開けていくだろう。
 まずは、お店の片づけから始めているだという。在庫も、311以前にあるものばかり。ふと雑誌棚を見るとこんな感じ。いまどき、村の外の本屋さんには、どこの店にも地震の特集号が並んでいる。ここの雑誌は、地震のことをひとつも報じていない。そりゃそうだ。ここは311で時間が止まっているのだから。なのに、なんとなく新鮮。
 雑誌もテレビも地震一色。どうでもいいバラエティ番組を見ていても、がんばろう日本なんてしらじらしいキャンペーンをやっている。それに比べるとこの雑誌棚は、正真正銘の、いつもどおりの日本があった。

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2011年04月29日

川内村から中間報告

110429kaigi.jpg
4台並んだ放射線測定器

 知らない間に、世の中はゴールデンウィークになってしまった。お天気はいい。今日は海からの風が吹いているから、あんまり外に出たい気分ではないけれど、基本的に、村に残っている人たちは、原発被害について神経質ではない。もう老後にさしかかっている人ばかりだから、いまさら少々放射線を浴びたからといって、直ちに健康に害が出るとは思えないから。
 本日は、放射線のお話。


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2011年04月23日

かわうちかえる

かわうちかえる

 計画的避難区域とか緊急時避難準備区域とか、原発がとんでもないことになっている福島県からは遠く離れて東京のど真ん中の机の上で決められた制度が適用になって、またまたご心配をおかけしたみたいだけど、ぼくが住んでいるのは原発から25km地点の、政府が言うところの緊急時避難準備区域です。へっちゃらで生活してます。ばくぜんとした不安以外は、おそらくみなさんが住んでいるところより快適ではないかと思います。なので、とりあえずご安心ください。いや、その漠然とした不安というのが、たまんないわけなんですが。

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2011年04月13日

花見

2011年夜ノ森の桜
左側、クルマが停まっているのが温泉施設のりふれ。もちろん温泉にはいっているわけじゃない。

 花見をしてきた。ものすごくくたびれた花見だった。来年、この桜をのんびりとした気持ちで眺めたいと思うのだが、はたしてかなえられるのか。

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