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ガストン・ライエが亡くなった

 つい先日プロヴィーニの訃報を受け取ったばかりだけど、また、ぼくらは偉大なチャンピオンを失った。
 ガストン・ライエ。1975年〜1977年、3年連続モトクロス125cc世界チャンピオン。ベルギー人。享年58歳だった。


 ガストンは、日本になじみの深い人だ。まず、スズキの契約ライダーであったこと。マシンのテストで来日したガストンは、スズキのライダーたちに大きな影響を与えていった。今、HRCのトライアル担当となっている増田耕二さんも、この時代にガストンと親睦を深めた一人だ。
 日本人にとっては忘れてはいけない1978年、渡辺明が世界チャンピオンになった。ガストンにすれば、自分のタイトルを奪っていったのが、渡辺明である。彼らはチームメイトだった。いわば、ドギー・ランプキンと藤波貴久の関係だ。ふたりはライバルだったけど、よい先輩後輩でもあった。ずっとあとになって、渡辺明がパリダカに出場することになったのも、ひとつにはガストンの強い勧めがあってのことだ。砂漠でのガストンは「アキラを連れて来い」としきりと言ってたのだ。
 モトクロスを引退したガストンは、BMWをひっさげて、砂漠に進出した。はじめて参加したパリダカールラリーは悲惨な成績だったけど、翌年から勝ち続けた。「リトルジャイアント」の異名はモトクロス時代に付けられたものだったけど、単気筒が全盛だったパリダカールで、BMWの2気筒はひときわ大きな存在だった。それにうちまたがるガストンは、170cmに欠ける短躯。しかも、彼は足が悪くて、ちょっと足が曲がっているから、見た目は160cmそこそこに見える。とても小さい。
 ぼくはモトクロス時代のガストンを知らない。ガストンの思い出は、全部砂漠の思い出になる。
 パリダカの取材に出かけたぼくは、日本レーシングマネージメントの菅原さんにおんぶに抱っこだった(今でも、レイドに出かける人は、少なからず菅原さんのお世話になっている)。そして菅原さんとガストンは、大の仲良しだった。菅原さんがパリで拠点にしているのは、ガストン・ライエ・レーシングチームの小さなガレージだった(と思う)。
 1986年、ぼくはスズキ・フランスからオートバイをお借りしてパリダカールの取材をした(今から思えば、パリダカの取材をオートバイでおこなうなんてあんまりにも非現実的な話だった。山田周生氏にだまされたのだ。わはは)。スズキチームには藤田さんという日本のスタッフがついていたけど、彼もまた、砂漠でのガストンとの再会を大喜びしていた。
 1987年、ぼくがファラオラリーに出場したとき、ガストンはDRZでスズキとの活動を再開していた。レイドでは、成績のいいものからスタートしていくことが多い。ぼくがとことこ砂漠を走っていると、ガストンが止まっていた。こういうときのガストンはちょっとヒステリックでおっかないから、見て見ぬふりをして通過する(どのみち、助けてあげられるわけもない)。ガソリンの変わりに水を入れられたといっていたけど、その何十分後か、ぼくはどえらい勢いでガストンにぶち抜かれた。あのときの砂煙は、いまでもなつかしい思い出だ。
 ガストンは、ライダーであると同時にチームオーナーでもあった。チームには、いろんなチームがあるんだけど、それぞれ個性があっておもしろい。
 概して、フランスのチームはしっかりしている。ホンダのメインチーム、ヤマハのメインチーム、そして三菱も、ベースはフランスだ。彼らはファッショナブルだし、仕事もきちんとしているように見える。
 お隣の国なのに、ぜーんぜんちがうのがイタリアチーム。イタリアといえばファッションセンスは抜群のはずなのに、砂漠のイタリア人はファッションにはこだわっていな様子で、ぼろぼろの格好をしているチームメンバーが多かった。イタリアホンダもイタリアヤマハも、カジバも、その点は似たようなものだった。イタリアヤマハは、フランスのヤマハよりもイタリアのホンダの人たちと仲良しだった。
 イタリアチームの大きな特徴は、アシスタントトラックからは、いくらでもスパゲッティが出てくることだ。そのかわり、大事なパーツが乗っていなかったりもする。パーツよりもスパゲッティを載せろと言う命令が、イタリアチームには敷かれているにちがいなかった。
 ガストンはベルギー人である。フランスともイタリアともちょっとちがう。とてもじゃないが、パーツをおろしてスパゲッティを積むなんて英断は、ガストンにはできない。万全を期して、パーツは山のように積まれていた。
 だから、ガストンチームのトラックは、重かった。取材でがたがたのパジェロを走らせていると、イタリアホンダやカジバのアシスタントトラックが、まずぼくらを追い抜く。彼らはいわば救急車で、そんなに重いものを持ってはいないから、速いのだ。そのあと、フランスホンダやフランスヤマハと続いて、その次くらいに、イタリアホンダやカジバの、大きなトラックがやって来る。あらかたのトラックに抜かれた頃、ガストンのチームのトラックが追いついてくる。荷台を右に左に揺らしながら走っていることが多かった。いかにも重そう。荷物を減らして、到着時間を短縮したほうが、よりよい戦い方ができるんじゃないかなぁと思ったりもしたけど、ガストンにはガストンの考え方があるんだろう。
 チームオーナーとしてのガストンは、そんな印象から、ちょいと神経質であんまり上司にしたくないタイプだったけど、一方、ガストンには根強い協力者がいっぱいいたし、ガストンを慕う人も多かった。
 ぼくは1988年以降、砂漠のイベントとは離れてしまったけど、その後、ガストンは日本にもたびたび来日して、オフロードファンといっしょに走ったりもしている。そこに映るガストン像は、チームオーナーとしての現役の時代とは少しちがったものだったけど、ガストン個人の人となりは、そっちのほうが本当の姿だったのだろう。
 砂漠にはうとくなっているから、ガストンが死の床についているなんて知らなかった。
 日本人を見ると、日本語で話しかけてくる人は多いけれど「世界チャンピオン」の名誉を持つ人の中では、そういう気さくさを持つ人は、まだまだ多くない。日本のオフロードに、常に光を与えてくれたガストン・ライエさん、ありがとう。
ガストンにメッセージを。SSERのサイト

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