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2008年10月15日
ユーロが安い
ユーロが安くなっているのを、人から聞いて知りました。一時は1ユーロ160円ほどだったのに、今見たら137円だった。これくらいだったら、ヨーロッパ旅行も楽しいのになぁ。つい最近、5ユーロの昼食で書いた愚痴を、神様が読んでてくれたのかどうかわかんないけど、お見事な相場の転身。
おっと、しまった。今回は珍しく、レンタカーを借りるのに日本語のページからアクセスして、円建てでレンタカーを借りてしまった。ユーロ建てだったら、決済した日の相場で計算するから、少しお得だったかもしれないのに。あー、損した。
ユーロが値下がりすると(円が高くなったのかもしれない)、日本からヨーロッパに旅に出る人にとっては極楽で、同じくヨーロッパの品々を日本に輸入する人たちにとっても、極楽になる。今までは、ヨーロッパから日本に旅する人が極楽で、日本の品々をヨーロッパに輸出する人たちが極楽だった。正直、ここんところ数年のトライアルマシンのインポーターのみなさんは、お気の毒な限りだった。思えば、スコルパTY-S125Fは、当初ぎりぎり40万円を切る価格設定で世に出てきた。当時の相場がいくらだったか忘れたけど、それがいまや、四捨五入すれば60万円。お値段が高くなっても、実はマシンを売っているほうにはてんでもうけにならないというお気の毒な状況だった。もちろんこれは、スコルパだけじゃない。インポーターはその名の通り輸入業者だから、円安は死活問題になる。実際のところ、みなさん、たいへんだったのだ。
ガソリンが高いなんてのも、もともとの石油屋さんが値段を上げているというのもあるけど、円が安いからとばっちりをくっているというのもある。自然山通信やトライアルはトヨタとかソニーとかの輸出産業にはあんまり(読者のみなさんには大いに関わりがあるかとは思うけど)関係ないので、できるならずっと円高でいてくれると、海外取材はお財布を(あんまり)気にしないで出かけられるし、おみやげも買ってきやすい。円高バンザイだ。
と、ユーロが安くなったから、マシンはもっと安くなるべきだという声を、中部大会で聞いた。まぁごもっとも。マシンのお値段が高いから、トライアルの普及もままならないという図式は根強い。ちなみに、スコルパTY-S125Fがどんぶりで1ユーロ160円時代に56万円だとすると、140円になった今は50万円を切るお値段になるって計算になる。100万円を超えるマシンだと、10万円近く安くなってもおかしくないってことになる。
でも、これがまたお気の毒だなぁと、ぼくはインポーターでもないけど、思うのだった。円相場とは関係ないけど、今、TY-S125Fに入手難が続いている。エンジンが人気で供給が間に合わないんじゃないかというのがぼくの観測だけど、ともあれ注文しても、何ヶ月待ちという事態が続いている。最寄りのお店に在庫がないんじゃなくて、日本のどこにも在庫がないんだから、どうしようもない。
バックオーダーってのがどういうシステムになっているのかよくわかんないけど、仮に契約書を交わして注文していたとしたら、注文書通りに請求書が回ってきても文句はいえない。そしたら、1ユーロ140円の今のご時世に、160円の時代の請求が来ちゃう? じゃいいよ、キャンセルして注文しなおすよ、となったら「次の出荷は2年後になります」なんてことになったりして。踏んだり蹴ったりだ。
ものは安いにこしたことはないと思うけど、安いのバンザイとはしゃいでいたら、農薬たっぷりのお米を食べさせられていた。農薬入りお米を食べたくなかったら、あんまりものの値段を叩かないことだと思うけど、お財布の中身を見てしまうと、安いのにこしたことがないと思ってしまうんでしょう。
トライアルマシンは、安くても高くても農薬入りということはないけれど、レンタカーを借りるだけでも円相場の影響をもろに受けてうろうろしている身としては、スペイン人やフランス人やイタリア人を相手に契約書を取り交わし、いつくるともわからない荷物を待ちわびて、パーツの在庫も管理し、パーツリストや使用説明書の日本語訳もつくって(これをつくらないと、PL法違反になっちゃうらしい)、なおかつユーロの相場を日々見つめているみなさんのご心労を察すると、つくづくストレスフルだなぁと思ってしまう。ユーロ安が続いたら、なるべく早いところマシンの値段が下がってほしいものだけど、そんなわけだから、今日ユーロが下がったから明日マシンのお値段が下がるとは思わないでね。
インポーターさんから袖の下つかまされているわけじゃないけど、珍しくこんなこと書いてみたのは、某インポーターさんがメーカーまで出かけていって、高速道路のガソリンスタンドでパスポートからなにからごっそり盗まれてたいへんだったという悲劇を聞いて、インポーターさんにちょっと同情してしまったからでした。
写真は、シベリア上空で見た夜明け。ヨーロッパから日本に帰ってくるときだから、日の出はあっという間。左翼で日の出が見えるということは、成田に向けて機首をだいぶ南に振っている時間帯ですね。デジカメのデータを見てみたら、日本時間の5時39分となっていた。
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2008年10月07日
やってはいけない使い方
トライアルマシンは、たいていの使い方が許容されている。岩の上から落とす、上下反対の状態で崖の上から駆け下りる、泥沼の中でエンジン全開にする等々。PL法とかの担当者がこんな現場を見たら卒倒するでしょうが、これがトライアルの現実だ。
しかしてこんな道具の使い方が許されている世の中は、トライアル以外にはちょっとない。こんな使い方をすると命の危険があるからやめなさいだのなんだのと、ややこしい説明書がずらずらとついてくる。トライアルって、本当に原始的な(そしてすばらしい)スポーツだと思う。
この原始的使い方の対極のほうにあるのが最新のIT機器だと思われるけど、申し訳ない、今日は、最新のIT機器をこんなふうに使って遊んでしまいましたというお話。
自然山通信は、いつもたいてい二人で行動している。杉谷がビデオカメラを持って、ニシマキがスチール(動かないやつ)カメラを持って取材する。全日本選手権も、世界選手権開幕戦もこのパターンで取材した。ところがなぜか、トライアル・デ・ナシオンは、ニシマキひとりがいくことが多い。どういうわけかわかんないけど、自然山通信的通例というやつだ。
ひとりでしかいかないと、ビデオカメラを持っていくかスチールカメラを持っていくか、どっちか悩む。今までは、たいていビデオカメラ優先だった。必要な何枚かだけ、コンパクトデジカメを使って撮影して、どうしても必要なのはイタリアのあの人やスペインのこの人やイギリスのあんな人にお願いして入手する。トライアルは日本も世界もすてきなムラ社会だから、こんなことが可能だ。
でも、せっかくいくんだから、やっぱり自分でも写真が撮りたい。それで、ソニーのビデオカメラの上にニコンを重ねてみた。カメラを2台並べて三脚に固定するためのプレートを買ってきて、こいつでニコンとソニーの上面にある三脚ねじを連結させた。なかなか不安定だけど、とにかくカメラは2台くっついた。
お目当てのライダーがセクションインしたら、ビデオのスイッチを入れる。ビデオのファインダーをのぞきながら、カメラのシャッターをときどき押す。あるいはカメラのファインダーをのぞいて撮影しつつ、お目当てのライダーをファインダーの真ん中に置き続けるように気をつける。そうすれば、ビデオとスチールの両方が撮影できる、はず。
でもそんなに簡単ではないのだな。スチールのファインダーをのぞいていると、撮影している人間のモードがスチールになる。シャッターを押した瞬間、仕事が終わった気になって、肉眼でライダーを見てしまう。すると、ビデオカメラからははずれてしまう。これは、ビデオだけ撮影していてもときどきあることで、ファインダーを見ているだけでは周囲の状況がわかんないから、きょろきょろと周りを見ながら撮影したりすることもある。で、ふとファインダーを見ると、画面になんにも入ってなくて、慌てたりする。あー、こんなふうに仕事の失敗談を日記に書くべきではなかった。自然山DVD見た人から「ふざけた仕事のしかたをするな」と怒られたらどうしよう。すいません。許してください。もうしません。いや、次はもっとうまくやります。世界一の二刀流になります。がんばります。
この、ニシマキの二刀流の撮影姿は、みんなから大好評だった……。好評、なのかゲテモノめと思っているのかはわかんないけど「すばらしいアイデアだ」とにっこり笑ってくれるお客さんもいた。世界選手権最終戦のスペイン大会では、地元のテレビ局が取材に来ていたんだけど(バルセロナTVとかそんなの)、夜のニュースにぼくが登場したらしい。なんて紹介されてたんだと聞いたら「日本の最新テクノロジー」と紹介されてたらしい。IT大国ニッポンでテクノロジーの研究者のみなさん、しょうもないものが最新テクノロジーになってしまって、申し訳ないです。ごめんなさい。あやまりっぱなしだなぁ。
写真は、翌週のトライアル・デ・ナシオンでの一こま。セクションには、各国の取材陣がぞろぞろ集まる。下見中なんかひまだもんだから、ぼくの二刀流を撮ろうとするヤツもいるわけだ。するってーと、イギリスのトライアルセントラルのアンディが、ビデオの上にくっつけられた日本の上に、自分のキヤノンを重ねてきた。シャッターを押そうとしたイタリアのモトクロス誌のプピィは、それで喜んで、隣のジェイク・ミラー(FIMのプレス事務局。ドギー・ランプキンのWEBサイトなんかも彼の仕事)にも、カメラを重ねるように指示しやがった。ジェイクは「こんなゲテモノやろーといっしょにされたくないなぁ」と苦笑いしながらお遊びにつきあってくれたという物語が、この写真には秘められているのだった。
この直後、ビデオカメラの持ち手が妙にぐらぐらするしているのが発覚。気をつけてはいたつもりなんだけど、1kgちょっとある(もっとか?)カメラにストロボをつけて振り回しているわけだから、持ち手にも想定外のストレスがかかって当然だった。折れたり割れたりしなきゃいいけどなぁと思いつつ、結局最後まで使い切ってしまった。ねじ回しがあれば増し締めできるんだけど、意外なことに、モータースポーツの現場では、めがねのねじを増し締めするような小さなサイズのドライバーは存在しない。だもんで、自分でドライバーを持って歩いていたこともあるんだけど、最近はコンピュータ関係で荷物が増えて、そういう道具の必要性をすっかり忘れていた。忘れていると、事件が起きることになっている。
最後まで2台のカメラ分の重さに耐えて、持ち手はちぎれずに日本に帰った。負担に耐えられなくなってねじ山が馬鹿になっていたらどうしようとびくびくしながら増し締めしたけど、よかった、閉めたら無事に元通りになりました。めでたしめでたし。
次は、もっとスマートに二刀流しようっと。
お次の禁じ手は、オークションでの衝動買いが発端。ニコン用フォクトレンダー・スーパーワイドへリア15mmF4.5ってレンズが3万円で落札できた。このレンズ、もう絶版になっているから、3万円なら買いかしらんという感じではあった。定価がいくらだったかは忘れたけど。
ところがこのレンズ、ふつうにつふるとミラーにレンズがあたっちゃう。なので、ミラーアップをしてじゃないと装着できない。ミラーをあげちゃうから、ファインダーにはなんにも見えない。ピントもわからない。ものすごく不便なレンズである。しかもさらに問題なのは、今使っているデジタル一眼レフには、ミラーアップ機構がついてない。
でもぼくは知っている。一眼レフのミラーは、指で持ち上げると、言いなりになって持ち上がる。これは、中学生のときに初めて一眼レフカメラを手にしたとき、ほとんど最初にやってみたことだ。以来、歴代のぼくの一眼レフは、みんなミラーをそーっと持ち上げられているけど、どのカメラも、例外なくミラーは指で持ち上げられた。
だったら、そのまま持ち上げた状態にしておけば、このレンズもくっつくはずではないかと、ちょっと調子が悪くなって、杉谷のところに出張していた(一度雨に濡れてから、ときどき、写真がシマシマになって写ることがある)ニコンD70に、このレンズを挿入(装着という感じじゃない)してみた。ファインダーではなんにも見えないから、撮ってみて、液晶画面でできあがりを確認するしかない。露出もオートが使えないし露出計も機能しないから、マニュアルでてきとうに撮るしかない。このアナログな感じが、なんだかとってもなつかしい。このレンズには、外付けのファインダーが付属している。でもデジタルカメラは、35mmカメラに対してひとまわり狭い範囲しか写らないから、15mm用のファインダーをのぞいて撮ったものは、頭が切れたりしていることが多かった。22mm相当のファインダーをさがしてきて、それを使わないと、なにが写ったのかも液晶を確認するまでわからない。これではアナログ以前に、ばくちだ。
なんで、こんなにあと玉が飛び出しているかといえば、それがレンズの設計にとって自然であるかららしい。むりやりたとえれば、軽量コンパクトを狙ってむりやり軽く小さなオートバイを作ろうとはしないで、自然に設計したらこんなになっちゃった。文句あるかとばかり、100kgのトライアルマシンを作っちゃったようなもんだ。でもその100kgが、とても使いにくいのに、なぜか抜群のグリップを発揮するとか、そのグリップ感覚がライダーに至福の快感を与えてくれるとか、まぁそんな感じのレンズなのだった。レンズ業界的には、歪曲収差が小さいとかいろいろ並べることばもあるんだろうけど、ぼくはテクニカルタームにはめっぽう弱いので、撮ったものを見てたいへん気に入ってしまいました、という感想を書くだけにしておきます。
見た目には、ごらんのとおり、ごく薄い。レンズの主要部分はカメラの内部に入り込んでしまって、外側には1cmそこらあるかないか。ほとんど、ボディだけ持って歩いているような感じがナイスなのです。
でも、よいこの皆さんはこんなことまねしちゃいけませんよ。レンズの説明書には「ミラーアップのできるカメラで使え」と書いてあって、D70は、逆立ちしてもミラーアップができるカメラじゃないんだから。
ちなみにぼくは、D70よりももうちょっと雨に強いD200というカメラも持っているけど、このカメラはミラーのあたりの寸法がD70よりも小さくて、物理的にこのレンズを挿入することができませんでした。結果的に罪を重ねることができず、犯人としてはちょっと胸をなでおろした次第です。
でも、こういう本来の使い方じゃない使い方って、楽しいんだよなぁ。
●18:03 | コメント (3) | トラックバック (0)
2008年10月02日
イシア
イシアはペップの娘。ペップはソロモト誌の編集者で、かっちりした写真を撮る。ぼくには逆立ちしてもこういう写真は撮れないので、ちょっと嫉妬もしている。最近はえらくなって現場には子分のチリという若いのが来ているけど、チリに「早くえらくなれよ」というと「まだまだペップにだめだしをされてるんだ」みたいなことを言う。どこも上下関係は、なかなかたいへんそうだ。ぼくら日本のトライアルの取材現場には、上下関係がほとんどない。住み心地はいいともいえるし、向上心を失うともいえる。善し悪しだけど、人口が少なければ上下関係も成立しないのだった。
いやまぁそれはそれとして、イシアの話だ。イシアは1歳ちょっとになる。歩き始めて、やんちゃな盛りだ。ペップはジョルディ・タレスと同い年。40歳過ぎて1歳の娘というのは、お父さんになるのがちょっと遅かったけど、お父さんと娘の関係は年齢とは関係ない。ぼくなんかへそ曲がりだったから(今もだけど)自分が父親であるというのをなかなか受け入れられなかった気がする。お父さんになるのも年齢修行が必要じゃないかと思うから(ぼくができが悪いだけだとも思う)年齢がいってからお父さんになるのも悪くないかも。そういえば杉谷も、もうすぐ50歳だけど、実は最近お父さんになった。
それでイシアの話だった。自分の家に突然日本人がやってくるというのは、彼女は認識してるのかなぁ。どうも、このくらいの年齢だと、人種のちがいを認識するのはむずかしいかもしれない。最初は人見知りしてたけど、30分もたったら仲良く遊べるようになった。お別れのときには投げキスしてくれるようにもなったし、一晩おいたら、ほっぺたにちゅーしてくれるようにもなった。まぁ、彼女のぼくに対する愛というより、父親と母親がそうしなさいとしむけるから、命令のままに動いているんだけど、悪くはないもんです、やっぱり。
あんまりなつっこいから、写真を撮ってあげる。すると、カメラに手を伸ばしてくる。これはあんたを撮影するためのもんで、あんたが遊ぶもんではないだろうと言ってみるが、少なくとも彼女には、日本語は通じない。
「彼女は、写真を撮ったら写ったものを見せないと気がすまないんだよ」
ペップお父さんが解説する。なるほど、モニターを見せて「こんなのを撮らせていただきました。ありがとうございました」と報告する義務があるわけね。デジタル時代の申し子です、やっぱり。
となると、やっぱり想像の範囲の事件も起きたらしい。友人や親戚の中には、まだデジタルカメラじゃなくて、古式ゆかしいフィルムカメラを使っている人だっている。ある日そういう人がイシアの写真を撮ってくれた。イシアは当然のように出来上がりを見せろという。しかしフィルムなんだから、見せられない。カメラを見せても、画面がない。イシアには、フィルムカメラの道理はわかんないから、意地悪をされているとしか思わない。泣きわめいて、たいへんなことになったそうだ。世の中、デジタル化してきて、その流れについていけない人は少なくないけど、これからはその流れ以外を知らない人のほうが増えてくるという世の中の流れを、イシアから教えてもらった。
イシアには、おみやげに浴衣のセットと、剣玉とだるま落しと笛をプレゼントした。お母さんには扇子と手ぬぐい。お父さんにはなにもなし。もうしわけない。イシアは笛は吹けた。剣玉はまだ遊べない。実家に持っていったら、甥っ子たちが遊んで、ところが熱中しすぎて剣玉の玉を床に叩き付けてしまった。安いもんだから剣玉のほうが壊れればいいのに、床のタイルが割れてしまったのだそうだ。訴えられて国際紛争になるかと思ったら、笑い話で終わった。よかった。
仲良くなってくると、彼女はぼくのめがねにご執心だ。赤ん坊ってのは、国籍を問わず、めがねが気になるみたいですね。十何年前、実の娘たちにもやられた覚えがあります。イシアのお父さんもお母さんもめがねをかけないから、いたずらをするとしたら、ポンニチを相手にするしかないわけだ。しょうがないから、遊ばれてあげた。
イシアは言葉を覚えている最中。お水ちょうだいは「アウア、アウア」とたどたどしい。お母さんが「アクアでしょ」と訂正している。イシアといっしょに生活していれば、ぼくもスペイン語を覚えられるかなぁ。
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2008年09月23日
5ユーロの昼食
世界選手権最終戦のスペイン大会のあと、自然山通信の締め切りなどあって、バルセロナに滞在。
お友だちには、みんなから「いいなぁ」と言われる。バルセロナはガウディとピカソの街。日本からの観光客もいっぱいいる。バルセロナへ向こう飛行機も、1/3は日本人だった。日本人パワー、すごい。
初めてバルセロナに来たときには、ぼくもガウディのサクラダ・ファミリアに登り、動物園で白いゴリラに会い(2003年に絶命した)、ピカソが好んだという喫茶店でコーヒーを飲んだりしたもんだけど、何度も出かけるようになると、だんだん観光名所にはいかなくなってきた。そういえば、長らく東京暮らしをしていたのに、東京タワーは1回しか行ったことがない。エッフェル塔も凱旋門も1回いったから、ヨーロッパは観光はもういいやと思ってる。
でも、ヨーロッパに飽きたわけじゃなくて、ヨーロッパといわず、外国に出かけるのはとても興味深い。高級レストランでお食事したりするのはどうでもいい(大きな問題は、お金がないということだけど)。スーパーマーケットで売ってる2ユーロのワインがとてもおいしいのを発見したり、なーんでもない横町を、犬のうんちをよけながら歩いているとき、自分が外国にいるんだなと実感できると、より強く実感できるようになってしまった。へそ曲がりだからだけど、かっこよくいえば、外国のふつうの暮らしに近づくことで、外国の文化というか、においを感じられるような気がする。日本人のガイドさんに連れられて、ガイドブック通りの観光名所を訪れていると、それは日本文化の様式に従って、外国の景色をながめているだけじゃないかと思っちゃうわけだ。
いつものとおり、へりくつの前置きが長くなりました。本日は、とある街(なんていう街なのかも覚えていない)のとあるバー(Bar。日本のいわゆるバーって感じじゃなくて、まぁ、喫茶店かな?)でお昼ご飯を食べたという、とてもとてもなんでもないお話。
外国でご飯を食べるのはむずかしい。特におしゃれに決めようと思うと、むずかしい。メニューが読めないからだ。英語なら大丈夫かといえば、それもなかなかむずかしい。外国のメニューには、日本のファミリーレストランみたいに、写真入りの親切なやつなんてまずないから、度胸とばくちでメニューを決めるしかない。
でも、どうせわかんないんだからメニューなんて見ないで、直談判したほうが結果がいいことが多いってことが、だんだんわかってきた。コミュニケーションの道具は、片言の英語でけっこう。どうせ相手だって、たいていの場合片言の英語しかしゃべれない。
「こんにちは。英語しゃべれますか? 飯食えますか?」
返事はイエスじゃなくてシーだったから、たいした英語は話せないはず。あんまりむずかしい注文をするつもりはないから、そのほうが好都合だ。なんでもいいから、てきとうに持ってきてちょうだい。英語が話せるおねーさんから話はおばさんにトスされて「本日の定食」という看板が示された。直訳すると「本日のお皿」って書いてあるのかな? メニューの中身がなんだかはわかんない。おねーさんがやってきて「卵となんとかとなんとかでよろしい?」とたずねなさる。よくわかんなかったけど、それでいいです。
彼女、エキスキューズミーのかわりに「ソーリー」と言って話しかけてくる。外国人は、あんまりあやまらない。日本人は、あやまるべきところでないのに、へこへた頭を下げてあやまることが多い。日本ではそのほうが話がスムーズなんだけど、外国ではそうじゃないんですね。おねーさんにやってこられて「ソーリー」と言われると、本日のお食事はもう終わったとか、日本人に食わせる食べ物はないとか、よからぬ申し出を想像してしまってびびる。2回びっくりしたけど、この人のソーリーは日本人的「すいません」と同義なのだと気がついた。スペイン語でも、日本語の「すいません」みたいな使い方があるのかな?
「本日のお皿」は、5ユーロだった。最近のヨーロッパ昼食調査によると(ニシマキ調べ。よって、あやしい)昼食は10ユーロを切れば、まぁ安い。10ユーロぽっきりでコーヒーつきだったら、やっぱり安いという感じ。5ユーロはお皿だけだけど、これならお安い部類。
スペイン大会の会場で、サンドイッチを買った。フランスパンに薄い薄いステーキをはさんだだけで、ちょっとだけタマネギが添えられている。それで5ユーロだった。だから、本日のお皿の5ユーロはとってもとっても安い。今、ユーロはひところよりも少しだけ安くなって、1ユーロが155円後半だそうだ。ちょっと前は、160円オーバーだった。5ユーロといえば、ざっと800円弱になる。でも、こういう計算をしてはいけない。5ユーロは安いけど、800円の昼飯は安くないからだ。
お金の価値感覚と、為替レートには少しちがいがある。1ユーロは、だいたい100円。為替レートの関係で、ユーロが200円になっても50円になっても、感覚的には1ユーロ100円と信じている。そうじゃないと、ユーロが高い(というか、円が安い)いまどきは、とてもじゃないけどご飯なんか食べられない。ビールも飲めないし、ガソリンスタンドでガソリンも入れられない。1ユーロが100円の価値なのに、銀行で換金すると160円もとられちゃうのは、それだけ日本のお金に力がないということだ。輸出産業は、円が安いとお得。ぼくは経済はとんとうとくて素人だけど、世界の相場的には「日本は経済が貧弱だから、円は160円もらっても1ユーロくらい与えるのがお似合いだ。そのかわり、輸出産業がお得のはずだから、それでがんばって貧弱な経済をなんとかしてね」てな動向になってるんじゃないかと思う。飯が高い、宿が高いということは、こんなふうな経済活動の結果であって、日本の経済政策の結実が、ヨーロッパにいるぼくのお財布に影響を及ぼしているのであった。
「ソーリー」
またおねーさんがやってきた。もうびっくりしない。お飲物はなににしましょうというから、ついビールを頼む。ときどきおばさんが通るだけの街の風景を見ながら飲むビールがおいしいと思うようになったら、あなたも立派なへそ曲がりです。おめでとうございます。ビールを飲みつつ、ポケットに突っ込んできた司馬遼太郎など読む。こちらの人は、バカンスに来てなにをするかといえば、たいてい本を読んでいる。気持ちがいいと思える空間に身を置いて本を読むのは、きっと幸せなのだ。なのでぼくもまねをしてみる。満員電車の中で読むのと変わんない気もするが、幸せ度がうんと高い気もしないでもない。
司馬遼太郎を10ページほど読んだら、5ユーロのお皿が出てきた。5ユーロが800円じゃなくて500円だとしても、ガストあたりのランチが食べられる。ご飯は大盛り、スープつき。でも日本のファミリーレストランのご飯は、どうも工場で一気に作られた気配が濃厚。農薬が混ざってたりしてるとは思わないことにしてるけど、大きな企業ってのは、食材を作る人、そろばんをはじく人、安全を考える人、安全を宣伝する人、それぞれ別の人であることが多くて、どうも信用しきれない。ヨーロッパには、いまだに大きなチェーン店はあんまりない(マクドナルドはある。味はほぼ世界共通だけど、お値段がなかなか高い)。それぞれのメニューは、それぞれのお店がこつこつとつくっている。おばちゃんの衛生観念や安全に対する正義のポリシーはよくわかんないけど、少なくとも顔が見えない大手ファミリーレストランチェーンの正義より、スペインのおばちゃんのほうがわかりやすいってもんだ。
食い終わったら、おばちゃんがやってきて「コーヒーはいかが?」というから、ちょうだいなとお返事する。おねーさんは、ぼくが食べている間に、スクーターでどこかへ出かけていった。お昼のアルバイト時間が終わったのかもしれない。おばちゃんは英語は話せないみたいだけど、大きな問題じゃない。コーヒーは「ソロ」。スペイン語の「ソロ」は辞書ひくとアローン(ひとり)なんて出てくるけど、意味合いとしてはシングルだったりオンリーだったりするみたいで、コーヒーのソロといえばエスプレッソが出てくる。こういうのは、スペイン人と1日2日いっしょに遊んでいれば、なんとなく様子が分かるようになってくる。コーヒー飲むだけだから、スペイン語の勉強って感じじゃありません。
5ユーロのお昼ご飯は、ビールとコーヒーが混ざって、7ユーロ55になった。ビールが1ユーロ55、コーヒーが1ユーロ。ビールもコーヒーも良心的なお値段でうれしい。安いとうれしくなる自分のせこさもなさけないけど、ともあれうきうきしてお昼を過ごし、さて、今計算したみたら、7ユーロ55は1200円弱だった。やっぱり、外国での出費は、日本円に換算してはいけない。
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2008年08月27日
てっぺーの、ノリック
いろんなことが、若く青かった日々のことが、この1冊につまっている。もしかしたら、世の多くのノリックファンにとっては、この写真集は期待するものではないかもしれない。でもノリックと彼のやってきたことをもうちょっとほんとうに知ろうと思ったら、ここにつまった甘酸っぱい思い出をじっくり見つめてほしいと思う。
「お父さんとかはノリックとは呼ばずに、ノリって呼ぶんだ」
阿部典史のことを、てっぺーはこんなふうに説明してくれた。当時すでに、てっぺーとともにアメリカに渡っていたノリックは、オートバイの世界に携わる仲間のうちでは、名の知れた存在だった。確かノリックという愛称は、アメリカの人たちが呼びやすいように、てっぺーがつけたものだったと思った。てっぺーは、そういうセンスに長けている。
てっぺーは、日常的に会えば、野放図ですけべなちびでぶだけど、その引き出しの多さと奔放な行動力にはいつも感心させられる。今日も、とある街のデニーズで話をしたけれど、そのデニーズには朝から晩まで原稿を書くためにいすわっているので、店員さんとはすっかりお友だちになっていて、なじみの定食屋さんや居酒屋さんの女将と話をしているような関係を築いてしまっている。この人のなつっこさというかずうずうしさは、しかし近所のデニーズだけではなくて、世界中どこにでも通用する。特にアメリカは、てっぺーにはお似合いのフィールドだ。
ノリックのお父さんの阿部光雄さんはオートレースのトップレーサーで、ライディングに関しての造詣はつとに高い。そのお父さんが息子典史くんをトップレーサーに育てようと思ったとき、修行の舞台として選んだのが、アメリカのダートトラックだった。自分のレースに忙しい阿部さんは、典史くんの将来をてっぺーに託した。てっぺーはアメリカが好きで、何年かのアメリカ暮らしも経験していた。滞在の段取りやマシンの調達、そしてレース活動まで、ノリのために大喜びで動き回るアメリカでのてっぺーの日々が始まった。
この写真集は、てっぺーとノリの、アメリカでの毎日がおさめられている。そして写真集は、ノリが日本に帰ってきてロードレーサーとして本格的にデビューし、世界に羽ばたくところでページを終わる。ノリックが、多くのファンの心をつかむようになるのは、この写真集の次の時代になる。記録に刻まれた偉業には、それを生む背景がある。この写真集をめくれば、新たな才能が育まれていく様子に、元気を授けられる。
この写真集でてっぺーが語りかけてくるものは、追悼ではない。20年前、やがて世界に羽ばたく才能の、生き生きした胎動だ。
版型:A4横オールカラー 全92ページ 中尾省吾(てっぺー)による解説付
価格:3,675円
*写真集の購入はむう企画03-3436-6632までお問い合わせを。代引き送料込み4,515円
てっぺーとノリックについては、ヤマハ発動機のノリックメモリアルにもいいお話がのっていた。
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2008年08月01日
ロケ終了
自然山通信の新作DVDのためのロケをやってきました。このところ、テーマは続々と控えてるんだけど、DVD編集が追いつかなくて、なかなか新作が発表できなくて申しわけない限りです。ロケをやってきたなんて報告すると、早く出せと言われそうで戦々恐々なのですが、ご紹介しちゃいました。
テーマとか、走ってるのが誰か、なんてのはないしょにしておきます。写真見て、一目でわかっちゃう人も多いとは思いますが。
収録したのは、トライアルテクニック教室です。基本のテクニックを、奥の深い解説で語ってもらってるので、どうぞご期待ください。
で、このとき、先生に悪い見本を見せてもらったのですが、悪い見本でひとっ走りしたあとの先生ときたら、何だか妙に息が上がっている。それまでは、あんなことやこんなこと、いろいろやってもらったのにまったく平気で、カメラを持って歩いているこちらのことを気づかってくれるくらいだったのに、あらまぁ。
それではたと思った。ぼくら、よくじょうずな人に「こんなところではぁはぁぜいぜいしているようじゃだらしないじゃん」なんてよく言われます。それって、体力がないぞ、というご指摘だと思ったんだけど、こういうのは、体力の問題じゃないんですね。じょうずな人だって、ヘタに走れば体力を消耗するんじゃん。
へたなぼく(そしてあなたも?)だって、先生みたいに上手に走れば左うちわで悪路を走破していけるし、超じょうずなあの人だってこの人だって、テクニックをぼくとそっくり入れ替えたら、もしかしたらぼくとどっこいくらいに、はぁはぁぜいぜいになっちゃうかもしれないのだ。
そう気がついたら、ちょっと気が楽になったり、楽しくなったりしました。だからといって、なんの解決にもなってないんですけど。
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2008年07月27日
FIM委員の顔ぶれ
FIMは、毎年関係者(選手権に参加するエントラントも含む)にいろんな冊子を配布している。MFJも、ライセンスホルダー(ライセンスフィーを払った資格のある人)に競技規則書などを配布しているけど、当然というかなぜかというか、FIMのほうが気合いが入っている。世界選手権の開幕戦にでかけると、ほれとばかりにばさばさと冊子を渡される。去年のFIM年鑑(全カテゴリーのランキングなどが一覧されている)、レギュレーション総則、トライアル細則、環境問題についてなどなど。
意地悪な見方をすれば、開幕戦で規則書をもらったって遅いじゃないかって気もするけど(その点、MFJの規則書はシーズンオフの間に作られて、新年度のライセンスの発行とともに送られてくる。立派)FIMは世界選手権の現場で、世界中のみなさんにタダでお配りしちゃうんだから、太っ腹ではある(世界選手権にきている人というのは、MFJの全会員なんかよりはるかに少ないわけだけど)。
といっても、いつもはぱらぱらとめくって本棚にしまいこんでしまうのだけ(捨てるのは、かろうじて思いとどまっている)。ちょっと眺めてみると……。
年鑑には、役員名簿ってのもある。ふつうの人にはとんとご縁がないとは思うけど、この9年、もてぎで世界選手権をやるようになって、オフィシャルの人たちはFIMのお偉いさんとの接触も頻繁になった。FIMにはトライアル委員会というのがあって、これに世界中の人が参加している。今のオヤブンはクルミエールさんといって、フランスの人。英語を器用に話すけど、英語でお話するのは恥ずかしがる。前のオヤブンはベルネダさん。スペイン人。もともとスペイン協会の仕事をしていて、スペインの若いライダーを引き連れて世界選手権を転戦などしたことがある。当時の目玉ライダーはアンドリュー・コディナとかで、なぜか杉谷真がその転戦に乗っかっていたりしたこともあった。
副委員長はノルウェーのミンケンさんとルクセンブルクのヴァン・ディックさん。ディックさんとぼくらは、藤波が世界チャンピオンをとる前日、トライアル仲間のカート耐久レースでチームを組んだことがある。金曜日の夜、突然、近所のカートコースに出かけるぞということになって、みんなでぞろぞろでかけていった。トップライダーは「そんなお遊びにつきあっていられるか」という感じだったけど、世界選手権1年生(当時はユースだった)のオリベラスやジベールなど、スペインの若手はこぞって参加してきた(参加させられた)。ぼくらのチームはスペインベルネダ、ヴァン・ディック、杉谷、ニシマキというデコボコカルテットで、ピカイチに速かったマンサノに何ラップもされてしまった。
そんな話がしたかったわけじゃない。トライアル委員には、その他イギリスのウイロビーさんをはじめ8人がいらっしゃる。国名を挙げると、ポルトガル、イタリア、サンマリノ、ベルギー、ドイツ、チェコ、スペイン、イギリスの方々だ。残念ながら、日本の人はひとりもいない。トライアルのみならず、委員会の名簿を最初から最後まで見ても、日本の人はロードレース委員会に杉本五十洋さんひとりしか発見できなかった。
トライアル委員会の人は、それぞれ世界選手権が比較的盛んな国の人だけど(サンマリノでの開催は、最近はないなぁ)他の委員会を見てみると、クロアチアとかチェコとかペルーとか、あんまりモータースポーツが盛んでなさそうな国の人も、どんどん名前が並んでいる。日本にはでっかいメーカーが4つもあって、世界選手権も開催されていて、ロード、モトクロス、トライアルの各クラスでチャンピオンがでているというのに、たったひとりですぜ、たったひとり。
よく、ヨーロッパの連中は日本人が強くなると、都合がいいように規則を変えやがる、という不満を聞くことがある。欧州勢のわがままは、ぼくも感じることがある。でも、そこで「そりゃ、あんたたちのわがままでしょ」という人がいなけりゃ、それはわがままではない。
日本のライダーよ、もっと世界へ出て行きましょう、と無責任に言い続けているけど、世界へ出て行かなければいけないのは、選手だけじゃない。ぼくらジャーナリストもそうだし(たった10年の自然山通信なんかより、長年にわたって世界の舞台を取材し続けている藤田秀二さんには、とんと脱帽する)、こういう大会を運営する側の人にも、それはいえることだ。
工業アドバイザーなんてグループもあるんだけど、そこにはハスクバーナやドゥカティ、ヤワ、アプリリアの人々が並んでいる。日本のメーカーはというと、ホンダヨーロッパ、ヤマハヨーロッパ、ダンロップタイヤから委員が出ているけれど、それぞれイタリア人、オランダ人、イギリス人だった。ここにも、日本の人はひとりもいない。
女性とモーターサイクル委員会みたいな組織もある。なんとそこには、2007年女子世界チャンピオン、イリス・クラマーの名前がある。彼女、10代の頃からトライアル委員会のおやじを相手に自説を主張する気が強いところを見せていたが、彼女ならこういう役柄もぴったりだ。ドイツのライダーねーちゃんがFIMの役員をしているというのに、日本人は壊滅状態。ほんとうになさけない限りなのである。
以前、MFJの人とお酒飲んでいるとき(割り勘)、FIMから役員を出せと言う要望がくるんだけど、誰かいませんかね、という話になった。モンテッサのM社長はどうかな、ヤマハのKさんはどうかな、なんてこれまた無責任なことを言ってみたものの、まぁいろいろむずかしいわけだ。なんたって、MFJからギャラが出せるわけでもない。「杉谷さんでもいいんですけどねー」とも言われて、杉谷を年に3回くらいヨーロッパの会議に飛ばしてみるのもおもしろいかとは思ってみたけど、現実、おもしろいばっかりでもなさそうだ。昔々、キャラバンを引っ張って世界選手権まわりをしていた頃なら、ついでに会議に出席するのもよかっただろうけど、今や杉谷さんは、FIMの会議に出席するより、海に出るのが忙しい。いざ、自分に振られると「えー、むずかいなぁ」と答えてしまうのだから、日本の役員さんよ、世界へ出ましょう、なんて言うばっかりなのも、無責任きわまりない。
しかしいずれにしろ、会議に日本人が並んでいなくて、日本の主張なんか通るわけがないのだった。
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2008年07月02日
マリオとアニエーゼの日本探訪
あれから1ヶ月経っちゃったけど、今年もマリオ・カンデローネとアニエーゼ・アンドリオーネが日本にやってきた。今年の彼らは、日本GPの1週間前に日本にやってきて、大会翌日の月曜日に日本を発った。ちょうど1週間の滞在で、前半4日間が彼らの短いバカンスだ。FIMの公式ビデオを撮っているスペイン人のロベルトは彼女といっしょに2週間の日本観光を楽しんでからもてぎにやってきた。ヨーロッパの人たちのバカンスってのは、こういうスケールなんですね。くやしいけど。
世界選手権日本大会は、2008年で9回目を迎えた。海外から毎年取材にやってきているのはマリオただひとり。アニエーゼ(マリオのかみさん。日本人的には、かみさんと呼ぶには戸籍上どうなっているのかとかが気になるけど、あちらの方々は、戸籍上の問題はあんまりこだわらないみたい。ふたりがちゃんとしたパートナーであるかどうかというところが問題らしい)は2002年だったかに来日していないから、残念ながら皆勤賞を逃している。今年は試合後に、藤波貴久が世界選手権参戦200戦目の表彰をされていたけど「来年はおれが海外からの取材10年連続皆勤賞を表彰されるのだと、マリオは張りきっている。
彼らが日本に来たのは、日本では全日本近畿大会が開催されている日だった。その日、彼らはまず町田のホテルに投宿する。なんで町田かというと、杉谷家から近いから、誘い出すのになにかと便利だってのと、宿代が安い。それと大事なのは、近所にあるエクセルシオール・カフェのエスプレッソが、コーヒーにうるさいマリオのお眼鏡にかなっているということだ。
イタリア人は、コーヒーに目がない。といっても、単なるコーヒーじゃだめだ。コーヒーのおいしい部分だけを抽出したようなとてもとても濃いエスプレッソ。もちろんただ濃いだけじゃない。イタリアで飲むエスプレッソはたいていおいしいけど、フランスのは最悪。スペインのはイマイチで、ポルトガルのはまぁまぁ。日本で出てくるエスプレッソは、たいていフランスといい勝負だから、マリオがお墨付きを与えるエスプレッソは、たいへん貴重なのだった。
成田から町田までは、すでにマリオたちにとっては通い慣れた道で、ひとりでバスにのってやってくる。でも今回は、去年ベルドンでお世話になったおふたり、齋藤義宏さんと瀧田伸一さんが朝も早くから出迎えに行ってくれた。ヨーロッパでお世話になった外国の人を成田空港で出迎えるってのは、なかなかいいもんです。帰りのクルマの、なんとなくたどたどしくもフレンドリーな会話もおもしろかったりしてね。
日曜日の晩は、齋藤さんと瀧田さんとマリオたちとでご会食となったらしい。その晩のご会食は、居酒屋さんだったそうだ。翌日、彼らは新宿へ出かけた。今、ユーロ高円安だから、カメラ機材なんかを日本で買うのはお得感がある。さらに新宿のニコンのサービスセンターで、汚れたCCDを掃除してもらうのも、ここ数年の日課になった。でもアニエーゼのニコンはあんまり汚すぎて、その日の返却は無理と言われてしまったらしい。トライアルの取材は、カメラを泥漬けにしているようなもんだから、さもありなん。
彼らが新宿から帰ってきた頃、ぼくらが大阪から(横浜の杉谷家に)帰ってきた。全日本の夜は、速報レポートなど書いていて、全部終わるのが朝になる。なのでホテルで遅い朝食をとってから帰途につくのが毎戦の恒例だ。それで、今度はぼくらがマリオたちを歓迎する会食となった。でも、なぜか齋藤さんもやってきた。この日の会食コースも、また居酒屋さんだ。
外国人を連れていくのは、居酒屋さんが便利。へたにイタリア料理店にいっても、たいてい日本の味のイタリア料理だから、お口にあうかどうかわかんない。居酒屋さんなら、彼らも半ばあきらめてくれる。それに、日本的料理からピザまで、メニューが多国籍なのもいい。問題は、いまだに禁煙席が用意されているところが少なくて、禁煙席っていっても喫煙席から煙が流れ込んできたりすることが多いってことだ。マリオは煙を吸わされるのをとってもきらう。がまんできるかどうかは別にして、ぼくもいやだから、これは同感です。
トライアンフ相模原(スナップリング)の高橋店長とゆかりさんもやってきた。ゆかりさんは1999年にマリオが主催したトリアル・どんなに参戦している。店長はその後SSDTに参加して、マリオとは戦友である。ゆかりさんたちがきたので、河岸を変えてまた呑むことになったのだけど、呑み屋のハシゴってのはイタリアの文化にはないから、マリオは今日はディナーを2回とったから、フィットネスに励まないとたいへんだと騒いでいた。その後、マリオがエスプレッソをご馳走するとエクセルシオール・カフェに出かけるも、閉店だった。コンビニでスターバックスコーヒーを買って道端で飲む。お食事の後はコーヒー飲まないと決着しないってのが、イタリアの文化なので、しょうがない。
翌朝、ぼくはマリオたちを連れて福島へ。今回は、ぼくが廃校に住み始めたってことで、マリオも杉谷も「今年はマリオは福島へ」と決めてかかってたけど、がっこうへ連れていってどうしようというのか、実はさしたるプランがなかった。去年秩父へ連れていった時には、古民家の民宿とか長瀞の川下りとか、それなり観光ツアーを組んだのだけどね。
それにしてもマリオも、日本観光がだんだんマニアックになってきた。1年目は日光だった。2年目は確か京都。それから北海道、鎌倉、伊豆、箱根、信州の温泉と年ごとに秘境狙いになってきて、去年は秩父。秩父も外国人観光客的にはけっこうマニアックだけど、福島のほうは、いよいよマニアックだ。でも考えてみりゃ、ぼくはイタリアに何度もいってるけど、フィレンツェのドーモにもいったことないしバチカンにも行ったことがない。最初から秘境みたいなトライアル会場ばっかりいっている。マリオは健全な日本観光を楽しんでいるってことになる。
福島の川内村に帰ってきた(マリオ的には初登場)のは、火曜日だった。そういえば、火曜日は我が村の温泉は定休日だった。マリオは高血圧だから、あんまりハードな温泉には根を上げてしまうのだけど(信州の鉱泉で動悸がしてあぶなくなったことがあった)ここの温泉はごく水に近い温泉だから大丈夫(温泉好き的にはパンチが足りないかも)。ふたりともそこそこ日本の温泉ファンなので、定休日は残念なり。ま、しょうがない。
まず、がっこうへお連れした。通りすがりに、入り口の鈴木商店で買い物かたがた、イタリアのお客さんを紹介する。アニエーゼは日本語検定に合格した日本語使いだから、なんとか会話になっている。
「これはナンですか?」
「フキだ。今日おれがとってきた」
「ワカリマシタ」
なんて感じ。鈴木商店は本来魚屋さんだけど、いろんなものが並んでいる。マリオたちに言わせるとスーパーマーケットだそうで、それが鈴木さんには受けていた。イタリアの田舎町にも、小さなスペースに商品がごっちゃと並んでいるお店はあるもんなんだ。
さてさて、晩飯時になったので20分走った村内のイワナ屋さんへいく。もともと大工さんで、大工さん引退を機に趣味の川魚釣りを商売にして、食い物屋をはじめたお店。店主の馬場さんは、お話し好きだ。イタリア人が現れても、動じない。そして、日本語で「うまいか?」と話しかけている。聞きとれなくても、なんとなく察しはつくから、マリオは「ボーノ」と答える。アニエーゼは「オイシイデス」と答えている。
ご注文はイワナづくし。唐揚げと塩焼きと刺し身。塩焼きは時間がかかるけど、のんびりのお食事はヨーロッパ人は得意だから、ぜんぜん問題ない。待ってる間に「これ食ってみろ」と田楽がでてきた。炭を起こしてもらって、コンニャクに火を通しているうち、あたりが暗くなっていく。
川魚の刺し身は、もっと警戒するかと思ったら、ふたりともおいしいおいしいと食べている。日本人は刺し身をよく食べるから、川魚を生で食べるのはあぶないと知ってるけど、刺し身を食べない人種にとっては、海魚も川魚も、おんなじくらい警戒すべきもので、いったん警戒が解けてしまえばいっしょなのかもしれない。川魚は虫がいるから生で食べられないんだけど、ここはきれいな水で養殖しているのを刺し身にしているから大丈夫、と解説してやろうかと思ったけど、この人たちはときどき必要以上に心配性になったりするから、向こうが心配してないのをいいことに、黙っておくことにした。マリオは、塩焼きが気に入ったらしい。塩焼きなら、イタリアでもおんなじものが食べられると思うんだけどな。
お食事が進んだ頃、馬場さんがやってきて「今日は泊まってくのか、どうやって寝てるんだ、風呂はどうしてる」と聞いてきた。風呂は温泉にいくんだけど、今日は休みなんだよねと話をしたら「おれんちで入っていくか?」という。こういう展開になるかなぁと思ったけど、こうなってもおかしくない雰囲気が、馬場さんにはある。イタリア人をおれんちの風呂に入れたぞ、というのは、馬場さんにも興味深いエピソードとなるのかもしれなかった。で、聞いてみる。
「お風呂、入る?」
英語では「Take a bath?」ってなるんだけど、ふたりがきょとんとして、心配そうな顔になってきた。そりゃ、魚を食べに来て風呂にはいるかと聞かれたら、警戒するのも無理はないかなぁと思ってると「おれたちはクルマできたんだけど、クルマはどうするんだ?」なんて聞いてくる。風呂に入るんで、酒を呑むかと聞いてるんじゃないんだから、クルマに乗って帰れないことはないだろう。なにが心配なのかな? にこにこしている馬場さんを前に、マリオたちとぼくは、しばし英語と格闘する。つきあいは長いから、たいていの会話は(文法がめちゃめちゃだろうと)通じるのだけど、ときどきこんなふうにスタックすることはあるのだ。
ようやく事態がわかったのは10分くらいたってからだった。「今日は温泉が休みだから、ここでお風呂に入っていくかってご主人が言うんだ」と解説してからだ。「なんだ、バスじゃなくてバスだったのか」。どうやらぼくは「Take a bath?」じゃなくて「Take a bus?」って聞いたらしい。バスに乗るか?なんて聞いたもんだから、彼らはふたりだけ放り出されて勝手にバスで帰れと言われたとでも思ったのかもしれない。それにしても、ぼくの発音がめちゃめちゃなのは今に始まったことではなくて、たぶんこの何年ずっと、マリオはぼくのトンチンカンな発音につきあってきて、おおむね会話は成立している。それは、話の流れがだいたいお互いに理解してるからだ。でも今日はだめだった。レストランに食事に来て、そのままお風呂に入るなんて、イタリア人の辞書にはなかったってことでしょうね。いえもちろんぼくの辞書にもありません。だけど、村では時々こういうことも起こりうる。「魚レストランのご主人はおもしろくてとっても親切」とマリオは喜んでいた。ま、外国人スペシャルですね。
がっこうには、光ファイバーでインターネット回線が入っている。これを使って、マリオはSKYPEを起動してイタリアの実家と連絡がとれる。ネット回線さえ貸してあげれば、電話代を気にすることなくイタリアと電話ができるんだから、便利な世の中だ。イタリア語のニュースも、日本にいながら読める。
「えらいこっちゃ」
ニュースを見て、マリオが悲鳴。マリオの住んでる村が水害にあっている。ひとも亡くなっているようだ。すぐ、マリオは友だちに電話している。アニエーゼも、お母さんに電話する。
「アニエーゼのお母さんは、こっちはあぶないから、あんたたちはずっと日本にいた方がいいわよと言っている。おれの村は、川が増水して、うちに渡る橋が通行止めになっている。おれんちに帰るには、クルマが通れない山道を歩いていくしかないらしい」。マリオは今イタリアにいないから、山道を歩いて帰る必要はないけれど、イタリアに帰ったときに、歩いてでも帰れる家があるかどうか、問題になってきた。でもそれはそれ、うじうじ心配してないで、翌日の予定を考えるときには、ニコニコしてしまうのはさすがにイタリア人。こういう切り替えはうらやましい。
翌日は、高塚山の山頂にハイキングしてきた。高塚山は山頂近くまでクルマでいけるし、そのへんには無料のキャンプ場もある。山頂までは片道30分くらいで、登山というほどの行程ではない。サンダルでもなんとか歩けるくらいの道のり。日本に来てから運動不足だから、ジムはないかなぁとおっしゃるマリオには、ちょうどいい運動になった。
そうそう、入り口に「バイク進入禁止」という看板が立っていた。無料のキャンプ場には、ライダーもよく訪れる。ツーリングライダーには良識のある人が多いけど、ハイキングコースを走って山頂までいこうと思うやつもいるかもしれないから(誓って、ぼくはオートバイで立ち入ったことはありません)、こういう看板も必要になる。でもそのオートバイが、フルフェイスヘルメットをかぶってロードレーサーに乗ってる絵なんだよね。
「この看板はなんだ?」
「オートバイはだめだってさ」
「トライアルバイクで走っちゃだめで、ロードレーサーならいいってか?」
「ロードレーサーで山道を走るのはやめましょう、ってことかもしれない」
マリオと付き合っていると、人生を冗談ですごせるようになってくる。イタリア人ってのは、みんなこんなのなんだろうか。
高塚山を降りて、温泉に行く。高塚やまのあと、ほんとは山の反対側にある鍾乳洞にもいこうかと思ったんだけど「電気もない、遊歩道もないような鍾乳洞があるんだけどいくか?」と聞いたら、敬遠されちゃった。大滝根山にはふたつの鍾乳洞があって、電気も遊歩道もないのは入水鍾乳洞。もうひとつ、立派な電飾つきのあぶくま鍾乳洞ってのがあるんだけど、ぼくはこっちは観光地すぎて好きじゃない。こっちに連れていってあげればよかったかな。温泉はいろんなところへいったから、ふたりともすっかりベテラン。最初の年に民宿に泊まったときには、湯船に石鹸入れられたりしたら困るから、狭い浴室にぼくとマリオで入ったものだった。湯船にゆっくりつかるという習慣はあんまりないから、温泉は彼らにも大人気だ(ただし特別に強い成分の温泉はのぞく)。
温泉の後、村の中心街にある小松屋旅館さんにいく。小松屋旅館さんは、川内村に2軒ある旅館の一軒。3泊ともがっこうに泊まるのも能がないと思って、1泊の予約を入れておいた。そういえば、ぼくの夕食はお願いしてなかった。「今日はおれのディナーはナシだな」とマリオに話しておいたけど、宿についたら「食べてくでしょ、イタリアの方のお世話はおまかせします」ということになった。なので、本日も3人でご会食。ご主人はきのこに詳しい方だから、お膳は地のものが盛りだくさんだった。ふたりはビールを呑む。ぼくはクルマだから呑めない。なんたって、駐在さんはお友だちなので、ご迷惑はかけたくないのでした。
そうそう、駐在所は宿の並びなので、ここにも寄ってみた。村の更生園(知的障碍のある人がいらっしゃる)がつくってるコーヒー豆でコーヒーを入れてくれた。駐在さんは村で唯一、自然山通信の読者さんだから、ぼくのお客さんだし、マリオもレポートを送ってくるのだから、大事な読者さまというわけだ。ごちそうしてもらうのは立場が逆だけど、おことばに甘える。駐在さんは白バイ大会にでたときの雄姿がのっている雑誌を見せて、自らのトライアル活動を国際的に知らしめようと試みていたけど、白バイ大会に出ることがどれほどたいへんなことなのかという件については、マリオに伝えられた自信はない。週末は世界選手権だから、駐在さんも見にいきましょうと誘ったけど、村にたったひとりのお巡りさんは忙しいのであった。
お食事後、エキスサイズを兼ねて自動販売機までコーヒーを飲みに行く。イタリアのコーヒー通が、自動販売機のコーヒーでいいのかと心配になるけど、どんな味のコーヒーが出てくるのかがわかっていて覚悟して飲すれば、イタリア人にとって、自動販売機コーヒーもそんなに悪いものではないのかもしれない。
翌朝、朝ご飯を食べ終わった頃にマリオたちを迎えに行く。そのまま民芸館と、草野心平ゆかりの天山文庫へ。ここでは、我が部落の区長さんの奥さんが働いていらっしゃる。日本の詩人のことはピンとこなかったみたいだけど、囲炉裏の前に詩人が座って酒を呑んでいたという話や、その席に今座れるという事実については、ちょっとは興味は持ってもらったみたいだった。アニエーゼは日本好きだから、民芸館の古い農具なんかもおもしろがっていた。農具のいくつかは、似たようなのがイタリアでもあるみたいだった。ぼくも彼らも農業には疎いから、確証はないけど。
一度がっこうに帰ってインターネットにアクセス。
「おれんちはまだ立っている」
マリオは一安心。でも、隣の村では道が崩れたり家がつぶされたり、たいへんな様子だ。ぼんやりとした午後をすごして、そののち温泉へ。行きがけに、鈴木商店にお刺し身を注文していく。今度は海のお魚のお刺し身。やまのど真ん中にある魚屋さんは、とてもおいしいお刺し身を食べさせてくれる。わざわざイタリアから食べにくる価値があるってもんだ。
と、お客さんのおひとりが「イタリアのひとが来てるっていうから待ってたのよ」と待ちかまえてくれていた。近くの縫製屋さんの奥様。かしわもちをいただき、食べる。葉っぱも本物だから食べられるのだよと教えてやる。“スーパーマーケット”に買い物にいって、そこのお客さんからお菓子をいただくというハプニングは、マリオたちには不思議体験だったらしい。イタリア人よ、村のひとってのはこんなふうに親切なのだ。ぼくだって、マリオの村の人たちには、けっこう親切にしてもらったものだけどね(ただし柏餅をもらったような覚えはない)。
温泉は、日替わりで男湯と女湯が入れ替わる。
「きのうとお風呂がちがうけど、どういうシステムになってるんだ?」
「きのうはあっちが男湯、今日はこっちが男湯。あしたは混浴だよ」
しょうもない冗談です。あしたはいよいよ世界選手権取材でもてぎにでかける日なんだけど、混浴と聞いたマリオは「おれはここに残る」と言っている。お約束だけど。
お風呂をでて、お刺し身を受けとってお食事。これも食わせてみなさいと、イカフライとか山菜のてんぷらとか、盛りだくさんいただく。
「みんなきみらを歓迎してくれてるんだよ」
と解説するが、マリオは自分たちがなんで歓迎されるのか、理由がわかんないようだ。「イタリア人だからね」と答えるも、ここの人はイタリア人が好きなのかなぁとやっぱり腑に落ちないでいる。それでも、みんながとても親切なのは問答無用で理解してくれた。
お食事していたら、区長さんがやってきた。
「イタリアのお客さんが来てるんだって? 知らせないなんて水くさいぞ」
てなわけで、区長さんの歓迎のごあいさつを通訳させられる。「いやー、なに言ってるかわかんないぞ」と言いつつ、マリオにも区長さんの笑顔はちゃんと通じるのだった。区長も山菜もってきてくれたので、食卓はたいへんにぎやかになった。
今晩のコーヒーは、マリオが持ってきたコーヒー豆でエスプレッソを淹れる。ひとり用のレスプレッソを淹れるパーコレーターは前にプレゼントしてもらってたけど、やっぱりイタリアの豆じゃないといかんよなぁと思うので、マリオには「おいしいコーヒー飲みたかったら、お豆持参できてちょうだい」とお願いしておいた。イタリアのバル(Bar)で飲むエスプレッソとはだいぶ様子がちがうけど、香りは確かにイタリアのエスプレッソだった。
さて、マリオの日本の休暇はこれでおしまい。翌朝はもてぎに向けて出発した。途中パトカーとすれちがうとマリオが「お友だちがきたぞ」と言うんだけど、日本にはお巡りさんはいっぱいいるのだ。
マリオが帰ってしばらく、岩手宮城地震が発生した。すさかずマリオから「みんな大丈夫か?」とメールあり。地震はずいぶん遠いところだったから大丈夫。鈴木さんも区長さんもあの人もこの人も、みんな元気ですぞとお返事すると「よかったよかった」と安堵の返信があった。そうそう、マリオの家も、マリオの家に通じる橋も、無事だったらしい。日本の災害もイタリアの災害も、どちらも犠牲者がでているから単純によかったでは済まないのかもしれないけど、少なくとも知人やお世話になった人の無事が確認できるのは幸せなことではある。
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2008年06月27日
Sherco4T、T-Ride、Beta125
魅力的な新製品が発表になっているというのに、自然山通信ときたら、きちんとしたインプレッション記事もつくらない。いかんですねー。現在自然山通信の主力(自然山通信には主力となんちゃってライダーの二人しかいない)試乗ライダーである杉谷が長く足のしびれを訴えていて、ほとんどアクティブな行動ができない。全日本の取材はやってるけど、よく見てると、5分歩くと10分休むというサイクルで移動している。今できるのは、釣り糸を垂れることだけだそうだ。早くよくなってね。
というわけで、このところ乗ったマシンのチョイ乗り感想を並べておきます。
シェルコ4T(320cc)は、2007年にダニエル・オリベラスが世界選手権に参戦を始めてから、見ちがえるように乗りやすくなったといわれている。オリベラスは世界選手権のニューカマーにしてポイントランカーとなり、さらにそれまでポイント圏外が多かったフランスのクリストフ・ブルオンも、確実にポイント圏で試合を進めるようになった。
このマシン、デビューしたときに日本に入ってきた1台に乗ったのだけど、320ccのパワーは伊達じゃなく、どかんどかんと突き進む迫力は、さぞ乗る人を限定させるだろうなぁと痛感させた。それに一度エンジンを止めちゃうと、再始動がえらくたいへんで、一言で言えば手に余るマシンだった。当時シェルコの広報官を務めていたアンドリュー・コディナによれば「世界選手権向けじゃなくて、ベテランライダーがスムーズにとことこ走るためのマシンだ」といっていたけど、負け惜しみと聞こえなくもなかった。ベテランライダーならともかく、ヘテランだと、スムーズに走るのさえ至難だった。
ところがそこからがすごい。ちょっとずつパーツを変更したりしていくうちに、シェルコの4Tは、すっかり世界選手権を走れるマシンになっちゃった。2008年、アルベルト・カベスタニーはちょっと苦しんでいるみたいだけど、それでも表彰台にものっちゃっている。もうベテランがとことこのマシンじゃない。
トップライダーの話はさておき乗ってみる。エンジンがとってもかけやすい。デコンプとかのデバイスがついているからでもあるけど、最近の4ストロークエンジンは、2ストロークを始動させるよりずっと簡単。再始動も初期型とはまったくベツモノになっている。
排気量は変わっていないから、潜在的パワーは変わらずなんだけど、チューニングの変化で、するすると走らせる分には320ccの排気量におそれおののかなくてもいいようになっている。
最近、全日本でもこのマシンの姿を見かけるようになってきた。排気量がでっかいから、乗りこなすのはそれなりにむずかしいと思うけど、これだけ乗りやすくなってくると、このマシンの個性を味わってみたいというライダーも出てくるってことなのかもしれない。
次に、ベータ125に乗ってみました。乗ったのは世界選手権の前で、日本には3台しか輸入されていないという貴重品種の時代(世界選手権では、ジャック・チャロナーは自分のマシンを持ってきたけど、もうひとりがスタンダードを駆ったので、今日本には4台の125があるはず)。
ガスガスやシェルコの125は、なんとなくシリンダが小さいのでよく見れば125ccだとわかるけれど、ベータの125は見分けるのがむずかしい。
ガスガスやシェルコだったら、エンジンをかけると、排気音でそれとわかる。ボンボンボンとボリュームたっぷりの250cc(それ以上)に対して、125はいかにも軽そうな音がする(正直に言えば、トルクがなさそうな音)。ところがベータの125は、排気音もそんなには変わらない。うーむ、たいへんにまぎらわしい。
明らかにわかるとすれば、キックが軽いということだ。ベータ(の2ストローク)は左側にキックがあるから、慣れないとエンジン始動には気合いがいる。左か右かは単に慣れの問題なんだけど、コンパクトにつくられたキックペダルで始動するのは、ベータ初心者にとってはちょっとした高等テクニックだ。でもこいつは、左足でぷるりとキックを踏み降ろせば始動できる。
乗ってみる。これまた、他の125ccで感じるトルクの細さは、感じられない。250ccに乗っているみたいといっても信じてもらえないかもしれないけど、200ccとどっこいくらいというのは、けっしてオーバーじゃないと思う。
しかして、ガスガスやシェルコと比べて、なんでベータだけこんなにトルクたっぷりの印象になるんだろう。それが、世界選手権での各メーカーのシェアに現れている気がする。ユース125のセクションは高く険しいから、125のエンジン性能をフルに使わなければいけない。低速トルクはそこそこに、フルパワーのときにどれだけ真価を発揮できるかが、ユースのマシンには重要なことなのにちがいない。ベータの低速がトルクたっぷりなのは素晴らしいけど、ユースの選手権を戦う連中にとっては、その分トップパワーが物足りなくて、このクラスにベータユーザーが少ないってことになっているじゃなかろうか。それに加えて、ちょっとだけだけど、重量的なハンディもあるのかもしれない。
とはいってもだ。今年、ユースでチャンピオンになりそうなのは、ベータライダーのチャロナーだ。もしかすると、ユースクラスといえど、パワーを振り絞って走るばかりではない走り方が模索されているのかもしれない。
さて、ユースクラスがどうあれ、このベータ125はぼくらにとってどうかというと、125といえど、トップエンドのフルパワーはそうそう使いこなせるものではない。もしかすると、長いヒルクライムとかではちょっとハンディを背負うことになるかもしれないけど、兄貴分の持つトルク感をそのままに、125の軽快感を味わえるのだから、じっくりトライアルをうまくなりたい人の訓練用としても、とりあえずマシンを変えることで成績を上げたい人も、このマシンは愛車にすべき対象なんじゃないかと思った。
それにしても、こんなマシンが日本にほんの数台しか入ってないなんて、なにかがおかしい。
最後は、スコルパT-Ride。これは、トライアルマシンじゃない。最初、全日本の近畿大会のパドックに並んでいたときには(写真はこのときのもの)、まわりがトライアルマシンばっかりのせいか、とても大きく重そうなマシンに見えた。けれどそれは、トライアルマシンのコンパクトネスと軽量を知っているからで、トライアルマシンに乗ったことがないお客さんは、軽くマシンを支えてみて「軽い軽い!」と大感激していた。そりゃ、トライアルマシンに比べたら重たいが、これはトライアルマシンじゃないのだから、トライアルのものさしではかっちゃいけませんね。すいません。
場所は変わってもてぎでは、ちょっと乗せてもらった。始動はセルだから、簡単。走り出そうとすると、大御所大月信和さんがやってきて「トライアルマシンじゃないから、へたくそなクラッチミートするとエンストするぞ」と教えてくれる。で、エンストしました。トライアルマシンのつもりでスタートすると、低速がない。というより、このエンジン、SY250Fと同じくヤマハWR250Fのものを使っているんだけど、SYみたいにセルモーターをとったりカムを低速用に振ったりしていない。まんまWRだから、トライアルマシンみたいな低速はないし、そのかわり、高速の吹け上がりはなかなか勇ましい。パワーはそんなになくてもいいから、もうちょっと低速があったほうがのりやすいと思うんだけど、そういう人はSY250Fのカムをくっつけるなどのトライアルチューンの道もあるかもってことだった。
このマシンの性格を考えると、軽くてパワフルで軽快になったセロー、ってところだろうか。セローでトライアルごっこをするのはそれなりに楽しいけど、軽量化したりハンドル切れ角を増やしたり、いろいろとやるべきことはある。T-Rideなら、最初からその仕様だから安心だ。
とはいっても、トライアルライダーがだれもこのマシンをトライアルマシンとして認めないように、トライアルがじょうずなライダーがこのマシンに乗ればそれなりのセクションは走れてしまうが(ちなみにスコルパのプロモーション映像でプロトタイプに乗っているのはグレゴリー・エリエスといって、フランスの元世界選手権ランカー。マシンもいいけど、ライダーもいいのだ)、これからトライアルを習得したい一の練習用マシンとしてはむずかしい選択。
トライアルなんかうまくならなくてもいいけど、オートバイに楽しく乗って、ちょっとだけトライアル気分も味わいたい、という方には、軽くて高性能のT-Ride、ばっちりの魅力商品。仕上がりもとってもいい(くやしいけど、ここまでのスコルパトライアルマシンに比べてもいい仕上がり)。WR250Rよりは、こっちのほうが楽しいこと請け合いだけど、問題は、お値段かな。
T-Rideと似たような味付けのマシンとしては、ベータALPってのもある。こちらもヤマハ125Fエンジンを使ったトレッキングバイクで興味があったんだけど、いまだ乗る機械なし。とりあえず、ここまでのところをご報告してみました。
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2008年05月22日
相模川のゴミを拾った日
5月18日、相模川のゴミ拾いに出かけました。
今回は、トライアル部隊としては、なかなか効率のいいゴミ集めができたような気がする。これまで、いっしょうけんめいゴミを集めていても、なんだ、まだまだゴミがあるじゃないかという現実にすぐ気がついて、脱力することが多かったのだけど、それも、ノウハウというものだ。
ゴミ集めだって、きのう今日始めた素人には気がつかないことって、あるんですね。
なーんて、えらそうにノウハウだなんて書いたけど、たいしたことじゃない。ゴミ集めの素人、しかもたまたまそこに居合わせた赤の他人が共同作業をして、河川敷の大量のゴミをかき集めようというんだから、うまくいかないことも多々ある。
まず、一番大きいのがコミュニケーション。現場には、釣りを楽しむ人も四駆を楽しむ人も、トライアル愛好者もモトクロス愛好者もいる。そういう人たち同士が、仲よく笑いながら作業するというのがこの活動の秘めたる大目標でもあるんだけど、なかなかそういうわけにはいかない。表面上は仲よくしているけど、どこかに「おれたちが遊ぶのに、あいつらはじゃまっけだなぁ」という感情が根づいていたり、ひょっとすると「あいつらは、おれたちのことをじゃまっけだと思ってるだろうなぁ」という被害妄想みたいなものもあったりする。散歩している人にとってはオートバイはこわい存在だし、オートバイから見ると、四駆の人たちはこわかったりもする。
そんなこたぁない、話してみればみんな仲良し、というのはわかっちゃいるんだけど、なかなか話しかける勇気はないもんだ。それに加えて、そもそも河川敷で遊び人たちに、一斉清掃をするのだという告知がきちんとできていたかというコミュニケーションの問題もある。河川敷で遊んでいるひとが、みんなニシマキ日記を読んでくれていたらいいのだけど、そんなわけはない。
でもまぁ、当日はけっこうたくさんの人が集まってくれた。ボランティア保険の受け付けをしていたから、人数は把握していたはずだけど、ぼくは聞き忘れた。50人くらいか、ひょっとしたら100人近くいたかもしれない(ちなみに、このボランティア保険代は、クリーンアップトライアルのエントリーフィーを貯金しておいた中からお支払いした。いつもご参加、ありがとうございます)。
こんな中で、トライアルの仲間も、20人くらいいた(ってーことは、全体で50人ということはないですね。やっぱり100人くらいか)。今まで、トライアル仲間がこんなに集まることはなかったから、これはうれしかった。
ひとつには、他のジャンルのみんなに「トライアル仲間も、ちゃんと考えてるんですよ」という態度を見せる必要がある。「ショー・ザ・フラッグ」みたいなもんだ。今までは、トライアル仲間はほんの少しで、肩身の狭い思いをしていたもんだ(しかもゴミを拾わず黙々とトライアルしている人もいたりして……)。
ただ、数が多ければいいってもんじゃない。人数と戦力は必ずしも比例しない。四駆が1台いれば、河川敷の奥地から廃車の自動車を引っ張り出すこともできるけど、トライアルバイクが1台いても、空き缶を100個ほど持って帰ってくるのがせいぜいだ。
ところがトライアルライダーは、とにかく目がいい。スピードが遅いというのもあるし、河川敷の奥地にこそ、おいしいフィールドが広がっていて、またまたそういうところにゴミが多いということになっている。ゴミを見つけるのは、とにかくトライアルライダーがうまい。でも、そこから運びだすのは、あんまり得意じゃない。
それで、前回から、軽トラックを用意することにした。これもエントリーフィーで集めた貯金から、レンタカーをお借りしてくる。軽トラのレンタカーは、荷台がけっこうぼこぼこになっていて、ゴミを運ぶのもそんなに気兼ねがない。ほこにも、千葉のあいあんほーすの尾関さんが軽トラで駆けつけてくれたので、これも戦力にさせていただいた。運ぶのがなんせゴミだから、もう1台くらいレンタカーを借りてもよかったと思った。
オートバイがゴミを探して、軽トラがゴミを運ぶ。この隊列を組めば、ゴミ集めは百人力だ。実際には、当日になってゴミを探してもなかなか発見できるものではない。つい入り口付近のゴミにかかりきりになって、奥地のゴミは放置されることになっちゃう。だから日ごろ、トライアル大会だの練習だのをしているときに、あらかじめ目をつけておく必要があるのだった。
これがなかなかむずかしくてね、セクション作りに河川敷を走っていても、自分がどこにセクションを造ったのかさえ、へたするとわかんなくなる。まして、さっき、どでかい冷蔵庫があったけど、あれはどこだったかいな、なんてのは、なかな覚えていられるもんじゃない。ゴミの場所をどうやって特定するかが、今後の課題になってきそうだ。
それでも、トライアルライダーと軽トラだけでは仕事が済まないところも多い。さっき、四駆の人はこわい、なんて書いたけど、トライアル部隊もそう思いつつ、あちこちで四駆の人に声をかけさせていただいた。そしたら、こわいと思っているのは先入観で、快く手伝ってくれる人が多いってことに、いまさら気がついたりする。
手伝ってほしいけど、手伝ってといえない不幸と、手伝うのはやぶさかではないけど、手伝ってといわれないと、どうやって手伝ったらいいのかわからない不幸。今回は、ふたつの不幸が、一声かけることによって、ちょっとだけ幸せになった気もする。あいさつする、声をかけるって、大事だ。
一斉清掃に来たのではなく、単に日曜日に遊びに来た四駆の人たちも、ちょっと声をかけたら快く手伝ってくれた。とってもうれしかった。次は、単に日曜日に遊びに来たトライアル愛好者のみなさんにも、ぜひ声をかけてみたいと思っています。よろしくね。
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