12月6日、茨城県真壁トライアルランドで、ど・ビギナートライアルが開催された。この大会は、ショップともメーカーともリレーションなく、トライアルの愛好者が集まって開催を続けているものだ。そしてこの大会、今年で25周年を迎えた。と同時に、主催者代表の萩原信二さんが、この大会を最後に、代表格を退くことになった。というのも、萩原さんはこの12月で会社を定年退職。それを機に、この大会の運営・代表も若い世代に引き継ぐことになったのだ。
若い担い手がいなくて大会の存続が危ぶまれる事例が多い昨今、ど・ビギナーは珍しく健全な世代交代を実現して、次の四半世紀に向けて発展を続けることになる。
今回は萩原さんの最後の主催姿を見届けようと、会社の同期の同僚の方がお二人見物に現れた。その同期の同僚とは?
ど・ビギナートライアルについては、萩原さんの作ったWEBサイト「ど・ビギナートライアル」に詳しい。栃木県を主に、いろんな会場を使って誇り高い草大会を主催してきたが、去年あたりからは、真壁トライアルランドとツインリンクもてぎの2ヶ所が会場として固定化してきた。
ご存知、真壁トライアルランドは岩場のトライアル場で、見るからに難度が高そうだ。一方もてぎは、スクール形式としてアクティブトレーニングセンターのコースをお借りして開催している(実はもてぎについては、自然山通信との共催)。基本的に岩などはなく、土の斜面が中心なので、初心者にも取っ付きがいい。転んでも(あんまり)痛くない。反面、コースは比較的長く、初級者にとっては走りごたえがある。
もてぎは、そういう地形的条件から、ビギナーの祭典と銘打たれて開催されている。クラスはビギナークラスと超ビギナークラスがある。そのとおり、超ビギナーというのは、ビギナークラスよりももっとビギナーということで、ツインリンクが所有しているTLM220Rのレンタルもあり(しかしこの機種の償却が進んで、レンタルの存続は危ぶまれている)、オートバイを持っていない人でも参加が可能となっている。
自然山通信でも、もてぎでは「トライアルにふれたことがない人のための」スクールをやっているが、こういったステップバイステップのおかげで、もてぎのど・ビギナーでトライアルに触れてトライアルを始め、今ではトライアルマシンのオーナーとなって、すっかりトライアルライダーとなった人は多い。
今回開催の真壁は、岩の多い上級者向け会場だから、超ビギナーはなし。それでも、ど・ビギナーならではのセクション設定は、上級者じゃなくても楽しめる。ということで初級者から上級者まで(まだよちよちのトライアルライダーから国際B級ライダーまで)たくさんの参加者が集まる。今回は195名の参加があった。セクションも渋滞気味だが、駐車場もいっぱいいっぱいだ。
岡村将敏ジュニアの祐希くん
萩原さんのこの大会にかける意気込みはすごい。セクションを作るのに、ものすごく時間をかける。大会によっては、当日の朝、セクションカードを置いてできあがりという天才的セクションコーディネーターによるものもあるが、ど・ビギナーでは前の週の日曜日、前の前の週の日曜日と、たっぷり時間をかけて練りに練られる。作る、走る、みんなで検討して、また作り直して走る。
実はど・ビギナーのスタッフは、萩原さんが一番へたくそだ(といっても、練習してないから下手なのであって、萩原さんのオートバイに乗る能力はかなり高い。まるっきりへたくそだったら、やっぱり主催などできないのかもしれない)。上手なスタッフたちが素晴らしいセクションを作る。できあがったセクションを、萩原さんが走る。萩原さんのチェック要点は実に多い。おもしろいか、あぶなくないか、無理はないか、等々。
真壁でいえば、ビギナークラスは萩原さんがちょっと手応えを感じながらオールクリーンできること、オープンクラスは、萩原さんがすべて3点で抜けられることを設定条件としている。萩原さんのレベルを知らない人には、これじゃ物差しにならないと思うけど(よく考えてみると、セクション設定に立ち会ったことがない人は、萩原さんがトライアルをしている姿を見ることもない)、ともあれそういうことになっている。
ベテランなら、セクションはあっという間にできて当然、という意見もある。しかしこの大会はど・ビギナー大会である。いろんな人が走る可能性を考え、安全性をしっかり考慮すると、これだけの時間は譲れないと、萩原さんは力説する。このやり方は、萩原さんが代表を退いても変わらない。その方針が守られているかどうか、萩原さんはまだまだ口を出し続けていく予定だという。
これだけ時間をかけてセクションを作っているのに、最近では、さらに念を入れてアンケートを行っている。おもしろかった(走りごたえがあったなど)セクションを一つ、つまらなかった(むずかしすぎた、簡単すぎた)セクションを一つ、それぞれマークしていく。そのアンケートを見ながら、何日にもわたってセクションを作ったスタッフは、また新たな発見をして、次の機会につなげるのである。
萩原さんは、毎回、各セクションの減点数を集計して、データにして持っている。上手な人は、広いセクションの中を自由に走り回って減点を増やしていくから、減点数がセクションのすべてを表現しているわけではないが、こういった地道な努力が、大人気の草大会の開催につながっている。
実は、今回萩原さんの最後の代表姿を見届けにやってきた同期の同僚というのは、おひとりは藤波隆久が世界チャンピオンとなったRTL250Rを開発したチーフである橋本猛史さん。そしてもうひとりは、今年MFJの会長に就任した高野明さんだ(トップの写真、真ん中が萩原さん、左が橋本さんで右が高野さん)。
実は萩原さんは、ホンダの技術者だ。四輪のエミッション関係が専門らしいが、なにをやっているのかはトライアル仲間はほとんど知らない(企業秘密だからでもあるけど)。その萩原さんが、38年前にホンダに就職したとき、いっしょだったのが橋本さんと高野さんで、しかし3人がトライアル会場で出会うのは、これがはじめてだった。
橋本さんは、その後RTL250Rというその時代の最強トライアルマシンを作り上げることになるが、すぐ隣で仕事をしながら、萩原さんが延々と草大会を主催しているのを知らなかったそうだ。そして高野さんは、長年の萩原さんのゴルフ仲間でもあった。トライアルの話題は、ほとんど出たことがない。今日は、萩原さんの最後を見届けに(さっきから最後最後と書いてるけど、萩原さんがいなくなるわけじゃない。代表から退くというだけだ)トライアル場に集結したわけだ。
MFJの人は、全日本選手権には事務仕事や視察の仕事でよく赴くけれども、MFJの承認大会でもない草大会にやってきたことはない。今回も、高野さんはもちろん公務ではないのだけど、MFJ会長さんが見物に訪れた草大会もまた珍しい。
萩原さんによると、高野さんは四輪屋さんだから、トライアルのことなんて聞いてもわかんないよ、と、同期らしく厳しいが、この日は取材でなく一参加者であったニシマキも、この機会にお話しさせていただいた。高野さんは、この大会のような初級者大会がトライアルの、そしてモータースポーツの底辺を支えていることは充分ご理解をいただいていて、MFJでも、トップクラスのルール改正などの懸案事項の処理に平行して、底辺活動についての部会をつくって、積極的に底辺拡大を考えていく方向だと語ってくれた。MFJはトライアルだけでなく、いろんなジャンルを網羅している団体だから、なかなかトライアルが望むような方向ばかりには進まないジレンマはあるが、ぜひ(トップクラスの充実に加えて)トライアル底辺にも、MFJの光を当てていただきたいものであります。
ということで、会社では、萩原さんは特にトライアルのことを周囲に語らないし、トライアル会場では、自分がホンダの人間であることを語らない(会社がホンダだからといって、ホンダからなにかを得ているということは、ど・ビギナートライアルに関しては、ほとんどない)。萩原さんはけっして寡黙な人ではないけれど(ど・ビギナートライアルに参加して、ライダースミーティングに出た人はみんな知っている)こういうところは寡黙なのである。
実はしかし、ど・ビギナーのスタッフにもホンダにお勤めの人は多い。でもそれはたまたまであって、萩原さんのあと、代表の一人を務める山内克敏さんもホンダにお勤めだが、はじめてど・ビギナーに参加したときには、萩原さんのことはさっぱり知らず、そのうち意を決してスタッフに参加させてもらうようになって、まわりに同じ会社の人が多いのに気がついたということだった。それだけ大きな会社だということでもあるけれど、ど・ビギナートライアルがどこかのメーカーに依存して開催されているわけではないという一端でもある。
今回、そんなスタッフ(もちろんホンダの人じゃない人もいるし、ごく一部だが、自然山通信の人もいる)が、萩原さんの代表勇退を記念して、ジャケットを作った。60歳になって定年を機に引退するので、色は赤。そして名誉顧問(ホンダの人はこの字並びを見ると、本田宗一郎さんを思い出してみんなしゃきっとする)の肩書きといっしょに「終身ビギナー」の文字も入っている。
萩原さんには、この先も長くビギナーでいてもらって、ビギナーセクションの厳しい査定をし続けてらもらわないといけないのだ。