TRライダー、大活躍
10月30日、インドアトライアルでおなじみのイギリスはシェフィールドで、インドア・エンデューロ・ワールドカップが開催された。
優勝は、KTMに乗るタデウス・ブラズシアク。誰あろう、かつてトライアル世界選手権で、唯一のポーランド人ライダーとして活躍していた若手ライダーである。
2位にはアメリカのマイク・ブラウン(KTM)、3位にこれまたおなじみのグラハム・ジャービス(Sherco)が入った。
リザルトには、ほかにもトライアルライダーの名前が目白押しで、8位にはシェフィールドといえばこの人、ドギー・ランプキンの名前もある。
写真は総合表彰式で、中央がブラズシアク、右がジャービス。
○写真:Pep Segales(SoloMotoOffroad),FIM
<Posted in 09.11.04(
10.03.05 Mod.)>
ブラズシアクは、ポーランドのナンバーワントライアルライダーとして世界選手権に登場した。スポンサーはお父さんで、ポーランドのナンバーツーライダーだというお兄さんがマインダーを務めていた。初めて日本大会に来たときには、その存在を知る日本人は一人もおらず、ブラズシアクという名前の読み方もさっぱり。しかしそれ以上にさっぱりだったのは彼らで、彼らはツインリンクもてぎがどこにあるのかをまったく知らないままに日本にやってきた。まず彼らは、成田で「ミトミト」と連呼し(成田からはそうやってこいと、トライアル関係の誰かに教えてもらったらしい)水戸行きのバスに乗ることに成功。水戸へついたら、今度は「モテギモテギ」と連呼して、茂木町のバス停までやってきた。まぁそこまで来れば、ツインリンクのパドックは目と鼻の先だった。
そんなブラズシアクにとって、険しい世界選手権のセクションもなんということはないし(もちろん落っこちて5点になるのだが)パドックでただひとりのポーランド人ライダーというのも、なにも問題にはならなかった。
2003年にはジュニアクラスを走る決断をしチャンピオンを目指したが、シャウン・モリスに敗れてランキング2位。翌年には、ヨーロッパ選手権で見事タイトルを獲得した。
世界選手権では10位以内にコンスタントに入るような実力を身につけたものの、2007年に第1戦だけ走って、以後トライアルからは離れた生活を送っている。
グラハム・ジャービス
インドアエンデューロは、3回のレースのトータルポイントで勝利を争う。設定されたコースは、見る限りはスーパークロスとトライアルの中間的存在で、もちろん世界選手権トライアルほどハードなものではない。
ブラズシアクは3回のレースをすべて勝利して、文句なしの勝利を飾った。ジャービスはファイナル2(2回目のレース)で2位となったが、1回目と3回目で6位と4位になって2位を逃している。
ジャービスは、今回のレースについては終了したばかりのスコットトライアルがよいトレーニングになったというコメントをしている。
ドギー・ランプキン
ドギー・ランプキンは、1回目を10位、2回目を6位、3回目を9位となって、総合8位となった。ランプキンはベータの4ストロークの400ccに乗ったが、大柄のランプキンだが、エンデューロマシンに乗ると、まだまだマシンが大きく見える。ランプキンもブラズシアクもジャービスもどちらかというと大柄のライダーだが、インドア・エンデューロに体格は有利不利はあるだろうか?
シェフィールドは、ランプキンの地元中の地元(藤波が名古屋を走るようなものか)。ギャラリーにもランプキンを知る者が多く、これまでシェフィールドのインドア・トライアルでは、圧倒的スタートして君臨してきた。事実上インドアのトップライダーの座から退いた昨今でも、シェフィールドでだけは突然活躍をしたりして、地元での強さをアピールしていたものだった。今度はインドア・エンデューロでその雄姿を示すことになるのかもしれない。
ブラズシアク、ジャービス、ランプキンのほか、ダニエル・ジベールの名前もある。ジベールは2004年ユースチャンピオン、2006年ジュニアチャンピオン。2007年を最後に世界選手権トライアルから撤退しているが、エンデューロに活路を見いだしたか。今回の結果は9位、8位、8位。ランプキンよりいいポジションでゴールしているレースもある。トライアルでは絶対にあり得ないこういうポジション交代劇が、エンデューロでは起こりうる点、多くのライダーにチャンスがあるカテゴリーといえそうだ。
インドア・エンデューロ・ワールドカップの次のラウンドは、12月5日のイタリア・ジェノバ大会となる。
| Pos. | Rider | Nat. | Machine | Team |
| 1 | Tadeusz BLAZUSIAK | POL | KTM 250 2T | KTM FACTORY ENDURO TEAM |
| 2 | Mike BROWN | USA | KTM 250 4T | |
| 3 | Graham JARVIS | GBR | Sherco 250 4T | SHERCO |
| 4 | Ivan CERVANTES | ESP | KTM 250 2T | KTM FACTORY ENDURO TEAM |
| 5 | Antoine MEO | FRA | HUSQVARNA 250 4T | CH RACING |
| 6 | Joakim LJUNGGREN | SWE | HUSABERG 390 4T | HUSABERG FACTORY TEAM |
| 7 | David KNIGHT | GBR | KAWASAKI 250 4T | KAWASAKI |
| 8 | Dougie LAMPKIN | GBR | BETA 400 4T | BETA MOTOR |
| 9 | Daniel GIBERT | SPA | KTM 300 2T | |
| 10 | Christophe NAMBOTIN | FRA | GAS GAS 300 2T | GAS GAS ENDURO RACING TEAM |
| 11 | Gordon CROCKARD | IRL | KTM 300 2T | PAR HOMES |
| 12 | Thomas SAGAR | GBR | SUZUKI 250 4T | FAST EDDY RACING |
毎日新聞の四十雀
毎日新聞愛知版10月18日
先月開催された四十雀トライアルが、毎日新聞(愛知版)を飾った。なんと、堂々ほぼ1ページ独占。
トライアンフと格闘しながら参加したついでの取材のニシマキ写真に比べて、新聞社の筋金入りカメラマンの写真はすてき。トライ写真も、一息ついてる写真も、すてきです。
<Posted in 09.11.02(
10.03.05 Mod.)>
この毎日新聞記事は、郡上トライアルクラブの小酒井さんから送っていただきました。こんなふうに、どかんとトライアルが掲載されることがあって、全国の皆さんに見せびらかしたいと思ったら、みなさんもぜひご報告ください。
どうなるかXispa
Xispaの2010年モデル
スペインの新興メーカーXispa(チスパ)。その動きにはいろいろと興味深いものがあるが、このほど、2010年モデルを発表したというニュースが届いた。と同時に、XispaとShercoの間での訴訟問題などもあって、国内での販売については、まだ不透明部分も多い。
2010年モデルが発表されたのを機に、Xispaと現在のトライアルメーカーの位置関係を、簡単に整理しておきたい。
<Posted in 09.10.31(
10.03.05 Mod.)>
Xispaは、もともと子ども用の電気バイクなどをつくっていたメーカーで、このマシンとともに本格的トライアルシーンに参入した。
ところが登場したマシンは、誰が見てもShercoにそっくり。外観が似ているのと構造設計的に模倣があるのとは必ずしも一致しないが、Shercoはこれについて訴訟を起こしたようだ。
裁判はしばらく時間を要し、この間にXispaは日本ではアルプスヴァンが実験輸入を開始した(正規販売代理店とはなっていないとのこと。販売台数の問題もあって、MFJの公認申請もしておらず、現状ではNA、NBの公認大会には参加できない)。トップレベルの性能を徹底的なコスト削減でつくりあげたマシンは、価格的に大きな魅力だった。
しかしその後、裁判が結審した。裁判はフランスでのものだそうだが、これでXispaは敗訴した。事実はどうあれ、判決がXispaはShercoの模倣であると認めたわけだ。Xispaはこのマシンを売っていくためには、Shercoに対して損害賠償なり意匠使用料なりを支払う必要が生じた。
これでXispaの将来は閉ざされたかと思いきや、2010年モデルが登場した。Xispaには、Shercoへの支払いをおこなってもなお生産販売を続けていく力があったということかもしれない。
以上がXispaとShercoの関係だが、これが全世界的に見ると、話はもっと複雑になる。この判決の少し舞え、ShercoはScorpaの権利を買った。ScorpaはShercoのブランドとなって生き残ることになったのだが、前記、日本のアルプスヴァンをはじめ、Xispaを販売している代理店は、全世界的にScorpaの正規代理店というケースが多々あった。Scorpaの行く末が見えなくなったタイミングで、ScorpaのインポーターはXispaに食指をのばしたということらしい。
ところが今度は、ShercoとScorpaが同じ会社のブランドとなって、さらにXispaはその会社から訴えられる立場となった。全世界的に、Xispaの代理店は扱いを見直さざるを得ないのが実情だ。
今、世界的にはShercoとScorpaが同じ会社となった。Scorpaの経営が危うくなったときには、GasGasが出資するという話もあって、事実、SY250F用のWR250Fエンジンは、GasGasが引き取った。しかし裁判では、GasGasによる再建計画を不十分と判断されて、GasGasとScorpaの資本縁組はなくなった。
一方、日本では、GasGasの輸入元である亜路欧と、Shercoの輸入元であるカシックが一体化した。どちらも輸入元は亜路欧となったわけだが、こうなってくると、ブランド存続で落ち着いたScopraはどこが扱うことになるかなど、まだ現在のところは明らかになっていないことも多い。
来週には、イタリアでミラノショーが開催される。この会場で、トライアル界の世界的再編の青写真が示されるという情報もあるが、さて、現実のところはどうなるのか。今持っているマシンのパーツ供給の心配をされている方も、ぜひご注目あれ。
ストップ? orノーストップ
2010年から、世界選手権のルールが変更されるかもしれないという動きが出ている。
ルール変更は「ノーストップ」。マシンの停止を5点と採点するルールの採用だ。FIMトライアル委員長のジャン・マーク・クルミエ氏によると「ルール変更はまだ決定ではないが、その方向で動いている」という。
ライダーは、ルール変更に備えて練習方法を変更する一方で、このルール変更に疑問を呈しており、ストップが1点となる可能性も示唆している。
いずれにしても、決定は近々おこなわれるFIMトライアル委員会で決定されることになる。
(写真は09年開幕戦アイルランド大会を観戦するサミー・ミラーさん。往年の名ライダーは今のトライアルになにを思うか)
<Posted in 09.10.22(
10.03.05 Mod.)>
トライアルのルールは、何年かに一度、変更を議論されるのが通例になっている。現在のルールは、1999年から採用されているもので、世界選手権の現場では、表面的には大きな混乱もなく機能してきた。
しかしそれ以前は、1997年にバックを採点から不問とする(足をつきながらバックしても、足をついた数だけがカウントされる)ルールを採用したり、その翌年に一転、一瞬の停止を1点とカウントするなど、やや迷走状態を続けた時期もあった。
2005年には、採点マシンなる電子機器の開発もとりざたされた。これはマシンのフロントアクスルに装着し、マシンのストップを検知して5点を宣告するという秘密兵器。しかし実際にテストをした結果、マシンの耐久性、信頼性を含め、以後、このマシンが話題に上ることもなかった。
伝統的に、セクション内でマシンをストップさせるべきではないという意見は、トライアルに長い伝統を持つイギリスの大御所から発案されることが多い。トライアル委員会は、現在はフランス人がトップにいて、ノルウェーやルクセンブルク、イギリスの委員が脇をかためている。今回のノーストップ論は、トライアルとはどうなるべきかという、トライアル委員会内での方向性の現れかもしれない。
こういったルールの変化と同時に、セクションでの持ち時間制限というのも導入された。1997年にバック可となった時代には、持ち時間の制限がなかったから、ライダーは疲れ果てるまで延々とトライすることも可能だった。1分半(全日本選手権は1分を採用)の持ち時間が採用されている現在は、スピーディなトライが実現している。
セクションの持ち時間生の導入をもって、再びバックをしてもOKとすべきという意見もある。セクショントライに制限時間がある中、バックをしたりホッピングを繰り返すことは、持ち時間を消費することにつながり、必ずしも減点を減らす好材料とはならないからだ。ホッピングもバックもスタンディングスティルも、トライアルのテクニックのひとつ。持てる技術をルールによって制限するのはいかがなものかという意見もある。イギリス人が守るべきトライアルの伝統はあるにせよ、時代もマシンもテクニックも進化している。トライアルも進化すべきという意見は根強い。
一方、水泳などでもある一部のテクニックが制限されることはよくある。F1など、強力なエンジンを持てば優位に立てるモータースポーツでは、排気量の制限や最低重量の設定でイコールコンディション(一部のライダーが突出して好順位を独占するのを防止したい)を維持しようとしているが、トライアルではそれらの制限がイコールコンディションにはつながらず、逆に技術レベルの格差を大きくすることも考えられる。
トライアルとルールの問題は、なかなか決着を見ないむずかしいテーマのようだ。いずれにしても、結論は今しばらく待たなければいけない。