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原発の思い出[3月15日]

3月15日

この2枚は、14日午後にやった地域と避難者のミーティングと、翌日15日午前に富岡町の人がやってきたミーティング。

2011年3月14日ミーティング

2011年3月15日ミーティング

14日のやつは、これから長くなるから、我々も至れり尽くせりの支援協力はできない。できることは自分たちでやってもらって、お互いにうまくやっていこうという申し合わせだった。特に問題が起きているわけではなかったけど、ぼくらもだんだん他人事ではなくなってきて、ずっとお客さま扱いはできないから、一応のお知らせをしておこうということだったのではないだろうか。向こう側にぼくら地域の面々、手前が富岡の人たちだ。向こう側に並んでいる顔ぶれは、当時の地区の役員さんなどもいるけど、いつもはほとんど顔を出さない人もいらっしゃる。地区の役員会とか婦人会とかのわくを超えた顔が富岡の人を支えていたのかもしれないし、もしかするとその頃はもうこちら側も人が少なくなっていたのかもしれない。

15日のミーティングは、一見して人が少ない。実は14日の晩、ではまた明日も顔を出しますね、と自分の家に帰り、翌朝集会所へ行ってみると、クルマが極端に少なくなっていた。中に入ると、ぽかんとしてたたずむ人が何人かいた。

寝ていたら、たいへんだ、逃げないとたいへんなことになるぞということになって、みんなとるものもとりあえず逃げ出したんだ、という。そのぽかんとたたずむ人によると、家族で逃げ始めて、船引をすぎ、三春あたりまであてもなく走ったところで、なんで逃げてるんだ、どこへ向かっているんだ、と疑問が出た。集会所にいる人たちはみんなで逃げたけど、地域の人たちは寝静まっている。逃げる必要がほんとにあるのか、黙っていなくなっていいのか、そんな葛藤があって、彼らだけ、戻ってきたのだという。

ずっとあとになって、役場の人たちとかに話を聞いても、14日の夜に富岡の人たちが大量に再避難をしたという記憶はないらしい。ぼくの想像では、村の中の大きな避難所の一部で、もっと遠くへ行こうという話になったのではないか。この地域の人たちは、身内や友人に原発にお勤めの人は多いから、情報もある。そういうあたりから、もうイチエフはだめだぞ、という話が伝わったのだとしたら、多いに理解ができる。その中に、仲間が高田島の集会所にいると知っていた人がいて、逃げる途中に集会所に立ち寄ったのではないか。

高田島は、川内村の中心部から郡山へ行く道すがらになる。といっても、峠道がけわしいので、歴代の総理大臣も天皇陛下も、郡山から川内村へきたえらい人たちは、誰一人ここを通っていない。それでも、えらい人が通る、国道288号線都路経由で国道399号線を通るルートは、より原発に近い。原発から逃げようという人には選びにくい。それで高田島経由になったところ、そういえばここにはあいつがいる、ちょっと声をかけていこう、ということになったとしても不思議じゃない。寝込みを襲われた人たちは、半分夢を見ながら「ここにいると死んでしまうぞ」と受け取ったとしても、それもそれで不思議ではない。

かくして、翌日の集会所は一気に空っぽになった。15日午前中のミーティングは、ヘルメットをかぶった人(きのうのあの人と同じかどうかはわからないけど、同じだった気がする)がいるから、富岡町からやってきた人をまじえてのものだったという。この頃は、各避難所に町のスタッフがふたりずつ駐在することになっていたので、その彼らの顔も見える。なにが話されたのかは忘れちゃった。

これが、15日の午後のことだった。もしかすると、15日の夜、富岡町と川内村の連名で、重大な発表をするから、それを聞いてね、という事前通告だったのかもしれない。今思えば、玉音放送聞けよ、みたいな感じですね。そんな1日が、静かにくれようとしていた。

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