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夏木陽介さん

夏木陽介さんが、1月14日に亡くなったという。享年81歳。まだまだお若いのに、闘病中だったということだ。

1987年パリダカの夏木陽介さん

夏木さんと出会ったのは、1986年のアルジェリアだった。1985年のうちのパリでも会っていたのかもしれないけど、こちらも初めて砂漠に出かけるというので気持ちがあせっていて、そのあたりのことはあんまりちゃんと覚えていない。ちゃんと覚えているのは、インサラというオアシスでのことだ。

その年夏木さんは、シチズン夏木チームを結成して、市販車ディーゼル・パジェロを駆ってパリ・ダカール・ラリーに出場していた。ダカール・ラリーは今でも(まさに今)開催が続いているが、ダカール・ラリーではなくてパリ・ダカール・ラリー。スタートはパリで、ゴールはセネガルのダカールだ。パリ・ダカール出場が夢だった夏木さんは、1985年に菅原義正さんの日本レーシングマネージメントから初出場を果たし、翌年自分のチームを結成、ドライバーは夏木さん自身と、往年の(当時は往年の、という印象だった。その後、パリダカの王者となるとは、あんまり想像がつかなかった。ごめんなさい)篠塚建次郎さんだった。

ぼくは初めてパリダカの取材に出かけていた。移動の足はスズキDR600。オートバイで取材をするなんて前代未聞らしかったけど、山田周生に誘われたときには、それがふつうだ、みたいな感じだった。まぁ、だまされた。周生は(当時は秀靖だった)オートバイで世界一周をしている途中にパリ・ダカール・ラリーと出会って魅力を感じたというたくましいやつで、そんなのとひ弱っ子のぼくが同じように出かけられると思うのはまちがいだったのだけど、若気の至りというやつで、だましてくれた周生には感謝している。

インサラは、アフリカに入って3日目か4日目だったと想う。オアシスに入って、キャンプ地はどこかな、とか、ガソリンスタンドはどこかな、なんてさまよっていると、夏木さんに出会った。そしたら夏木さんが、風呂に入ろうというのだ。そのオアシスにはなんでもトルコ風呂があるらしい。トルコ風呂というと、今じゃそういう感覚の人はいないと思うけど、当時はソーブランドという名前がまだ浸透してなくて(ぐぐったら、日本のトルコ風呂がソープランドに改名したのは1984年らしい)トルコ風呂といえばそういうサービスをいたしてくれるところだったのだけど、この場合はそんなことがあるはずもなく、正しいトルコ風呂だった(正しいのかどうかわかんないけど、中東方面でそういう文化が会ったのは確かだろう)。

パリダカに行ったら風呂になんか入れないというのを重々聞かされていて、それを覚悟したり楽しみにしたりしてきた身にとっては、ここで風呂に入るのはいかがかとも思ったけど、夏木さんに臆病者めと思われるのもしゃくだし、興味がないわけではなかったので、入ってみた。パリダカの参加者というのは、有名人であろうとなんだろうとアフリカでは人気者で、そのお風呂にもたくさんの人が集まっていた。夏木さんはそれでふつうだったかもしれないけど、ぼくなんかにしてみたら、いきなりテレビに出ている役者にでもなったかのようだ。そういう点では、アフリカの民から見たら、夏木さんもぼくも、区別はついていなかったかもしれない。

お風呂の記憶は、あんまりない。あの年の砂漠取材はいろんなことがあって、今となってはお風呂どころではなかったのだ。問題は、出てきてみたら荷物にしばりつけてあったプロショップ高井製のグローブがなくなっていたということだ。オートバイには家財道具一切合切がくくりつけてあったのだから、それが丸ごとなくならなくてよかったと思うのだけど、手袋がなくなったのは悲しかった。そのグローブは、ぼくがパリダカにいくと聞いたレーシングライダーの奥村裕さんが、砂漠を走るにはとんちんかんだけど持ってってくれと送ってくれたロードレース用のグローブだった。確かグローブはいろいろ悩んで、めんどくさいから真冬用の風魔プラスワンとこれだけを持ってきたので、それからはダカールまで真冬用のグローブで走り通すことになった。暑くてたいへんだったという記憶もないんだけど、もしかすると、それも忘れちゃってるのかもしれない。

夏木さんはアガデスに着く前に、ロバと衝突したとかでリタイヤした。ナビの居眠り運転だったということで、多少の恨み節も聞いたような気がするけど、そのナビというのはエティエンヌといって、菅原さんの日本レーシングマネージメントのフランス事務局をやっていたり、ガストン・ライエのチームの事務局をやっていたりして、その後86年ファラオ、87年パリダカでは、取材用のクルマを借りるのに、ぼくも彼の世話になった。ヒゲを生やしたねずみのコメディアンみたいな風貌で、本人は大まじめなんだけど、ライエさんに怒られている様子は、なんとなく周囲を和ませる感じの、そんな人だった。

夏木さんは、リタイヤしたあともラリーに随行してダカールまでやってきたけど、ロバにぶつかったクルマを修理して走ってきたんだっけかな? よく覚えてないけど、たぶんそうだ。ゴール近くになると、またよくお会いするようになった。ゴールしたら、日本大使館にお呼ばれしているから、みんなで行くぞ、ということになった。日本の大使がダカールを走った日本人のために、お正月料理を作って待っててくれるということだ。大使館のお仕事ではなく、個人的なおもてなしで、大使が替わったらその風習はなくなったと聞く。ラリーがダカールじゃないところに向かうようになっちゃった、ということもあるけど。

その後、ダカールラリーに出場するドライバーはレーシングスーツを着用するようになったけど、当時のドライバーはTシャツに短パンとか、たいへんにラフな姿だった。Tシャツでパリダカデビューをして、その後レーシングスーツで優勝した増岡浩さんにドライビングウェアについて聞いたところ、レース用の服を着ていたほうが、結局楽なんだ、ということだった。ゴールして、汗だくのスーツを脱いでTシャツと短パンになれば、オンオフがはっきりする。Tシャツと短パンでレースをしていると、ずっとモードが変わらない。でもぼくは、着たきり雀のぶっつづけラリーの方が、このラリーっぽくて好きだったなぁ。そうそう、増岡さんがパリダカに初めて出場したのも、確か夏木さんのチームからだった。夏木さんは自分が走っている頃からシチズンをスポンサーにしていたけど、篠塚、増岡のビッグネームをかかえて、監督という立場の夏木さんは、だんだんポジションがあやふやになってきたように思う。夏木さんは、プライベートでも自分でハンドルを持って走りたかったんだよね、と菅原さんには聞いたような気がする。

ということで、着たきり雀のパリダカ関係者は、みんな砂まみれだった。四輪の人たちは、多少はきれいな服を持っていたけど、ぼくらは替えの服なんか持っていない。砂漠を走ったまま、たぶん大使公邸かなんかにでかけていって、おもちやお雑煮をいただいたと思う。塀の中は、砂ぽこりがなくて黒塗りのぴかぴかの乗用車が並んでいて、びっくりしたのを覚えてます。

表彰式だのなんだのが終わってパリに帰る段になって、夏木さんが「パリまでコンコルドで帰るオプションがあるんだってよ、10万円だっていうんだ。おもしれえじゃないか」と誘いをかけてくれた。トルコ風呂は誘いに乗ったけど、10万円には乗れなかった。今でも10万円は痛いけれど、無理しても、夏木さんとコンコルドに乗っていればよかったなぁと、年に1回くらい思い出している。

「青春とはなんだ」も覚えがあるけど、ぼくにとっての夏木さんは砂漠の夏木さんだった。

夏木さんの思い出をつらつら書いてみようと思ったら、自分の砂漠の思い出になってしまった。夏木さん、安らかに。

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