2022年10月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  
  1. イベント(大会)
  2. イベント(大会)
  3. イベント(大会)
  4. イベント(大会)
  5. イベント(大会)
  6. イベント(大会)
  7. イベント(大会)
  8. 2017TDN
  9. トライアル・デ・ナシオン
  10. TRJ / MFJ
  11. 2017お勉強会
  12. イベント(大会)
  13. TRJ / MFJ
  14. イベント(その他)
  15. イベント(大会)
  16. イベント(大会)
  17. TRJ / MFJ
  18. イベント(大会)
  19. リザルト関東
  20. イベント(大会)
  21. イベント(スクール)
  22. イベント(スクール)
  23. リザルト関東
  24. イベント(大会)
  25. TRJ / MFJ
  26. TRJ / MFJ
  27. イベント(大会)
  28. イベント(大会)
  29. イベント(大会)
  30. リザルト関東
  31. イベント(大会)
  32. イベント(大会)
  33. リザルト中国
  34. MFJトライアル
  35. リザルト東北
  36. リザルト関東
  37. リザルト関東
  38. リザルト中国
  39. イベント(大会)

© トライアル自然山通信 All rights reserved.

夏木陽介さん

夏木陽介さんが、1月14日に亡くなったという。享年81歳。まだまだお若いのに、闘病中だったということだ。

1987年パリダカの夏木陽介さん

夏木さんと出会ったのは、1986年のアルジェリアだった。1985年のうちのパリでも会っていたのかもしれないけど、こちらも初めて砂漠に出かけるというので気持ちがあせっていて、そのあたりのことはあんまりちゃんと覚えていない。ちゃんと覚えているのは、インサラというオアシスでのことだ。

その年夏木さんは、シチズン夏木チームを結成して、市販車ディーゼル・パジェロを駆ってパリ・ダカール・ラリーに出場していた。ダカール・ラリーは今でも(まさに今)開催が続いているが、ダカール・ラリーではなくてパリ・ダカール・ラリー。スタートはパリで、ゴールはセネガルのダカールだ。パリ・ダカール出場が夢だった夏木さんは、1985年に菅原義正さんの日本レーシングマネージメントから初出場を果たし、翌年自分のチームを結成、ドライバーは夏木さん自身と、往年の(当時は往年の、という印象だった。その後、パリダカの王者となるとは、あんまり想像がつかなかった。ごめんなさい)篠塚建次郎さんだった。

ぼくは初めてパリダカの取材に出かけていた。移動の足はスズキDR600。オートバイで取材をするなんて前代未聞らしかったけど、山田周生に誘われたときには、それがふつうだ、みたいな感じだった。まぁ、だまされた。周生は(当時は秀靖だった)オートバイで世界一周をしている途中にパリ・ダカール・ラリーと出会って魅力を感じたというたくましいやつで、そんなのとひ弱っ子のぼくが同じように出かけられると思うのはまちがいだったのだけど、若気の至りというやつで、だましてくれた周生には感謝している。

インサラは、アフリカに入って3日目か4日目だったと想う。オアシスに入って、キャンプ地はどこかな、とか、ガソリンスタンドはどこかな、なんてさまよっていると、夏木さんに出会った。そしたら夏木さんが、風呂に入ろうというのだ。そのオアシスにはなんでもトルコ風呂があるらしい。トルコ風呂というと、今じゃそういう感覚の人はいないと思うけど、当時はソーブランドという名前がまだ浸透してなくて(ぐぐったら、日本のトルコ風呂がソープランドに改名したのは1984年らしい)トルコ風呂といえばそういうサービスをいたしてくれるところだったのだけど、この場合はそんなことがあるはずもなく、正しいトルコ風呂だった(正しいのかどうかわかんないけど、中東方面でそういう文化が会ったのは確かだろう)。

パリダカに行ったら風呂になんか入れないというのを重々聞かされていて、それを覚悟したり楽しみにしたりしてきた身にとっては、ここで風呂に入るのはいかがかとも思ったけど、夏木さんに臆病者めと思われるのもしゃくだし、興味がないわけではなかったので、入ってみた。パリダカの参加者というのは、有名人であろうとなんだろうとアフリカでは人気者で、そのお風呂にもたくさんの人が集まっていた。夏木さんはそれでふつうだったかもしれないけど、ぼくなんかにしてみたら、いきなりテレビに出ている役者にでもなったかのようだ。そういう点では、アフリカの民から見たら、夏木さんもぼくも、区別はついていなかったかもしれない。

お風呂の記憶は、あんまりない。あの年の砂漠取材はいろんなことがあって、今となってはお風呂どころではなかったのだ。問題は、出てきてみたら荷物にしばりつけてあったプロショップ高井製のグローブがなくなっていたということだ。オートバイには家財道具一切合切がくくりつけてあったのだから、それが丸ごとなくならなくてよかったと思うのだけど、手袋がなくなったのは悲しかった。そのグローブは、ぼくがパリダカにいくと聞いたレーシングライダーの奥村裕さんが、砂漠を走るにはとんちんかんだけど持ってってくれと送ってくれたロードレース用のグローブだった。確かグローブはいろいろ悩んで、めんどくさいから真冬用の風魔プラスワンとこれだけを持ってきたので、それからはダカールまで真冬用のグローブで走り通すことになった。暑くてたいへんだったという記憶もないんだけど、もしかすると、それも忘れちゃってるのかもしれない。

夏木さんはアガデスに着く前に、ロバと衝突したとかでリタイヤした。ナビの居眠り運転だったということで、多少の恨み節も聞いたような気がするけど、そのナビというのはエティエンヌといって、菅原さんの日本レーシングマネージメントのフランス事務局をやっていたり、ガストン・ライエのチームの事務局をやっていたりして、その後86年ファラオ、87年パリダカでは、取材用のクルマを借りるのに、ぼくも彼の世話になった。ヒゲを生やしたねずみのコメディアンみたいな風貌で、本人は大まじめなんだけど、ライエさんに怒られている様子は、なんとなく周囲を和ませる感じの、そんな人だった。

夏木さんは、リタイヤしたあともラリーに随行してダカールまでやってきたけど、ロバにぶつかったクルマを修理して走ってきたんだっけかな? よく覚えてないけど、たぶんそうだ。ゴール近くになると、またよくお会いするようになった。ゴールしたら、日本大使館にお呼ばれしているから、みんなで行くぞ、ということになった。日本の大使がダカールを走った日本人のために、お正月料理を作って待っててくれるということだ。大使館のお仕事ではなく、個人的なおもてなしで、大使が替わったらその風習はなくなったと聞く。ラリーがダカールじゃないところに向かうようになっちゃった、ということもあるけど。

その後、ダカールラリーに出場するドライバーはレーシングスーツを着用するようになったけど、当時のドライバーはTシャツに短パンとか、たいへんにラフな姿だった。Tシャツでパリダカデビューをして、その後レーシングスーツで優勝した増岡浩さんにドライビングウェアについて聞いたところ、レース用の服を着ていたほうが、結局楽なんだ、ということだった。ゴールして、汗だくのスーツを脱いでTシャツと短パンになれば、オンオフがはっきりする。Tシャツと短パンでレースをしていると、ずっとモードが変わらない。でもぼくは、着たきり雀のぶっつづけラリーの方が、このラリーっぽくて好きだったなぁ。そうそう、増岡さんがパリダカに初めて出場したのも、確か夏木さんのチームからだった。夏木さんは自分が走っている頃からシチズンをスポンサーにしていたけど、篠塚、増岡のビッグネームをかかえて、監督という立場の夏木さんは、だんだんポジションがあやふやになってきたように思う。夏木さんは、プライベートでも自分でハンドルを持って走りたかったんだよね、と菅原さんには聞いたような気がする。

ということで、着たきり雀のパリダカ関係者は、みんな砂まみれだった。四輪の人たちは、多少はきれいな服を持っていたけど、ぼくらは替えの服なんか持っていない。砂漠を走ったまま、たぶん大使公邸かなんかにでかけていって、おもちやお雑煮をいただいたと思う。塀の中は、砂ぽこりがなくて黒塗りのぴかぴかの乗用車が並んでいて、びっくりしたのを覚えてます。

表彰式だのなんだのが終わってパリに帰る段になって、夏木さんが「パリまでコンコルドで帰るオプションがあるんだってよ、10万円だっていうんだ。おもしれえじゃないか」と誘いをかけてくれた。トルコ風呂は誘いに乗ったけど、10万円には乗れなかった。今でも10万円は痛いけれど、無理しても、夏木さんとコンコルドに乗っていればよかったなぁと、年に1回くらい思い出している。

「青春とはなんだ」も覚えがあるけど、ぼくにとっての夏木さんは砂漠の夏木さんだった。

夏木さんの思い出をつらつら書いてみようと思ったら、自分の砂漠の思い出になってしまった。夏木さん、安らかに。

関連記事

イベント(大会)

1/29第44回「わっしょい杯」

以前からごく近い仲間で開催されていた「わっしょい杯」を、もう少し多くの人に参加してもらいたいということで、ぜひみなさんのお越しをお待ちしてい…

イベント(大会)

第81回里山トライアル

○第81回里山トライアル大会  開催日:2022年10月23日(日) (さらに…)…

イベント(大会)

12/4爆笑ツインショック大会

第28回爆笑大会の開催が以下の通り決まりました。 爆笑大会実行委員会よりのお知らせです。 (さらに…)…

イベント(大会)

10/16第27回水源の森ツーリングトライアル

第27回水源の森ツーリング・トライアル大会のご案内です。 (さらに…)…

イベント(大会)

11/13南牧20km耐久トライアル

2022 南牧20km耐久トライアル大会開催、3年ぶりの開催です。 (さらに…)…

イベント(大会)

12/5トムスカントリートライアル

トムスカントリートライアルの開催案内です。 (さらに…)…

イベント(大会)

11/13里山初級者トライアル大会

○里山初級者トライアル大会  開催日:2022年11月13日(日) (さらに…)…

高田島庭先コンペティション

満員御礼となりました。 ================================= 参加受理書は、大会1週間前ま…

2017TDN

TDN日本チームの記録

トライアル・デ・ナシオン(TDN)の記録を、日本チームに焦点を絞ってご紹介します。 TDNが始まったのは1984年。日本の初参加は1987…

トライアル・デ・ナシオン

トライアル・デ・ナシオン全記録

トライアル・デ・ナシオン(TDN)は1984年から毎年開催されています。 その間、まず男子チームだけで開催されていた期間、男子のクラス…

ページ上部へ戻る