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小鹿野に里帰り

0903小鹿野の山

たった半年しかいなかったけど、埼玉県小鹿野町での生活は、なかなか濃い半年だった。だからかどうか、ときどき電話がかかってくる。夜の10時頃、そろそろ一杯やって寝ようかなという頃。「いつものストーブを囲んで反省会をやってるんだけど、来ませんか」。行ける距離じゃないのを承知で電話がかかってくる。そんな電話を何回かもらうと、じゃ、次の月曜日にいってみます、ということになる。なんで月曜日かというと、日曜日に相模川の大会のあった翌日ってことだ。今回は、ついでにひとり客人を連れていった。ということで、すでに1ヶ月以上前のお話だけど、小鹿野町でのできごとなどなど。

自然山通信を置いてもらってもいるアライモータースには、鋳物の薪ストーブがある。いつものストーブというのはこいつのことだ。ぼくがいたのは秋から春にかけてだったから、薪ストーブは大活躍だった。オートバイで出かけていくと、とにかく寒くて全身凍り付いたけど、しばしストーブに当たっていると、溶けた。凍り付いたぼくがやってくるのがよっぽど印象的だったらしくて、冬になると、ぼくのことを思い出して電話をかけてくるんだそうだ。そういえば、あたたかい頃にはお誘いが来ない。

今回、小鹿野に連れていったのは、小林ゆきさん。むずかしいことはわかんないけど、オートバイの社会学を研究する大学院生であり、マン島を研究テーマとしてなさる。マン島TTレースにでかける前、3月にちょっと時間があるというんで、お連れすることにした。

小鹿野町は、オートバイによる町おこしという、全国でも珍しいプロジェクトを展開している。およそ、こんなプロジェクトが回り始めようとは、オートバイの神様でも思いつかなかったのではないだろうか。マン島は、いわばTTレースで世界に名を馳せたイギリスの島国(大英帝国のひとつだけど、マン島には国旗もあるし独自通貨もある)だが、TTレースが終わるとじいちゃんばあちゃんたちの保養の島に戻っていく。小鹿野町は、1年中オートバイを歓迎しようというんだから、気合いの入り方がちがう。マン島を手本にした三宅島の比ではない。

0903小鹿野の土産物屋さん
土産物屋さんに並ぶヘルメット!

その小鹿野町に、小林さんは一度出かけたことがあるそうだ。といっても、早朝横浜を出て朝のうちに現地に到着し、道の駅や土産物屋さんにオートバイ専用駐車場が設置されているのを確認して帰ってきたという。役場が開く時間まで滞在して、ご担当の話でも聞いてくればよかったのにと思うけど、とにかく寸暇を惜しんで一度オートバイの町を見てみたかったのだという。今回は、もうちょっとしっかりご案内する必要があるなと思ったのと、せっかく待機しているTY-Sをレンタルさせていただいて、軽く山道を散策していただくのも大きな目的だ。

相模原を出たのが朝9時頃。田舎道に慣れてしまって、少々すいててもびっくりしないニシマキとちがって、がらがらの16号にびっくりなさる小林さん。未曾有の経済危機だからクルマが走っていないのだという。ともあれ、2時間ちょっとで小鹿野町に到着。あとから知ったけど、圏央道が延びていて、入間まで高速道路を使えば、もうちょっと早かったみたい。それでも、入間から先は峠道をひたすら走る。高速道路で最後までアクセスできないのも、小鹿野町の魅力のひとつだと思う。高速道路ってのは、道路としておよそつまんないですからね。

月曜日だもんで、ふつうの人はお仕事中だけど、Kさんだけはちがう。Kさんは休日出勤が多いんで、平日に休みが多い。当時、ぼくがよく遊んでもらったのも、平日が休みだから、いろいろ都合がよかったのだ。

山道は、自動車が走れる限界をわずかに超えて、でもぼくらがスムーズに走り抜けられるところがフィールドとなる。もちろん、遊歩道や進入禁止になっている道は入らない。お客さんを呼んで遊んでもらうには、もうちょっと各方面で調整しなければ行けないことも多いんで、町おこしもトレッキング部門はちょっと停滞している。オフロードを走るってことは、今の世の中では、とてもとても贅沢になっているってことだろう。

小林さんは、するすると上手にマシンを走らせてくる。トライアルってのは、やったことがある人とない人とでは大ちがいで、へたすると悲惨なことになってしまう。彼女の場合、トライアルができるとはいえないけど(ニシマキはできるのかという突っ込みは置いておいて)、オートバイを進ませるのがうまい。トライアルが上手でも、ときどきオートバイを走らせるのがヘタッピな人を見かけるんだけど、オートバイ経験が長いと、トライアルバイクを走らせるのも想定内に入ってくることでありましょう。

0903小鹿野の山その2

12時頃に走り始めて、3時頃に山を(といっても、すぐ目と鼻の先の山を走ってるのだけど)下ってきた。その日はポカポカと暖かい1日だったけど、午後3時を過ぎれば、さすがに肌寒くなる。リヤブレーキを踏みそこねて止まれなかったKさんと、なにをしたのか忘れたけどぼくが1回転んだだけで、結局小林女史は転倒なし。山遊びは転ぶものだと思っているぼくらに対して、オートバイはなにがなんでも転んではならぬと信念を持っている(?)彼女との差が出てしまいましたとさ。まいりました。

戻って洗車などしてちょいと整備などして(ニシマキの場合、整備でなく修理だったりする)ストーブに火を入れる。宴会のはじまりである。小鹿野の仲間は100ccのマシンをもてぎで走らせるレーシングライダーでもあるから、この夜はそっち方面の話題でも盛り上がり。薪ストーブかどうかはともかく、オートバイブーム全盛の頃は、どこのバイクショップでもこういう光景が見られたはずだと思うけど、いまやほとんど伝説になってしまった。ストーブに火を入れてコーヒーを飲ませていてももうからないから、バイクショップがたまり場を放棄するのも当然なのだけど、それがまた楽しみの場を奪っている気がしないでもない。アライモータースはバイクショップでもないんだけど、たまり場だけはあるというすてきなところだ。

夜半近くになって、高校を卒業して免許をとったばかりという、Tさんの息子が酔っぱらいのみんなを迎えにやってきた。ぼくらは町の中の須崎旅館に部屋をとった。イタリアのマリオ・カンデローネが「おれの嫁さんにする」と一目惚れしてしまった美人女将の宿。温泉つき。安い。ほんとは飯もうまいんだけど、ストーブを囲んで食ってしまっているから、晩飯は抜き。

0903大谷藤子記事1
その朝日新聞の記事

この須崎旅館には、今回ニュースがあった。両神村出身の小説家、大谷藤子の書いた「須崎屋」という短編についてだ。大谷藤子の小説は、自身の出身の両神の光景を綴ったものが多い。しかしそこには、お隣同士の不倫だったり貧乏だったりと、山の中の村の暗い日常がこれでもかと書かれている。ちょっと読むと、ひいてしまいそうだ。実はその陰に、地元への深い愛があったりするのだけど、その愛は少しわかりにくい。

「須崎屋」は、その名前から、須崎旅館を題材にしたものと思われていた。ところがその冒頭から「須崎屋という汚くて暗い宿がある……」みたいな書き方をされている。須崎さんにとっては、こりゃおもしろくないにちがいない。女将のおばあちゃんなどは、そんなわけで大谷藤子が好きじゃなかったらしい。大谷藤子の時代は昭和30年代頃(亡くなったのは1977年)だから、当時の須崎旅館はそんな感じだったのかとも思ったけど、昔は暗くて汚かったんですかとも聞きにくい。

0903大谷藤子記事2
大谷藤子作昔のコラム

ところが、そういうもやもやを一気に解決してくれた人がいた。朝日新聞の地元支局の奥山郁郎さんは、この小説が創作であることを調べあげた。素材となったのは、山間の鉱泉旅館だったと、大谷藤子自身が新聞に寄せていたコラムが発見された。大谷藤子の生家は須崎旅館よりはるか山あいにあって、須崎旅館のことを山間の宿と書き表すことはないだろうし、実家の近くの宿にわざわざ泊まることもないだろうから、この鉱泉旅館は須崎旅館であるはずがない。にこれで女将も、積年の胸のつかえがとれて、大谷藤子と仲直りができそうなのであった。

大谷藤子の本は、今となってはなかなか手に入らない。両神村に住んでいたとき、古書店をさがして何冊か買ってみたけど、いずれもぼろぼろのホンモノの古書だった。山間にある彼女の生家には、文学碑も建てられているのだけど、観光に訪れる人はほとんどいない。1冊その著作を読んでから文学碑に向かうと、思いはまたちがう。

地域を知るというのは、どこであれ、なかなか時間がかかる。それもまた、よきかな、なのであった。

大谷藤子について

0903安田屋

翌日、たまたま近所のオートバイ仲間が、役場の企画書に載せる写真撮影に協力するというので、おつきあい。町の中心街をオートバイで数往復するだけの撮影で、その後、小鹿野町へツーリングに来る連中が一番の目的としているという、安田屋のわらじかつ丼をみんなで食べてお開きとする。

わらじかつ丼は、大きくてそのままでは食べづらいので(そのかわり、厚さはふつうのかつ丼より薄め)、1枚をふたによけておいてもう1枚を食し、それからもう1枚を食べるのが通だという。ほんとうは、最初の1枚はビールのおつまみ、次の1枚がご飯のおかず、らしいのだけど(付属品は漬け物だけ。安田屋さんでは、みそ汁とかはかたくなに出してくれない)。

0903わらじかつ丼

卵でとじたかつ丼やソースかつ丼とちがって、独特のタレに味つけられたかつ。小鹿野にお住まいのみなさんも、オートバイに乗ってかつ丼を食べにきたのは、これが初めてだったそうで。みんなにとっては自宅から10分の距離だけど、オートバイでかつ丼を食べに来れば、わずかな距離でも、旅気分が味わえるのだった。

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