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エレベーターにて

ソロモトのエレベータ内にて

 今回は、ぼくも杉谷も、バルセロナ空港で生まれて初めてバゲージが届かない体験をしたのだけど、はじめてはそれだけじゃなかった。ソロモト(スペインのオートバイ雑誌。邦訳するとしたら「オートバイばっかり」。同じ出版社で、ソロオート、自転車のソロビシ、その他、スキーだのなんだのかんだの、山ほどのソロなんとかがある)編集部をたずねて、ペップとチリと飯を食い、帰ってきて7階へ向かおうとエレベーターに乗ったわけだ。


 ぼくら4人がエレベーターに乗って動き出そうというとき、3人のお姉さまがたが乗ってきた。30歳、40歳、50歳くらいのお三方。40歳の方は100kg級(ないしょ)。
 動き出した1.5秒後、がたんと音がしてエレベータが止まった。5秒間の沈黙。それから、ふたりのスペイン人男性と3人のスペイン人女性が、けたけた笑いながら事後の相談をはじめた。初体験の二人のポンニチは「これってあんまり笑いごとではないのではないか」と蒼くなったのだけど、スペイン人感覚では、これは楽しいイベントらしい。
 100kg級が携帯電話で誰かに電話をしている。スペイン語だから詳細は不明なれど、想像するにこんな感じ。
「閉じこめられちゃったのよ。エレベータに。そうそう。だからオフィスに帰るのはちょっとあとになるわよ。ごめんあそばせ」
 ペップたちと彼女らは知り合いなのか赤の他人なのか、よくわからない。同じ会社の人みたいに思えるほど、仲がいい。
 30歳、よく笑うねーちゃんが「トライアルっていえば、スペインチャンピオンがいたわよね。タレスじゃなくて、ラガじゃなくてボウじゃなくて、その間にチャンピオンとった人よ」。ペップとチリとぼくと杉谷4人で考えるも、名前が出てこない。ランプキンや藤波の名前も出してみるけど、ちがうらしい(藤波はスペインチャンピオンにはなっていない)。結局ねーちゃんは、携帯電話でそれが誰かをオーディエンスに聞くことになった。彼女の電話はエレベータの中では電波が届かないらしかった。100kg級が電話を差し出し、通話ができた。どうやらエレベータの中では、モビスターが電波が届く。ボーダフォンはいまいちみたいだ。携帯電話は、閉じこめられたエレベータから助けを求めるのにも使えるけど、赤の他人と話をはずませるためにも、使える。
 正解は「アモス・ビルバオ」だった。トライアル畑の4人は、あー、アモスだったか。アモスも一度スペインチャンピオンになってるんだ。忘れてたなーと額を打つ。なんでねーちゃんがアモスの話を出してきたのかはわからない。年代的に、アモスが大活躍していた頃にトライアルを見にいってファンになったか、もしかしたらナンパされたりもしていたのかもしれない。
 大人7人が入ったエレベータの中は、だんだん熱気がこもってきた。金属の壁が、びっしり汗をかいている。チリが「ぼくが帰らなかったらPSPは妹に譲る」と汗をかいた壁に書きつづった。それをみて、3人のおねーさまがたが大笑いする。まったく、よく笑う人たちだ。
 やがて、インターフォンから声が発せられた。「はーい、ご機嫌いかが?」「閉じこめられちゃったんですか?」「突然止まっちゃったのね?」なんて聞かれてるんだろう。そのたび、5人のスペイン人は声をそろえて「シー(Yes)」といいお返事。様子を伺っている限りは、格別対策を教えてくれたりはしていないようだ。
「ぼくたち、明日の朝の飛行機で日本に帰るんだけどな」と一応ペップに伝えておく。ペップがレストランからの帰りがけにフルーツをいっぱい買っていたので、これで食いつなげば7人で1日くらいは生き延びられると思ったけど、杉谷はうんちやおしっこの心配をしている。ごもっとも。
 それにしてもスペイン人たちはよく笑う。熱くなって、みんな上着を脱ぎはじめた。さらに暑いので、扉をこじ開けようということになった。思いきり押し広げると、3cmくらいのすき間ができた。新鮮な空気が入ってきて一安心。見ると、ぼくらのエレベータは、床より10cmばかりさがったところに停まっている。
 近ごろの日本でこんなことがあったら大騒ぎだけど、30歳大笑いねーちゃんが「これね、ほとんど毎日なのよ」と教えてくれた。日常茶飯事の事件にこんなに笑えるなんて、その国民性がうらやましい。
 10cmのすきまから、いろんな人が顔を出してくる。ペップの先輩で、杉谷もお世話になったイグナシオ・ベルトラン(イグナシオでナッチョと呼ばれている)も顔をのぞかせる。でも、だからといってぼくらが助け出されるわけじゃない。
 インターホンからは、ときどき女の人が話しかけてくる。ビルの管理会社からなのかエレベータの管理会社からなのか、どっちにしても、こっちはだいぶお仕事モードのはずなんだけど、彼女もこっち側のしゃべりかけに対して、大笑いをしている。日本だったら不謹慎だとつるしあげをくらうところだ。
「彼女はね、日本人のおふたりは笑ってるかって心配してるわ」
 心配してるような口ぶりじゃなかったけど、心配してもらってありがとう。
「日本人は、明日の朝飛行機に乗らないといけないから、よろしく頼むよ」
 ペップがインターホンに向かって声をかけると、インターホンの向こう側とこっち側で、また大爆笑だ。
 結局たっぷり30分後、エレベータのメインテナンス要員とおぼしき兄さんたちがやってきて、ぼくらは救出された。ぼくらは1階で乗り込んだのに、降りたのは地下1階だった。ただ止まっただけではなくて、1階から地下1階まで、ブレーキがきかずに落下したらしい。屋上から乗らなくてよかった。
心中しかけた男女は、これでお別れ。ぼくたちは7階、彼女たちは5階。別れ際「おれはソロモトのペップだ」と自己紹介していたから、二人の男と3人の女は初対面だったらしい。事務所に帰ったら、編集局長が「すまんことをしたなぁ」と出迎えてくれた。いつも言われているように「ノープロブレム」と返しておいた。

止まったままのエレベータ

教訓:人生が幸福か不幸かは不幸な事件に巻き込まれたか否かではなく、その場でいかにして笑うか否かにかかっている。
写真は地下1階で扉をこじ開けようとしている100kg級とペップ(地上の人の手も見えている)と、地下1階で止まったままになっているトラブったエレベータ(よく見ると段差があるのがわかる)

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