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健ちゃんの初トライアル

大神さんと健ちゃん

 先月、どビギナーとライアル真壁大会で、村のお友だちの健ちゃんが、初めてのトライアル大会参加となった。健ちゃんといっても、世界屈指のテクニシャンのトライアルライダーとはまるで関係なく、こちらは健二さん。50歳の手習いである。
 たった一日で、健ちゃんはトライアルのいろんなことを学んだようだった。やっぱり百聞は一見に如かず、習うより慣れろ、論より証拠、ネコに小判(?)なのだ。


 健ちゃんは、オートバイが好きだ。ぼくが村に住みついた頃から、ときどきやってきてはオートバイ話をしていたのだけど、しかし、ぼくが語るトライアルなんてのは、しょせん受け売りであって(それが商売なのだからしょうがない)やっぱりトライアルはやってみてなんぼのものだと思う。
 ぼくのマシンを貸してあげるから、一度やってみようと誘ったのだけど、どうも遠慮というか、気がのらない様子。健ちゃんはオートバイを大事にする人で、バイクはきれいに磨かれて保管されている。これだけ大事にしていると、他人に乗られたくないだろう。自分のバイクに乗られたくない人は、ひとのバイクも乗りたがらないもんだ。ましてトライアルは、岩の頂点からがらがら落っこちるものだということも知っている。健ちゃんは、もてぎの世界選手権を観にいったことがあるのだ。

健ちゃんの第1セクション

健ちゃんの、生まれて初めてのセクショントライの図

 健ちゃんは、オークションでオートバイを探し始めた。健ちゃんはレストアも好きだから、スポーツとしてのトライアルより、トライアルマシンを所有するのがいいのかなぁと思ったけど、ご希望はやっぱり前後ディスクブレーキだった。でも、オークションで出てくるマシンは、安ければなにか問題がありそうだし、高ければ、なんとなくぼったくられているような心配がある。一般論として、オークションでトライアルマシンを買うのは、おっかない。
 露天風呂につかったりしながらよくご希望を聞くと(健ちゃんは、仕事帰りに村のお風呂によく因るので、たまに出会う)、なんだかんだといってもやっぱり最新型(に近い)マシンがよいということになった。タダに近い準ポンコツもあったけど、30万円くらいで最近型を探すほうが、話は早い。
 そして、健ちゃんにぴったりのマシンが出てきた。06年型のガスガス250。お値段も30万円を切っている。お店から出るものだから、信頼もある。写真を送ってもらって健ちゃんに渡したら、すぐに交渉をはじめて、1週間後には東京にいってる娘に会いに行くと口実をつくってマシンを受け取ってきた。これで、健ちゃんもトライアルライダーの仲間入りだ。
 受け取ってきたのがまだ冬の寒い時期で、しかも今年はへんてこな雪が多かった。健ちゃんのマシンは苗の準備が始まっていないビニールハウスに入れられて保管された。それで、ビニールハウスの中でできる練習だけ、教えてきた。健ちゃんちは酒屋さんなので、ビールケースはたくさんある。ビールケースを踏み台にしてフロントアップのアクションをお勉強したりはできる。もちろんスタンディングスティルの練習は思う存分できる。
 しばらくしたら、スタンディングはマスターしたぞと連絡がはいった。自然山DVDでお勉強した成果だ。ビニールハウスへいけばいつでも練習できるんだから、環境はいい。おもしろかったらしくて、奥さんにもけいこをつけたらしい。成果を確認してはいないけど、奥さんもピタッと立てるようになったらしい。できなくたって困らないかもしれないけど、オートバイ乗らない奥様が数日の練習でマスターするんだから、1年も2年もトライアルをやっててスタンディングができないとしたら、それはやりかたがまちがっているから、自然山DVD見てみてくださいね。
 そのうち、ぼくがやっているお勉強会があった。健ちゃんも、自分のマシンを持って2時間ばかり顔を出してくれた。ちょうど簡単なセクションをて走っているときだったから、健ちゃんもそれに混ざって走った。あらら、上手ではないか。初めてトライアルマシンに乗るというお勉強会の参加者たちは、健ちゃんのことをベテランライダーだと思い込んでいたけど、2ヶ月前にマシンを買ったばかりの初心者だと解説したらびっくりだった。
 しばらくしたらまた電話がかかってきて、練習用のU字溝をもらえることになったから取りにいこうという。役場で不要になった材だけど、あんまり小さいのがなくて、重たいしちょっとでかいし、これで練習になるかなぁとちょっと心配だったけど、健ちゃんはやる気満々だった。
 どビギの日程は、その2週間後くらい。いっしょに練習できればお互いに安心なのだけど、休みがあわずじまいだった。でも、ど・ビギナーのセクションなら、たぶんそうそうたいへんなことにはならないんじゃないかという確証があるから、それでなかば無理やりお誘いした。
 脱線すると、真壁ではときどき雑誌向けのトライアルマシン試乗会が行われる。雑誌にもいろいろあって、トライアル業界誌仲間だと、雑誌屋さんもみんなうまい。考えてみたら、杉谷もストレートオンの泥さんもフリーランスの藤田秀二さんも、みんな国際B級だ。国内B級のセクションを走れるかどうかでおたおたしているトライアルジャーナリストは、ニシマキだけなのであった。で、そんなところにふつうの雑誌屋さんもやってくる。彼らはテストを藤田さんや小林直樹さんにお願いすることが多いんだけど、乗らなきゃ楽しさもわかんないと思っているニシマキは、自分でも乗ってみなさいよとお勧めする。でもみんな、乗ろうとしないんだな、トライアルはむずかしそうだし、第一岩だらけのこんなところ、あぶないじゃないかと断固乗ろうとなさらない。今の雑誌屋さんは、きっとオートバイに興味がないのだなぁと、悲しくなる一瞬である。下手に乗って転んだりしたら迷惑がかかるとか世間体が悪いという理由もあるんだろうけど、オートバイなんてもともとアウトローの乗り物であって、世間体なんてのと無縁なところに存在するはずなのに、残念でござる。
 すいません。話が大幅にそれました。つまり真壁って所は、それくらい、見た目も険しいし、ひとまわりしてくるのもそれなりにむずかしいところです。つまり初心者にはけっしてやさしくない。どうなるかなぁと思って、朝一で健ちゃんを連れ出して、ランドを一回りしてみた。ぼくが持っていったのはトライアンフなんで、実はぼくもそんなに楽ちんじゃなかったのだけど、引率者づらをして引っ張っていってみると、健ちゃんは意外にするすると走ってくるではないか。なんだ、こんなに走れるならもういいやと、無責任な引率者はすっかり安心した。
 お金払って名前を書くだけというお気楽な受け付けをし「簡単なもんですねー」と健ちゃんに感心していただき、スタートを待つ。健ちゃん、積極的に周囲のおじさんに声をかけて、親交を深めている。
「聞いてはいましたけど、ほんっとに年齢層が高いんですね」というのが、健ちゃんの第一印象だった。健ちゃんは、50歳のお誕生日プレゼントでガスガスを(自分で)買った。家庭内とかご近所的には、いい年をこいて、みたいな反応もあったと思うんだが、真壁へやってきたらびっくり。50歳なんて、まだまだへなちょこの若造だったというわけだ。健ちゃんのオートバイ歴は長い。関係ないかもしれないけど弟さんは白バイに乗っているし、先日は念願だったXL250S(23インチ)のレストアを完成させた。子どもができてオートバイには乗らなくなる元若者が多い中、健ちゃんはずっと乗り続けてきた。その健ちゃんが出会ったことがないオートバイの楽しみ方、それがトライアルだった。

健ちゃんの一生の不覚的ターン
早苗さんの模範的ターン

健ちゃんの一生の不覚的ターンと、同じターンを美しくまわる某岡村早苗さん

 そんなこんなして、健ちゃんの記念すべき第一回トライアルが始まった。なんといっても50の手習いだから、結果は最初から半ば見えているのだけど、健ちゃんはまじめだから、ベストを尽くすべく自分のトライアル人生をスタートさせた。
 健ちゃんは、冬にマシンを手に入れた。雪のある寒い時期、お米の種まきまでの間は、マシンはずっとビニールハウスに鎮座していて、ハウスの中でのトレーニングは充分に積んできた。だから、その部分については素人顔負けである。できたての自然山通信「伊藤家のトライアル入門編」をプレゼントしたら、1週間後くらいに「スタンディングスティルはマスターしました」と大喜び。まぐれで立てるようになったのをマスターしたと勘違いしてるんじゃないかなと高をくくっていたのだけど、いやいや、ほんとにお上手だった。ビニールハウスにいけば、毎日すぐに練習できる環境というのは、やっぱりあなどれない。オートバイもしまいこんじゃってると、引っ張り出してくるのにめんどくさいですからね。
 なので健ちゃんは、スタンディングスティルや平らなターンは上手にできる(ビニールハウスの中は平だから)。平でない地形も、裏の空き地に丸太を転がしたりして、それなりに経験を積んでいた。でも、トライアル場の、しかもわざわざ意地悪に設計されているセクションというのは、やっぱり別物みたいだったのだなぁ。
 健ちゃん、上手に走ろうと気構えてセクションインをする。予定通りに進んでいるうちは、この人ほんとにトライアルは今日が初めてなのかなとびっくりするようなライディングを披露する。でもそうは問屋が卸さない。健ちゃんちは酒屋さんだから、問屋さんが意地悪なのはよくご存じだろうけど、セクションを作る人のほうがもうちょっと意地悪だったかもしれない。あるいは、地球ってところは、そんなふうに意地悪なのだ。
 予想外の展開が起きる。それは、ほんの小石ひとつだったり、行くべき方向を角度にして5度ばかりまちがえただけだったり、展開の度合いとしてはごく小さなものなんだけど、完璧を目指して取り組んだ健ちゃんにしてみたら、これはゆゆしき大事件なんである。健ちゃんは遠慮深い人だから、完璧を目指してなんかいないかもしれないけど、なんにしても、自分の想定外の事態が起きると、人間はびびってパニックになるようだった。
 セクション平らだし、どビギナーのビギナークラスだから、パニックになったって、がけから落ちるとかそういう事態ではなくて、せいぜい立ちごけするとか、足をついたりするくらいなんですよ。それでもその瞬間、健ちゃんの全身から「うぉー、し、しまったー、おれはもうだめだぁー」みたいなオーラがわき出てくるのがわかって、こりゃおもしろい。初めての(しかもちょっと上手な人を)トライアルに連れて来るのは、こんな楽しみを味わえる余禄があるんですね。
 当日はぼくもそれなりに参加者だったし、つい気がつかないふりをして大会を終えて、帰りの車の中でお話をしたら、健ちゃんはとにかく足をつくまいと必死だったとのこと。足をつかないのはえらいけど、10回より5回、5回より3回、2回、1回のほうがえらいから、足つきゼロを目指して転んだりばたばたの足つきになるより、きっちり足をついてマシンを出すこともトライアルテクニックです、といまさら教えてあげたら「そ、それは気がつかなかったー。目からうろこでした」とくやしそうでした。すいません。もっと早く言ってあげればよかった。せっかくそれに気がついたから、今度、もう一度行きましょうね。
 そうして結局のところ、初めての割にはとても上手な健ちゃんは、上手なゆえに、今日が初めてのど素人だとは誰にも気がつかれず(オブザーバーさんにも気がついてもらえたら、もっと応援してもらえたり褒めてもらえたりしたのにね、きっと)、終わってみたらリザルトの最下位のほうを立派に争っていた。健ちゃんは大人だから「いい経験させてもらいました」なんて言っていたけど、きっと内心は「こんなはずじゃなかった」と地団駄踏んでいたにちがいない。でも、トライアルって、そういうもんだ。

岡村家のライダーたち

トライアルをするのはじじいだけでなく、一家でみんなトライアルなんておうちもある。しかもとーちゃんは国際A級なのだ

 初めてトライアル会場を訪れて、じいさんが多いのにびっくり。こんな高齢になってもがんばるなぁと思っていたのに、実はトライアルをやらせてみたら、若者顔負けで走るじいさんがぞろぞろいらっしゃる。トライアルはなにより経験がものをいうんで、じいさんはじいさんなりに、生きてる限り経験を積み上げ続ける。若者だってだけでじいさんに勝てるような、甘いもんじゃないのだという教訓を、健ちゃんは初トライアルで思い知っちゃったのである。いや、若者といったって、50歳なんだけどね。
 というわけで、トライアルライダー一人誕生しました。お忙しいから、毎週日曜日にトライアル大会を渡り歩いているみなさんの仲間入りをするのはもうちょっと時間がかかるかもしれないけど、どうぞみなさん、仲良くしてあげてくださいまし。

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