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嬉々管理

どビギナートライアルにて

 世の中は、どんどん便利に、安全になってきている。全部、機械がどうにかしてくれる。人間がちょっとくらい失敗しても、機械が正しい方向を示してくれるし、安全を守ってくれる。人間は、のほほんと生きていれば、それでいいような、素晴らしい世の中になった。
 でも、ときどきこれでいいのかと思うことがある。特に若い人だったら、もっとスリルを味わったほうがいいんじゃないかと思ったり、あるいはそうしないといけないんじゃないかと思ったりもする。まぁしかしともあれ、ぼくたちが楽しんでいるトライアルは、そんな現代の世の中と、まるっきりといっていいほど、対極にある。トライアルの少し中の人になって、実はそれが自慢でもある。


 最近の駅には、線路に人が落っこちないように、防護壁がついてるところが多い。東京の中央線なんて、なんでだかしらないけど人身事故が多くて、しょちゅう電車が遅れている。飛び込みたいやつは勝手に飛び込めばいいと思うけど、電車に飛びこむと電車が遅れてみんなが迷惑だ。鉄道屋さんは大枚はたいて防護壁を作らざるをえなくなるんだよね。
 でも日本に鉄道ができてから150年ばかり。これまで防護壁なんて発想はなかった。国電(死語ですね。国電あらためE電になったけど、こんなEかげんな命名が定着するわけはなかったでした)のラッシュも今よりもっと殺人的時代があったと思うんだけど、あんな安全装置はなかった。それでもみんながみんな、ホームから落っこちて死んでいたわけじゃなかったのだ。
 死にたかったり、泥酔していたり、ホームから落っこちるような人はご自由にどうぞという気持ちもないではないけど、だから安全対策はしないほうがいい、なんていうつもりはない。死なないですむんだったら、それにこしたことはないからね。でも、それってほんとのほんとの意味で、安全対策になってるんだろうか。
 ぼくは中学生の頃、よく汽車に乗ってひとり旅をした。冬休みなんか、スキーが大はやりで、汽車は大混雑のことも多々あった。席がなければ、デッキに座っていた。当時の汽車はドアが手動開閉式だったので、デッキのステップに腰かけて外の空気にあたりながら、ときには居眠りなんぞしながら旅をした。うとうとして前に落っこちたら、そのまま線路バタに墜落するステキなシステムだった。幸い、ぼくは居眠りしながらも墜落することなく目的地についたから、いまでも生きている。列車が止まるまで降りるな、飛び降りは危険だ、というアナウンスを聞きながら動いてる列車から飛び降りて、ひっくりかえったことがあった。駅員さんに、だいじょぶか、なにやってんだとたしなめられ、すいませんすいませんとあやまった覚えがある。ぼくはあれで、動いているものの慣性力を、からだで覚えることができた。
 あぁそうだ。とびきり満員のときは、デッキにも人があふれていて乗るに乗れないこともあった。そうすると客席の窓が開いて、ここから入ってこいと見知らぬお兄さんに手をさしのべられたものだった。今、そんなことをしてくれる人がいるだろうかという気もするんだけど、それ以前に今の列車は、そもそも窓があかないんだよね。
 思い出話はともかく、昔日のああいった体験は、はたしてただただ危険で野蛮なものだったんだろうかと、最近考えるのであります。我が村にやってきた最近の若いもんを、すぐ横の畑まで連れて行くのに、軽トラックの荷台に乗せたりすると、ディズニーランドのアトラクションに乗ったような喜びを示すやつ、そ、そんなことしていいんですかと心配そうな顔になっちゃうやつ、いろいろだ。少なくともみんな、軽トラックの荷台に乗せられて移動することなんて、ないんだね。
 そりゃ安全とはいえない。落ちたら、程度はともかく、痛いと思う。痛い思いをすることって、あっちゃいけないことなのかな?
 ノーヘルでひっくり返って脳震盪になったり、プロテクターしないで転けてスネなんか思いきり打った覚えがある人だったら、以後の安全対策は欠かさないだろう。でも、今生まれたばっかりの新人類はどうなる? 大事に安全に育てられて、防護壁に守られ、一度も痛い思いをしたことない子どもたちが、はたしてどんな安全感覚を身につけるのか、ちょっと、こわい。生まれて最初にやらかした事故で命を落としてしまったり、しないのかな? そういえば最近は、若い人による凶悪殺人事件も多いけど、彼らは小さいときに虫を殺したり小動物をいじめたり、しなかったのかな? 生まれて初めて命を奪ってみたら、それが人間だったとしたら、それは双方お気の毒だ。
 今じゃ、軽トラの荷台はおろか、全席シートベルトが義務化されている世の中だし、野良犬のお尻にろうそくでもつっこもうものなら、たちまち動物虐待で吊し上げられる(やったことないです、念のため)。なかなか、人生勉強するチャンスもないんじゃないかと、心配であります。
 すげー長い前置きだったけど、実は本題はここからだ。ぼくらが楽しむトライアルという世界は、今の世の中にあっては、いたってマイナーで人も多くない。なのでお店が少ないとかパーツが手に入らないとかトライアル雑誌が書店で手に入らないとか、いろいろ不便も多いわけだけど、逆に、だから大目に見られちゃってる部分も少なくないと思う。法律を守らなくて助かったっていってるわけじゃないよ。現実には、法律を守れなくて営業をやめたり、生きていけなくなっちゃってる人もいるわけだから、トライアルもぎりぎりのバランスで生息しているんである。
 そんなわけで、トライアルマシンには、今のところオートバイにふつうについている安全装置がほとんどついてない。ニュートラルランプなんて、トライアルにどっぷりつかっていると、そういえばそういうものもあったなぁとなつかしく思い出すくらいのもんで、スタンドが出てるとエンジンが止まるなんて安全装置も、もちろん、ない(トライアル的には、あれはあぶない。デコボコを走ると、突然エンジンが止まったりするから)。最近はオートバイにもABSとかついてるらしいけど、ABSなんか装備された日には、どうやって乗っていいかわかんなくなっちゃうにちがいない。
 入門者にとって、今も昔もトライアルはむずかしいカテゴリーだ。生まれて初めてトライアルをやるという人には、よっぽどメニューを気づかってあげないと、楽しいばかりか拷問にあったような疲労感ばっかりのこることになりかねない。でもそれだけじゃない。トライアルマシンの、美しいばかりにいさぎよく安全装置がついていないことにも、たいていの人はびっくり仰天して、少しばかり慣れを要するにちがいない。なんたって、最近のオートバイには、キックスターターがついてない。そういうのばかり乗っている人(今の30代より若い人は、圧倒的にそんな人ばっかりのはず)にとって、トライアルマシンはまずエンジンをかけるところからなぞが始まってしまう。
 ブレーキをかければかくんとマシンが止まって握りコケするし、アクセルを開ければピックアップがよすぎてぎくしゃくしたり、場合によっては暴走する。くたびれたから腰かけて走りたくたって、シートもない。このマシンを買えば、みんながやっているように前輪を持ち上げたり岩を乗り越えたりするのが簡単なのかと思いきや、買ってみたらなにもできない。トライアルマシンとは、トライアルをやるためのマシンだけど、トライアルができない人が、お湯をかけただけでトライアルができるマシンじゃないんだった。
 今、世の中はどんどん便利に、安全になっている。そんな世の中の流れから、完全に取り残されているトライアルマシン環境。遅れてる、のかもしれないけど、今の世の中「安全を自分で勝ち取る」訓練ができる道具の存在は貴重だ。そういう点からも、トライアルをお勧めしたいぼくたちなんであります。

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