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バブル後のロシア

2009ウラジオストックエアウラジオストックエア

久しぶりに、ロシアの沿海州に行ってきた。ロシアにいくつ州があるのかは知らないけれど、沿海州は、海に面したあたりの州。海とは、日本海だ。ウラジオストクやナホトカがよく知られている。

今回は、ウラジオストクに滞在して、周囲の山をちょっとだけ走ってきた。正しくは、山を走るクルマの横にのっけられて、絵を描いてきた。ロシアンラリーのコマ図書きをやったんだけど、こんなことをさせてもらうのも、8年ぶりくらいだ。

ロシアに行くのは楽しい。海外出張も慣れっこになってしまうと、異国情緒なんてのはあんまり感じなくなってしまうもんだけど、ロシアには、まだそれがある。加えて、ロシアはタイムマシンであるというのが、ぼくの持論だ。

ウラジオストク港ウラジオストク港

初めてロシアに行ったのは、1995年だった。ソ連が崩壊したのは1990年だか91年で、当時はもうソ連はなくて、すっかりロシアになっていたはずだったのだけど、いざ行ってみると、まだまだソ連の面影は強かったみたいだった。パスポートに押されたのは、賞味期限が切れちゃったみたいなスタンプで、国名は当たり前の顔して、CCCPになっていた。ロシアのスタンプ、まだつくってなかったんだね(ちなみにソビエト連邦共和国は、CCCPと略す。シーシーシーピーと読んではいけない。これはロシア文字でСССРと書いてあって、アルファベットになおすとSSSRになる。英訳するとUSSRですね)。

ガソリンスタンドがセルフサービスなのは、先進的なのではなくて、係の人はお金をがっちりキープしていなくちゃいけないから、燃料は勝手に入れろというシステム。最初に何リットル売ってくださいと清算して、その分だけ燃料を入れる。目測を誤って、買った分だけ入らなかったら残念でしたという悲しいシステムでもあった。お金を受け取るのはおねーちゃんだったりもするけど、鉄格子の向こうにいて、お金も手渡しはできない厳重な警戒態勢だった。すごい。

街道沿いのコンビニは、よほどのロシア通でないと、発見できない。お店というより要塞で、なんの看板も出ていない。日本でいえばちょっとあやしいバーなんかの雰囲気に近いけど、真っ昼間にクッキー買いたいのに、あやしいバーへ行くのとおんなじくらいの覚悟がいるソ連って、やっぱりすごい。

店には、どすこいのおばちゃんが鎮座している。そして、こわい。冷やかしはお断りだよと、態度が語っている。実際に「不審な動きをするんじゃないよ」と怒られたこともある(もちろんことばがわかんないから、あとから教えてもらった。ことばがわかんなくても、その雰囲気がおっかないから、大意はわかる)。品揃えは意外に豊富だったけど、手に取って買い物できないから、事実上外国人が買い物するのは無理だ。しかもロシア人ときたら、お店のことをマガジンという。マガジンっていったら、雑誌じゃないか。マーケット、マルシェあたりがなまった単語かもしれないけど、悩ましい。

街道沿いのレストランも、発見できる代物ではなかった。とてもレストランには見えない。日本でいえば、道ばたの公衆便所みたいなところに入っていくと、飯が食えるという仕組みになっている。お店のねーちゃんは、まず笑わない。おっかない。そしてやっぱりどすこいだ。

ロシアの娘自体は、美人が多い。それもとびきり美人が多い。なのに、旅人の前に現れる女性は、一様にどすこいで、目つきが悪くて、愛想がない。なんか恨みでもあるんじゃないかと勘ぐってしまうほどだけど、日本人として恨みを買うといえば、日露戦争で勝ってしまったくらいだなぁ。さっぱりわからん。

というような経験を最初にして、それから毎年のように通っていると、毎回、ロシアはものすごい勢いで変化しているのに気がつかされる。思えば、最初にいったときには、まだロシアがロシアに戻ったことを知らない時期だった。モスクワから遠く離れているから、中央の政変が極東地域まで伝わるのには、数年が必要だったのかもしれない。

道ばたに、少しずつ看板が立ち始めた。それもコカコーラとかの、なんていうか、数年前までは敵国だった国のコマーシャルだ。

穴ぼこだらけだった道路は、どんどんきれいになっていった。それまでは、ドアがなかったり屋根がなかったりするクルマが走っていたけど、日本からどんどん中古車が輸入されるようになった(ひょっとして、その一部あるいはほとんどが盗難車だったかもしれないけど)。最初はぽんこつの四駆あたりが人気だった。そのうち、ぴかぴかの四駆がロシアを走り始めた。さらにそのうち、四駆でない乗用車が走り始めた。ゴージャスなセダンが走り始めるのと、道路がきれいになるのとは、ほぼ同じタイミングだった。このタイミングから考えると、日本では圧倒的に道路先行でしたね。

愛想のないレストランのおばさんは、美しいにこにこ顔のおねーさんにとって変わられた。たぶん、レストランのおねーさんは、きれいでにこにこしていれば、客単価も増えるということを、彼らは経験的に知ったのだと思う。社会主義の世の中では、そういう商売を考える必要はなかったから、これこそ民族の革命だったんじゃないかと思う。

寝泊まりしたホテルルーシー。外観はちょっと不気味

昔から、一部には男に媚やいろんなものを売る女性たちもいたけど、ソ連が崩壊してみれば、女性にはもうちょっと健全に商品価値があるということも知られてきた。すると女性たちは、みんな美しくなる。美しくなるし、20歳を過ぎたらもういいやとばかりにどすこいになってしまっていた体型も、変わってきた。みんな、資本主義の効能ではなかったかと思う。

いやはや、ぼくが通ったほんの5年ばかりの間に、ロシアはものすごく変化した。で、ここまでは、ぼくが通った1995年から2000年くらいまでのお話だ。

2009年、しばらくぶりにいったロシアの第一印象は、ウラジオストクの空港が、少しきれいになっていた。毎年のようにロシアに出かけているロシアンラリーの主催者の森さんによると、今年のロシアは火が消えたようだという。バブルがはじけちゃったんだそうだ。

ロシアの友人に、ニコライというやつがいる。日本にも何度か来て、少しだけ日本で遊んだこともある。大男で力持ち。野方図だけど、心やさしい。

知り合った頃は、貧乏そうで、クルマもぽんこつだった。日本からロシアンラリーで出かけていく日本勢は、みんないいクルマにいいバイクを持っていて、彼らとは別の世界に住む人みたいに見えた。

あんまり献身的に遊んでくれるしお世話してくれるので、ぼくはニコライにウインチを買ってやったことがある。オークションで買って、5万円だった。今も昔もぼくは貧乏だけど、ニコライはもっと貧乏そうに見えたんだ。

それから数年経って、ニコライもコンピュータを買ったらしく、メールが届くようになった。ロシア語を自動翻訳機にかけたらしい英語のメール。ときには、さらにそれを自動翻訳したらしいとんでもない日本語のメールも届いたりした。「私電信したあなた。あなたなぜ返事来ない? 私わからない。怒ってる」なんて文面。いいたいことはよくわかる。ごめんなさい。

返事をしないぞこのやろう以外には、いっしょに商売をしないかという誘いもあった。商品はなんだったか、オイルだったその関係だと思うけど、ロシアで仕入れて引き渡すから、日本で売れ、というお誘いだった。商売っ気があったら飛びついていたかもしれないが、ちょっとあやしい話だし、もしぶっ飛んだら首をくくるしか手がなさそうだし、びびったままその話は流れてしまった。その頃、ロシアはなんだか知らないけどバブルで、ニコライもどんどんお金持ちになっていったみたい。乗ってるクルマも、機能満載でドレスアップされていった。

ロシアのバブルがどうして起こって、なんではじけたかはよくわかりません。ぼくが経済の話をしてもあやしいことこのうえないので、それはそれということにしておきます。ぼくは日本にいてもバブルの恩恵にはあずかれず、その時期には砂漠やジャングルで泥んこ遊びばっかりしていたのだけど、ロシアでもまた、ちょうどバブルのタイミングには一度も行かずじまいだったということになる。

09ロシアの増岡さん
スタンドにいた増岡弘さん

ガソリンスタンドは、日本やアメリカと同じとはいわないけれど、だいぶ近代的になっていた。なぜか、エネオスのスタンドがあって、パリダカチャンピオンの増岡弘がにっこり笑っている。増岡さんは、かつてロシアンラリーに何度もやってきた。増岡さんはビッグネームだけど、オフロードが好きという点では、ぼくらとなんにも変わらない。増岡さんは有名になって忙しくなって、ロシアには来れなくなっちゃったけど、ロシアのガソリンスタンドが増岡さんの写真を飾る時代になったってわけだ。

レストランは、ずいぶんこぎれいになった。ほこりっぽくて、がらんとしていて、無用に天井が高いソ連っぽいお店は、だいぶ少なくなったみたいだ。

びっくらこいたのは、いたってヨーロッパ式のスーパーマーケットができていたことだ。品揃えも豊富。新潟や富山から仕入れているのか、日本の商品も豊富だ。カップヌードルにペットボトルのお茶。これなら、日本人も平気でロシア暮らしができる。外から見ると、ちょっと殺風景なのは昔と変わっていないけど、スーパーマーケットの存在にびっくらしている日本人とは、ロシアの人にとってはなんと田舎者かと思われたろうけど、ぼくたちはあなたたちのその急変身ぶりにびっくらたまげているのですよ。

もうひとつ一大チェンジだったのは、道をツーリングしている一般ライダーが見受けられたことだ。10年前には、オートバイで旅をするなんて非生産的なことは誰もやってなかった。第一、旅に適したオートバイは手に入らなかった。今、ロシアの道は(ある程度)快適な舗装路になり、ロードスポーツがすいすい走れるようになった。光り輝くヘルメットに革ジャンを着たバイカーたちが、ロシアの道をクルージングする。10年前には、シートがぼろぼろになったヤワとかが、でこぼこ道をガタピシ音を立てて走っていた。たぶん、日本の昭和30年代前半くらいがこんな感じだったのだと思う。日本が20年も30年もかかって手にした近代化を、ロシアは5年やそこらで突き進んでいる。

09ロシアのお姉さんロシアのお姉さん。ただし向こうにいるのはれっきとした日本人です。

その裏返しというか、困ってしまうこともいっぱいある。10年前、最初は無線機の持ち込みが厳しかった。たぶん軍事的な問題だったのではないかと想像される。無線機の持ち込みが厳しかった頃、GPSの持ち込みはフリーだった。なんだか解せなかったけど、ある年、入国のときにいきなりGPSを没収という悲劇が起こった。GPSの持ち込みが許されていたのではなくて、ロシア側がGPSの存在を知らなかったのかもしれない。もちろん10年経って、今はGPSを持っていってもなんのおとがめもない。ロシアのみんなのクルマには、GPS搭載のカーナビだってちゃんとついている。

通訳として同行してくれたマキシメンコくんによると、ロシア政府はある日突然政策変更をするんで、あてにならないんだという。かくゆうマキシメンコくんも、悲しいことがあった。マックスは日本から中古車を輸入して、ロシアで売っていた。日本の中古車は品質がいいので、どんどん売れる。ロシアは欧米と同じく自動車は右側通行だけど、町を行くクルマのほとんどが右ハンドルだ。一時政府は右ハンドル禁止策を打ち出したけど、なし崩しになったらしい。左ハンドルなのは、パトカーとか軍用車とか、あとはバス。
「バスは韓国から輸入されたのが多いです。日本のバスは、ドアが左側についていますだから、ロシアを走ると道の真ん中に人が降りることになっちゃうだからね」

マックスが説明してくれた。さもありなん。マックスの日本語は流暢で、ちなみに奥さんとはウラジオストクの大学で知り合った。奥さんはフランス語を学んだ、外国語専攻仲間なんだという。

そのマックス、この数年で、突然かけられた自動車輸入関税のおかげで、商売が上がったりになった。輸入業をやってるんだから、関税くらい払ってもいいだろうと思ったけど、その関税は本体価格の何百%とかというとんでもない高額で、これじゃ日本からの輸入車なんかを買おうという人はそうそういない。

だから今、マックスはフレームつきの昔の日本車を物色している。関税はボディに対してかけられるみたいなので、フレームつきの自動車をばらして、シャーシをロシアに運び、ボディは半分に切断し、ロシアに持ってきてからまた溶接する。これなら関税がかからないってわけだ。
「でもいずれにしても、商売は致命的打撃をうけたんじゃないの?」
「そう。ぜんぜん売れないね。自動車は、どこも余っている」
「ロシア政府にこのやろうとか思わないの?」
「しかたないね。別の商売を考えます。今は、日本に小麦粉を売りたいと考えています」

たくましいのである。学生時代に自分の国であるソ連が崩壊し、国旗も変わった。政府が言うことをころころ変えるのも、慣れっこな感じ。総理大臣が毎日の記者会見で心変わりを指摘されてしどろもどろになる日本では考えられない心の広い国民たちである。

それでも、今のロシアはソ連時代には考えられない自由を得た。ソ連時代は、今思えばいつでも誰かに監視されているような、冷ややかな空気を感じたものだけど、今はそんなことはない。でも、手放しでそれがいいってわけでもないらしい。

道ばたには、スピードガンを持ったおまわりさんがうろうろしている。そして、ぽんぽこつかまえている。罰金は、国庫に納入されるのかと思いきや、どうも彼らのお財布に入ってしまうらしい。マンガみたいな話だから、もしかするととし伝説かもしれないけど、もしかすると本当かもしれない。

都市伝説でも、しかし罰金をとられるのは確かなようで、10年前にはみんな勝手なスピードで走っていたのに、今はけっこうジェントルなスピードで走っている。私腹を肥やしているかもしれないけれど、みんなの安全も確保できるのだから一石二鳥じゃないか。と、あくどい交通警察のおまわりさんは言うんだろうな、きっと。

マックスに、ソ連がなくなってロシアになって、どう変わったと聞いてみた。そんなに簡単な質問とは思えないけど、マックスはいいことも悪いこともあったと返してきた。
「悪いこと?」
「ソ連時代には、システムがありました。今はいろいろなことがでたらめです」

マックスの政治評は単刀直入だ。プーチンのことはきらいだと、マックスはおっしゃった。町にきれいな乗用車があふれるようになって、コカコーラの看板が乱立し、人々は自由を謳歌しているように見える。

本当は、ソ連とロシアのどちらがよかったのかは、ぼくにはわからない。でもなんとなくなつかしい感じの大味で素朴な味わいは、少しずつ失われているような気がする。

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