第1回
親指シフトとのつきあい
世の中には、親指シフトという入力方法があります。日本にワープロが普及し始めたときにはそれなりに使われていた入力方法だけど、いつのまにかすたれてしまって、いまや親指シフト用キーボードも売ってません。今売ってるもので親指シフト入力を認めているのは、キングジムのポメラだけじゃないかな? それでも、親指シフトを愛用している人は少なくありません。
親指シフトの歴史とかについては、日本語コンソーシアムのサイトをご覧ください。
http://nicola.sunicom.co.jp/
もともとは富士通が開発したものですが、快適な日本語入力を求める人たちがこのコンソーシアムを作って活動しています。
そういう人たちが、自分の愛する入力方法を維持するためにやっているのは、次のふたつがあります。
その1
昔のキーボードを大事にして、いつまでもそれを使う。
しかし古いITアクセサリーはこわれるリスクがあるし、そのものがこわれなくても使う側のコンピュータとかが新しくなると、それで使えなくなったりします。しかたないから古いOSを使い続けたり、たいへんな思いをされているようです。
その2
エミュレーションソフトと併用して、市販のキーボードを使う。
特にノートパソコンの場合、外付けキーボードを接続することはできるものの、本体にくっついているキーボードをを自由に選ぶことはできません。そういうときのために、キー配置をソフト的に置き換えるツールがあります。これを使って、たとえば「J」を打つと「TO」が出力されて、画面上には「と」が現れる、ということをやります。ぼくはこれまで40年近く、ずっとこういうエミュレーションソフトを使ってきました。しかしMS-DOSからDOS/V、Mac、System7からOSXと、機械を変えたり時代に応じてOSが変わるたび、それに合わせるソフトを探す必要があります。親切に教えてくれる人はいますが、ときどき悲しい思いもしてきました。そして親指シフトは、手前に親指で操作するふたつの親指シフトキーを配置する必要があります。Vの下、そしてNの下あたりがその親指キーになります。キーの配置はエミュレーションソフトでなんとかなるとしても、その位置に独立したキーがあることが、親指シフト入力には不可欠になります。一つはスペースキー、もう一つは、かなキーとか無変換キーとか、なんでもいいけど、とにかくそういうキーが必要。スペースキーが横に長い、いわゆるUSキーボードは、この点で使い物になりません。
話の本題からは脱線しますが、ぼく自身の親指シフトの歴史を振返ってみますと、まずキーボード入力を始めたのが、親指シフトキーボードのワープロ専用機、OASYSでした。OASYS LiteF・ROM7だったと思うんだけど、これが発売されたのが1986年11月らしくて、液晶には40文字×5行しか表示されないというつつましい仕様でした。
ただしぼくは、この機種で親指シフトを覚えたのではありません。当時「ワープロといえばOASYS」というくらいのシェアを持っていて、ワープロを買ったらOASYSで、OASYSを買ったら親指シフトキーボードがついてきたというわけですが、当時は親指シフトが富士通の独自方式で、他のワープロなりを使おうとした場合つぶしがきかないという論調かあったのと、ローマ字入力の方がとりあえず簡単に入力ができそうなので、ぼくが始めたのはローマ字入力でした。
それからもう1台ワープロマシンを買って、さらにそれから1989年に登場のパソコン、東芝ダイナブックJ3100SSを買いました。文章を入力するという点では最低限の機能を持っていたし、キーボードもいいものがついていて(いまだに、これまでに使ったキーボードで一二を争ういいキーボードだったと思います)、不満はありませんでした。しかしこの機械を使ううち、フリーソフトウェアというものを知り、そして出会ってしまったのが、当時アスキーの名物編集者だった遠藤諭さんが作った親指ぴゅんでした。
機械の指示は機械的に固定化されていると思っていたところ、そんなことも自由自在になってしまうというコンピュータと、巷にあふれるように存在するソフトウェアたちが楽しくなってしまいました。その手始めに、ぼくは親指ぴゅんで親指シフト入力を始めることにしたのでした。
J310SSの次は、エプソンのPC9801互換パソコンを買ったんだと思う。このとき、キーボードに選んだのがASkeyboradでした。このキーボードは、富士通から親指シフトのライセンスを供与された、親指シフトキーボードでした。ASkeyboradを使いたいがために9801互換マシンを買ったのかもしれない。このキーボードは富士通純正ではないものの、ぼくが親指シフトに使った唯一のホンモノ(に近い)親指シフトキーボードです。
しかし旅先で仕事することも多くて、その際にこの大きなキーボードを持っていくのもたいへん。ホンモノの親指シフトキーボードはスペースキーの他に変換キーがあるけど、そんなキーボードはふつうには売ってないから、となると親指ぴゅんのようなエミュレーションソフトを使うほうがつぶしがきくということで、以来、親指シフト専用キーボードを使う選択肢は避けて生きることになりました。
それからJ3100/V、MacintoshSE、PowerBookなどなど使ってきたけど、ずっとエミュレーションソフトを使ってきました。なんて名前のソフトを使ったのかはもう思い出せません。キーボードとパソコンの間に、なんらかのソフトが介入しているコンピュータをずっと続けてきたのは、確かです。今はLacailleを使ってるけど、その前はKarabinerってのも使ってたし、Teslajlaのもありました。もっといろいろあったと思うけど、全部は思い出せません。
その間には、名キーボードとの誉れ高い、Apple II GSのキーボードも使ってみました。ADPポートというMac専用の接続方法をとっていました。このキーボード、ポートがぐらぐらになって使わなくなって、そのうち断捨離の刑に処せられちゃったんだけど、もったいないことをしたなぁ。スペースバーは横に長いので、途中でちょんぎって、左側にあるキーをプラ板で延長させて親指シフトキーにしたりしていたこともありました。
すっかり話が長くなりました。自分の昔話が長いというのは、じじいの特徴です。ごめんなさい。そしてHHKBに出会って、もはや、ぼくの入力環境はこのまんまで人生をまっとうするのだと思っていたのですけど、そしたらあなた、いまどきはキーボードのマッピングを自分で自由自在に変更して、自分の好きなキーボードを作ることかできるという情報を得てしまいました。親指ぴゅん以来のカルチャーショックです。
プログラミングとかについてはまったく門外漢というか、過去に少しだけ手を出して挫折した覚えがある身としては、なんだかはてしなく無謀な挑戦のようにも思えるのだけど、できることは助けてあげるからやってみなさい、と背中を押してもらって、まずはキーボードを買ってみることにしました。GK61ってやつです。
初めて見る販売サイトで、オプションでキースイッチを選べと言われてもなんのことやらわからず、しばらくは眺めるばかりでした。
そのサイトは自作キーボードを中心としたネットショップで、このキーボードいいなぁと思って詳細を見てみると、これは完成品ではない、キットである、キーキャップは付属していない、なんて書いてあります。要するに部品が届くわけです。自作キーボードといえば、自分ではんだごてを持って組み立てるものだという認識があるので、近寄ってはいけない匂いがぷんぷんします。
しかしそれでも、このキーボードは完成品で届くらしいこと、キースイッチのオプションは3つくらいあるもののなんでもいいから選択すれば注文できそうなこと、買ってみて失敗だとしても、失うのはキーボード代の9,100円也だということがわかって、それで、えいやと買っちゃいました。
某月5日に注文して、そしたら15日にはもう届いちゃいました。海外から(おそらく中国から)来たものだと思うけど、早かった。
大きさは、それまで使っていたHHKB Professional JPと大差なし。大きくちがうのは、このキーボードはエンターキーが横一文字のUSキーボードであることと、スペースバーが左右に分割されていることです。
キータッチはカチカチとうるさいけど、ちょっと好み。でもキースイッチは変更できるので、このへんはどうにでもなるはず。
試しにパソコンにつないでみたけど、パソコン側で設定されている親指シフトをそのまま受け継ぐと、左右の空白キーの設定があっていないので、ちゃんと出るキーと出ないキーがある。ぼくはAの横にコントロールキーがあるキーボードでないと使えないけど、このキーボードはそこにCapslockがあります。だからまずは、このキーボードは買ったまま、箱に収めたまま時々ながめるオブジェとなりました。
<つづく>
(最初の親指シフトキーボードは、楽天市場の出品者さんから借用しました)
2回目:https://www.shizenyama.com/shizenyama/41903/
3回目:https://www.shizenyama.com/shizenyama/41912/