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SY250F黒山号
黒山健一のスコルパSY250Fに乗せてもらった。年が明けて、2007年モデルに乗り換えたから、お役ごめんとなった2006年型だ。黒山の場合、2006年はスコルパ、2007年はヤマハと、ブランドからしてちがうのだけど、これは契約上の問題で、マシンそのものは変わっていない。2006年にでた改善要求を視野に入れて新品パーツで組なおしたのが黒山用の2007年型ヤマハマシンということになる。
はたして、その乗りやすさやパワーフィーリングなど、さすがという部分と驚くべき部分とがあり、結論としては、これすなわち黒山健一スペシャルマシンなのだというところだ。
これまで、ぼくらはスコルパ250Fについて、初期段階からたびたび試乗を許してもらっていた。最初に乗せてもらったのは2005年の全日本最終戦SUGOの会場でのことで、まったくのプロトタイプマシンだった。スムーズでちょっとパワー感のない低速域と、驚愕の高回転パワーが印象的だった。そのときは詳細は教えてもらえなかったけど、あとで聞くと、カムシャフトはWRのまま、トライアルマシンとは異質のフィーリングは、こういうことなら当然ともいえる。
次に乗ったのは、夏のベルドン(5日間トライアル。ニシマキは、この大会に出場し、スコルパにはすっかりお世話になった)でのことだった。日本では黒山、野崎、成田の3人がこのマシンで全日本参戦を始めたが、この3台と同時期に日本に到着したマシンは、いろんな人の手によって調教されていった。この時期は、生まれたてのじゃじゃ馬を、みんなで仕立て直すのに躍起の時期だった。ベルドンで乗った250Fは、プロトタイプとは一変、低速が太く、高回転には少し重さが感じられるエンジンになっていた。重い回転といっても、プロトタイプの勝手に回りたがるエンジンに比べての感想で、ここはやはりDOHCエンジン。アクセルを空けていけば、ぐいぐいと回転があがっていく。乗った印象では「ずいぶん遅いマシンになった」と思ったものだが、これもあとで木村治男さん(ヤマハのミスタートライアル。歴代TYシリーズのほとんどの開発を担当する)に疑問をぶつけると「トライアルに適したエンジンにしようとすると、遅くなっていくんですよ」という答えだった。なるほど。
その頃、全日本では黒山健一が苦戦していた。チョークを引きっぱなしのような排気音は、爆発がばらついているようにも聞こえる。それでも黒山は難セクションをクリーンしていくから、それが正常な状態なのか、多少調子が悪くても乗りこなすことができるのか、見ている側の疑問はつきない。
ベルドンには、ガスガスから移ってきたばかりのマルク・コロメも出場していたが、彼のマシンはきれいな排気音を響かせて走っていた。これなら、乗っていても不安を感じずに走れるにちがいない。コロメのセッティングを、日本のみんなに教えてあげたいと、えらそうなことを思ってしまったのは、木村さんにはないしょだ。
ところがベルドンの翌週、アンドラ大会でタデウス・ブラズシアクのセッティングを見ると、また状況がちがった。ブラズシアクのエンジンは、最初はコロメのようにきれいな音で回っていたが、セッティングが進み戦闘力が増してくるに従って、黒山号と同じ排気音を発するようになっていった。あの排気音は、エンジンがきれいに回っていないのではなく、世界選手権を走るのに必要な要素だったようだ。
その後、茨木のモトスパイスMの圷さんのマシンにも乗せてもらった。圷号は、フランスで乗せてもらったものとはまた一変、パワフルで元気のいい印象があった。乗るたびに印象が異なるところに、250Fのおもしろさと、はたまた現状、セッティングにみんなが苦労している様子を感じることができた。
そして黒山号。トップライダーの乗るマシンというのは、どうしてこうも乗りやすいのだろう。よく動いて、大地の凸凹をすっかり包み込んでしまうようなサスペンション、開けたら開けただけ、閉めたら閉めただけのパワーを発揮するエンジン、よくきくブレーキ。もちろん、少々高価な素材も使われているから、当然軽量化も進んでいる。
いっしょに試乗した小谷徹さん(小谷さんのインプレッションはストレートオンをご覧ください)は「このパワーにはびっくり」と言っていたけど、そんな高回転を使っては走れない、使う必要のない地形しか走らないニシマキには、このマシンならではのハイパワーは気にならず。むしろスムーズな低速域に感心しきりなのだった。
そうそう、例のチョークを引いたような排気音は、試乗させてもらった黒山号からも発せられていた。してその乗り味は、想像した通り、撚調の不具合はまったくなくて、むしろこれ以上ないというスムーズさを発揮していた。調子のよさそうな排気音、という概念が、今までとはちがうのかもしれない。
DOHCエンジンは、見た目には大きさを感じさせるけれど、実は従来型2ストロークエンジンと同じくらいの重さしかなく、マシンの重さはほとんど感じられない。むしろこれまでより強力なエンジンパワーの恩恵で、マシン全体が軽く感じることも多い。アクセルをポンと合わせてあげれば、思った以上にマシンがひとりで走破してくれる。マシンが連れていってくれる感覚は、たいへん大きい。
藤波貴久らが乗るHRCのワークスマシンは、あらゆるパーツが別設計の特別仕立てだが、黒山号は市販車にこつこつと手を入れてセッティングを調整してここまでに至っている。黒山号はこれまで乗ったどの250Fよりもパワフルで(一見)乗りやすい印象だった。それぞれ、方向性にはちがいはあれど、250Fはセッティング次第でいろんな可能性を秘めているということで、さまざまなニーズに応える素性を持っているということではないだろうか。
正直、その乗りやすさ、軽快感とは裏腹、250Fが持つ潜在的パワーや存在感に圧倒されて、気軽にトライアルを楽しもうという気持ちにはなりにくいのだけれど、今の時点ですべての結論をくだすのは早い(それに、そういう用途を望むなら、スコルパには125Fという素晴らしい素材がある)。今確実なのは、このマシンにはチャンピオンマシンの資格があるということと、絶対的パワーはトライアルマシン無二のものを持っているということ、そして、将来に向けて、まだまだ無限の可能性を秘めているということだ。