© トライアル自然山通信 All rights reserved.
日本強し、バイクトライアル
8月23、24日。岐阜県関市板取で、バイクトライアル世界選手権最終戦が開催された。2008年のエリートクラス(最高峰クラス)はスペインのダニ・コマスがシリーズチャンピオンを獲得したが、最終戦で勝利したのは日本の寺井一希だった。日本は、全7クラスある選手権のうち4クラスで勝利をおさめ、大会ごとの国別対抗でも勝利をおさめた。シリーズでは、最年少のプッシンクラスで長野県の土屋凌我が3戦中2勝を挙げてチャンピオンとなった。
大会は、少年(ざっと中学生以下。正確には生まれ年で規制されている)の部と女子の部(年齢不問。年齢によってハンディキャップが与えられる)が開催される土曜日、高校生以上(こちらも、正確には生まれ年で規定されている)と毎年選抜によって選ばれるエリートクラスの競技が日曜日に開催された。少年がメインの土曜日ははた目にはなごやかなムードに包まれている。しかし実態は、どちらもタイトルをかけた熾烈な選手権だ。
メインクラスのエリートクラスには、日本からは5人が参加した。選ばれた者のみがエントリーできるエリートクラスだから、このクラスに5人もの日本人選手がいるのは、日本人として誇らしいことだ。
ニッポンナンバーワンの寺井一希は、板取での最終戦にかけて、世界選手権第2戦を欠場した。例年なら、海外での世界選手権をすべて(といっても、ここ数年は1戦か2戦)こなして日本に帰国、最終戦を戦うというスケジュールをこなしてきたが、海外での疲労を日本大会に引きずることになって、日本で本領が発揮できないシーズンが目立っていた。そこで今年は、タイトル獲得をあきらめ(最終戦で本領が発揮できないなら、もとよりタイトル獲得は絶望的だから)日本大会でベストを尽くすことに専念した。
勝負の詳細は自然山バイクトライアル結果ページを見ていただくとよくわかるが、寺井のライバルは世界チャンピオンに王手をかけているダニ・コマス一人。コマスを相手に、クリーンをしたり5点になったりしながら、1点を争う熾烈な戦いを続けた。
1ラップめ、1点差でトップに立った寺井に対し、コマスは2ラップめに猛然と追い上げを開始する。コマスのマインダーには、バイクトライアルキング、オット・ピがついている。体制は強力だ。
ところがアクシデント発生。第6セクションでコマスがクラッシュ。足を強打して以後のセクション走破に大きな影響を与えることになる。第6セクションからの連続5点は、シリーズチャンピオンへの有終の美を飾りたいコマスには、大きな痛手となった。
第9セクションでコマスが5点となった時点で、残り1セクションを残して、寺井の勝利は決まった。最終セクションは、大きな滑り台を逆走するダイナミックセクション。ここでコマスはクリーン。寺井は上りきれずに落下して5点。最後に力の差を見せつけられることになったが、しかし寺井はコマスに4点差の勝利。世界選手権での、久々の勝利を飾った。
土曜日には、いくつかのハイライト(もちろん、すべての選手のすべての戦いがハイライトなのだけど)があった。
スペインのアバント姉妹の勝利が100%決まっているといっても過言ではないフェミナクラス。通常なら、どちらのアバントが勝利するかが興味の的で、しかもこの姉妹、ライディングも顔もスタイルも、まったく見分けがつかない。どれくらい見分けがつかないかというのが、この写真。たぶん手前(下)が姉のミレイアで、後ろ(上)が妹のジェンマだと思われる。
それでも、今回は両者の区別はつけやすかった。というのは、日本に来る以前の段階で、姉のミレイアが足を負傷して、歩くのもままならなかったからだ。ミレイアはホームステイ先の板取のおうちで、まむしを原料とした塗り薬を処方してもらって療養に努めたが、やはり大会は苦しかった。こうなると、タイトルは妹のジェンマで決まり。スロバキアのヤニチコバも実力を伸ばしているが、まだまだアバントパワーにはかなわない。しかし今回は、ヤニチコバが姉のミレイアを破る可能性は充分にあった。
姉は負傷を押して必死で走る。妹は自身は実力をきっちり発揮してクリーンを重ねるが、一方で手負いの(負傷したのは足だけど)姉を必死でサポートする。この甲斐あって、2007年チャンピオン、ミレイア・アバントは、ヤニチコバにほんの数点の差で(年齢によるハンディがあるので、点差は計算が必要になる)2位の座をキープしたのだった。妹のジェンマは、3位1回優勝2回で2008年世界チャンピオンを決定した。
土曜日のもう一つのハイライトは、日本人同士のチャンピオン争いだった。土屋凌我と氏川湧雅。日本大会までの成績は1勝1敗で、勝利した大会の順序の問題で氏川がランキングトップとなっていたが、日本大会で上位に(事実上、二人のどちらかが勝利するのは事実上明らか)つけたものがタイトルを獲得する状況で、日本大会を迎えた。
氏川湧雅は、実は藤波貴久の甥。氏川をリードするのは、長年藤波のマインダーを務めた祖父由隆氏。聞けば、湧雅の世界選手権参戦は藤波家の計画だったわけではなく、祖父宅にあったトライアル自転車などで遊んでいた湧雅が、本格的に自転車トライアルをやりたいという意向を示したからという。それまでは外孫のお遊びと目を細めていたおじいさんに火がついて、去年はスペインに武者修行、今年は世界選手権に参戦となった。ただし、本格的に自転車トライアルを始めてまだ2年弱だから、いろいろな点で初心者。乗っているバイクも子ども用で、まだ大人用には乗れない(重たくて、フロントが浮かなくなるという)。
対する土屋は、すでに長いキャリアを持っている(といっても、まだ9歳だが)。すでに大人と同じバイクに乗り、段差に乗るにもダニエルを多用する。氏川とは同年代だが、キャリアも体格もだいぶ差がある。土屋サイドにすれば、世界チャンピオンの(しかも自転車とオートバイの両方の)甥ということで、血統書付きライバルに対する闘争心は小さくなかったにちがいない。9歳の少年同士の対決だが、その中身は、なかなか激しいものがあった。
ここまでの2戦、勝負は1点差と2点差で決まっている。これを見る限り、両者の実力は互角。しかし実際は、技術的には土屋の方があらゆる点で先をいっている。氏川に利があるのは、トライアルに対する取り組み方とでもいうか、そこはそれ、血統を受け継ぐものの強みかもしれない。ヨーロッパでの2戦は、セクションが比較的やさしい神経戦だった。こういう状況では、ラインの読みや戦い方の工夫で勝敗を決することができる。しかし最終戦板取は、どのクラスも難度が比較的高い設定だった。こうなると、勝負は実力ガチンコ勝負となる。
はたして勝負は、第1セクションから土屋優位となって現れた。8セクションの1ラップめを終えて、氏川14点に対して土屋はたったの3点。これまでの2戦とは、まったくちがったスコア展開だ。結果的に、この日の勝負は1ラップめで決まっていた。2ラップめ、土屋の減点は11点。トータル14点は、氏川の2ラップトータルの減点と同点だった。両者の差は、ほぼダブルスコア。これが、今の両者の実力通りの結果かもしれない。
しかし、プッシンクラスの日本人世界チャンピオン誕生は2001年以来の7年ぶりの快挙。藤波貴久の2004年世界チャンピオンへの道は、プッシンクラス世界チャンピオン獲得から始まったのだから、2008年の今年の土屋のタイトル獲得、そして氏川のランキング2位は、将来に向けての明るい材料と思いたい。
その他、日本勢はセニアクラス(山本雅也)、ベンジャミンクラス(宗石盛秀)でも勝利をおさめ国別対抗でも勝利をおさめた。すべてのクラスで6位以上を獲得するという快挙。世界選手権に遠征する選手はまだ多くはないが、遠征メンバーがもっと増えたら、日本は一大バイクトライアル強国になるにちがいない。