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成田匠の新しい挑戦

7月13日、北海道大会で、成田匠が電動のEM5.7で全日本選手権に参戦した。といっても、今回は諸事情により賞典外。順位はつかない。
日本で初めての電動マシンによる参戦は、ちょっぴり苦しいものとなったが、しかし結果以上に、日本で新しいことをやろうとするのは、苦しいものだ。
成田の成績は、賞典外といえ発表されたから、それが国際A級22位相当のものだというのはわかる。実は成田は、試合前に成績の目標を聞かれて、10位くらいかなと答えている。
これまで成田は、ガスガス・ランドネやスコルパTY-S125Fなど、ハンディを負ったマシンで国際A級クラスに参戦して、何度か優勝もしている。今回も、成田が出るからには優勝争いをするのではないかと期待したものだが、その予想は意外につつましいものだった。しかしそれでも、10位と口にしたその表情に、自信のようなものは感じられなかった。まるっきりデータがないから、それも当然だったかもしれない。
成績よりも、成田にとっては初登場の電動マシンで、まず完走できるかどうかが最初の課題だった。懸案は、バッテリーだ。当初、EM(エレクトリック・モーション。本社はフランス)ではバッテリーをひとつスペアとして同梱して出荷するとしていたが、コストと供給面でとても無理ということになり、日本でこれを買ってくれたお客さんにも、そして成田のところにも、バッテリーはひとつずつしか届いていない。バッテリーに余分があれば、1ラップが終わったところでバッテリー交換をして、フルチャージの状態で2ラップ目にはいれるのだが、それはできない。
北海道大会はコース距離も短いし、バッテリーひとつで走りきれる可能性は大きいのだが、セクションでアクセル(というのかどうかわからないが)を空けている時間が長いとバッテリーの消耗も早い。バッテリーがなくなって完走できませんでした、ではなさけないから、1ラップが終わったところで、ちょっとでも充電をすることにした。経験上、バッテリーを空に近いところまで使ってから充電するより、こまめに追加充電をしていた方が、充電のための時間は節約できるようだという。充電は、岡村選手(国際A級の岡村選手だったかな? もしかしたら国際B級の岡村選手)の発電機を借りることができた。山奥のトライアル場では、電源の確保も今後の課題だ。
スペアパーツも頭が痛かった。ガソリンエンジンでは湯水のように使う(ほんとか)スロットルホルダー(というかどうかわからないが)が、このマシンでは先進技術の塊となっている。高価でもある。ただし成田が練習を重ねて、このパーツがこわれることはなかったから、今回も大丈夫そうと踏んで、スロットルホルダーは箱にはいった新品をクルマの中に持っているにとどめた。
会場では、水に対しての不安を聞かれることが多かったが、腰上(どこが腰なのかわからないけど)ぎりぎりくらいまでの水深だったら大丈夫と言うことで、現にフランス選手権ではあんなところやこんなところも走っているし、おそらく大丈夫なのではないかということだった。
そうそう。このマシンは、すでにフランス選手権では実戦参加している。フランスでは、トライアル協会がEMの開発に支援しているという背景もあって、トップクラスではないけれど、日本の国際A級くらいのクラスに参戦していて、ランキングも得ている。
そういう実績があったから、成田の全日本選手権参戦も簡単に実現しそうな感じもあったのだが、日本はむずかしい。
まず、ルールはどうなんだ、という疑問があった。足つき停止エンストは5点だが、電動が足つき停止をしたら何点なんだ?という疑問だ。フランス人だったら、エンジンがないんだからエンストなんかないだろうでおしまいだろうけど、日本人はまじめだから、考える。停止している時、モーターも停止しているからエンストに該当するのではないかと思う人も多い。
成田の参加の打診に返ってきたのは、賞典外という答えだった。成田はかなりがっかりした。成田は選手と同時に、このマシンのインポーターでもある。すでに何台か販売もした。彼らを国内B級や国内A級などの選手権にも参戦させてあげたい。そのためにはMFJのホモロゲーションも取得しなければいけない。そんなことを考えていたのだが、ホモロゲーションが関係ない国際A級でも賞典外だなんて、とがっかりだった。
そんならやめますと、一度はエントリーを取り下げた成田だったが、でも考えた。MFJが新しいことをやる時には、FIMの1年後になるのが通例だ。今年世界選手権ではまだ電動は走っていない。ということは、MFJが来年電動を認めることはないだろう。早くて再来年になる。ならば、なんでもいいから今走っておかないと、最初の一歩が刻めない。
そんなこんなで、成田匠の賞典外での国際A級参戦が決まった。スタートは、国際A級に先がけて、誰も走ったことがないラインを走ることになった。正直、賞典外ということで、モチベーションもちょっと低い、と成田は気持ちのうちを明かした。
懸案のエンストは、5点は取らない、ということになったようだ。エンストはエンジンの機能停止だが、電動がモーターの動きを止めるのは、機能停止ではない。エンストした状態でスロットルを開けてもマシンは進まないが、電動ではスロットルを開ければするすると走り出す。エンストの概念とはそもそもちがうのだけど、古い規則に合わせようと思うと、むずかしいことになるわけだ。

しかし成田の国際A級セクション挑戦は、ルールではなく、その斜面にあった。
とにかく、登れない。他の選手が足をつくところはするするとクリーンしていくのに、だれもが上るような坂道で、あっさり5点になっていく。
単純にいえばパワーがない。125ccでも走っていたのになぜ? という気もするが、エンジンにはノウハウがあって、手をかければいろいろスープアップの余地が残されている。電動には、まだそれがない、ということだ。
モーターのコントロールユニットは、初めて日本にはいってきた頃からすると、だいぶ進化したという。ひとことでいえば、ピーキーだった特性が、だいぶフラットになった。やはり、あらゆるライダーにとって、フラットな出力特性が乗りやすいようだ。
今回成田は、左手にリヤブレーキを装備してきた。左手にはクラッチのような、パワーカットレバーが装備されていた。一見クラッチのような装備だが、クラッチのように、パワーをためる機能はない。出ている出力を切ってやるだけだ。ついているとクラッチのように使ってしまって失敗するからと、両手でブレーキを使うことにしたと言う。
もしクラッチが(エンジンと同じような機能で)ついていれば、結果はちがったのではないかと思われる。成田ともあろうライダーが、パワーがちょっと足りないとなった瞬間に、なす術もなく後ろに落ちていく。エンジンのオートバイなら、クラッチを始め、いろんなデバイスを使って、リカバリーができるところだが、電動には(まだ)その術がない。
ということで、成田の10位くらいという目標は夢物語に終わった。マシンのポテンシャルなのか、ライダーの慣れなのか、これはまだ最初の一歩だから、まだ結論を出すのは早い。
しかし日本のトライアルが電動化するのも成田匠一人に頼っている現状では、最初の一歩をつなげていくのは、なかなか気が遠そうではある。