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小川友幸、貫録の2連勝
5月17日、熊本県山鹿市矢谷渓谷キャンプ場。
全日本選手権第3戦九州大会は、ちょっと暑いくらいの、絶好の観戦日和のもと、開催された。ライダーにとっては、前日午前中まで降っていた雨でコンディションが少し手ごわかったのとで、だいぶ汗をかいたような印象だった。
優勝は小川友幸(ガッチ)。2位黒山健一に14点の大差をつけての堂々たる勝利だった。今回の戦いは、2ラップ以降はトップを行くガッチは独走で、黒山、野崎史高、小川毅士による3人の2位争いという展開となっていた。
黒山は、一時はガッチを抜いてトップに出た。第4セクションで5点となった黒山だが、第6セクションをただ一人1点で抜けたのに対し、ガッチは第6で5点となった。これで、わずか1点差ながら、黒山がトップに立ったのだった。
ところが直後の第7セクション、黒山は岩から大岩への飛び移りでわずかに距離が届かず、マシンを押し出している間に時間がたってしまった。1分のトライ時間がすぎたホイッスルが鳴ったのは、黒山の前輪がセクションのアウトまであと50cmというタイミングだっただろうか。この5点で、戦況は再びガッチがトップとなった。以降、ガッチがライバルに脅かされることはなくなった。
結果を見ると、今回の難セクションは第6と第10となる。第6は最後のポイントが油断できず、とるはずのない5点を取ったトップライダーが多かった。
一方10セクションは、誰が見ても難セクションだった。大岩を登るポイントが最大の難関だったが、これが正面からは攻められない。下りながら斜めに大岩にアプローチするというむずかしさで、1ラップ目は全員が5点となった。
しかもこのとき、黒山が負傷。黒山は大岩から落ちた際に右手をマシンと岩の間に挟み、試合後に縫合手術を受けるほどの裂傷を負った。しかしここでリタイヤは黒山にはあり得ない。痛みをこらえて試合に戻り、残る2セクションと1ラップ、そしてSSの2セクションをすべて走りきったのだった。
1ラップ目に2位につけたのは野崎だった。黒山はこの負傷の以前のふたつの5点が響いているうえに、いくつかの減点もあって野崎より5点ほど多く失点されていた。黒山の減点は22点で、毅士の21点と田中善弘の23点にはさまれる形で4位。それでも、10セクションからそのまま病院へ運ばれる(そうなりそうな状況ではあった)よりは、4位でも最悪とはいえなかった。手負いの状態で、順位を上げていくのは、なかなかむずかしい。それより、きっちり完走できるかどうかが大問題だった。
毅士が不運だったのは、1ラップ目に8点ものタイムオーバー減点をちょうだいしたことだ。時間のコントロールはトライアルの試合運びの技術のうちなのだが、10セクションでは黒山の負傷で少々待たされ、その後も毅士の読みがはずれて待ち時間が長いという事態に直面してしまった。
IASの各ライダーは、多くが2点ほどのタイムオーバーをくらうことになったのだが、毅士だけがまわりより6点も多いタイムオーバーとなった。試合の流れを無視してこの8点を引いてしまえば、今回の毅士は一躍2位にポジションアップする。ライディングの実力がトップレベルとなり、初優勝もした毅士の現在の課題は、こういった試合運びだ。8点を丸ごと帳消しにするのは現実的でないとしても、他の3人のように、突発的なハプニングに遭遇してもタイムオーバーを2点ほどに抑えられていたら、2位争いもちがう展開になっていた可能性はある。
2ラップ目、ガッチはいよいよ好調にセクションを攻略していく。1ラップ目に失敗した6セクションもクリーン。第7、第8と1点ずつ失うも、最小減点で確実に抜けているからライバルにすきを与えない。
そして2回目の10セクション。1回目の様子では今回も攻略は不可能ではないかと思いきや、行ける気で挑んだのが毅士だった。毅士は1ラップ目に5点になりながらも、いける感触をつかんでいたようだった。
一方ガッチは、毅士ほどの自信を持てずにいた。1ラップ目の失敗は、惜しいというレベルではなかったし、日が当たっていくぶん土が乾いてきた2ラップ目でも、それほど可能性が広がるとは思えなかった。
ところが毅士が1点でここを通過したと聞き、続いて黒山と野崎が、あいついで1点で通過していったのを見て、ガッチにもスイッチが入った。結果論では、ここが5点でも勝負の行方は変わっていなかったと思われるも、もしかしたらこれで流れが変わった可能性はゼロではない。ガッチが2点で10セクションを抜けたのは、この日のガッチの戦いっぷりの仕上げでもあった。
11セクション2ラップの戦いが終わって、ガッチのリードは16点。残るはSSの2セクションだけで、両方とも申告5点とすれば優勝が決まる。事実上、SSが始まる時点でガッチの2連勝は決まっていたのだった。
その一方で2位争いはむずかしかった。野崎と黒山が同点だったが、黒山のクリーン数は10、野崎は13だった。同点のままゴールすれば、2位は野崎のものとなる。
野崎はこの日、うまくすればガッチを追いつめられる勢いでトライを続けていた。調子が狂ったのは2ラップ目の第6セクションだった。いま、野崎のマシンは日進月歩で進化している。世界選手権もてぎのあとも、さらに新たな改良を施されたのだが、問題はマシンに完全に慣れる前に試合が始まってしまうことだった。
これに、不運も重なった。第7ではマシンの位置がわずかに狂って、セクションテープを切ってしまった。そして第8でも5点となった。あっという間に15点を失った。これでガッチには逃げられ、黒山に追いつかれることになった。
そして最後に、SSの第1で5点となった。黒山に追いつめられ、黒山より先にトライ順では、なにがなんでもクリーンしなければならない。そんな状況が、ミスにつながった。
この後、黒山が充分な集中のあとにトライして、見事にクリーンした。ここで5点にならなければ、野崎を逆転して2位に入れるチャンスが広がってくる。負傷もした。それ以前に「今日は完敗」と自己評価する黒山だったが、最後の最後にきっちりクリーンすることで、負傷をしながら、完敗ながら、2位の座を手に入れることになった。
しかしSSの第1で失敗したのは、しかし野崎だけではなかった。なんと、ガッチも失敗していた。ガッチが失敗したのは誰もが飛びきっている、入口のきっかけから大岩に飛びつくポイントだった。
5点になってすぐ、ガッチとアシスタントの田中裕大が目を見合わせて「これはないわー」と笑顔を見せる。しっ敗するはずのないポイントでのチャンピオンの失敗劇だった。もっともガッチにとってはここを失敗してもなにも失うものがない。リラックスした精神状況が、もしかしたらチャンピオンの手元を狂わせたのかもしれない。
追いつめられることで集中が増すこともあれば、追いつめられることでミスが出ることもある。リラックスすることで実力が発揮できることもあれば、ミスが出ることもある。トライアルは、奥が深い。
3戦を終えて、ランキングトップのガッチは、2位黒山に5点のリードを築いた。2位黒山と3位野崎はやはり5点差。しかし残りは4戦。仕切り直して勝負が始まれば、まだまだシーズンの行方は分からない。3連覇を目指すガッチも「シーズン3勝をすると、タイトル獲得に向けて少し安心できるが、今の時点ではまだまだ」と油断を見せるそぶりもない。それでも3連覇の目標は確実に近づいてきている。