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天王山は黒山のどんでん返し

今シーズン4戦目の戦いとなる全日本選手権第5戦は、9月22日に山口県下関市フィールド幸楽トライアルパークで開催された。 2勝1敗と調子を上げているガッチこと小川友幸は、この戦いも最後の最後まで勝ちパターンだったが、SS(スペシャルセクション)として用意されたふたつのうちのふたつめで失敗、オールクリーンを続けていた黒山健一が最後の最後に1点をつきにいって勝利を得た。3位は黒山と5点差で野崎史高。上位3人の超越した実力が光った大会だった。
国際A級は本多元治が久々の勝利。ランキングトップの成田亮は5位となったが、ランキングでは圧倒的トップを続けている。
国際B級は倉持俊輝がわずか5点で試合をまとめ、2位の上本直樹に4倍近い好得点をマークした。倉持はこれが全日本選手権初勝利だった。ランキングでは、今回4位だった西尾博文に代わって、今回1位2位の二人の若手がトップにでた。しかしこの上位3人は2点差のうちにおさまるという大接戦が続いている。
緊張感あふれる大会だった。トップの3人が12セクション2ラップを走ると、残したクリーン数派合わせて71。足が出たのはたった1回だけだった。一人のライダーが、ではなく、3人のライダーが、だ。

第1で足を出した野崎史高だが、その後完璧な走りを続けた
足が出たのは野崎史高。それも最初の最初、第1セクションでのことだった。この時点では、勝負はまだまだ先がある、1点を取り戻すチャンスはいくらでもあるのではないかと思われたのだが、実際はまったくちがう展開となった。
次のセクションも次のセクションも、この3人はクリーンを続けていく。トライをじっくり見ていると、けっして完璧なトライが続いているわけではなく、細かいミスはそこここであった。しかしそれを減点につなげず、巧みなリカバリーでアウトまで持っていく。こうなると、5点はもちろん1点でも2点でも、減点をおかしたライダーは優勝戦線から脱落していく。
今シーズンは、第2戦九州大会から、ずっと神経戦の接戦だった。そんな中で、ぎりぎりの戦いを制して、ガッチが2連勝した。これまで、ガッチは2度のタイトルを獲得しているが、アシスタントの田中裕大が回想するに、タイトルをとるときのガッチは大差で勝つことが多く、お天気も悪いことが多かったという。今年のパターンは、これまでとはちがうパターンだということだ。第3戦から導入された、ツインプラグのファクトリーマシンのパフォーマンスも、ガッチの闘争心をかき立てている。
それにしても、野崎が1点を失ったとはいえ、3人が次々にクリーンを重ねていくトライアルは圧巻だった。当のライダーたちは、もう少し減点をとる設定で戦いたいのだが、強い者が勝つという結末は変わらない。それが証拠に、3人以外はぽつぽつと減点をして優勝戦線から離されていく。
勝負はオールクリーン同士のものになるのではないかという予想が固まってきた。となると、勝者はどうやって決まるのか。レギュレーションでは、すべての減点数が同じ場合(クリーンの数、1点の数、2点の数、そして3点の数など)、競技時間が短い者が上位となるとある。今回、大会は12セクション2ラップにスペシャルセクション(SS)2セクションでの戦いとなっているが、SSはトライ順が決められていて、時間も主催側がコントロールする。つまりライダーの意思で競技時間をコントロールできるのは、12セクション2ラップの戦いとなる。
2ラップ目、ガッチがペースを早めた。もともと、自分のリズムで走るとペースは早めとなることが多いガッチだったが、このペースは狙うものがあって早めた結果だ。対して黒山は黒山で、本来の自分のペースを守っている。
「急ごうと思っても、なかなか抜けるものではありませんから」
と黒山は振り返った。早くゴールするだけなら簡単だが、よけいな足つきをしてしまっては本末転倒だ。黒山は自分のペースで確実にオールクリーンをし、ガッチの失敗を待つ作戦だったのかもしれない。

「このところ毎回こんな戦い」と苦しい戦いを続ける黒山健一
しかし結局、12セクション2ラップは、クリーンの嵐で終わった。ガッチがオールクリーン、黒山がオールクリーン。このふたりはタイム差でガッチが上位につける。そして1点差で野崎史高が追う。
残るはSSの2セクション。この時点で、4位の柴田暁は20点以上の差をつけられていて、上位3名が表彰台に乗るのは確実となっていた。問題は、誰がどの台に乗るかで、それはどのような順番となる可能性もあった。
SSのトライ順は、ゼッケン(の逆)順だった。これは大会が決めた特別規則だ。こういった状況では、トライ順が大きな鍵を握る。たとえばこれがゼッケン順でなくランキング(の逆)順だったらどうなるか、あるいはくじ引きでトライ順を決めたらどうなっていただろう。それともまた、去年までの世界選手権のように、ランキングやゼッケンの順という並べ方もある。どんな順番にしろ、規則がそうと決めた以上、それで戦うのがライダーの仕事だ。
入口に大岩がひとつ。これが難度が高そうだ。最初にトライした永久保恭平は、あえなく落下する。加賀国光も落ちた。次の宮崎航は、だいぶ上まで上がってきたが、それでも岩の頂点までは届かない。齋藤晶夫も同じだった。
豪快男、田中善弘がマシンを高く上げるところまではいったが、やはり落ちる。このまま登れるライダーが現れぬまま、試合が終わるのか。
野本佳章が落ち、次が柴田暁。柴田は、今年1年、気持ちが空回りするような戦いぶりが多いが、SSでのトライは別物だ。足をついてバランス修正をしたものの、見事1点でこのセクションを抜けきった。続いて小川毅士も、1点で抜けていった。こうなると、トップ3人にはクリーンの期待がかかる。3人ともが当然のようにここをクリーンし、ガッチが勝利、黒山健一が惜敗し、野崎史高が1点差で3位という結末が、多くの人には見え始めていた。ただし、当の3人は、勝負をまだ終わらせていない。
3人のうち、最初にトライするのが野崎だった。この時点で、野崎の3位は決まっている。ライバル二人の減点次第では、2位の可能性も優勝の可能性もある。そのためには、野崎は5点を取ってはならぬ、減点は少なければ少ないほど可能性は広がるし、ここをクリーンすれば、あとからトライする二人には大きなプレッシャーを与えることができる。
「あれがぼくの弱さ」
と、試合を振り返った野崎は言った。結果論では、ここを確実に1点で抜けていたら、2位にはなれたと悔いが残る。しかし野崎が1点で抜けていたら、ガッチのトライも同じ結果にならなかったやもしれない。野崎は大岩を登れず5点になった。総減点は6点。これで野崎は優勝も2位もなくなり3位が決まった。ガッチと黒山は2位以上が確定した。
最後の二人。間合いをとって大岩に飛びつこうとするガッチ。高くマシンを持ち上げ、柴田とも毅士ともちがうアクションが披露された。しかし……。
大岩の頂点にくいついたリヤタイヤは、次の瞬間に後退を始め、さらに次の瞬間には、ガッチは岩の下にいた。落ちたガッチに、最初に駆け寄ったのは、次にトライが控えている、黒山だった。
「1点ならいける。しかしあの場では、クリーンをしなければ勝てない。クリーンをしようとすると、いきすぎてもダメだしもちろん足りなくてもダメ。ぴったり合わせた上で、岩の上でマシンを吊っていく必要がある……」

完璧に見えたガッチの大岩登り。この次の瞬間、ガッチは後ろへ落ちていった
ただしセクションの難度は、致命的にほどは高くない。ぎりぎりを狙うのは簡単ではないが、おそらく100回のうち、99回は失敗しないだろうというくらいの難易度だという。
野崎が5点、ガッチが5点となって、しかしまだ勝負は終わらない。黒山が5点となれば、まだガッチの勝利の目も残っているのだ。
今大会の最後のトライ、黒山がセクションに入る。黒山は、1点でマシンをひきあげる。すでに野崎とガッチが5点となっているから、黒山は5点にさえならなければ勝ちが手に入る。1点なら御の字だ。
「相手がクリーンを続けている以上、勝ち目はない。最後にガッチが5点になって、ようやく勝機がめぐってきました。でももし、トライする順番が逆だったら、岩から落ちていたのはぼくだった可能性は充分にあります」
対戦戦績を2勝2敗として、ランキング争いをタイに戻した黒山は、厳しかった戦いを振り返った。