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小川友幸、2013チャンピオン獲得!

泣いても笑ってもここが最後。今シーズン、本当に熾烈な戦いをした黒山健一と小川友幸の、最後の戦いが繰り広げられた。ここまでの勝敗は3勝2敗で黒山健一が優位になっているが、しかしレギュレーションの妙で、そんなことは関係なくて、最終戦菅生で勝ったほうがチャンピオンになるという一騎打ち。1年の戦いが、この1戦に凝縮された。
はたして、あんなことこんなことがあって、最後に笑ったのは、小川友幸だった。
最終戦東北大会勝利、2013年全日本選手権チャンピオン、それは、小川友幸、3度目の全日本タイトルになる。

第1セクションに、小川友幸は上下のカッパを着て現れた。土曜日の午前中はなかなかに激しい雨が降ったけれど、日曜日は朝から気持ちよく晴れていた。カッパを着る必要はないと思われた。ただし寒い。お天気がよかったから、よけいに空気が冷たい。小川はウォーミングアップしたからだをカッパに包み、下見をしていた。
黒山健一はいつものとおり、マインダーの二郎さんや、ときにライバルと冗談を交わし、と思えばきっと真顔になって岩を見つめる。どちらも、今日は絶対に勝たなければいけない1戦だ。

チャンピオン争いの想定パターンはいくつかある。黒山が勝つ場合、ガッチが勝つ場合、それ以外の誰かが勝つ場合だ。黒山が勝つ、あるいはガッチが勝った場合は、勝った方がチャンピオンになる。ライバルが2位になるか3位になるか、これまでどんな戦いをしてきたかは、もはや関係ない。
もし彼ら以外の誰かが勝った場合、黒山が2位、ガッチが3位ならタイトルはもちろん黒山。しかしこの逆、ガッチが2位、黒山が3位でも、タイトルは1点差で黒山のものとなる。第3の勝者が現れた場合は、黒山が4位以下に落ちなければ、ガッチのタイトルはない。
SUGOは野崎史高が調子がいい。これまでに全日本で3勝したうち、2勝はSUGOだ。野崎が黒山に勝ちを譲ることがあるのか、わざと負けろという指示が出ることがあるのか。そんなことはしない、ぼくは勝ちにきていると野崎、木村治男監督は、そんな指示はいつもしないし(チームオーダーを出しますなんて公言する監督はまずいない)、第一今回は意味がない、とおっしゃる。野崎が勝てば黒山は3位でもタイトル獲得だし、チームとしては野崎の1勝はむしろ大歓迎というわけだ。
今回勝ったほうがタイトル獲得という図式の上では、黒山と小川はまったく互角の条件なのだが、3勝2敗で最終戦を迎えているだけに、なんとなく黒山が優位に立っているという錯覚を感じてしまう。前回中部で黒山は「SUGOはなんとなくうまくいくような気がしてるんです」と語っている。
一方、赤いレインウェアに身を包み、静かに第1セクションに現れた小川は、巌流島にやってきた宮本武蔵のように見えた。小川は、この大会、まず黒山に対してリードをとろうと考えていた。
第1セクションは、中盤の密集した岩場が難所。黒山が、トップライダーの中ではいち早くマシンをコリドー(セクションにはいる前の待機エリア)に入れた。そしてクリーン。
一方小川は、中盤の大岩でアンダーガードから着地して、足を出さなければマシンを進められない事態に陥った。リードをとろうと思っていたのが、いきなり3点ビハインドで試合を始めなければいけなくなった。野崎もここをクリーンしたから、小川にすれば意識すべきライバルが増えてやりにくいばかりだ。
しかし流れが少し変わって見えたのが、直後の第2セクションだった。スムーズな走りを許さないごろごろ石。野崎も小川も、ここで足をとられて1点を失っている。そして黒山。黒山がここをクリーンすれば、試合は序盤にして黒山ペースとなるにちがいない。しかし黒山はその手前の、オーバーハング気味の2メートルほどの岩を上がるポイントで5点となった。

わずか2セクションを終えた時点で、トップは野崎の1点、次いで小川の4点、黒山の5点となった。
全員が5点となった第3セクション、トップグループ全員がクリーンした第4セクションを経て、クリーンの多かった第5セクションで野崎が1点を失った。湿った第6セクションはトップ3人はクリーンしたが、次の第7では黒山と野崎が1点。第7セクションまでで、野崎8点、小川9点、黒山11点。大接戦だが、まだまだ一波乱二波乱ありそうだ。もしもこのままゴールしたとすれば、タイトルは黒山のものとなる。
そして第8セクション。ここは第3セクションと並んで、勝負どころと目されていたところだった。ここがセクションとして使われるのは初めてではなく、トップライダーは一応の自信は持っていた。しかし……。宮崎航が1点で抜けたこのセクション、終わったみれば、減点1で走破できたのは宮崎と黒山だけだった。野崎も、そして小川も、ここで失敗。手痛い5点を追加してしまった。

こうなると、トップは黒山の11点、2位が野崎で13点、小川が14点。試合は一転、黒山のリードとなった。この勢いなら、やはり黒山がタイトル獲得だ。
第9セクションで野崎が1点、小川と同点となる。そして11セクション、野崎が痛恨の5点。これを機に、野崎はトップ争いから脱落していく。そして同じ11セクション、小川も1点。12セクションは11名中8名までがクリーンで、1ラップのスコアは黒山12点、小川15点、野崎19点となった。4位は田中善弘で24点、5位が柴田暁で27点、6位が小川毅士で30点。上位3名とは、確実な開きがあるが、今回はそれも比較的僅差ではある。
2ラップ目。第1、第2はていねいに。野崎が両セクションを唯一人クリーン。黒山と小川は第2で1点ずつついている。失敗というより5点にならないための確実な足つきだった。
第3セクション、ここを上がれればトップ争いは大きな動きを見せるのだが、残念ながら今回も3人それぞれ5点。しかし2ラップ目は、柴田が唯一人3点でここを抜けて、場を沸かせたのだった。
次の勝負どころは第8だ。1ラップ目は黒山と宮崎だけが抜けられた。2ラップ目は、さすがに学習能力が高いIASライダーたち、宮崎、小川毅士、田中と、1点減点で抜けるライダーが増えてきた。これなら、トップ3はクリーンが期待されるところだ。
しかし、トライアルはシナリオ通りに進まないスポーツだ。野崎、黒山となんと5点。小川はここを唯一人クリーンして、勝負を一気にひっくり返して黒山に2点差のトップに出たのだった。
試合の後、黒山は語っている。
「第8セクションの失敗が試合を決めたように見えますが、ぼくとすれば、1ラップ目の第2で5点をとったときに、これはなにかやばいなと思いました。第8は1ラップ目の小川さんも5点だったし、やはり1ラップ目の第2セクションが今日の敗因だったような気がします」
2点差で2ラップを終えてのSS。中国大会では、SSで試合をひっくり返した黒山だった。黒山が試合をひっくり返したというか、追いつめられた小川が自らミスを呼んだ状況だったかもしれない。3点を巡る逆転劇は、今回も再び見られるのか。
ふかふかの斜面と助走のないポイントからの岩盤登りがポイントとなったSS第1。5点も多いが、抜け出てくるライダーもいる。加賀国光3点、柴田2点。しかし逆に、抜けられるセクションであるということは、黒山の逆転のチャンスは少ないということだ。
「プレッシャーがかかっていなければいいけど」

と、小川を見守る三谷知明監督は心配そうだ。どんなに簡単そうに見えるセクションでも、罠はひそんでいる。2013年も残る2セクションとなって、平静でいろというほうが無理かもしれない。
野崎は、2ラップを終えた時点で小川に11点差をつけられていて、優勝のチャンスはない。逆に4位には20点差をつけている。3位は確定。あとは9点差の黒山を逆転して2位に浮上することだが、9点差は大きすぎて、あまり現実的ではない。その野崎がSS第1で3点となった。小川が3点をとると、黒山に逆転される恐れも出る。
小川がトライに入った。平地で人工物を越えたあと、ひとつめの斜面を駆け上がり、向きを変えて岩を越え、最後の斜面にかかる。力まかせの発進ではなく、崩れやすい斜面をいたわるような繊細なスタートだ。そしてそのままていねいなアクセルワークでセクションアウト。クリーンだ。
SS第2は、信じられないことにIASトップライダーにとってはクリーンセクションだという。黒山にとって、逆転のチャンスは限りなく小さくなったといっていい。
SS第2にトライする小川に、三谷の仲間が次々に駆け寄ってくる。このセクションは、落ち着いて走ればクリーンするのはむずかしくない。小川には、とにかく落ち着いて走ってもらいたい。そんな思いを、チームのみんなが次々に告げに来る。みんながおんなじことを言ってくるので、小川は内心でちょっと苦笑しながら、でもみんなの気持ちをありがたく受け入れながら、泣いても笑ってもの最後のトライに入った。

見ている側には、いつものように美しい確実なライディング。しかし小川にすれば、そこここでヒヤヒヤする一瞬があったという。SS第2は、ブロックなどの人工物で構成されているので、むずかしいけれどひとつひとつのポイントを正確に攻略していけば、予期せぬ事態が起きるリスクが少ないという意味で、クリーンセクションという表現となるのだろうが、もちろんIASのSSである。簡単にクリーンできるセクションではないのは明らかだ。
ひやっとした瞬間はあったものの、それでも足は出ないままセクションアウト。これで、黒山のトライを待つことなく、勝利が決まった。そして2013年全日本チャンピオンも、決まった。
先に試合を終了しているライバルから祝福を受け、振り返れば、黒山が最後のトライをしている最中だった。黒山がクリーンしても、3点差は縮まらない。それでも黒山は、最後のセクションをきっちりクリーンしてアウトした。
セクションをアウトした黒山は、そのまま小川に手を差し出した。ふたりの握手は、チャンピオン獲得への祝福でもあったけれど、しかし同時に、それは1年間一歩も譲りあわずに全力でぶつかりあった互いの1年間への称賛だったにちがいない。
