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振り出しに戻った全日本第5戦、小川友幸辛勝
第5戦原瀧山は、雨だった。雨というより、泥だった。ライバルとの戦いはそこにほとんど存在する余地がなく、ひたすら泥との戦いになった。その戦いに勝ったのは、小川友幸。しかしその差は、ほんとうにほんのわずかだった。
1年前の原瀧山。あのときも、朝まで降っていた雨で、山の斜面はつるつるだった。しかし去年は試合が始まる頃には雨は止んで、午後には急速に路面が乾き始めていた。
しかし今年、雨は未明から降り始め、スタート時もしとしと、ときに激しく降り続いた。雨の原瀧山はたいへんなことになると伝説となっているが、その伝説にこの日出会ってしまうことになる。悪夢は去年以上のことになるはずだ。
いつものように、トップグループが当然のように第1セクションをクリーンして、試合は始まった。中国大会では、IBクラスが朝早くスタートし、IAとIASは少し遅めにスタートする。お客さんにIASの1ラップ目をしっかり見てもらおうという意図もある実験的タイムスケジュールだが、この地方では定着した感がある。今回は、スタート時間がちがうことによる、コンディションの変化がどうなるのかが運命のいたずらになる。
第1セクションをクリーンしたのはトップの5人。トップグループにとっては、ここだけは確実にクリーンがとれるセクションというわけなのだが、これが勝負の行方の伏線ともなった。
第2セクションからはつるつるの谷に降りていき、第9セクションまではすべる谷底で勝負をする。早くにスタートした国際B級では、降りたきり登ってこれない選手も現れ、上がってきてたはいいが、精根尽き果ててしまっている選手もいた。今日のトライアルはセクションを出られるか出られないか以前に、無事に帰ってこられるかどうかが勝負の鍵になっている。日本が誇るIASライダーはさすが無事に帰るについては問題ないが、セクションを出る出ないの勝負という点では変わりなかった。
それでも、谷底の第2セクションはまだ可能性があった。小川毅士(毅士)と黒山健一が2点で抜け、小川友幸(ガッチ)が1点、そして野崎は見事クリーンしてみせた。今日のコンディションでこのスコアは奇跡的なクリーンに思えた。
このクリーンで、野崎が一歩リード。とはいっても、今日は5点と3点の取り合いだから、勝負はどうなるかわからない。
第3セクションは野崎と毅士が3点、ガッチと黒山は5点となった。ここから先は、5点と3点のこんなやり取りで、追い上げられても2点、逆転したくても2点という攻防が続く。もちろん誰もがクリーンを狙ってトライをするのだが、滑る路面に足をとられ、あるいは重たい土にタイヤをとられ、1点、また1点と足をつき、最後はアウトへたどり着くために足をつきながらマシンを進めることになる。
第5セクションから第8セクションまでは、トップ4が束になってかかっても歯が立たない。野崎は申告5点をもらって先へ進んでいる。その姿を見守るガッチと黒山も、可能性があるからトライをするというより、申告5点は原則としてしないと決めているから、ということのようだ。
トップは3人。黒山、毅士、野崎。これに1点差で、ガッチが続いている。点数上は接戦だが、差がつきようがないというのが現実のところだ。
森を抜け、空が少し見え始めた第9セクションで黒山と野崎が3点で抜けた。これでさらに11セクションで黒山が3点。これでトップが黒山44点、2位が野崎で46点、3位が毅士で48点、4位がガッチ49点。1位から4位までが5点差の中に入る接戦だが、5位の柴田も55点だから、この日は山ほど点を取りながらの大接戦ということになる。
天候は一向に回復しないが、しかし雨はいったん止んだ。これがまた、条件をいっそう悪くした。流れてさらさらになって、最低限のグリップを確保していた泥が少しずつ固まり始めて、タイヤにも足にもべっとりとこびりついて、足を出すのも一苦労、タイヤが地面をつかむのも神頼みという感じになってきていた。
1ラップ目の後半、5点が続いたガッチだったが、そのときにはまだ挽回は可能だと思っていた。ところが雨が止んで、これはやばい、と思ったという。生乾きのボンドみたいになってしまった原瀧の泥につかまったら、3点で抜け出るのがやっと。クリーンを出して逆転を狙いたくても、クリーンの可能性のあるセクションはもはや第1セクションと第2セクションだけという有り様だ。
第1と第2だけで5点差をひっくり返さなければいけない……。ガッチの危機感はそうとうに大きかった。そして始まった第2ラップの第1セクション、そこで見たものは、野崎と黒山が、次々に5点となっている光景だった。
黒山も、ここはクリーンセクションだと考えていた。ところが粘る土に足を取られて、まず1点取ってしまった。そのまま抜ければ結果的には御の字だったのだが、黒山ともあろう者が、この1点で動揺してしまった。クリーンして当然と思っていたからだ。気持ちが焦った黒山は、さらに大きなミスをおかした。その結果の5点だった。そして結果的には、これが勝負の流れを大きく変えてしまったといっていい。
クリーンするべきセクションで、ライバルが5点となる。しかしガッチにしても、ラッキーと思う余裕はなかった。コンディションが、それだけ悪化しているということだ。抜けられなければ、逆転も夢物語となる。少しだけラッキーだったとすれば、二人が5点となったのを見て、二人よりもより心してトライに入れたことではなかったろうか。案の定、ガッチにとっても、第1セクションは難関だった。2点で抜けられたのは、ガッチの執念だった。ちなみに、この3人よりも早く第1セクションを抜けていた毅士は、ここをクリーンしている。
ガッチが2ラップ目を始める頃、IASの多くはゴールをし始めていた。走破の可能性なく申告5点をもらったライダーが多いということでもあったが、泥が乾いて状況が悪化するのを見越して、早めにセクションを回った作戦もあった。中には、ガッチら一番最後を走るライダーを追い抜いてしまうIASもいたから、今回は誰がどこを走っているのか、さっぱりわからないままに試合が進んでいた。ガッチ、黒山、野崎は並んでトライをしていたが、毅士はこの3人よりずいぶん早く回っていた。そして2ラップ目、この4人といっしょにセクションを回っているのは、ルーキーの吉良祐哉くらいになっていた。
第1セクションを抜けたところで集計結果を見ると、トップは毅士で48点。黒山が49点でこれに続き、ガッチと野崎が51点となっている。3点の間で4人が争う攻防戦だ。
第2セクション。1ラップ目は野崎がクリーンしているし、ここも大逆転のチャンスのあるセクションだったが、いかんせん、コンディションは悪化している。
すでに毅士は5点となって先へ進んでいるようだ。そして野崎が5点。黒山がなんとか3点で出て、最後にガッチがトライした。
クリーンは可能だと、ガッチは確信があった。ただし不安は大きい。クリーンをするには、ライディングが完璧でなければいけない。いきすぎると、マシンを止めるために足を出すことになってしまう。さりとて、ぴったりをねらってわずかに足りなかった場合、うしろに落ちてしまうリスクがある。それは、半々くらいの可能性ではなかったかと、ガッチは言う。
しかしここで、ガッチは賭けた。そして、ガッチは完璧に第2セクションを走った。クリーン。明暗をわけた、第1セクションと第2セクションだった。
2ラップ目第2セクションを終えて、トップはガッチとなった。51点。2位が黒山で52点、毅士が53点。野崎は56点で、単独4位となった。まだまだ勝負はわからないが、この先は一発逆転を狙っても一つのセクションでせいぜい2点ずつしか動かない。こつこつとがまんしていくしかないが、はたしてコンディションがそれを許してくれるかどうかが問題だ。
その後、黒山は第5セクションを3点で抜けた。すかさず、ガッチもここを3点で抜ける。毅士、野崎は5点だ。そのまま試合は5点ばかりで流れていって、最後の最後、11セクションでガッチが3点で抜け出した。ここは1ラップ目の黒山と、2ラップ目のガッチ、二人しか抜け出ていない。これで、ガッチがリードを保ったままで、12セクション2ラップが終わった。
毅士は2セクション以降、野崎は12セクションすべてで5点ばかりというものすごいスコアとなった。
このあと、2セクションのスペシャル・セクション(SS)が用意されている。SSは10セクションと12セクションの設定を変更することになっているが、2ラップのトライを見る限り、誰もここを抜けられそうにない。主催者はここを簡単に設定変更することにした。
具体的には、どちらも難度の高いポイントを外して、前半の実績のあるところ以降をIBラインにしてしまう、というものだった。IBラインといっても、IBが皆クリーンしているわけもなく、むずかしいにはちがいない。せっかくSSとして最後に用意しているのに、みんな5点では見ごたえがないというのが設定側の配慮だった。これは当然だ。
しかしライダーの反応はちょっとちがう。走破の可能性があり、ましてクリーンの可能性があれば、ここで大逆転となる芽が出てくる。逆転するほうはいいが、逆転されることもある。1日難関に挑戦してきて、最後にB級のラインで逆転させられたとなれば、悔やんでも悔やみきれないという選手の気持ちは理解できるというものだが、しかしそれでも、SSはとても簡単といえるものではなかった。
SS第1は、次々に5点となり、毅士も野崎も5点となった。そしてガッチのトライ順となった(SSはこの日のスタート順でトライすることになっている。第4戦までのランキングは黒山がトップだから、黒山が最後にトライする)。
黒山との点差は3点。少なくないが、もちろん安全圏ではない。ここでクリーンすれば、黒山を一気に突き放すことができるが、5点となれば黒山に勇気を与えてしまうことになる。
クリーンを狙ってインしたガッチ。しかしやはりポイントを一つ二つ抜けたところで、足が出る。持ち時間は1分半。設定が本の少しだが簡単になって時間が増えているのだから、その分クリーンをねらってがんばれという設定側の思いも見えるようだ。しかし3回足が出てしまったら、もうあとはひたすら抜け出るためにがんばるしかない。SS第1では出口まであと50cmのところで田中善弘が転倒しているから、けっして油断ができるセクションではなかったが、足を出しながら、小川は3点でここを抜け出た。
最後の黒山は、もちろんクリーン狙い。問題はほとんどUターンのように向きを変える二つ目のポイント。やはり、黒山もここで足が出てしまう。最初の足つきをしたとき、黒山は天を仰いだ。勝負はまだ終わっていないが、数少ないチャンスが失われたのはまちがいない。
そして最後のSS。ガッチの読みでは、クリーンができるのはSS第1のみと考えていた。SS第2は出るには出られるが、3点以外ではむずかしいだろう。その読みがそのとおりなら、3点リードしているガッチは、すでに勝利を手にしていることになる。しかし黒山があきらめていない限り、ガッチが安心できるわけがない。
最初にSS第2を抜け出たのは柴田暁。いつもSSは調子がいい柴田だが、今回は抜け出るのが精いっぱいだ。このあと毅士が5点となり、残るは野崎、黒山、ガッチ。野崎は暫定4位だが、ここをクリーンか1点で出れば、毅士を上回って表彰台に上ることができる。しかしここを3点以上で抜けるのは、やはり至難だった。
そしてガッチ。やはりクリーンを狙ってみたものの、そして足をついた以後も、少しでも少ない点数を狙っていくが、3点以上はむずかしかった。途中、転倒寸前であぶなかったが、なんとか3点で抜け出た。
これで、黒山がクリーンをすれば同点という戦況となった。しかしそれでも、きちんと計算をしてみると、両者のクリーン数が同じで、1点はガッチのほうが多かった。だからたとえ黒山がクリーンをしてもガッチの勝利は決まっていたのだが、黒山もまだあきらめてはいなかった。
最後まで最小限の足つきで走り抜かんとする黒山。しかし力尽き、1回、また1回と足をついていく。結果、2ラップ目に作った3点のリードはそのまま、ガッチの今シーズン3勝目が決まった。
残り2戦、ランキング3位の野崎はガッチに19点差をつけられたから、事実上逆転タイトルの可能性はない。勝負は3点差のガッチと黒山によるタイトル争い、そして2点差の野崎と毅士によるランキング3位争い、このふたつの勝負に興味が集まってきている。