© トライアル自然山通信 All rights reserved.

小川友幸、最終戦2位で3連覇達成
2015年、全日本チャンピオンは、小川友幸の3連覇で決着を見た。前戦中部大会終了の時点で、小川のポイントリードは6点。3位以上に入ればタイトル獲得が決まる戦況だったが、小川にとっては楽なタイトル獲得劇ではなかった。ともあれ小川は3連覇達成。通算5度目のタイトルを決めた。5回のチャンピオンは、山本昌也(5年連続)、藤波貴久(4年連続)と並ぶ、歴代2位となる。39歳でのタイトル獲得は、もちろん史上最年長だ。
小川友幸(ガッチ)の一抹の不安は、セクションだった。セクションが、たいへんに簡単だった。
簡単というのはむずかしい言い方だ。エントリーした14人が全員オールクリーンするなら誰が見ても簡単といえる。しかし実際には、トップライダーが簡単といっても、全員がオールクリーンなり僅差で走れることなどまずない。トップがオールクリーンでも50点でも、順位はだいたいきちんと実力通りに並ぶことになっている。しかし難度の高いセクションの大会とちがい、セクションがやさしいければ、ひとつの大きなミスは試合を決定づけてしまう。それはトップライダーにとって、大きなプレッシャーとなる。
「あしたはオールクリーン勝負」
とガッチは語っていたが、それは自分自身へかけたハッパでもあった。
日曜日、天気が悪いかも、という1週間前ほど前の予報はすっかりはずれて、当日はとてもいい天気となった。ちょっと寒いけれど、風もない。日が当たっていれば、ぽかぽかとあたたかい。絶好のトライアル日和。しかしトップライダーにとれば、大雨でも降ってコンディションが厳しくなったほうが、かえって楽だったかもしれない。
第1セクションから第5までは、かなり簡単ということだった。国際B級のみがトライする第6、第7以降、第8から最終10セクションまでは少し難度が上がり、SSはさらにもう少しむずかしいという。ますは前半のセクションを確実にクリーンしていくことが、この日の勝利の条件になる。
はたして第1セクション、14人参加のIASのうち、11人がクリーン、2人が1点で通過した。簡単、なのはまちがいない。
しかし波乱は、まだ試合が始まったばかりの第2セクションで起こった。岩の並びが少しややこしい設定だったが、すでに田中善弘がクリーンを出していて、柴田暁、野本佳章、世界選手権での負傷から復帰した斉藤晶夫が1点で抜けている。
トップ4は当然クリーンでここを抜けると思いきや、なんとガッチが1点。セクションの外側に足をついてから、あわやそのまま谷側に転倒かというシーンだった。
今日は終わったと思った、とガッチは振り返る。今日の試合は、1点が命取り。このあと、難セクションで逆転をするという設定でもない。ひとつミスをしたら、それは最後まで響いてしまう。今日の試合を落とすだけではない。ガッチはタイトル獲得のために、3位以上にならなければいけない。
柴田に負けることは、まずないと思われる。しかし毅士に上を行かれることは、充分にあり得る。黒山、野崎、毅士に上位を奪われ、4位に落ちる可能性は否定できなかった。そのうえでの第2セクションでの1点だ。たった2セクションを走っただけだが、この時点での減点ゼロは4人。ガッチは柴田、野本、吉良と同点の5位ということになる。タイトル争いもあぶない、とガッチは考えた。
しかしセクションに勝負どころがないので、勝負のかけようがない。ガッチにできることは、残るセクションを、ひたすらていねいに走り続け、減点1を守って走りきることだけだった。
一度ミスをすると、そこからずるずると崩れてしまうライダーは多い。ガッチが2セクションでの1点のあと、残る22セクションをすべてクリーンしたのは驚きでもある。結果的には、このレベルの神経戦に耐えられたのはガッチと野崎、黒山の3人だけで、毅士も柴田も9セクション以降で減点し、柴田は2ラップ目に二桁減点を喫して表彰台圏外に落ちてしまっている。その野崎と黒山も、2ラップ目に野崎、3ラップ目に黒山が1点ずつ減点して、3ラップを終えた時にはたった1点の同点で3人が並ぶことになったのだが、必ずこうなるとわかっているわけではないから、ガッチはそうとうに苦しい我慢のトライアルを続けてきたわけだ。
そしてこの時点で、実はSSのトライを待つことなく、ガッチの3位が確定的となった。ガッチが仮にSSを両方5点となっても、毅士に逆転される可能性がなくなったからだ。しかしそれで集中の糸が切れるガッチではない。
トップの3人はみなクリーンするだろうと、ガッチは考えていた。その場合、3ラップ目のゴールに向けて、ひとり早まわりをした黒山が勝利を握ることになる。2位はガッチで、3位が野崎だ。同点の場合は、競技時間が短いほうが上位というルールがある。SSは主催者がスケジュールを管理するため、このルールから外れている。つまり、同点のままなら、勝負は3ラップ目の時点でついているということになる。
佐藤優樹が2ラップ目の第8でクラッシュ負傷して、SSにトライするのは13人。難所ポイントは入口と出口の2ヶ所。初めてアウトまでマシンを運んだのは野本だった。しかし野本は出口直前でテープを切っていて5点。柴田3点、毅士3点と続いて、ついに野崎がクリーンした。これでトップ3がみなクリーンという舞台が整った。
ところが直後に、黒山が5点。ハンドルから手が外れたということだが、強い黒山はかんじんなところできっちりクリーンしたものだったが、今年の黒山はそれが逆に出てしまっている。
最後にトライしたガッチは、途中大きくラインを乱し、あわやテープの外に出そうになりながら、強引にラインを元に戻してクリーンした。ガッチの、勝利への執念、あるいはクリーンへの執念が強く出たトライだった。
ガッチと野崎が1点、黒山が6点、毅士が15点。毅士の4位は決まったが、上位3人はまだ決着していない。そして最後の勝負となった。
SS第2の難所は、最後にそそり立った直角のタイヤだった。それでも藤原慎也が2点、加賀国光が1点と抜け出ていたから、トップグループならクリーンの可能性はある。毅士、柴田、野本は2点でこれを抜けている。優勝争いの3人の中で先陣を切ってトライした野崎は1点だった。次のトライはガッチだ。
野崎が1点で抜けているから、ガッチがこれを1点で抜ければ、勝利はガッチのものになる。しかしガッチは、1点で抜けて優勝しようとは思わなかった。無難なのは、タイヤの上にアンダーカードをかけて上る走法だ。しかしガッチは、これを許せなかった。フロントをつって(フロントを上げたまま段差を越えていく)抜けていこうともくろんだ。
「勝負が決まっているとわかると、美しい走りや、お客さんを喜ばせる走りをしたがるくせがある。できるだけそうはさせないようにアシストしているけど、最終的には本人に判断をまかせている」
とアシスタントの田中裕大は言う。そしてその通り、ガッチはタイヤに立ち向かった。が、わずかにリヤタイヤの位置がずれ、右側に滑り落ちてしまった。マシンを引き上げてセクションアウトして、一度は2点のコールを受けたが、セクション外にリヤタイヤが接地しているということで5点となった。ただし、2点でも5点でも、ガッチにとってはすでに大差はなかった。
チャンピオンを決め、美しい勝利をねらう。ガッチらしい走りっぷりだった。SS第2の走りが成功すれば、これ以上ない有終の美となったことだろう。残念ながらそうはならなかったが、この失敗が、ガッチの2016年に向けてのスタートなのかもしれない。