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ひとつのタイトルとふたつの勝利の岡村親子
2015年全日本選手権最終戦。国際A級と国際B級は、ちょっと意外な、そして熱い結末で幕を下ろすことになった。IAの岡村将敏、IBの岡村祐希、実の親子が全日本の表彰台の頂点をもぎとったのだ。
「誰も期待していなかったと思いますけど」
と、岡村将敏はちょっと冗談めかしてタイトル獲得について口を開いた。期待されてなかったかどうかはわからないが、ランキングトップはルーキーの氏川湧雅。上り調子の血統書付きだ。岡村がチャンピオンになる条件は厳しい。岡村優勝で氏川が4位以下、2位なら氏川が6位以下になってくれなければタイトルは獲得できない。勢い的には、氏川に有利な戦況だ。まして氏川は、昨年このSUGOで、ランキング2位から逆転チャンピオンを獲得した実績がある。そんな運も実力のうち、強敵である。
しかし岡村は、いつものとおり、ペースが早い。ライバルとの駆け引きとか、戦況の把握とか、そういうことは岡村の作戦にはまず採用されない。スパスパとセクショントライをして調子がよければ優勝し、うまくいかなければ勝てない。ずっと、そんな戦いをやってきた。
実は岡村は、これまで長くトライをルをやっていながら、タイトルをとったことが1回もない。かつては5年間IASを走った岡村だが、IAでもIBでも、チャンピオンの経験はない。ざっと調べると、92年に(23年前だ!)IBでランキング6位となった岡村は、翌年ランキング4位でIA昇格を決めた。IA昇格2年目にランキング12位(藤波が初タイトルを取った1995年)となり、以後、常にランキング15位以内をキープする。最上位は2011年、2013年、2014年のランキング2位だった。ランキング2位となれば、IAS昇格の権利ができる。しかし岡村は、そのつどIAで走る選択をしてきた。IAチャンピオンは、無条件にIAS昇格となるが、IAのランキング2位から5位まではIAに残るかIAS昇格かを選べることになっているのだ。
岡村の今シーズンは、優勝から始まった。勝ちにこだわっているようには見えない、ひょうしょうとした戦い方は変わっていないけれど、幸先はいい。その後、第2戦から第4戦までは表彰台を逃し、ランキングトップを氏川湧雅に奪われ、泥沼の中国大会でミッショントラブルに見舞われながら優勝し、中部大会で3位となり、氏川に7点差のランキング2位で迎えたのが、この最終戦だった。
昨今の岡村には、全日本参戦と同じくらい(もしかしたらそれ以上に)大事なものがある。ホームグラウンドの真壁トライアルランドで開催しているスクールだ。岡村を中心に、チームのA級も駆けつけ、若手から初級者までが和気あいあいとトライアルを楽しむ。
初級者ライダーから国際級ライダーまで、それぞれが腕を磨き、成績を上げてきているすごい仲間たち。その仲間を強力に牽引しているのが、岡村だ。
その仲間の中に、岡村祐希がいる。岡村の息子で、2014年に国際B級に昇格した。今年、国際B級2年目のシーズン。1年目は初めての全日本選手権に悩み、ポイントをとれない大会が続いたが、4戦目の北海道大会で14位に入ると、最後の2戦では7位、5位と成績を伸ばしてきた。2年目の今年は開幕戦で3位。以降、全戦でポイントを獲得した。今シーズン、全戦でポイントを獲得したのは、チャンピオンの山崎頌太と沖勇也と岡村の3人だけだ。
ここまでで3回の表彰台。最終戦を前にランキング2位が確定していて、国際A級の昇格も決まっていた。チャンピオンの山崎とともに、最終戦は思い切り走ればいいだけだ。ちなみにここまで山崎は中国大会以外の全日本ではすべて勝っている。中国大会は5位だったが、このときの上位陣は地元陣営やスタートの早いライダーが顔をそろえていた。全日本のランキング上位陣で山崎より上位に入ったのは、祐希だけだった。つまり祐希だけが、チャンピオン山崎を破った実績があった。
はたして最終戦は、山崎と祐希の激しい争いになった。祐希の減点は7点、対して山崎が8点。祐希にはタイムオーバーが1点あったので同点となり、クリーン数は同じ。山崎は1点が3つ、祐希には4つのクリーンがあった。これで、最後の最後で、祐希の初優勝が決まった。
もっとも祐希は優勝の行方はあんまり頓着していなかったようで、自分の試合が終わったら仲間とともにチームの先輩たち(お父さんも含めて)の応援に出かけている。優勝の結果はそんなさなかに知らされたが、本人としては、今回の優勝で、今年の成績は1位から4位までがそろった、そこのところがうれしかったらしい。
祐希は来年、国際A級に昇格する。親子そろって国際A級出場は、何年か前に荒木隆俊・隆介親子が果たしているが、それに次いで……と思いきや、将敏父はスーパーに昇格することになった。同じクラスを走ることにはならなかった。
「いっしょに走るのはいやだぁ」
と息子は笑う。振るのがきらいで、試合中もほとんど振らずにターンでこなす。若いライダーらしからぬ渋い走りを見せる祐希である。国際A級でもその走りが通用するのか、さらに変身を見せるのか。
これまでIASへの昇格をせずにIAを走り続けてきた父親は、これでライダー稼業から息子のアシスタントに専念するのではないか、とひそかに思っていた。息子が急成長をしてきた頃には、自分のライダー業と息子のアシスタントで揺れるようなことを話してくれたこともあるからだ。
「祐希のアシスタントはやりません」
父将敏は、きっぱり言った。日下達也(国際A級)とのコンビが板についてきたというのもあるだろう。しかしオッカー(岡村がいっぱい出てくるので、なんと書いたらいいのか悩みながら書いていたが、これが一番しっくりくるのに今気がついた)には、やらなければいけないことがある。スクールやその他の現場での、チームの牽引だ。
これまでチャンピオンをとったことがなかったというのは、裏を返せばチャンピオンをとる執念の不足でもあった。今年はチャンピオン争いをするぞと決めて、チャンピオン争いを展開した。その経験は、後進を育てる上で、大きな糧となっている。結果的にチャンピオンになれて最上の結末とはなったが、もしランキング2位で終わったとしても、それはそれで大きな教訓となって後進の育成につながっていったにちがいない。
「後輩にとって、走り続ける先輩がいて、日本のトップクラスを走っているのは大事なことだと思うから」
オッカーは、自分の成績云々というより、チームのために、仲間のために、みんなのために走っている。
ところで岡村家には、もうひとり大事な全日本ライダーがいる。岡村敏美。オッカーのお父さん。祐希のおじいさんだ。岡村家は、3世代に渡る全日本ライダーなのだ。
今年、北海道大会では、おじいちゃん敏美さんが15位に入って、ポイントを獲得した。祐希は4位、オッカーは5位だったが、3人そろって全日本選手権ポイントを獲得した。これは快挙だった(大会が終わって3人で並べて写真を撮ろうとしたら、おじいちゃんはさっさと会場をあとにして北海道観光に出かけていた。残念なり)。
奥さんと愛犬とをいっしょの全日本転戦(旅のペースがあわないから若いものとはいっしょに旅をしないのだそうで、おじいちゃんは単独で遠征している)。練習は日々欠かさない。まだまだ成長を続けているおじいちゃんなのである。オッカーのチームは、オッカーを中心に回っているのはまちがいないが、おじいちゃんをはじめ、メンバーそれぞれがそれぞれの個性でチームの雰囲気を作り上げているように見える。その仲良しぶりへのご褒美が、今回の親子ダブル優勝、ダブル昇格となった。
オッカーと祐希には、チームのメンバーの手作りの、かっこ悪くも心あたたまるチャンピオンTシャツと優勝Tシャツが用意された。トップドックスの仲良しぶりの真骨頂だ。