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スーパーナイス・ホンダサンクスデイ
12月6日、ツインリンクもてぎで、ホンダサンクスデイが開催された。ホンダモータースポーツのファンに、この1年の応援の感謝として、ジャンルを超えたホンダのライダー、ドライバーが一堂に会してファンサービスをするイベントだ。
トライアルでは、このイベントでは初めて、トニー・ボウ、藤波貴久、ハイメ・ブスト、3名のレプソル・ホンダ・チームの全員が顔をそろえ、さらに全日本3連覇の小川友幸が加わるという豪華キャストとなった。
イベントはとてもとても楽しいものだったから、これを見逃した関東のファンにはお気の毒だった。この日はけっこうあちこちでイベントがあって、みんなそれぞれ楽しい日を送ったにちがいないけれど、来年、またこんなメンバーがやってくるのであれば、ぜひはずさないようにチェックしておいたほうがいい。
で、ふつうにレポートすると楽しい楽しいのレポートになると思うので、ここではなるべくおたくなトライアル的レポートをお届けしたいと思う。あんまり深い話はありません。
このイベント、去年までは11月23日の勤労感謝の日に開催されていた。勤労感謝の日にサンクスデイというのは語呂が良かったのだけど、なぜかこの日はFIMが表彰式をやっている。毎年この日だから、海外にも勤労感謝の日があるのかもしれない。
だもんで、二輪のチャンピオン級ライダーはこれに来日できない。それで今年は日程をちょっとずらして、世界チャンピオンがずらりと勢ぞろいすることになった。トニー・ボウ、藤波貴久、ハイメ・ブスト(2014ワールドカップチャンピオン)、マルク・マルケス、ダニ・ペドロサ。
オープニングセレモニーでジャージ姿で壇上に上がったガッチは寒そうだったけど(レプソルの3人はレプソルかラーのライディングジャケットを羽織っていた)これも仕事のうちとへっちゃらな顔をしていた。そういうところも、ガッチはすごい。
イベントは、まずカートのレースから始まった。F1ドライバーから国内外の著名ドライバー5名と、レプソル・ホンダの5名のライダーが、レーシングカートコースの(ふだんはお客さんが乗っている)カートでレースをする。
この日のために、5人のライダーにはアルパインスターがレーシングスーツをあつらえていて、4輪ドライバーに混ざって、果敢にカートをドリフトさせて走り回った。藤波貴久はフルフェイスへルメットを用意してきたが、トニー・ボウとハイメ・ブストはトライアルヘルメットしか持っていないので、オープンフェイスのトライアルヘルメットにサングラスという軽装のレーシングドライバー姿となっていた。
このアルパインスターのレーシングスーツ、マルク・マルケスとダニ・ペドロサの二人用は彼らのライディング用スーツと同じ柄に仕上げられていたけど、トライアルの3人用はHondaと入ったちょっとそっけないものだった。時間がなくて作れなかったということだけど、来年はぜひトライアルウェアカラーのスーツを用意してあげたいものだ。
でもライダーとしては、スーツの柄より、自分に与えられたカートの走りっぷりに不満があった模様。というのも、イベントの前日、トライアルライダーが借り物のマシンのセットアップをしている間(借り物マシンについてはまたあとで)、ドライバーたちはどのカートが速いか、片っ端から乗り比べて品定めをしてたんだそうな。勝つためには努力を惜しまないプロ根性というか、おとなげないというか、それでスタート順は予選で一番タイムが悪かった藤波がポールポジションで、ハイメが2番目ということになった。ライダー軍団としては速いのと遅いののポジションをひっくり返すんじゃなくて、マシンを替えろと言いたかったみたいだけど、イベントのスケジュールってのもあるし、大人の対応でそのままスタート、奮戦しながら順調に順位を落として、最後は藤波とハイメがふたりでデッドヒートをしてチェッカーとなった。
カートが終わったら、そのまんま着替えに走って、トライアルウェアに着替える。小林直樹さんが待つデモンストレーションコーナーだ。
デモは、どうやってお客さんの心をつかむかが一番気持ちを割くところで、その段取りを考えるのが一番むずかしい。けれど今回、直樹さんとガッチ小川友幸がかわした打ち合わせは、最初にガッチが出て行くということだけだった。そこから先は、どうなるかわからないというのが、ガッチの予測だ。
今回のガッチ、3連覇5回の全日本チャンピオンとしての存在を期待されていることはもちろんだが、その実、レプソル・ホンダの3人のスペイン人(ひとりは三重県生まれの後輩だけど、ふたりのスペイン人と混ざると、もう日本人には見えない)のマネージャー役に忙しい。
なんせまず、ガッチを含む4人のライダーが乗る4台のマシンのうち、3台はガッチが運んできたものだ。レプソル・ホンダ・チームのライダーなのに、レプソルカラーのマシンは1台しかない。これは国内でのテスト用車両で、ボウが乗ることはほとんどない。ファクトリーマシンはこれ以外にはガッチが全日本を戦った本番車しかなくて、これをガッチは藤波に献上している。ブストはもうファクトリーマシンがないので、ブストが乗ったのはいつもは田中裕大が乗っているガッチのアシスタントマシンで、スタンダード改造のミタニスペシャル。そしてガッチが乗るのもミタニスペシャル。こちらはデモンストレーションなどで使っているものだ。
ガソリン入れたりタイヤの空気圧をチェックしたり、ガッチはすっかりアシスタントだ。ほかのチームはメカニックもずらりとやってきてマシンを整備しているけど、トライアルはライダーがふらりと来日してきただけなので、ガッチにおんぶに抱っこ状態でスケジュールは進んでいく。
マイクを持つのは直樹さんと、ガッチと藤波がインカムをつけている。ボウとブストにはマイクのスイッチの入れ方とか教えるのがめんどくさいので、やりとりはしないといういさぎよい方針となった。案の定「世界チャンピオン、トニー・ボウですー」と日本語で紹介された途端にボウが飛び出していって、あとは段取りもへったくれもなくて走り回っている。広いとは言えないデモスペースで、4人のライダーが走り回っているのだから、どこを見ていればいいのかわかんないし、中で写真撮ってるぼくらも写真撮ってるより逃げ回っている時間のほうが長い。周囲は全面的にお客さんが入っているので、お客さん側に逃げたら申し訳ないしね。まぁあの人たちはうまいから、こっちが考えて逃げたりするより、じっとしていれば頭の上でも飛び越えていってくれるだろうけども。
途中、ブストがなにやらぶつぶつ。テントの中に帰ってしばらくごそごそしているかと思ったら、空気を入れていたらしい。空気圧調整を忘れたわけではないけれど、ブストが乗っているマシンはガッチのだから、当然ダンロップD803GPが装着されている。いつもはいている某M社のタイヤとの違和感があったにちがいない。違和感を言い出したらきりがないと思うんだけど、気になるところは気になるらしい。
デモには途中、ゴールデンボンバー(ホンダのCMに出演しているエアバンド)が登場してきたけれど、かわいそうにトライアルライダーたちにいじられ襲われ(そう言い含められて登場してきたのだろうけど)お気の毒なことになった。
トライアルを見たことがない人にはオートバイが空を飛んだり前輪を上げたり後輪を上げたりするだけでもびっくりだが、いきなり輪の中にほうりこまれたアーティストのびっくり度合いを考えてみると、ちょっとかわいそう。原チャであそびつくせは彼らの出演するホンダCMのコピーだけど、今回はすっかり遊び尽くされてしまった。
ガッチにはデモを円滑に進める類いまれなる力量があるが、ボウとブストにはそういう神通力が通用しない。実は藤波だって、往々にしてガッチのコントロール圏外に跳び出してしまうのだけど、日本人の血が一滴も入っていないボウとブストにお行儀のいいデモを期待するのは無理な話だった。
ぐるぐる回るは跳ぶは上るわ。デモというより、誰かがやるとそれをまねしておれもやってみるという勢い。デモ用の人工物だから、想定外のラインを見つけるのは簡単ではないのだが、9回の世界チャンピオンは次から次へと難問を走ってみせて、藤波やブストの負けず嫌いを刺激していく。これはもう、デモじゃない。
デモンストレーションといえば、最初にボケ役が出てきて、ちょっと失敗したり簡単なラインを走ってみせて、次に続くオオモノの登場を盛り上げるのがふつうだけど、最初に走りたがるのがボウだもんだから、もうどうにでもなれというあんばいだ。
このあと、でも会場ではそのまま有薗啓剛と守上大輔による自転車ショーがおこなわれた。有薗も1996年バイクトライアル世界選手権エキスパートクラスチャンピオン。現在は各地でデモンストレーションを行なって自転車とトライアル競技の普及に努めている。隣ではストライダー体験なんかもあったり、ピットのほうではレーシングカーのタイヤ交換体験ができたりするイベントもあるんだが、トライアルを追いかけているだけで超忙しい。
昔々、このイベントに来たときにはレース界の古い知り合いに会っちゃって、つい長話をしてしまって肝心のデモを見落としたりしたことがあったので、気をつけなければいけない。あっちこっちでビッグイベントが同時進行だから、ぼくらもお客さんも、自分でスケジュールを把握して見たいところに駆けつけなければお目当てにはいきつかない。
そうこうしているうちにライダーは小休止ののち、ハローウッズの世界選手権セクションに集結ですよ、奥さん。もっとも多くのお客さんがセクションを観戦できるポイントでもあり、岩盤を駆け登るダイナミックなセクションでもあり。世界選手権の時には12個あるうちの1個だけど、この日はひとつしかないトライアルセクションだから、トライアルを見たい人はみんなここに集結している。世界選手権の時より、たくさんのお客さんがトライアルを見守っている。
グランドスタンドのオーロラビジョンでもトライアルデモは流れていたから、それを見てセクションにやって来るお客さんもいたらしい。お客さんはどんどん増えてくる。世界選手権の時には、観客席を見渡すとそこにもここにもどこかで見かけたお顔が散見されるけど、今回は知り合いを見つけるのはなかなか困難。たぶん、ほとんどの人が全日本とかを見に行かない感じの、選挙的に言えば浮遊層のトライアルファンだったんじゃないかと思われる。
そんな、トライアルのルールも知らないような人でも、すごいライダーがすごいことをするのは問答無用に楽しい。トライアルは、もっともっと見て楽しめる競技なのだと思うけど、なんでこんなに普及がむずかしいのかな。自分が楽しむのに一生懸命なんじゃないかという気がしないでもないけど、スポーツの性格的に、大舞台があんまり似合わないのかもしれないと思ったりもする。そんな意味でも、この日はめったにない大舞台だ。
さてさて、ハローウッズのセクションでも、スペイン勢3人(日本人が一人混ざっているけど、もはや藤波はスペイン人に混ぜてしまったほうがわかりやすい)と日本人一人のデモは、筋書きを一切無視して行われた。
最初は一番簡単なラインを(といっても世界選手権のセクションだけど)ガッチがトライして、それをみんながトレースするというお上品なシナリオだったけど、そのうち誰かが自分の得意なラインを勝手に走り始め、そうすると3人がそこに群がり、失敗してもうまくいっても次々にトライする。
年齢的にも性格的にも人格的にも彼らのお兄さん格のガッチは、そんな彼らを心配して、マシンを放り出してアシスタントに徹することになった。藤波やブストだけじゃなくて、ときにはボウさえもひっかかったりするラインだから、アシスタント業は大忙しだ。
デモ会場でのデモもそうだったが、それに増してこれはデモではなくて彼らのフリーライディングだった。3人が練習に出かければ、きっとこんな光景が繰り広げられるのだろうというような、そんな感じ。ただし練習とちがって、この日はみんなが笑顔だった。
ブストがどうしてもいけないポイントがあった。何度かトライしてうまくいかなくて、そしたらボウが、このマシンに乗ってみろと自分のマシンを差し出した。ボウと藤波が乗っているのはファクトリーマシンだ。そしたら、ブストはあっさりクリーンした。やっぱりファクトリーマシンの威力は絶大だった。それとも、少しでもいつも乗っているマシンに近いということだったのか。ともあれブストも無事にクリアできて、めでたしだった。
ボウはしばらく、ブストが乗っていたスタンダード改に乗っていて、それで見た目には遜色ない乗れっぷりを発揮していたのだが、ブストがちょっとマシンを止めたときに、ボウが返してくれといってきて、ライダーとマシンの組み合わせはまた元通りになった。
元通りのマシンになった一発目、ブストはちょっとした岩登りで失敗してひっくり返ってしまった。パンツは破れるわ、手は痛めるわでちょっとした大クラッシュだったのだけど、ボウも藤波も大笑いしていて、ブストもしょうがなく笑顔で立ち上がってまた走り始めたのだった。
スタンダードからファクトリーマシン、ファクトリーマシンからスタンダードへと変わって、タイミングをまちがえちゃったんじゃないかと思ったりもするんだが、失敗はいろんな理由で起こりうる。ブストとすれば、ちょっと痛いより、先輩世界チャンピオンたちとホンダのお祭りをフルパワーで走れていることがうれしかったにちがいないから、これでいいのだ。
ホンダ契約の選手が勢ぞろいして紹介されるセレモニーでも、トライアルライダーは大活躍だった。
選手たちはみな登壇する舞台の下に集まって階段を上がってくるのだが、トライアルライダーだけは、グランドスタンドの上から階段を下りてくるというパフォーマンスを見せた。
モータースポーツにもいろいろあれど、こんなふうに臨機応変、自由自在にイベントの要求に応えられるスポーツは、ほかにはない。同じようにセクションを走っていても、トライアルでは走っている最中の笑顔を見ることもできるし、いつもとちがう走り方を見せてくれることもある。ショーとして、トライアルよりおもしろいものはない。
楽しい1日も最後に近づいてきて、ハイライトみたいなレースが、軽自動車のホンダN-ONEによるスーパーエキジビジョンレースだ。これに参加するのは8名。ゼッケン1番トニー・ボウ、ゼッケン5番藤波貴久、ゼッケン14番佐藤琢磨、ゼッケン8番鈴木亜久里、ゼッケン64番中嶋悟、そしてゼッケン26番ダニ・ペドロサにゼッケン93番マルク・マルケス。さらにゼッケン14番がもうひとりいて、これがフェルナンド・アロンソ。監督の亜久里さん、中嶋さんを含め、チャンピオン勢ぞろいのエキジビジョンレースだ。レースは、もてぎロードコースのフルコースでおこなわれた。
仲良くデモをしていたのに、自分にハンドルが回ってこなかったブストはちょっとふくれていて、ぼくも乗りたいと駄々をこねていたが、レプソルチーム1年目を終えたところだから、シートがなくてもしかたない。来年、チャンピオンをとることはまずないだろうけど、1勝したら、先輩たちといっしょにレースに参加させてあげると、若いスペイン人はきっと大喜びするにちがいない。ちなみにブストは、チェッカーフラッグを振らせてもらっていた。
先頭からスタートしたのは藤波。一番後ろから追い上げてくるのはアロンソで、これがめっぽう速い。ペドロサもマルケスも、次々に餌食になっていく。藤波は最後はボウと競りあいながらゴールしたが、ペドロサともマルケスともアロンソとも競りあい、スペイン仲間はみんな大喜びのうちにゴールとなった。
このあと、懐かしのマシンがマルケスらのライディングでコース上を走ったり、アロンソがRC213Vに乗ったりするびっくりがあって、盛況のうちにサンクスデイは幕となった。
F1も見たかったとかピットのひとつひとつをのぞいてみたいとか、もっとやりたかったいろいろはあったけれど、ぼくらにとって、ホンダサンクスデイはトライアルイベントそのものだ。来年、またこんな顔ぶれがそろうようだったら、これは絶対見逃せない。