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2016全日本中部大会、それぞれの戦い
黒山健一がニューマシンをデビューウィンをさせた全日本選手権第6戦中部大会。輝いていたのは、もちろん黒山だけではない。昼まで雨が降る厳しいコンディションの中、2016年シリーズ終盤の戦いは、熱かった。
今年の小川友幸は、全勝優勝で4連覇6度目、そして40歳でのタイトル獲得を目指していた。この分でいけば、タイトルの獲得はまずまちがいない。しかし小川が1戦1戦の戦いで目指すものは、シーズンが終わった時のことではない。この戦いをどう美しく決着させるかだ。
全勝優勝の目標は、3戦目の第4戦(熊本の地震のおかげで、今年の全日本は表記がややこしい)、中国大会でついえている。しかし小川はひるむことなく、残りのすべてで勝利しようと決意して、第3戦九州、第5戦北海道と連勝、北海道では誰もまねできない強烈な走りっぷりも披露した。このまま最終戦まで連勝するのも、そんなに夢物語ではないように思えたものだ。
今回はヤマハが黒山健一用にニューマシンを持ち込んできた。シーズンの終盤にきてこの動きは、目標を2017年シーズンに定めたということにちがいない。こうなると、いよいよ小川の連勝更新は具体化してくる。
「黒山健一の気持ちがわかってきた」
と小川は言う。最近はみんな、勝って当然だと思っている。勝利するほうが自然で、負けるのが異常。結果がこうなるのは歓迎だが、みんなにそう思われているのは、大きなプレッシャーだ。「3年に1度勝つくらいが、いろんな意味でちょうどいい」と苦笑もする。2013年に小川が大接戦の末にタイトルを獲得した際に黒山は「これからずっと、こんな接戦を戦っていかなければいけないんじゃないか」と予見していた。でも小川が勝ち慣れていくに従って、流れはどんどんと小川に傾いていった。勝ち続ける以外の経験は、黒山より小川の方が豊富だ。勝つ訓練を津んだ小川は、もはや無敵に思えた。勝つために、どれだけ苦労を重ねているのかは、端からは見えにくい。
第1セクションは全員5点だった。ゲートを蹴飛ばしながら難所の切り株を越えていったライダーはいたから、抜けられる可能性はあった。しかしここは勝負なし。
第2セクションは、抜けられる設定だった。小川毅士、野本佳章が3点、野崎史高が2点、そして黒山がクリーンした。ところが小川は、入口のターンでフロントを滑らせ、テープを切って5点になった。これは手痛かった。序盤の5点は挽回のチャンスも大きいが、内容がよくない。
しかし次の第3では、黒山が5点、小川は1点で抜けた。これで点差は1点。二人の勝負がほぼ振り出しに戻るとともに、野崎がここを3点で抜けて、二人のトップ争いに分け入ってきた。
第4は、ダイナミックな大岩飛びはスムーズに抜けるも、後半の登りが難所で、全員5点。第5以降は比較的抜けられる設定が多いと目されていて、第5は野崎がクリーン、小川が1点、黒山が5点になった。これで野崎は小川に対して2点差のトップだが、黒山はこのところのパターン通りに失速気味で、流れは小川にあるように思えた。野崎は好調だが、この頃から黒山や小川は時間がなくなるのを予期して、少しずつペースを早めていた。野崎は少しずつ遅れていく。
今回のエントリーは150人以上もいて、国際B級は第1セクションからトライを始めるグループと、第5セクションからトライを始めるグループに分かれていた。いつもなら国際B級の渋滞を抜けると、そこから先は空いているというのがいつものパターンだったのだが、今回はいつもの要領が通じない。
「いつもとちがって、どこでも渋滞している」
と野崎が言うように、150人が12セクションに散らばるのだから、単純計算で1セクションあたり10人以上が群がっていることになる。土曜日夜半から降った雨は日曜日にも残っていて、特にトライ中に5点となってから脱出するまでに時間がかかるケースが多かった。
それでも野崎はひとつひとつていねいにトライ。第5から第8までの4連続クリーンは、16人中唯一の快挙だ。もっとも野崎は謙虚に、多分にラッキーがあったと振り返っている。
第9以降は時間ぎりぎりで超特急になった。第9を小川がクリーンし、最終12を黒山がクリーンしたが、ここでの勝負は互角。みな、時間に追われていた。
結局、1ラップ目を制したのは、タイムオーバーが一番少なかった小川だった。セクションでの減点はトップ3がともに30点。勝負はタイムオーバー減点の差でついた。
2ラップ目、反撃ののろしは黒山から上がった。小川毅士が抜けるなど、可能性は見えたといえ、難関であることに変わりがない第1を、黒山はクリーン。これで1ラップ目のタイムオーバーを帳消しにして、小川に1点差のトップに立った。野崎は5点で、タイムオーバーでとった遅れを取り戻せない。
しかし、がまんのトライは小川友幸の真骨頂でもある。2セクション以降、黒山にぴったり寄り添うように、そして黒山がちょん足を出すところを確実にクリーンして、じりじりと追い上げていく。第7で同点に並び、そして第9で黒山が2点のところを1点で抜けて、これでふたたび小川はトップに立った。残りはSSを含めて7セクション。野崎はこの時点で、小川に8点差をつけられてしまっていた。
しかし11セクション。いったいなにが起こったのか、黒山がクリーンした直後の11セクション。小川が入口の登りで失敗した。スーパークラスのセクションだから、もちろんむずかしいにはちがいないのだが、小川本人も「練習しようとも思わないところ」と告白するように、勝負どころとなるようなポイントではなかった。そこでの失敗だから、トライアルはわからない。
直前に、黒山がエンジンの調子を崩し、それでどっちが先にトライをするかという微妙なやり取りがあった。もしかすると、それで気持ちの平静を乱したままトライにかかったかもしれないと打ち明ける小川だが、なぜそうなったのかは、実際のところはわからない。明らかなのは、残り5セクション、2ラップ目終了まで2セクションというところで、小川が大失敗をした、ということだ。小川本人も、この失敗は悔しさを通り越しているようだ。
最終セクションは黒山が2点、小川が3点。黒山の3点リードで12セクション2ラップが終了した。
SSの2セクションは、もちろん難度が高いものだったが、トップ争いにとってはクリーンの可能性の大きいものだった。たとえ足をついたとしても黒山には3点のアドバンテージがある。ここで逆転劇が起きるとは考えにくい。
SS第1をみながトライしている頃、黒山がエンジンの不調を訴えた。これがトップ争いの最後のドラマだった。ヤマハの技術者に指示でアシスタントの黒山二郎が処置を施す。インジェクションシステムの外側に設けたスイッチが、おそらく接触不良を起こしたのだろう、スイッチを取り外して、黒山エンジンは再び元気を取り戻した。
SS第1、野崎を含めて、トップ3人は皆クリーン。他に、小川毅士、野本佳章がクリーンした。そして最後のSS第2。最後には高さ173cmのコンクリートブロックが控えている。これもこれまでの黒山の鬼門でもあったから、まだ勝負は確定的とはいえない。
最初にクリーンをしたのは野本佳章だった。今日の野本は、1ラップ目中盤までは4位につけた。7月にパパになって以来、調子が上がっている。
小川毅士は173cmが登れずに5点。野崎はクリーンだった。こうなれば、黒山、小川ともにここを走破するのはほぼ確実となった。
黒山にとって、実積はないが、自信はあった。念のため、1点をついてコンクリートブロックまでやってきた黒山は、満を持して173cmを登りきった。
小川は、それを淡々と見守っていた。最後にトライする小川には、もはや勝利がない。そして失敗しても3位に落ちることもない。無難に走っても、得るものはなにもない。
小川がやるべきこと、やりたいことはひとつ。黒山の勝利に興奮するギャラリーの興味を、もう一度自信のライディングに釘付けにすることだ。中間にある二つのタイヤを、フロントを吊ったままダニエルで飛んでいったのは、もちろん小川だけだった。そして最後の173cm。余裕を持ってフロントを吊って登りきり、さらにフロントを上げたままセクションアウト。すでに勝負がかかっていない状態だからこそできる、しかし小川にしかできない美しい技だった。
黒山がシーズン2勝目。4勝をしている小川とのポイント差は10点。最終戦で小川が6位以上に入れば、4連覇6回目のタイトルが決まる。しかしそれは、小川の望む結末にはほど遠い。
「気持ちのいいシーズンオフを過ごすために」
最終戦は、それぞれの思いをこめて、トップライダーの意地をかけた激戦となるにちがいない。
■国際A級
ゼッケン1番をつけた永久保恭平は、今年になってまだ勝ち星がない。中国大会、九州大会では2位、3位と表彰台に上がったものの、他の3戦は9位と7位で、永久保らしくない。
今年、永久保は自宅の静岡から、愛知小牧の寺澤慎也のワークショップへ、マシン整備の修業に出ている。日常や練習の環境も異なり、新しい環境でのトライアル活動にちょっと戸惑いがあるという。
練習環境そのものは、寺澤をはじめ加賀国光や平田兄弟など、中部の強豪たちとあいまみえることで、濃厚なものになっているというが、ようやく環境に慣れ、練習の成果が出てきたのが今大会だったようだ。
それでも、永久保に勝利の喜びはなかった。不本意な走りで、勝てる実感もなし。6位までに入れればいいかなぁ、と思いながら試合を進めていたというが、終わってみれば、本多元治に1点差で勝利をしていた。
この調子を最終戦でも維持したいという永久保。ただ、昇格してIASを走るのは遠慮したいということだった。
さて永久保が勝利して、タイトル争いの3人はどうなったか。若い久岡は、1ラップ目に20位と出遅れてたいへんな事態に。しかし2ラップ目の久岡はばっちり調子を取り戻し、最後は4位まで順位を戻した。久岡はこれでランキングトップに出たが、いまだ国際A級未勝利。初優勝は、最終戦へお預けとなった。
村田慎示は6位。久岡と3点差で最終戦に挑むことになった。小野貴史はさらに順位を落として8位。久岡とのポイント差は5点差。この3人は、まだまだチャンピオン争いの真っ最中だ(計算上はランキング4位の永久保までタイトル獲得の可能性がある)。小野が2勝、村田が1勝、久岡が未勝利。同点の場合は勝利数が多いものがチャンピオンとなるから、勝利数が少ないものから上位にいる現況は、その争いを見守る側に立てばとても興味深い。戦う当人たちには、なかなかしびれる状況にちがいない。
■国際B級
チャンピオン争い、そしてランキング5位までの国際A級昇格争いが佳境となっている国際B級。この日でチャンピオンを決めるはずとなっているのが氏川政哉。ランキング2位の池田蓮に19点、3位の武田呼人に22点差をつけているから、池田より上位に入ればタイトルは決まる。
しかし氏川にはタイトル争いとは別にやっておかなければいけないことがあった。大ベテラン小林直樹との対決だ。小林は往年のHRCワークスライダーだが、2016年シーズンにMFJ選手権に復帰。北海道でIBに昇格して2017年に全日本に復帰してきた。2016年のうちに復帰をすれば、1回の勝利でIA再昇格ができたのだが、規則でそうとはならず、小林はポイントを積み上げて昇格しなければいけなくなった。開幕戦はマシントラブル、2戦目の第4戦、3戦目の第3戦は優勝、そして今回が4戦目だ。
小林が勝った2戦、氏川は2位。親子以上ほどにも年齢差のある二人。最新技術は氏川が勝るも、トライアルに取り組む姿勢や経験は小林に軍配が上がる。トラブルでリタイヤした開幕戦も、途中までは小林が優勢だった。つまりここまで氏川は小林に完敗を続けている。最終戦は小林が出場できないというから、これが最後の勝負になる。
はたして高さのある、今年のIBセクションの中ではハードな傾向のセクション群に、氏川のテクニックが光る。1ラップ目を終えて氏川は小林に6点リード。2ラップ目、さらにリードを広げるべく走る氏川。2ラップ目第6セクションでは、ついに両者の差は9点となった。ようやく小林に勝利できるチャンスを得た氏川だったが、しかしこの頃、時間がなくなりつつあった。この日は、あちこちで持ち時間に追われるライダーの姿があった。
最終セクションを失敗して5点になった氏川は、それでもまだ数点差でトップを守っていたはずだった。しかし残り少ない持ち時間に慌てた氏川は、最終セクションで5点のパンチを受ける前に、タイムコントロールに駆け込んでカードを渡してしまう。最終セクションでのパンチミスは他にも4件ほど発生しているから、そういうミスのでやすいシチュエーションだったのかもしれないが、リザルトに残された氏川のパンチミスの代償は、あまりにも大きかった。
優勝は、三たび小林直樹。減点48点。2位に、九州大会での初表彰台以降、2度目の表彰台獲得、しかも順位をひとつあげてきた塩月匠。減点49点。そして氏川は、減点50点で3位。最多クリーン賞はものにした氏川だったが、小林に勝たなければいけない最後のチャンスを失った氏川の表情は、最後まで晴れなかった。
しかし氏川は今回の結果で、ランキング2位に26点差をつけてタイトルを獲得。ランキング2位には今回5位となった武田呼人が、9位の池田蓮を逆転して浮上している。ランキング4位には小沼侑暉。ここまでの4人は、最終戦を待たずに国際A級昇格を決めている(池田と小沼、そして氏川は地方選手権でのチャンピオンも獲得している)。
昇格枠は残りひとつ。現在は3勝の小林直樹がポイント60点でこの席にいる。小林を逆転して昇格切符を手に入れる可能性があるのは二人。磯谷郁(43点)と倉持晃人(41点)。この二人のどちらかが最終戦で優勝すれば、国際A級昇格レースは最後の最後で大逆転劇ということになるが、さてどうなることか。
■レディース
前戦北海道大会でチャンピオンを決めた西村亜弥。しかし彼女の挑戦はこれで終わりではない。目標は全勝優勝。最後の1戦まで気の抜けない、手の抜けない挑戦が続いている。
ところが今回、西村は土曜日に左手を痛めてしまう。練習というか、ウォーミングアップ中のクラッシュだった。もちろん痛みを押して出場する。
天候の影響でセクションはむずかしかったが、それ以上に指の痛みが西村を苦しめる。第1から第3まで連続5点。第2はライバルが抜けていたから、連勝を狙う西村には序盤から厳しい戦いとなった。
「今日は負けちゃうかもしれない」
弱気になりかけた西村だったが、それでも5セクション以降、確実に抜け出られるセクションでクリーンを出し、2位に16点差で6勝目を飾った。
開幕戦以来の2位に入ったのは小谷芙佐子。小玉絵里香は3位で、両者のポイント差は4点。寺田智恵子が4位で稲垣和恵が5位。この両者は同点で最終戦を迎えることになった。