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黒山健一、最終戦で逆転勝利
小川友幸の強さが光った2016年シーズン、終盤戦に入って、黒山健一がニューマシンとともに復活の兆しを見せている。
最終戦、スポーツランドSUGOでの戦いでは、野崎史高に4点差。前回中部大会に続いて、終盤2連勝を達成した。
もちろんタイトル争い的には、この2連勝を持ってしても、小川友幸の4連覇は阻めなかった。しかし今シーズンの敗北、そして終盤2連勝は、来たる2017年シーズンへの期待を、無限に広げるものとなった。
前回、中部大会で、フューエルインジェクションのヤマハTY250Fiを投入、デビューウィンを果たした黒山。最終戦はもちろん勝利を目指している。タイトル獲得の可能性は、数字上は残っているものの、ライバルの小川友幸が11位になってもらう必要があるという、現実的にはほぼあり得ないシチュエーションだった。
タイトルがとれないとなれば、来シーズンを見据えて、よりよいシーズンの終わり方をしたい。今シーズンは、小川のほしいままに勝利を持っていかれて、終盤にいたるまではたったの1勝しかできなかった。第6戦のニューマシン投入で勝利して、最終戦も勝利ができれば、ようやく3勝。小川の4勝に対して、タイには持ち込めないとしても3勝はしたい。5勝2敗では完敗だ。惜敗した、競り負けたランキング2位とするには、最終戦にはどうしても勝利がほしかった。
しかしそれでも、黒山の最終戦はパーフェクトな勝ちっぷりとはいかなかった。5点を一つもなく1ラップ目を終えたのは黒山一人だったが、それでも小川とは同点。トップには立たせてもらえなかった。第9セクションで野崎史高が5点となるまでは、野崎にも先を行かれて3位。勝負は最後の最後までわからないとはいえ、連勝を目指すには先行きがあやしい黒山の1ラップ目だった。
フューエルインジェクションの特性を、まだまだつかみきっていないのだ、と黒山は言う。インジェクション制御になったニューマシンは、これまで黒山をことあるごとに苦しめてきたキャブレーションのばらつきがない。アクセルを開ければ開けるだけ、ほしいパワーが引き出せる。
ところが黒山の右手は、ややもすると気まぐれな特性を示す、これまでのキャブ仕様のそれにベストマッチしてしまっている。それゆえ、黒山はこの数年、小川に敗北を喫しながらもランキング2位の座を守ってきたのだが、新しいマシンを得た今となっては、その右手の挙動は不要となる。頭で理解はしているものの、瞬間瞬間で状況に適用しなければいけない大会の現場に対応するには、黒山の慣熟度はまだまだ足りない。
今回は、トラブルもあった。日曜朝のウォーミングアップで、フレームにクラックが入ってしまった。スタートしてもしばしクラックに補強をあてる修理に時間を費やし、第1セクションに現われたのはライバルにやや後れを取っていた。下見をしたり渋滞を待っていたりで、その遅れはないも同然だったのだが、試合の始まりにしてのトラブルは、不安材料として残ってしまいそうだが、黒山はそんなそぶりはまったく見せなかった。このマシン、エンジンは新しいがフレームはテストにも使っていたもので、ずいぶんと酷使されたものだという。エンジンの乗り換えが完了すれば、次は新フレームの投入もありそうなのだが、今は長年苦楽を共にしたフレームとともに戦う黒山だった。今はエンジンとの慣熟に集中すべき時期。フレームは以前と同じもののほうが慣熟が早いという判断だ。
マシンとの慣熟が足りない結果は、ときに減点となって現われ、たとえクリーンをしていたとしても、行き過ぎたり足りなすぎたりした微調整を続けてセクションアウトしていたりと、一筋縄ではいかないさまざまなことが起きていた。見ている限り、インジェクション吸気の新エンジンはスムーズな吹け上がりを見せていたから、黒山の苦労はよくよく観察しなければわからなかった。同じように見えても、2速で挑んだり3速にしたり、また2速に戻したりと、試行錯誤の8セクション3ラップだった。
2ラップ目、黒山と小川はともに5点。黒山が第4で5点、第9で1点を取れば、小川は第3で5点、第7で1点と、減点するセクションはちがえど、結果は同じだった。このラップ、トップは野崎と小川毅士で、減点5点だった。
しかし黒山はこのラップ、第7セクションをクリーンしている。壁に埋まった岩に飛びつき、そこからわだちのない壁をトラバースして横の斜面に抜けるという無理やりなセクション。特に岩からのトラバースではわだちがないどころか地面そのものが崩れてしまって存在しなかった。ここを1点なら上出来なのだが、黒山はクリーンした。見事なクリーンで、こんな芸当を披露したのは黒山だけだった。しかしそれが黒山のアドバンテージにつながらない。
人口の建築材と斜面が素材の菅生の中杉トライアル場の8セクションをを3周するIAS(とIA)、戦いはきわめて近いところで繰り広げられている。観戦には距離がなくてありがたいが、トライアルらしい広々とした自然の中を走る爽快感のない大会設定だ。
昨年は、トップ3がそろってほぼオールクリーンという第神経戦が繰り広げられた。今回はさすがにそこまでセクションが簡単とはいかなかったが、神経戦であることには変わらない。
3ラップ目、野崎と小川はついに第7セクションでの1点以外は7セクションすべてをクリーンしてのけた。ところが黒山は、2ラップ目にクリーンした第7セクションで5点。3ラップ目のクリーン数は3人とも7個だったが、この5点で黒山の減点は17点となった。小川は13点で4点リードされている。野崎は18点。黒山に1点差と詰め寄っている。
小川がトップ、4点差で黒山、さらに1点差で野崎。実力が伯仲しているトップ3、ふつうにSSが消化していけば、順位も大きな変動はないのではないかと思われた。SS第1は巨大なタイヤが組み合わされている。SS第2は斜面のわずかな段を使ってそそり立つ壁を攻略する。どちらも昨年のSSにも使われたもので、ライダーにはグリップ感覚などは察しのついているものだ。とはいえ、設定が微妙に変わっているため、昨年と同じ走りで同じ結果が出るとは思えない。
ここまでの成績の下位の者からトライするSSは、最初の何人かが5点になり、だんだん抜け出る選手が出てきて、トップライダーは華麗にクリーンするという筋書きがある。こんな筋書きにそってセクションを作るわけではないが、緊張と走り方のノウハウが見えないところでトライをしなければいけない早いスタートのライダーには不利があり、トップライダーはどんな難関でも攻略するしぶとさがある。だからだいたい筋書き通りのSS劇が見られることになる。
ところが今回はちょっとちがった。SS第1を最初に抜け出たのは野本佳章の3点だった。続いて田中善弘、柴田暁がやはり3点で抜けた。トライ順の遅いトップライダーにはクリーンの期待がかかる。
しかし小川毅士、野崎史高と5点が続く。巨大タイヤがそそり立つセクション最後のポイントが難関だ。そこを黒山は、マシンをタイヤにひっかけ、両足でマシンを押し上げて攻略した。かなりぎりぎりな印象の3点だったが、毅士、野崎の5点を目の前に見た黒山は、大事をとって2点を取りに行ったのかもしれない。
最後の小川。ここを小川がクリーンすれば、黒山との点差は6点となり、勝利は小川のものとなる。ところがなんと、小川はここを失敗した。これで3人の争いは振り出しに戻った。小川が18点、黒山が19点、野崎が23点。野崎にも勝利のチャンスが出てきた。
SS第2は、第4セクションを手直ししたもので、藤原慎也が3点で抜けると、吉良祐哉がクリーンを出した。これならトップライダーはみなクリーンして当然かと思われた。野本が2点のあと加賀国光が5点となり、齋藤晶夫がクリーン、田中善弘が1点で抜けた。
しかし柴田暁が5点、毅士は2点をついて頂上に上がってきた。加速ポイントがだんだん掘れてきて、ベストのコンディションではなくなってきた。それでも野崎はクリーン。見る限り、余裕のクリーンだった。そして黒山。黒山は兆点間近で振られて進路を乱し、登りながらマシンを振りまくって強引な、そして素晴らしいリカバリーを見せてクリーンした。
そして最後のトライは小川友幸。小川にとって、黒山にとって、最後の勝利の行方を決めるトライとなった。そしてその結末はあっけなかった。最初のアップヒルで、小川は黒山同様ラインを乱し、そのまま登りを攻略できずに終わった。5点だ。
最後の最後で、黒山の逆転勝利が決まった。SSが始まるまでは4点つけられていたギャップを、たった二つのセクションで逆に4点差まで広げた黒山、終盤での大きな大きな2連勝だった。
しかし黒山は、勝利を喜びながら、その内容についてはよしとしていない。終盤まで負けていて、小川のいわば敵失で得た勝利だった。ニューエンジンのコントロールもまだ完璧ではない。課題はまだまだ多かった。
それでも、黒山には大きな収穫があった。この数年、小川に連覇を許している間、黒山は勝ちあぐんでいた。流れを変えるために、黒山はいろんなことをした。乗り方も、戦い方も、いろんなトライをして、しかしほとんどそのすべてが、うまくいかなかった。
なにをやっても勝てない黒山。それはある意味、黒山がこれまで、負ける訓練をしていなかった結果かもしれない。4連覇に向けて、勝利への訓練をしっかり積んだ小川は、勝つ訓練も負ける訓練もしっかりこなしてきている。黒山がそれに打ち勝つには、さらに大きな努力をしなければいけなかった。
この2戦、黒山はけっして絶好調ではない。それでもライバルの失敗で、結果として2連勝を得た。たなぼたの勝利と見れば、そういう見方もできる。黒山は、それでもいいのだと考えている。これまでは、どんなに絶好調でも勝利はめぐってこなかった。しかしニューマシンを得たこの2戦は、絶好調ではないというのに、勝利は転がり込んできた。
運も実力のうち、と黒山は考える。運まかせというとギャンブルくさいが、それはジグゾーパズルの最後のピースのようなものだ。終盤戦にして最後のピースを手に入れた黒山が、そのピースをぱちんとはめこんだとき、強い黒山はきっとよみがえるにちがいない。
それでも黒山は、往年のような圧勝を想定できないでいる。2013年のような、両者一歩も引かない大接戦。黒山と小川にとって、2017年はもう始まっているかのようだ。