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最終戦SUGO、戦いの記録
黒山健一が最後の最後で大逆転勝利をし、小川友幸が40歳になっての4連覇で全日本タイトルを獲得した全日本選手権最終戦、SUGO。しかしこの日の主役は、野崎史高だった。
野崎は、1年前のこの大会で勝利している。野崎はこれまで5回全日本に勝利しているが、そのうち3回がSUGOでの勝ち星だ。特に好きな会場というわけでもないらしいが、相性がいいというのは明らかだ。
去年のSUGOは、1回足をつくと致命傷という超神経戦で、SSでの減点で決着がついた。今年も神経戦は神経戦だったが、足をついたり5点になるリスクは増えている。8セクション3ラップとSSの2セクションは、1ラップ5点内外の戦いとなった。
トップクラスにとって、最初の減点ポイントは第4セクションだった。穴あきコンクリートブロックに斜めから飛びつく第3セクションも難関だったが、ここはトップ3はみなクリーンしている。第4では、その第3で5点となった小川毅士がクリーンをした。入口の絶壁を、止まらずに登れればラッキーだが、止まってしまった場合、1点をついたほうが安全に抜けられる。ここで黒山は3点、野崎は小川友幸と同じく、1点となった。
第5、第6はIB、レディース専用だったから次のセクションは第7。ここも難セクション。向こう側がない、ただの土の壁に向かって登り、岩の上で向きを変えて左側の丘に出るというもので、岩の周囲に地面がない。小川友幸はこの地面のないところにマシンを落としてしまい5点、野崎は、黒山と同様、3点でここを脱出した。これで野崎は4点。黒山と小川に2点のリードでトップに立った。
トップ6がクリーンした第8セクションを抜けて第9セクション。最後の登りのポイントが難関だった。野崎、黒山、小川の3人は、ここでしばし下見に時間を費やした。その間、柴田暁が3点、小川毅士がクリーンして、3人がトライを始める。まず黒山がトライ、ゲートマーカーに触れた触れないのやりとりがあったようだが、判定はクリーンだった。
最後にトライしたのが野崎だったが、野崎は登りの途中の岩へのアプローチでラインを乱して5点となってしまう。時間に追われて、少し雑な下見をしてしまったと野崎。これで野崎はトップの座から滑り落ち、しかも10セクションを終えた時、野崎の持ち時間は3分オーバーしていた。タイムオーバー減点3点。小川より、黒山よりも早いスタートだった野崎が、一番最後にトライしているのだから、時間的には不利がある。5点一つとタイムオーバーで、野崎は黒山と小川の倍の減点、12点で1ラップを終えた。
結果だけ見れば、第9セクションを申告5点で抜けて先を急げば、おそらくタイムオーバーの3点はなかっただろうから、トップの二人に3点差で1ラップ目を終えられた可能性がある。でも野崎にとって、申告5点は勝負を捨てることになる。ぎりぎりまで勝負は捨てたくないという野崎だったが、その結果(なのかどうか、イコールではないかもしれないが)、9セクションでの5点と、タイムオーバー減点の3点、合わせて8点が加わってしまった。
2ラップ目、一転追う立場となった野崎だったが、走りは悪くなかった。悔やむところがあったとすれば、第7セクションでの5点だ。1ラップ目は、5点にならずにマシンを運ぶことがテーマだったが、2ラップ目はクリーンの可能性があった。事実、2ラップ目には黒山健一が見事ここをクリーンしている。野崎も、ここはクリーンを狙った。それが裏目に出た。足を出していれば1点で抜けられただろうここで、野崎は5点となった。ここで野崎は4点、あるいは1点足をついたとして3点損をした。
2ラップ目、黒山と小川はともに6点、野崎は第7での5点だけだった。けれど追い上げが差し引き1点だけでは、まだまだ追いつかない。
3ラップ目、そろそろ、誰かがラップオールクリーンをしてもおかしくない。その一方、クリーン狙いで5点をとるのは避けたい。このラップ、野崎と小川は第7での1点のみ、クリーン7をマークした。対して黒山は第7で5点。
3ラップを終えて、トップは小川で13点。黒山が17点でこれに続き、野崎は18点。黒山と野崎は1点差だから、SSで充分に逆転の可能性がある。でも小川と黒山の4点差は、ことこのトップ3についていえば、まず結果が見えているような差でもあった。小川は、ふたつのSSを1点と2点で抜ければ、最終戦勝利で4連覇を達成できるのだった。
SS第1。最後のタイヤへの飛びつきは難関だった。それでも野本佳章、田中善弘、柴田暁と3点では抜けていたから、トップ3なら抜けられないわけはなかった。
「アプローチまで来たら、いけそうな気がしてきた」
野崎は言う。いけそうというのは、抜けられるという意味ではない。クリーンができる、という意味だ。それで足を出さずにタイヤを越える作戦に出た。そして残念、これがまた裏目に出た。5点だ。
続く黒山は、両足をついて、確実にマシンを押し上げた。黒山19点、野崎23点、その差が4点に広がった。最後にトライしたのが小川。まだトライをしていない小川と、すでにトライを終えた黒山の間には7点のギャップがあった。小川は、ふたつのSSを5点にならなければ、1点差で勝利をつかむことになる。
「クリーンを狙ったわけではなかったんだが……」
前回の中部大会で、負けが決まった小川は、美しいライディングを披露して試合を締めくくった。しかし今回は、そういう予定はなかった。ところが小川は、タイヤの攻略に失敗した。シーズンの最後、24セクションを走ったあとのふたつのSSで、ドラマが動き出そうとしている。
小川18点、黒山19点、野崎23点。計算上は、まだ3人に勝利のチャンスがある。SS第2は、しかしSS第1に比べると、攻略ができるセクションだった。吉良祐哉、齋藤晶夫はクリーンも出している。
小川毅士が2回足をついてマシンを押し出して抜け出したあとの野崎。野崎のクリーンは美しかった。2ストローク300ccの瞬発力が、見事この難所に打ち勝った。しかし直後の黒山は、頂点であと一歩勢いが足りずにあぶない目にあうも、瞬時に横っ飛びをして足つきなしでここを切り抜けた。黒山のこのクリーンで、23点の野崎の勝利はなくなった。勝利は、19点で試合を終えた黒山と、18点で最後のトライを迎える小川との間で争われる。
しかし小川の最後のトライを見守る人は、信じられない光景を見ることになる。このトライで4連覇、6回目のチャンピオンを決めることになる小川が、最初の登りで失敗、滑り落ちていく姿だった。
登り口の加速ポイントが、だんだん掘れてきて荒れてきたことを指摘する人もいた。黒山が苦戦したことを見ても、正しい指摘なのだろう。しかしそれでも、これまで幾多のそういう場面を克服してきた小川である。信じられない失敗、という思いが強い。本人も、この失敗については首をかしげる。タイトルを獲得する瞬間には、小川でも御しきれないなにかが働いたのか。小川友幸、40歳としての全日本チャンピオン獲得、その歴史に残る最後のトライは、連続5点で終わったのだった。
さて、どんでん返しとはこのことだ。小川がトップの座から脱落した。これで勝利は黒山のものとなり、小川は野崎と同点の23点。クリーン数を数えると、小川が19、野崎が20。2位の座は野崎のものとなった。小川は最終戦にして、初めて3位に甘んじることになった。
野崎は、最後は4点差で2位。SUGOでの4回目の勝利はならなかった。5点一つでひっくり返る点差。野崎は、今日の勝者は本当は自分だったなと、その戦いを振り返るのだった。
終盤2戦を失って、40歳となっての初勝利はならずの小川友幸。しかしこの2戦、いずれも小川の勝ちパターンだった。敗北は、小川らしからぬ不思議な5点によって決まったものだった。技術的に負けているとは思っていない。40歳の小川は、まだまだ自分の成長を確信している。この2年ほど、小川は勝ちレースを続けることが多かった。勝ち方を覚えた小川と、負ける訓練を積み、勝ち方を思い出したかの黒山。ふたりの勝負は、2017年はさらに激しいものとなりそうだ。
と、自然山通信が(もしくはあらゆるメディアが)全日本選手権を小川友幸vs黒山健一の一色で語ることに、野崎はいたく不満がある。今回、野崎は勝利に値する走りをしたし、結果も2位となった。今回に限らず、今年は勝利こそないが、毎回優勝争いができている実感がある。表彰台を獲得しても、1位と競り負けた3位と、トップには大差をつけられた2位とでは、内容的には大きなちがいがある。最終戦の今回は4点差、九州大会では1点差。開幕戦でも7点差と、勝ち星まで、もう一歩だった。
ひところ、野崎の負けパターンといえば、ゲートマーカーをはねたり、ぎりぎりでゲートマーカーにさわって5点になるなどして勝利から遠ざかることが多かった。そういえばこのところ、野崎にはそういう失敗が影を潜めた。今回に限っては、むしろライバルの方にゲートに触った触らないの判定劇が見られていた。
今年はアシスタントが美声の中山浩さんから、佐藤和人(2014年関東選手権IBチャンピオン)に代わって、若いパワーをチームに加えることになった野崎。勝つべき実力を持っているは、すでに自他共に認めるところ。今は勝利こそが、野崎が勝つためのなによりの特効薬だと思うのだが、まだまだベテランの二人の壁は厚い。
うまいけど勝てないといえば、小川毅士だ。優勝の経験はあるものの、二度目が実現しない。今年は優勝争いに加わることもなく、表彰台に乗ることもなかった。小川、黒山、野崎に続き、この3人に取って代わるのは毅士だと思われて久しい。ここからもう一押しができるかどうか、来年は正念場となるだろう。
毅士ほどではないけど、今年は足踏みをしてしまったのが柴田暁だ。ランキングは5位を維持したが、2度にわたって6位に転落した。今年はヴェルティゴに乗り換えての最初のシーズンだったから、ニューマシンへの慣熟が問題だったのかもしれない。世界選手権を走るジェイムス・ダビルもジェロニ・ファハルドも、乗り換え1年目は足踏みをしたから、柴田も今年は足踏みの年だったのかもしれない。
デ・ナシオンのとき、日本のヴェルティゴのライダーも悩んでいるみたいだし、去年苦しんで今年は結果が出はじめたあなたに、ヴェルティゴ乗りこなしのコツを聞きたいんだけど、と聞いたのだけど(聞いたつもり)、ざっとまとめれば「いいマシンだからがんばれ」としか言ってくれなかった。いい結果を出すのには、特効薬などないということかもしれない。
今シーズン、ちょっと光るところを見せたライダーがいる。吉良祐哉と、シーズン後半の野本佳章だ。野本は、お父さんになって気合いが入っているのかもしれない。トライを見ていると、うまさが増しているのがわかる。吉良は元気のいい若手だ。しかし今回は、ふたりとも結果が出せなかった。上り調子で、それを意識してさらに上位を目指そうとすると結果が出なくなるのかもしれない。野本は今シーズンの最下位を記録、吉良は3回目の無得点となって2016年シーズンを終えた。
もうひとり、終盤戦に実績を残したベテランライダーとして、成田亮を忘れてはいけない。参加選手中、唯一アシスタントなしで戦っている。その体制でライバルに伍して戦い、終盤の2戦にポイントを獲得した。世界選手権ではセクションコーディネーターも務め、それゆえシーズンの2戦を欠場、数少ない大会を全力で戦った。アシスタントがいないので、他のライダーとはちがうアプローチをすることが多い成田は、安全を確保しながら進むのではなく、潔いトライシーンが多い。最年長ライダーとして、異色のスタイルを貫くライダーとして、その活躍は光っていた。
●国際A級
最終戦までタイトル争いがもつれ込んだこのクラス。昨年同様、決着は試合が終わるまでわからない。
2勝をした小野貴史は、仙台が地元。SUGOでの優勝経験もある。第5戦北海道、第6戦中部で8位となってライバルに追いつめられたが、チャンピオン候補本命の最右翼にはちがいなかった。
1勝している村田慎示は、チームミタニのベテラン。藤波貴久の世界選手権挑戦初期にマインダーを務めた実績もある。今シーズンの表彰台経験は、ここまで2回。
3番目のチャンピオン候補の久岡孝二は、若手ナンバーワン。ここまで3回の表彰台を獲得し、もっとも悪い成績でも4位。今年の安定感は抜群だ。しかし久岡には、勝利がない。
最終戦にきて久岡の目標は二つ。チャンピオンを獲得するために、村田と小野よりいいポジションを得ること(小野には5点のリードがあるから、必ずしも順位で勝たなくてもタイトルの可能性はあるのだが)、加えてまだ経験のない、国際A級での勝利を飾ること。国際A級2年目の高校生ルーキーには大きすぎる目標が立ちはだかった。
難セクションと予想された10セクション2ラップは、しかし意外に走破が可能だった。唯一クリーンができなかったのが第7セクションだが、ここは抜けられないと覚悟していたセクションだった。その第7を2点、5点、1点で抜けた久岡は、ついに文句なしの国際A級初勝利を飾った。久岡が勝利すれば、小野と村田の順位はどうあれ、高校生チャンピオンの誕生だ。
先に国際A級スーパーに昇格して苦戦した氏川湧雅に代わって、2017年は久岡がスーパークラスで暴れることになる。久岡は当初ヴェルティゴで今シーズンを戦う予定だったが、マシンの到着が遅れたため、暫定的に開幕戦でガスガスに乗り、初の表彰台を獲得した。それでそのままガスガスでシーズンを戦いきることになったのだが、スーパー1年生となる2017年、乗るマシンが何になるかは、まだまったく決まっていないという。
●国際B級
開幕戦の勝利以来、チャンピオン街道をまっしぐらに進んできた氏川政哉。しかし勝利は開幕戦の1勝のみ。3回は、大ベテラン小林直樹に勝利を阻まれた。
今回最終戦は小林が出場しないため、氏川の小林との対決は3戦3敗となったが、最終戦を勝利してタイトルに華を添えたいところだ。
1ラップ目、氏川は第4セクションで2点を失った。チームメイトで最大のライバルの武田呼人は、第4で1点。これがそのまま1ラップ目のトータル減点となった。
2ラップ目、氏川は第4をクリーン。全セクションをクリーンしてゴールした。武田は第4と第9で1点ずつ、合計3点。氏川は、武田に勝利して、すっかり勝ったものだと思っていた。
ゴールして池田蓮と会い、お互いの点数を確認する。池田の1ラップ目、第2セクションで1点を失ったのは知っていたので、池田から1点と聞いて、それは2ラップ目の減点だと氏川は思い込んでしまう。しかし実は、2ラップ目の池田はオールクリーンしていた。
池田が1点、氏川が2点、武田が3点。これが表彰台に乗った3人の中学生のスコアだった。池田はシーズン2勝目、氏川と武田は、それぞれ1勝ずつ。
若さと若さがぶつかりあう2016年シーズンの国際B級は幕を下ろした。若い彼らのこと、本当の勝負は、まだまだこれからだ。
チームミタニは、IAS、IA、IBと3クラス制覇の偉業を達成した。今年は全日本にはレディースもあるので、全クラス制覇といっていいのかどうかは微妙だけれど(過去、全日本が2クラスしかなかった時代にはチームアップダウンが全クラスを制覇したこともある)3クラスを同一チームが独占するのはこれが初めて。すばらしい!
ゴール後、真っ暗になったパドックでは(できたらもう少し日が長い時期に最終戦になるとうれしいし、少なくとも雪が降りそうなところで最終戦というのはお客さんをいじめたいとしか思えない)チームミタニ恒例のマシンごと胴上げがおこなわれた。今回は3人いるから、3人同時の胴上げだ。チャンピオンを獲得した3人のライダーもご苦労様だったけど、チャンピオンを獲得できなかったチームの面々だってお疲れさまだったのに、そのうえぴくぴくしながら、チャンピオンの3人を空高く持ち上げたのだった。ほんとうに、どうもお疲れさまでした。
●レディース
最終戦を迎えた初めてのレディース全日本選手権。今回は地元の佐々木淳子を加えて6名全員(参加資格はNAライセンス所持者と委員会が特に認めた者となっている。なので有資格者はもっと多い)が参加した。
西村亜弥は、中部大会でのウォーミングアップで左手指を負傷。まだ痛みは残っている。3週間で治るという診断で、SUGOのある日曜日がちょうど3週間目だった。なので日曜日の朝には治っているはずと信じたのだが、土曜日と日曜日で痛みが激変するわけもなかった。
それでも、西村の集中力はゆるぎなかった。目標の一つであるチャンピオンはすでに獲得しているが、もう一つの目標である全戦優勝はまだ達成していない。
西村は他のライダーと比べると明らかに格がちがうから、勝利も当然と思われがちだが、どんな戦いでも、勝利は簡単に手に入るものではない。連戦連勝の西村だが、人知れず苦労の数々があったにちがいない。
表彰台で感想を聞かれた西村は涙をこらえられなかった。その涙が、西村の1年間を物語っていた。初代チャンピオン、おめでとう。