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藤波貴久といっしょの一日
12月1日、フジガスミーティングが開催された。2012年以来6年ぶりの、藤波貴久といっしょに遊ぶ、フジガスファン垂涎の的の1日になった。
スペインに拠点を持ち、スペインに住む藤波貴久は、日本のファンにとっては近寄りがたい高嶺の花だ。最近の帰国は、日本GPの前後の一瞬と、ホンダサンクスデイの行われるこの時期の一瞬、年に2回に限られていた。
しかし今年、スペインの予定がちょうどよく調整できたということで、久しぶりにほんの少し長いこと日本に滞在することになり、それなら藤波を囲んだイベントが開催できるのではないかと言うことになった。そういう話がわき起こったのは、トライアル・デ・ナシオン(TDN)での会食の席だった。
その場に居合わせた小谷徹氏によると、やろうやろうと盛り上がったけれど、TDN本番での成績がちょっとばかり不本意だったため、楽しい話はお流れになったにちがいないと思っていたという。しかしどっこい、イベント開催の話はしっかり生きていて、というか、イベント開催を藤波に頼まれた(おしつけられた、ともいう)小川友幸の大尽力によって、日本のトップライダーやチームミタニの協力をとりつけ、MFJや各ライダーのスポンサーさまの支援を受けて、みごとなイベントの開催にこぎつけた。小川友幸が全日本選手権で覇権を持って久しいけれど、小川の多方面に向けての能力は、どんどんパワーアップしているように思える。すごい。
藤波自身は、フジガスミーティングとのイベント名ながら、藤波貴久イベントではなくて、日本のトップライダーとファンとの交流イベントでありたいと言っている。今回、このイベントに結集した全日本IASライダーは9名。オールキャストとはならなかったが、全日本選手権以外でこれだけの顔ぶれが一堂に会すのは例がない。おまけに、いや、おまけといっては失礼だが、スタッフにも全日本で活躍するライダーが目白押し。V6アシスタントの田中裕大、世界選手権で藤波のマインダーを務めた村田慎示をはじめ、武田呼人、冨名腰慶亮、氏川湧雅と、これからの日本のトライアルを支えてくれるであろう若手ライダーが、今日はお手伝いで集まっている。なんとぜいたくなイベントだ。
トライアルは、他のモータースポーツに比べても、まだまだ認知度は低いし(ぼくらのせいでもあります。ごめんなさい)ファンサービスのチャンスも少ないのだと思われる。ただ、ライダーとファンとの関係性の密度でいえば、こんなにも濃厚な関係を築けるスポーツは、なかなか他にない。
今回のイベントは、小川をはじめ、スタッフが知恵を絞って練り上げた仕上がり感が随所に盛り込まれている。ライダー、スタッフの紹介のあと、最初のアクティビティはスクール。入門、初級、中級、上級にわかれて、けっこう熱の入った講義が展開されていた。オートバイに乗らない見物の人もいて、そんなみなさんは、スタッフ役のライダーの解説を受けながらスクールを見守れるという手厚い待遇。見学の人たち、もっとぐいぐい質問攻めとかしてみたらいいのに、なんて思ったりもしましたが、豪華キャストを前に、そこにいられるだけで天国だったのかもしれません。
スクールは、それぞれ担当の先生が決まっていたけど、藤波だけはすべてのクラスを渡り歩いてみんなと遊ぶ段取りになっていた。むずかしい、こわい、でもがんばると地道に上達を目指す生徒と先生を尻目に、下から上まで一気にジャンプして走破して、その場をどかんと明るくしてしまうのはフジガスならでは。まじめに走破方法をレクチャーしている先生諸氏にしてみたら、ふざけんじゃねーよ、と怒らなきゃいけないところなのかもしれないけど、その場の空気ががらりと変わるフジガスパワーの威力の前には太刀打ちができない。
スクールのあとはお昼ご飯。ここで、各クラスを取り混ぜたチームが発表されて、チームごとにまとまってお昼を食べると言う趣向。午後から始まるTDN形式で戦うためのチーム構成なのであった。TDNは3人1組で好成績のふたりのリザルトが反映されるシステムだが、フジガススクール的TDNルールはチームが10人ほどもいて、全員の点数がそのまま足し算される豪快なもの。まぁ結果はあんまり重要ではないと思われるも、勝ち負けがつくとなると必死になるのがライダーのサガだ。特に藤波の場合、その負けん気がヒト百倍強い。勝つためには、チームのみんながきっちり実力を発揮しなければいけない。ちなみに、IASのライダーたちは、上級クラスのセクションを早い者勝ちで走る。足をつけば足をついた減点がついて、一番速い者から遅い者まで、順位がそのまま減点に追加されるという画期的システム。タイムを計測しているから、転んで5点になっても時計は止まらない。出口まで走り続ける必要がある。上級といっても、スクール生徒さん用の上級だから、IASライダーが転ぶとは思えないけど、万一転んだりしたら、タイム減点と5点の減点で14点ばかり減点を加算されることになる。いやはや。
お昼ご飯は、チームごとにその作戦を立てるためのミーティング時間でもあったのだけど、現実問題、憧れのトップライダーとの懇親に忙しいから、チーム戦のことは、やっぱりあたってくだけろになってしまうのであった。
チーム戦は2セクションが用意されていた。セクションは隣同士だから両方を見ることはできるけど、IASライダーが必死に指示を飛ばしながら素人ライダーを追いかけていたりする名シーンがあっちにもこっちにもあって、なかなか忙しい。エンターテインメントとしては1セクションずつ一人ずつやってもいいくらいだけど、日が短い冬の1日、それをやる時間的余裕はさすがにないですね。
セクションを素早く走破する最近の世界選手権の予選形式のトライは、さしものIASライダーといえど慣れていないみたい。セクションそのものはむずかしくないのに、速く走ろうとして足をつくライダーがいたりして、そんな姿を見るのもなかなか興味深い。世界選手権経験者はちょっとだけ経験を積んでいるけど、そこもまた、藤波の圧倒的速さが際立っている。技術も経験もケタ違いなんだから、当然といえば当然なんだけど、そういう当然をあらためて目の当たりにできるというのも、こんなイベントのおいしいところだ。
小川友幸が好タイムをマーク、小川がスタートすると見るや、隣のセクションから全速力で走ってきてセクション横から声援を送ってコンセントレーションを乱そうとする藤波貴久。しかし話題をかっさらっていったのは、柴田暁だった。持てる力を振り絞って最速タイムをマークしようと飛び出した柴田は、初心者ライダーが足もつかずに降りてくるポイントでライディングを乱し、なんとあろうことか前転しながら落ちてきた。笑い転げる藤波がなにより楽しそうで、おいしい瞬間だった。
藤波チーム、小川友幸チーム、柴田チーム、小川毅士チームの4チーム決戦で、勝利したのは小川友幸チームだった。優勝チームに豪華賞品とかはなくて、チームメンバーはライダーとハグができる特権が与えられるという、なんだかありえない賞典があって、しかしこれで発狂するように大喜びをしていた人たちがいた。熱い。
そして、この日のメニューの最後は、IASライダーのガチンコ勝負と銘打たれた技の見せあい。藤波がさささと走ったところを、IASのみんなが必死こいて走破すると言う筋書きなのだが、意外や簡単に走破していくライダーがいたり、およよのずっこけを披露するのがいたり、これもなかなかの目玉番組だった。世界選手権や全日本選手権の観戦経験はあっても、ライダーの笑顔とセクショントライ、そしてマインダーとのやり取りとライダー同士の掛け合いをいっしょに味わったことがあるという人は、ごく限られた人にちがいないから、こういった場面は貴重にちがいない。
セクショントライの最後は、キョウセイ名物の大岩と言えばわかるだろうか。今年の全日本のセクションには登場しなかったけれど、5メートル以上はあろうかと言うどでかい岩がある。その下に発射台があって、大岩にどかんと飛びつくというのが、IASのセクションに登場することがあるんだけど、それを全員がトライしたのだけど(磯谷玲はここをトライするのが初めてでびびっていたら、小川友幸がちょいちょいときっかけを足してくれて安心感を増してあげるという先輩の親切心を披露してさらに高感度をあげるというシーンもあった)、藤波はここを降りると言う。そのとおり、登ったと思ったらすぐに降りてきてみんなの度肝を抜いた。あの岩は、誰も降りようなんて思ったことがないからね。ところがこの世に降りる人がいるのを知ってしまうと、降りなければ済まなくなるのがこれまたライダーのサガでもあり、氏川政哉が恐怖に包まれながら降りると、これに続く者も現れて、なんだか歓声や悲鳴が大岩を包む中、6年ぶりのフジガスミーティングは興奮のうちに幕を下ろしたのだった。
興奮の輪から離れて、ちょっとばかり冷静にイベントを観察していくつか思ったことがありました。
このイベントは、藤波貴久がいたからこそ実現できた豪華メンバー、豪華スタッフといえるけれども、このイベントは、藤波貴久がいようといまいと、毎年開催していくべきファン感謝イベントなのではないかと思った。トライアルはファンとライダーが密に接することができるカテゴリーなのだから、ライダーもファンも、そこをもっとおいしくしゃぶったほうがいいと思う。
そう思って、あらためて今回集まってくれたファンの顔ぶれを見ると、まず圧倒的なフジガスファンはもれなくやってきている。ガッチの熱狂的ファンももれなく存在している。そして全国の熱いトライアルファンたちは、こういったイベントのいわば常連さんたちともいうべき人たちだ。
フジガススクールが開催されると聞いたとき、参加者なんて無制限に集まっちゃいそうでどうするのかしらと思ったもんだけど、そういう外野の勝ってな予測からすると、開けてみたら意外にこじんまりとしたイベントにおさまっていた。トライアルをやっている人で、これに来ないという人たちは、なにかを圧倒的に損している。
そしてやっぱりというか、あらためてというか、しみじみ思ったのは、藤波貴久のキャラクターのゆるぎないことだ。この日やってきて得をしたと思えるのは、藤波の卓越したライディングを見ることかできるのはもちろんなのだが、幸せになれる、わくわくできる、トライアルっておもしろいなぁと心の底から思えるのは、藤波貴久の底抜けの笑顔を見せられるからではないだろうか。藤波の笑顔には、一切のおあいそがないし、やらせもない。参加者が上手に走れたり失敗したり、あるいはIASの仲間が転んだりするのを、腹の底から喜んだり楽しんだりしている。
30年もトライアル一筋の人生を歩んできて、それでなおかつこんなに楽しい笑顔でトライアルを楽しむことができる。藤波貴久に憧れる、ということは、藤波貴久のライディングを少しでもまねしたいと言うことでもあるのだろうけど、ほんとはトライアルをやってあんな笑顔をふりまけるようになりたい、ということなんじゃないだろうか。
トライアルが大好きなみんなの輪の中で、その、あったりまえのことが再確認できたということが、とても大きな収穫になりました。みなさん(フジガスもガッチも、ライダーやスタッフのみなさんももちろんだけど、いっしょに楽しい思いをした参加者のみなさんたちも!)、ありがとうございました。