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2020年全日本最終戦は逆転に次ぐ逆転
最終戦近畿大会。無観客試合。11月8日開催。いろいろと、今年の初めに予定していたのはまるっきり異なる最終決戦となった。
今回は10セクション2ラップ(IBとLTRは9セクション2ラップ)と、IASのトップ10のみがひとつだけ用意されたSSを走る。SSはファンサービスという意味合いもあるはずだけど、無観客でのSSは、勝負としての意義も大きいということなのだろう。いつものふたつでなく、なぜひとつなのか。いつにも増して、ひとつひとつのセクションのウェイトが大きい。
とにかくも、短期決戦だった。9月の末に始まり、11月上旬に終了するシーズン。実質、1ヶ月半もない。短期決戦について、むずかしさをあげるライダーは少なくなかった。からだもマシンも、調子を崩してしまうと元に戻る前にシーズンが終わってしまうかもしれない。準備不足があったら、体制が整う前にシーズンが始まり、終わってしまうことだってある。時間はたっぷりあるのだから、準備不足なんてないんじゃないかという気もしていたが、野崎史高はマシンの仕上がりに不安げだったし、実は小川友幸はシーズンイン直前のトレーニング中のクラッシュで、古傷を痛めてけっこうなダメージを受けていた。春から夏にかけての自粛期間がどれだけ充実しているかと、シーズンインに万全の体制がつくれるかどうかは、もしかしたら別問題なのかもしれない。
短期決戦のむずかしさはもちろんあるが、これはもしかすると、短期決戦だからむずかしいのではなく、いつも1年(正しくは4月ごろから10月ごろまでの半年強ということになるが)にわたって戦っている、そのリズムやノウハウが活かしきれないからではなかったか。過去に実績のあるリズムやノウハウがある者は強い。そう考えると、小川には確固たる連覇の実績があったし、黒山健一にも最多勝利の実績がある。対して野崎にはまだ勝利の実績がなかった。こう言ってしまえば元も子もないが、ここに野崎のハンディがあった。
勢いは、野崎に分があった。開幕戦で勝利し、2戦目の(第3戦としての)SUGOでクラッシュしまくり(これはよこれと思って行ったセッティング変更の影響があったのかもしれない)、それでも4位以下には大きな差をつけて優勝争いの一角につくことができたのは、やはり自信になったし、ランキングも1点差ながら、かろうじてトップをキープした。今年こそ、流れは野崎に向いているんじゃないか。そして試合前半は、三者大接戦ながらもチャンピオン争いは野崎に優位に進んでいた。
最も、優勝争いという点では、前半は黒山が抜きんでていた。黒山は、SUGOの下りで第クラッシュをし、節から太ももにかけて、ひどい打撲を負っている。打撲なんてもんじゃない。走れるのが不思議なくらいの重症だ。打ちつけられた筋肉が損傷して内出血したのが痛みあったし、ひどかった。なにより、SUGO以来、まったく乗っていない。なのに、1ラップ目の黒山はトップに立った。このまま黒山が勝利して小川と野崎の二人が3位以下なら、チャンピオンも大逆転で黒山のものとなるが、現状、トップ3とそれ以下が入れ替わるのはまず期待薄(それをやってしまったのが、開幕戦での当の黒山のマシントラブルだったのだが)。となると、黒山が勝利いたとしても、小川と野崎、上位に入ったほうがタイトルを獲得する。黒山には勝たなくても、ライバルにさえ負けずにいればいい。
2ラップ目に入って、流れが変わってきた。黒山のライディングに、1ラップ目ほどのキレがない。細かい減点が出てきて、リードを少しずつ返上してきている。それでも、2ラップ目第5セクションまでは黒山はトップだったし、その後もトップ争いの渦中にいた。黒山に変わってトップに立ったのは野崎だったが、その差は1点差。2位と3位も1点差内外で、結末が見えなくなった。
第9セクションは、1ラップ目は黒山が唯一1点で抜けた難セクションだが、最期の勝負ポイントとして、トップ3はみな、ここを抜けて勝機を引き寄せたいと思っていた。このセクションは入口から難関続きで、ひとつポイントを通過しても次が、そして最後の最後に、滑る登りが待っていた。最後のポイントまでたどりつけたのは、トップ3以外には、ほぼいなかった。
結果は3人とも5点。2ラップ目は、結局トライした全員が5点になった。ここで、野崎に動揺が生じた。ここを抜けていれば、勝利はまずかたいし、タイトルも自動的についてきたはずだ。その大きなチャンスを失った。みな5点なのだから勝負はふりだしなのだが、野崎の気持ちは、微妙にちがったようだ。
最終第10セクション。ここも難セクションだが、1ラップ目は小川と野崎がクリーンしている。黒山は1ラップ目は3点(1ラップ目の総ラップ減点が5点のうち、3点をこのセクションを失っている)、2ラップ目は2点で抜けた。黒山の総減点は19点。
続いて、小川に先がけてトライしたのは野崎だった。先にクリーンして、小川にプレッシャーを与えようということだったが、なんとなんと、最後の大岩登りを失敗。5点になってしまった。思惑は裏目に。野崎のここまでの総減点は21点になり、黒山にも逆転された。たったひとつのセクションを前後して、野崎と小川の立場は逆転した。野崎の自力優勝と自力チャンピオンはなくなり、小川の失点次第ということになった。
ここまで17点の小川は、最終セクションで渾身のライディングを見せた。クリーン。最終ゴールの小川はタイムオーバーの1点があり、トータルは18点。小川18、黒山19、野崎21と3点の中に優勝争いが密集して、SSを待つ。
第10最終セクションを手おなししたSSは、勝負どころが大岩一発から飛びつき一発に変わっている。4位の氏川政哉が初めてここを抜け、トップ3のトライ。トップ3の最初は、2ラップを終えた時点で3位の野崎だ。野崎は、どうしてもここをクリーンしなければいけなかった。クリーンしたとしても、野崎が勝利やタイトルを得るには、黒山や小川が大失敗をしなければいけないのだが、それを誘うにも、野崎はSSをクリーンしなければいけなかった。しかし野崎は、得意な細かいマシンさばきのポイントで足を出し、2点で抜けた。トータル23点。もはや機は野崎にはなかった。
「だめだったね。最後の最後で、がまんの糸が切れてしまった。そこを確実に自分のものにしてくる小川さんは、やっぱりすごい」
くやしさは誰よりも大きいだろうが、開口一番に出たのは完敗宣言だった。
仮に小川が5点になっても両者は同点、クリーンの多い小川が上位となる。この時点で、チャンピオン争いは決着した。2020年チャンピオンは小川友幸だ。しかし小川はまだそんな喜びにはいたらない。目の前にはSSがある。
野崎の次にトライ黒山も、勝利のためにはクリーンを見せつけて、小川にプレッシャーを与える必要があった。しかしここへきての黒山は、2週間オートバイに乗ってのトレーニングをしていない影響で、体力的に限界だった。1ラップ目を終えたところでは勝利の夢もちらついていたが、当初の予定通り、最後まで走りきれれば御の字の感じだ。せめて5点にならなければ、野崎を抑えて2位にはなれる。その通り、黒山は2点で抜けて、2位以上を確保した。
2020年、最後のトライは小川。計算上、3点までなら優勝、5点だと2位でチャンピオンになる。つまり抜けられればいいという状況だが、セクションイン前の小川には、そこまでの計算はなかった。直前に走った黒山の減点も知らず、小川はセクションに入った。
最終第10に続いて完璧に近いトライ。しかしわずかに足が出て、1点。勝利を決めた小川にかけよる報道陣。いつもなら、この外側にお客さんの大きな輪ができるのだが、今回の輪は小さかった。黒山は、それを見て、やっぱり無観客はさびしいなとあらためて思ったという。
喜びの表情、喜びの一言を期待するカメラの前で、小川は戸惑っていた。小川の中で試合は決着していない。スコアカードを提出しなければいけないし、自分は足をついてしまったから、勝利は確定ではないのではないか、などなど。小川の気持ちは、まだセクションの中にあった。
仮に黒山がSSをクリーンしたとして、小川が1点。両者は19点で同点となる。しかし小川はクリーン15、黒山は11。勝利は小川。それが黒山は2点だから、小川の勝利とタイトル獲得は決定しているのだが、小川が喜びモードになったのは、スコアカードをオフィシャルに手渡し、黒山との点差を説明された、そのあとだった。
V10、8連覇の喜びというより、それは重苦しい空気と、万全でないフィジカルコンディションと戦った短いシーズンからの開放の喜びの方が大きいように思えた。
短い、そして長い長い2020年シーズンの結末だった。報道陣の輪の中に、割って入ってきたのが、野崎だった。野崎は小川に手を差し伸べ、しっかりと握手を交わして、2021年に向かって走り去った。
●4位以下の接戦
トップ3の大接戦に隠れた存在となったが、4位争い、そしてランキング4位争いも大接戦だった。この登場人物は、柴田暁、小川毅士、氏川政哉(ゼッケン順)の3人。最終戦では、氏川が好調だった。実は氏川は、1ラップ目の途中でフレームのダウンチューブが折れるという大トラブルに見舞われていた。フレームを交換する時間はもちろんない。考えられるとしたら板をあててねじ止めして強度を維持するくらいだが、それでも時間がかかる。結局エンジンをタイダウンで吊り上げ、強度よれよれのフレームで走りきることになった。それでも、SSを最初に走破して2点で抜けたりするのだから、その実力はもはや誰もが認めるところだ。ランキングは5位。
乗れっぷりと失敗の落差が大きいのが、柴田だ。失敗も、難関での失敗よりも、難関をすぎてなんでもないところに出てからの5点が目立ったりする。SUGOでは最終SSの失敗で4位から6位に転落した。今回も6位に甘んじてしまって、ランキングも6位としてしまった。
ランキング4位を奪還したのは小川毅士。今回も、1ラップ目の減点が大きく、勝利争いからは大きく離されていた。1ラップ目4位の柴田とは9点差、5位の氏川とも8点差だったが、2ラップ目に4位争いの3人中のベストスコアで追い上げた。最終セクションをクリーンしたことで、柴田と同点となり、クリーン数差で5位を得た。これが、ランキング4位獲得の決定打となった。小川はランキングで氏川と同点。もしも最終戦で柴田に5位を譲っていたら、ランキングも5位になっていた。氏川と同点ながらランキング4位を得られたのは、上位入賞回数の差。開幕戦もてぎで柴田の追撃を振り切って3位を得ていたのが効いた。
若い氏川の2020年の本来の目標はトップ争いだったが、いまのところ小川と柴田の争いに飲み込まれている。2021年は氏川がつきぬけることができるか。一方、柴田のあり得ない失敗が影を潜めれば、毅士の終盤の粘りが試合序盤から発揮されれば、4位争いがそのままトップ争いに食い込むことだってあり得なくはない。日本のトライアルにとっては、そっちのほうを期待したい。
●国際A
国際A級全勝優勝。たった3戦のシーズンだったが、廣畑伸哉が3戦全勝、それも史上初(IASでは全勝優勝の記録はある)、さらにルーキーでのこの快挙だから、記録に残る才能の登場となった。
開幕が9月になった。そのことで、廣畑は国際A級としての練習を、ほぼ1年にわたってじっくり積むことができた。いつものシーズンだと、11月から3月までが新シーズンに向かってのトレーニング期間になる。それが、開幕戦に現れた時点で、廣畑が一回り大きくなった要因だったのではないか。
とはいえ、最終戦湯浅は、地元大会でもある。この町出身の廣畑にとっては、湯浅は自分の庭そのものだ。隅から隅まで知り尽くしている。そういう点では多いに利があるのだが、逆に、勝って当然と思われていることへのプレッシャーも大きい。事実、序盤3セクションで減点し、焦り始めたりもした。そんなとき「いつもとちがうぞ」と声をかけてくれたのが、優勝争いのライバルにしてチームの先輩、そしてチャンピオン争いのライバルでもある村田慎示のアシスタントの上田万法さんだった。
そこからいつもの(ちょっとふてぶてしい。16歳とは思えない)廣畑に戻って、終わってみればその村田に9点差。2ラップ目は7点のベストスコアもマークした。
新しい才覚がどんどん現れる。またひとり、楽しみな大型新人が誕生した。
●レディース
西村亜弥は全戦勝利のタイトル獲得記録を更新。実力差は明らかだが、自分の思うライディングや戦い方を目標とすると、及ばない大会も多くて模索が続く。今回も、理想的にはオーククリーンが可能だったから、それを思えば課題は多いも、今シーズンでは比較的満足のいく戦いができたという。
総減点11点。うち8点は第3セクションでの3点と5点だった。1ラップ目3点で抜けたものの、クリーンラインを探して走ったラインは、一度侵入したら再度進入することができない進行表示ゲート内を2度通過してしまうラインだった。この第3セクションでの8点以外の減点はたった3点だった。
トライアルはあくまですべてのセクションを走っての結果だが、第1セクションをクリーンしたのは西村と5位の齋藤由美の二人だけ、第2の西村は2ラップとも1点だが、ここを2位の小玉絵里加と4位の小谷芙佐子はクリーンした。第4セクションは西村の他には小谷と6位の清水忍の二人だけがクリーン、第5セクションのクリーンは西村、小玉、清水が1回ずつ、最終セクションは西村の他には山中玲美と清水だけがクリーンしているなど、それぞれに実力の片鱗と進化の可能性が感じられるから、このクラスの未来は楽しみだ。
●国際B級
国際A級、レディースと並んで、全勝優勝の可能性があったのが中山光太。しかしこちらは全勝優勝ならず、最終戦は4位。廣畑とちがい、湯浅はアウェーだし、初めて全日本を回る中山にとって、始めてみる会場だった。4位は善戦ともいえる。とはいえ中山は、廣畑同様、ルーキーイヤーでのチャンピオン獲得となった。
今回2位でランキングも2位となったのは福留大登。3位は黒山陣、ランキングも4位を獲得して、小学生での国際A級昇格が決まった。5位は高橋寛冴で、今年は最初から最後まで、若手パワーの活躍が光った。
しかし優勝したのは、地元にして還暦ライダーの和田弘行。同じ地元の廣畑からもらったという還暦祝いのTシャツを着て表彰台に上った和田だったが、その下には廣畑のチャンピオンTシャツを重ね着していた。1ラップ目は黒山が好調で、これには勝てないと思いつつ、終わってみれば勝利していた。
地元同士ということで、廣畑とはいっしょに練習することも多いというが、オートバイに乗り始めた頃から、乗り方を教えたことはないという。世代がちがって、まったく乗り方がちがうので、おじさんは練習相手となって見守るのに専念しているそうだ。約40年前のIBチャンピオンは、若い才能の開花にうれしそうだった。
そして2020年チャンピオンは、最終戦を4位で終えた中山光太。福留大登は2位に入りランキングも2位、黒山陣は3位でランキングは4位、高橋寛冴は5位でランキング3位。10台の4人と、この大会で9位に入った米田悟の5人が、国際A級への昇格切符を手にした。なお黒山陣は11歳での国際A級昇格となり、これまで野崎史高が持っていた最年少記録を更新するものとなった。