© トライアル自然山通信 All rights reserved.
オッサに乗る
革新的マシン、オッサに試乗することができた。
水冷2ストローク単気筒エンジンは、前方吸気後方排気でシリンダーは後傾している。そしてフューエルインジェクション。
フレームはダウンチューブがフューエルタンクとなっていて、その後方にエアクリーナー、その後方にラジエターと、これまでのトライアルマシンのレイアウトの常識を打ち破る構成となっている。
さてそのニューマシン、どんな乗り味を与えてくれるのだろうか。
あまりに新機軸を盛り込んだニューモデルなので、一部には、本当に動くのか、という首をかしげた観察もあった。藤波貴久選手情報によると、去年2010年、ジェロニ・ファハルドがオッサに移籍したというニュースが流れてから、ファハルドはどこかでオッサに乗ってテストと練習をしているのだろうに(公式には、年が明けるまで乗ってはいけないことになっているが、それではシーズンに間に合わないこともみんな承知だ)、誰もファハルドとオッサに会っていない。きっと、人前に出られる状態ではないのだということで、トップライダーの意見も一致していたという。
ところがある日、トップライダーが珍しく顔をそろえて練習しているところに、ファハルドがやってきた。そこは実は、ファハルドのホームグラウンドの練習場でもあったのだが、あとからやってきたファハルドは、他のみんながウォーミングアップをしているのを尻目に、いきなりレベルの高いセクションに挑み、次々に走破していったという。これを見てみんなは、オッサの仕上がりが思ったよりもはるかに高いレベルにまとまっているのを知ったのだった。
その後、オッサはマルセイユのXトライアル開幕戦で公式戦のデビューを果たすことになるのだが、そこでの成績は5位。デビュー戦としてはまずまずという見方もできるが、オッサとファハルドにしてみたら、もっと好結果を期待していたのにちがいなく、5位は失望の結果だったといえる。その後、バルセロナで4位、ジュネーブで3位と、着々と成績を向上させているのは、ニュースをごらんの通りだ。
さて、そんなオッサが、ようやく日本に上陸した。乗せてもらう前に、まず、じっくりこのニューマシンを観察させてもらう。大胆なマシン構成は一目瞭然だが、もう少し細かく見ると、フレームはスチールとアルミダイキャストを組み合わせたものであることがわかるし、リヤのチューブレスホイールも不思議なニップルとなっている。
よくよく見ると、小さなパーツのひとつひとつに、幸せを呼ぶ四つ葉のクローバー(もちろん、オッサのロゴマークである)が刻印されている。芸が細かい。
こうやって観察していると、時間があっという間に流れてしまう。いつまで見ていても見飽きない。機会に興味のある人なら、丸一日眺めていてもまだ時間が足りないはずだ。
インジェクションは国産電機製。2ストロークでは珍しいフューエルインジェクションだが、これが初めてというわけはない。でももちろん、トライアルマシンではこれが初めてのフューエルインジェクションとなる。バッテリーは装着されていない。モンテッサ/ホンダRTLと同様、キックをすることで発電され、インジェクションに給電される。
セッティングは、これもモンテッサ/ホンダRTL同様、パソコンによるセッティングツールが供給される予定だが、まだ日本には届いていない。モンテッサ/ホンダRTLほどセッティングの幅は広くなくて、その分、誰にでも扱いやすいものとなるという。
このマシン、実はガスガスTXTプロを設計した技術者の手になるもので、クラッチやミッションの構造は、革新的とされたガスガスTXTプロと共通した思想を持っているそうだ。つまり6速ミッションを4組のギヤでまかない、クラッチはコイルスプリングを持たない構造ということだ。もちろん、TXTプロ発表から間もなく10年になるわけで、その間のノウハウが生かされているにちがいない。たとえばガスガスでは、2組のギヤを動かす4速から5速のギヤチェンジにショックが生じるが、オッサではスムーズなギヤチェンジが可能になっている。
驚くべきは、トランスミッションとクランクが、エンジンを車体から降ろさずに抜き出すことができるという構造。クランクケースが一体構造で、中をくりぬくかたちでミッションが入っている。なのでそのまま(クラッチなどをはずしたあとに)引き抜くことができるのだそうだ。クランクについては説明を聞いただけでは理解できないのだが、横方向からピストンピンを抜いて、ピストンをシリンダーに残したままクランクを横方向に(こちらはクラッチとは反対側に)引き抜くことができる。これはたいへん画期的なシステムだ。一方、シリンダーは、エンジンを車体に載せたまま外すのは無理の模様。点火プラグをはずすのも外装パーツを外す必要があって、このへんも従来のマシンの常識とはちょっとちがっている。
フューエルタンクは、前輪のすぐ後ろ、フレームのダウンチューブの位置に設けられている。アルミのダイキャスト製で、タンクとしてもダウンチューブとしても重そうな印象だが、両方を合わせた重量よりも軽いのだろう。そうそう、マシン重量は、プロトタイプの時より軽くなって、サービスマニュアルでは64kgとなっている。実測でも、オイルとクーラントを入れた状態で、66.5kgということだ。今、もっとも軽いマシンといっていいだろう。
タンク容量は2.6リットル。タンクキャップはステアリングヘッドのすぐ後方にあって、燃料の補給方法は従来型マシンと変わらない感覚でできる。燃料の増減によって、車体感覚が変化するのではないかという予測があったが、それを感じる人と感じない人がいた。ちょうど試乗に居合わせてくれた成田匠さんによると、ライダーは前側の重量変化に慣れるのは早いというデータがあるそうで、ライダーの感覚には影響のない位置にフューエルタンクがあるということかもしれない。
輸入元のアルクの黒田氏によると、たいへんなのはエアクリーナーの交換だという。エアクリーナーボックス自体は、プラスティックパーツを外して上からアクセスできるのだが、コンピュータ関係をすっぽり抜く必要があるとのこと。もしかすると簡単な方法があるのかもしれないが、今のところ、オッサはエアクリーナーを交換するより、ミッションを交換するほうがらくちんのようだ。
前後のホイールは、FABA製(イタリア製?)の28本スポーク。特にチューブレスのリヤは、特徴的な構造となっている。ハブはDIDやモラッドとも似ている感じだが、ちょっとよく見れば、ぜんぜんちがう造形だ。
リヤのブレーキキャリパーは、最近はやりのスイングアームに内包されるタイプではなく、スイングアームの上側にマウントされる。スイングアームに内包されれば外からの衝撃には強いが、その分スイングアーム幅が広くなるわけで、一長一短があるわけだ。ブレーキキャリパーには、リヤディスクに貫通する鍵がつくようになっている。ヨーロッパでは、トライアルマシンは日常の足として使われることも考えられている(そういう規制もある)。
こんなふうに、久々に眺めれば眺めるほど興味を引くマシンだ。でもそろそろ、乗ってみることにしよう。
280ccエンジンだから、やはり相応のキック踏力は必要……。かと思いきや、するりとかかったりする。あっけなくかかるときとてこずるときもあって、たぶん、乗るほうがまだこのエンジンに慣れていないのだろう。少しアクセルを開けると始動しやすいという、キャブレターエンジンと違和感ない操作ができる。
エンジン特性は、ごくふつう。大排気量のどかんというパワー感もなく、するりするりと走る感じ。極低速のパワー感でエンジンを評価するのが好きなひとには、あんまりパワーのないエンジンと評価されるかもしれない。もちろんこれは錯覚で、しばらく乗っていると280ccのパワーを実感できるし、280ccなりの疲れ方も感じられる。どうやらこのスムーズな印象こそが、2ストロークのフューエルインジェクションならではのものだったようだ。
たまたま試乗に居合わせてくれた成田匠さんによると、このエンジン、2ストロークの特徴である、ひとりでに回転が上がっていくことがないという。それはそうだ。2ストロークでは、アクセル開度が同じでも燃焼室内のコンディションが変化してくることで回転数が変わってくる。ほとんどの場合、回転がひとりでに上がってくるのが2ストロークならではの特性だが、インジェクションでは、この回転の変化をセンサーが察知して燃料を絞ることができるから、ライダーが意図したアクセル開度がそのまま反映されることになる。このあたり、2ストロークのフューエルインジェクションは4ストローク的ともいえる。クラッチを多用した現代風の乗り方ももちろん得意だが、その革新の外観とは裏腹に、意外にどろんどろんとエンジンの回転マスをいかした走り方をするのも楽しいマシンになっている。
そうそう、書き忘れていた。モンテッサ/ホンダRTLには転倒センサーがついていて、マシンが倒れた状態で何秒か動かずにいると自動的にエンジンが停止するシステムがあるが、オッサにはそういうものはない。試しにエンジンをかけたままそっとマシンを倒してみたら、いつまででもアイドリングを続けていた。インジェクションだから、マシンがどんな方向を向いていても、安定した吸気を続けてくれる、ということだ。クラッシュしたときには気をつけないといけないかもしれない。
エンジン特性はまったりだが、フレームの操安性も安定感を演出する方向。ガスガスやシェルコのように、軽快感を前面に出す特性とは対照的だ。その特性が、ターンが楽しいマシンという印象となる。前輪の接地感がしっかりあって、きちんと旋回していく。フロントが軽いマシンは手を抜いたアクションでもフロントが浮いてくるが、オッサはきちんとアクションを与えることによって、それに応える特性のようだ。もちろん軽量マシンだから、アクション自体はごく小さくてOKだ。
ハンドル切れ角は小さめということだが、違和感はまったく感じられず。角度的には一時のシェルコマシンより少ないということだが、乗った印象ではシェルコの時に感じた切れ角の少なさは感じられなかった。
サスペンションはフロントはマルゾッキ製。フロントはガスガスやスコルパに使われているインナーチューブがアルミ製のもの。リヤはオーリンズ製。サブタンクつきで、伸び側と圧側を別々にダンパー調整できる高級品。
第一陣はすべて空輸されてきて、すでにほぼ売れ先が決まっているという。今後の入荷状況はまだ未定だが、あくまで予定ながら、250ccの登場の予定もあるということだ。
1985年に工場を閉じた伝説のオッサ。今の時代にトライアルライダーをやっているぼくらは、その復活に立ち会えることになった。革新メカも興味深いし、伝説の復活に立ち会えるという興奮が、なにより楽しい。
*画像は大きな画像を仕込んであるので、ウインドウが別画面で開いたら、ディスプレーの大きさの限りに拡大してご覧ください。