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完璧な新感覚。EM5.7に乗る
世界で2台しかないという エレクトリック・モーション社の電動トライアルマシンEM5.7に試乗した。まだプロトタイプだが、9月からは生産が始まるということでもあり(予定通りに始まることを期待したい)まずは完成品としてとらえていい仕様だと思われる。
見た目は、エンジンがなくてずいぶんあっさりしたパワーユニットまわり。乗ってみると、音がないというのがこんなに新鮮で驚異的なものなのか、乗っていくに従って、どんどんと驚きが増してくる。このマシンをほんとうの愛車にするには、もしかしたらエンジンの経験がない、これからの世代の人たちなのかもしれないと思えてしまった。
しかしそれでも、モーターはおもしろい。
車体まわりは、トライアルマシンのふつうの姿と大差はない。ハンドルまわりにスイッチが多いが、保安部品がついた日本のトライアルマシンと同じようなものだ。クラッチレバーのようなものがついているが、クラッチレバーよりきゃしゃで、握っていると、まったく手応えがないくらいに軽い。
チェンジペダルはない。モーターの回転はパワーユニット内部でチェーンにより減速されているということだが、いわゆるトランスミッションはない。動くか動かないのような低速域から、のけぞるような高回転まで、モーターはなんのストレスもなく回っていく。上が回らないとか、頭打ち、という概念はなさそうだ。
ふつうのオートバイでエンジンのあるところにモーターが鎮座している。モーターは、従来のエンジンでいえばクランクケースのあったあたりに位置していて、シリンダーのあるあたりはすべてバッテリーである。バッテリーはリチウム・ポリマー。スマートフォンやラジコンにも使われている高性能バッテリーだが、容量はまるででかい。バッテリーはアルミのケースに密封されていて、交換はアルミのケースごと行う(アルミケースはプロトタイプの仕様という)。ケースにはメーターやメインスイッチ、充電のためのコネクタがついているが、10kg近い重さがある。電動バイクにとってバッテリーは命で、価格も立派だ。このサイズのバッテリーは中古のトライアルマシンが買えるくらいのコストになるのだそうだ。
EMでは新車マシンにはスペアバッテリーをひとつつけて出荷したいとしていて、価格的にはかなり思い切ったものとなる。EMのサイト(フランス語)によると、バッテリーはフルパワーで40分もつとある。パワーを絞って使えば持続時間も長くなるわけで、すでに実験的に参加しているフランス選手権では、念のために1ラップごとにバッテリーを交換しているという。フルパワーを使わないような大会や練習では、バッテリーひとつで1日の走行も可能かもしれない。充電には、市販の充電器を使うが、市販といっても、ちょっと手に入らなそうな充電器だ。なんせ電圧が高いのだ。
ともあれ、動かしてみる。メインスイッチはまずバッテリーにあり。バッテリーのそばにパワーコントロールスイッチがあり、エコ、トレック、トライアルの3種類がある。最初は断じてエコモードで走るようにと、成田匠さんから念を押される。成田さん自身も、最初に乗った時にあわやという局面を体験しているのだという。エコモードで走る限りは、かなり安全な乗り物ではないかということだった。
右手には、最近のトライアルマシンでもよくある晴れと雨の切り替えスイッチがある。ただしこれはトライアルモードの時専用ということで、トライアルモードでさらにパワーがほしい時に晴れモードにする、ということのようだ。
クラッチレバーのようなもの(なんと呼んでいいのか、まだ名前がない)は、パワーを断続するという意味ではクラッチと同じような仕事をするが、半クラッチでためし一気につなぐ、というアクションはできない。クラッチ(と呼んでしまうが、けっしてクラッチではない)を使わないでスタートしてもレスポンスのいい加速をするし、クラッチを使っても(半クラッチで一気に加速しようとしても)そのレスポンスは大差ないという感じ。クラッチを断続することでタイミングをとってトライアルのアクションをつくっていたライダーにとっては(たいていのライダーがそうだと思うが)ちょっと路頭に迷う感じがあるかもしれない。でも、そういう乗り物なのだ。
新しいところでは、左手には回生ブレーキがついている。見た目は、ホーンボタンにしか見えないが、これを押すとぐっと抵抗がかかってブレーキがかかる。モーターを発電機として使うシステムが、回生ブレーキだ。ハイブリッド自動車でも使われているが、大昔から電車などでは一般的なシステム。モーターではエンジンブレーキがないから、回生ブレーキの存在が意味を持つ。回生ブレーキを使うと電力も生むのだが、発電した電力が充電されているかどうかはわからない。回生ブレーキの発電はコントロールがむずかしいということだから、単にブレーキとしてのみ使っている可能性もある。
すべてのスイッチを入れて、最後にマグネットスイッチを腕に巻いて、パチンとはめる。エンジンのように、勝手に回り続けて焼き付く、などということはないにしても、転倒して自分で止まってくれるということはないから、マグネットキルスイッチは不可欠の存在。というより、まずライダーの安全を確保するためにも必要だ。
気をつけなければいけないのは、エンジン仕様を試乗するときみたいに、軽くスロットルをあおってエンジンの機嫌をうかがう、なんてことは絶対にしてはいけないことだ。いきなり動き出してあわわとなる。マグネットスイッチをパチンとしたら、右手を回せば動き出す。エンジン始動とかギヤを入れる、という儀式はないから、つい油断してしまうので、圧倒的多数のエンジンにどっぷりつかっている皆さんは要注意だ。こうやって書いても、口頭で注意を受けても、きっと何人かはやってしまうと思う。慣れというのはおそろしい。皆さん、気をつけてくださいね。念のため、最初はマシンに腰を下ろして、様子をうかがいながらスタートすることをお勧めします。
右手をひねる。ぐっと前に出る。当然の動きなのだけど、新鮮。まず、音がしない。走る前はもちろんだけど、音がしない状態から突然動き出すというのは、実際に動かしてみると感動的だ。このへんは、すでに子ども用の電動バイクを体験しているお父さん(と当のお子さん)は体験済みだと思う。
モーターは、動き始めた瞬間からたいへんなトルクを発揮する。電車の運転ではアクセルを開けることを、何ノッチ入れる、のように言うが、EMでも、よくよく気をつけてアクセルを回してみると、かすかにカチカチというノッチ感がある。アクセルホルダーも、実はキャブレター(なりインジェクション)のワイヤーを引っ張る道具ではなく、細かなノッチコントロールを行う電気部品だ。アクセルホルダーの開発はけっこうむずかしかったとのことだが、モーターのアクションを人間がコントロールする重要な官能部品だから、さもありなん。
おどかされたわりには、エコモードでの発進は、たいへんにスムーズで、驚くようなことにはならなかった。エンジンにたとえると、エコモードは80ccとか100ccとかに該当するのではないか、ということだ。大人用のマシンだから、この排気量ではちょっと物足りない。フロントを上げるにも、パワーはないしレスポンスも鋭くないしクラッチを使うこともできないから、ちょっとむずかしい。しかしここで短気を起こしてパワーのあるモードに切り替えるのは、おっかないことが起きる。モーターはエンジンではなくて、モーターを経験していない人がモーターを乗りこなすには、かなりの乗り込みが必要らしい。
アクセル(コントローラーというべきかもしれないけど、ピンとこないのでアクセルと呼ばせていただきます)を開けると進み、戻すと遅くなる。マシンが止まると、モーターも止まる。まったく音がなくなってしまうのが頼りないが、音があるもんだと思っている人間の方がなんとかするしかない。ノッチひとつひとつを確かめながら開けていくことで、非常にゆっくり、スムーズな加速ができる。どんな半クラッチの達人でもかなわない遅いスピードでも走っていく。もちろんエンストなんかしない。
ターンはとにかくスムーズ。エンジンに乗ってターンがぎくしゃくしているのは、いわゆるターンのテクニックができていないほかにも、エンジンがちゃんとコントロールできていなかったからなのだとあらためて思い知らされる。ターンに苦しんでいる人も、モーターならするすると回れるようになるにちがいない(かもしれない)。
ごく平坦なトライアル地形、坂を登ったり降りたり、小さな岩を越えたり降りたりは、特にモーターであることを意識しないでも走っていける。そういうふうに作るのに、たいへんな苦労をしたのではないだろうか。コントローラーのセッティングなど、たいへんよくできている。
特に初心者がトライアルを覚えようという場合は、これは絶好の教材となりえる。まずキックで苦労することがないし、スタートのクラッチミートに悩むこともない。エンストにおそれることもない。パンチのある排気音にびくびくしながらアクセルを操作する必要もない。
EMでは、このマシンのターゲットを、選手権のトップクラスよりもまずは初心者、入門者に向けておいているようだが、その用途にはバッチリな特性を持っている。
反面、エンジンでのトライアルに慣れている人、トライアルテクニックが充分にある人は、まったく新しいものに順応していく必要がある。クラッチがない、排気音がない、というふたつの「ない」が、ライディング面での意外に大きな差異になりそうだ。具体的には、どちらもアクションのタイミングがつかめないことになる。何気なく耳から入ってきていた排気音が、自分のライディングをつくる大きな材料だったのではないかと気がつかされたのも、電動バイクに触れたからだ。
さて、エコモードでの慣熟走行のあと(本当は、エコモードで丸一日ほど走っていたい。それくらい慣れてから、次のステップに移りたい)トレックモード、トライアルモードでも乗ってみた。
まず、出だしのピックアップがきびきびしているのがわかる。これなら、クラッチなどなくても、右手をひねるだけでフロントを上げたりするタイミングをとることができそうだ。エコモードでちょっと苦労だったフロントのリフトも、これならスイスイかと思い、やってみた。
案の定、あげやすい。と安心したのもつかの間、そのままヒューンと加速して、あわやマシンを放り投げなければいけないことになった。これはあぶない。充分慣熟してからじゃないとあぶない、というのはこういうことだった。音もなくヒューンと回転するものだから(エンジンに慣れてしまった身にとっては)身構えようがない。トライアル晴れモードの過激さはそうとうなもので、もう少し回転の上がりがゆっくりでもいいのではないかと思うが、モーターに慣れてしまえばこの鋭い回転の上昇が武器になるのかもしれない。
ちなみに、各モードを切り替えることで、最高速には変化がないという。エコでもトライアル晴れでも、最高速(最高パワー)に至るまでの時間がちがうだけで、最後には同じパワー、同じスピードが出るんだそうだ。その点、エコは80cc並、と書いたけれど、排気量にたとえる表現は、正しくない面もありってわけだ。
とりあえず、エコモードではそのパワーを体感しきれないが、そうはいってもトライアルモードではおっかない。どうやらトレックモードが、ぼくらには最適、という気がする。少なくともこれでしばらくは修業を続けたいと思った。
クラッチレバーの操作は、どうやっていいのかさっぱりわからない。成田さんも、習慣でついクラッチレバーに指がかかっていて、無意識に操作をしてしまうけれど、それがやってはいけないことをやる結果になっていると告白してくれた。クラッチレバーは使うべきでないのだが、無意識に使ってしまう習慣を改めるには、相当な慣熟が必要だ。
回生ブレーキは使い方がよくわからなかった。長い下り坂でブレーキが利くという確認はできたけれど、まだまだ左手がボタンを探してしまう。とっさに下り坂に入ったところで無意識に回生ブレーキを使うという段階にはほど遠い。まして、セクション内でのちょっとした下り坂で活用するにはもっともっと乗り慣れないといけないと痛感した。ボタンを押すのではない操作方法があってもいいのかもしれない。
こういった、新しい機構に対しての慣熟は充分想像できる範囲だが、実際には、ちょっとした瞬間に慣れが必要がゆえの不安を感じることが多々あった。ほんの5cmの段差を飛び越える時に恐怖を感じてしまったりというのは、もちろんこのマシンのポテンシャルの問題ではなく、そこでどんなことが起きるのか、こちらの想像力が働かない、状況を把握するだけの材料をまだ持っていない、ということなのだと思う。
レベルはうんとちがうけれど、成田さんもそういうことはあると共感してくれた。まだまだ、電動バイクについてはライダー側で訓練をするべきポイントがいっぱいある。
同時に、びっくりするようにあっさり越えてしまうところもある。ふつうだったら少し滑ったりしながら登っていくところを、これはほとんど音がしない低速回転でぐいぐいと登っていったりする。まさしくモーターの仕様ゆえの走破性なのだと思うが、実際に乗ってそれを感じさせられるとびっくりする。
車重は72Kg。いまどきのトライアルマシンにしては軽量とは言いがたいが、けっして重いものではない。電池が10kg内外あるのだから、軽量バッテリーを装着して交換頻度を増やすとしたら、70kgを切る軽量はすぐ手に入ることになる。
モードの切り替えをダイヤルでなく、たとえばチェンジペダルの位置に設けた切り替えレバーで操作することにしたら、オートバイの感覚のまま操作ができるんじゃないかと思ったりする一方、これはまったく新しい乗り物なのだから、従来の乗り方にとらわれずに、新しい乗り方を研究した方がいいのではないかと思ったりもする。いずれにしても、結論はまだまだ出ない。
車体の構成は、シェルコとスコルパの既存パーツがそこここに使われている。特に目新しい要素はないようで、車体に関してはオーソドックスなつくりとなっている。クラッシュなどで破損すると困るのは、まずスロットルグリップではないだろうか。エンジンマシンがほぼ全車共通のアクセルグリップを持っているのに対し、これは専用のもので、しかも電気部品だから、他のパーツでは代用がきかない。電気関係はこれに限らずすべてのパーツで代用がきかないものなのだが、その象徴的存在がアクセルグリップだ。
このEM、今世界にあるのはこの実車を含めてたった2台ということだ。9月の量産?では全世界向けに20台つくるという。日本には、このうち2台が入ってくる。
EMとは、エレクトリック・モーションので、電動バイクメーカー。社長は前のスコルパ社長のフィリップ・アレステン。TY-S125Fを世に出した頃からスコルパの社長となり、スコルパがシェルコの傘下となった後、EMを立ち上げた。フィリップさんはガスガス・ランドネの企画にもかかわっていて、もちろんヤマハやシェルコとの関係も深い。
成田匠が輸入に携わるというのも、そういった人間関係から生まれたものだ。「排気音がない、排気ガスが吐き出されない新しいトライアルマシンとして普及させたいし普及していってほしい」と成田さんは言う。自身でのトライアル大会参戦も当然視野に入っているが、全日本選手権などに参戦して万一壊したりしてしまうことを考えると、今はマシンを温存して、たくさんの人に新しいマシンに触れてほしいと考えているそうだ。もし出るとしたらIBくらいのセクションが適当か?という質問にははっきりと「ぼくが出るなら、IAのセクションでしょう。なんとなく、走れそうな気はします」と答えてくれた。
マシンについては、当面、成田匠さん本人に連絡してみてください。9月に生産されて11月ごろには日本に入ってくるのではないかという2台のマシンも、今なら予約が可能です。価格はまだ未定。でもスペアバッテリーをつけて、90万円前後になるのではないかという感じ。輸入業を始めたばかりの成田さんは、今為替をにらみながら値段の設定をしているところなのでした。