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あえなくバック? あえてバック

自然山通信は、ときどきあれっと思うような仕事をします。それはぜんぜんはずれのこともあるし、少しあとになって、やってよかったなと思うこともあります。そういうふうに評価してもらえることもあるし、ぜんぜん評価されないこともあります(そういうほうが多い)。
そして今回もまた、もしかすると理解されにくいものをつくってみました。
今回、バックについての解説DVDを作りました。バックというのは後ろ向きに走るという意味ですが、たぶん日本語ですね。英語の辞書をひくと、backとは背中とか後ろって出てきます。でもこのDVDは日本語対応ですから、堂々とバックする、と表現しています。こういう話は本題ではありません。
バックを練習したいというと、トライアルをやっている人はたいてい言います。「バックをすると5点になるよ」と。5点になる技術をわざわざ覚えても、いいことがないと、多くのひとは考えます。そのとおりかもしれません。だから、今回自然山通信が「バックのやり方」なんてDVDを出したのは、なに考えてんだ? バカじゃねーの? と思っている人も多いだろうと思います。
今回、バックのやり方を教えてくれるのは、小川毅士選手です。技術はピカイチという定評の毅士選手ですが(それでも勝てないのだからトライアルはむずかしいのです)、技術だけでなく、語りもなかなかステキです。どちらかというと無口な印象の強い毅士選手ですが、技術をきっちり伝えたいという思いが伝わってきます。
その毅士選手に「バックのやり方を教えてくれませんか?」と打診してみたところ「バックしたら5点になるよ」という答えは返ってきませんでした。毅士選手がトライアルを覚えた頃は、すでにルールとしてバックをしたら5点という時代だったのですが、毅士選手は、そんな中にあってバックを練習したことがあるのだそうです。

毅士選手より7年先輩の、日本が誇る世界チャンピオン、藤波貴久選手。藤波選手がトライアルを覚えた時代は、足をつきさえしなければ、止まろうがバックしようが、セクションの中でマシンの修理をしても減点にはなりませんでした(藤波選手が、セクショントライ中にマシンを修理したのは実話です)。自転車からオートバイに乗り換えた時代の藤波選手は、練習場からの帰り道、ひたすらバックで帰るのが日課だったといいます。バックしながら足をついてしまったら、また最初からやりなおし。なんとも厳しい特訓ですが、トライアルが大好きな藤波選手のこと、やりなおしもまたよきかな、だったのかもしれません。
からだが小さくて、まだ力がないうちのライダーにとって、マシンをホッピングさせて方向を変えるのはなかなかたいへん。そんなとき彼らは、マシンをするするバックさせ、進行方向の修正をするのです。いや、今ならいきなり5点ですけれど。
藤波選手も毅士選手も、バックの練習で培ったバランス感覚とか、マシンを操る技術は、その後のトライアルに有形無形で役に立っているといいます。
バックができない人は、ついバックしてしまって5点になってしまう心配をしてしまうようですが、バックができる人は、それ以上に、自分の技術の引き出しをひろげているのだから、勝負になりません。
最近、藤波選手の甥っ子が、オートバイを始めました。お姉さんの息子さん、氏川優雅くんです。藤波選手とも毅士選手ともちがい、バックしたら5点、もしかしたら、止まっただけで5点になるかもしれない時代のルーキートライアルライダーです。
でも優雅選手、おじさんと同じく、練習場の帰り道は、ひたすらバックだそうです。ちょっとでもバックしたら5点という時代に、これからトライアルを始めるライダーがバックを学んでいる。バックには、それほどきっと、おいしいものがつまっているのでしょう。
毅士選手の前向きなバック、実はトライアルの選手以外には、興味を持ってもらっているみたいです。トライアルは5点になるけど、他のジャンルのライダーなら、そういう問題ではなくて、後ろ向きに走れたら楽しいじゃないかと思うらしいです。
5点になるからバックを勉強しないと心に誓っているのは、どうもトライアルに一生懸命な人たちのようで、そういう人にとっては目の前のセクション攻略が専決事項なのかもしれません。でもご自身の才能には、まだまだ延び代が隠れているにちがいありません。もったいない。
バックをしたから世界チャンピオンになれるというわけじゃありませんが、芸の肥しに学んでみませんか? Get Back!