© トライアル自然山通信 All rights reserved.
ニッポン、2位!
日本チームが昨年に引き続き2位になった。
日本チームは藤波貴久、小川友幸、黒山健一、野崎史高。藤波は2ラップめにオールクリーンをする活躍を見せ、チームを引っ張った。
日本からの3人もよいチームワークで試合を進め、1ラップめには2位を譲っていたイギリスを逆転、8点差で2位をゲットした。
優勝のスペインは2ラップめに4点という好スコア。しかし1ラップめには日本も拮抗した戦いを見せていただけに、勝利の可能性もありそうというのが今回の収穫だった。
「フジが日本語をしゃべっている!」
下見中、ドギー・ランプキンが藤波を見て楽しそうに叫んだ。藤波は日本人だから、日本語を話して当然だが、ヨーロッパの藤波は、日本語を話す相手がいない(愛妻直子さんと愛娘夢奈ちゃんはのぞく)。たいていはスペイン語(正確にはスペイン語とカタロニア語のちゃんぽん)や英語をしゃべっている。ドギーの前で藤波が日本語をしゃべるなんて、こんな機会以外にはないのだった。
藤波は、この数年、トライアル・デ・ナシオンにたいする取り組みが変わってきている。2004年、本人が世界チャンピオンとなった当時は、デ・ナシオンといえども自身のトライアルに一生懸命だった。いっしょに走る仲間は、たいていが子どもの頃からいっしょにトライアルに親しんだ同志である(関東の渋谷勲と世代のちがう小川毅士がちょっとだけ別派閥)。幼なじみと日本代表として走れるのは、年に一度の楽しいトライアルだった。
もちろんそこには、日本代表として成績を出さねばならぬプレッシャーもあるのだが、ひとりでがんばっても勝てるものではなし、いわば持ち駒をそのまま披露して戦ってきたのが、2005年までの姿だった。
2006年は、結果的には日本チームにとって、大きな転機となったのではないかと、今にすれば思う。この年、黒山健一が手術のために参戦を辞退し(手術のため、ではなく、手術をしなければいけないほどの状態でようやっと全日本を走っているので、TDNに参加する精神的肉体的余裕がまったくなかったというのが正しいかもしれない)、小川友幸と田中太一も辞退。日本チームは藤波、野崎、そして小川毅士の3人になってしまった。ライダーのポテンシャルはともかく、3人ではまったく本領を発揮できない。結果、優勝争いにはほど遠く、なんとか3位表彰台を獲得したという結果となった。このとき藤波は、自分のトライも忘れて毅士らのサポートに回り、声をからしてラインを指示した。表彰台を死守するためには、そうしなければならなかったのだが、このときから、藤波のTDNは変わった。世界チャンピオンがTDN日本代表として走るのではなく、藤波は日本の主将となってチームを引っ張り始めた。
イギリスの主将はランプキンだ。ただしランプキンも、最初から主将だったわけではない。グラハム・ジャービスやスティーブ・コリーなど、ランプキンより年長のライダーがいた時代は、ランプキンはクリーンを稼ぐ兵隊だった。コリーが卒業して、ジャービスがいわばピンチヒッター的存在となった今(もともとジャービスはおそろしい無口だから、リーダーを務められるとは思えない)、イギリスの主将はランプキンを置いてほかにない。実際ランプキンは数年前から実にリーダー然としてきた。若い後輩にラインを指示し、ときにはしかりとばして闘志をわきたたせてセクショントライさせる。イギリスの強さは、ライディングの技術のほかに、こういう強さだと思い知らされたものだ。
トライアルは、個人競技である。本来、団体競技はなじまない。だから、リーダーは、なれといわれてなれるものではない。実際のところ、スペインチームを見ても、誰かがリーダー役を演じているとは思えない。リーダーなどいなくても強いから問題なく、スペインはそれで強さを発揮してきた。日本も、ライダーは強い。強いけれども、それだけでは3位が指定席なのが、世界のトライアルの実情だ。
以前、TDNのリザルトは、個々の選手の成績がそのまま記録されていた。今、TDNではここの選手の成績は公表されない。第1セクション、3人目を走った野崎が1回足をついた。でも最後に走った藤波がクリーンをして、日本チームの成績はクリーン。第2セクションでは、今度は黒山が1点をとるも、ほかの3人がクリーンしてチーム成績はクリーン。続く第3セクション、小川が残り数メートルで転倒して5点。今回は、残る3人がクリーンというわけにはいかずに、このセクションは1点のスコアがついた。TDNでは、国としてのスコアが、なにより重要だ。誰かがクリーンをとろうと5点をとろうと、日本チームにとってはそのセクションの日本チームの減点が重要であって、どのライダーが何点だったのかはまったく問題ではない。
3人がクリーンをすれば、4人目はトライをせずにエスケープしてしまうこともある。となれば、個人成績などうんぬんしている場合ではなくなる。されど体力を温存するのも4人目の仕事だし、時間を節約するのも大事な仕事だ。すべてはチームのために。個人の成績を出したかったら、個人の世界選手権に出場して、結果を残せばいいわけだから、みんな、そこのところははっきりしている。今回はコースが長く(17セクションから18セクションへは、標高差が1000メートル近くあった。コースの移動もたいへんだ)持ち時間にも余裕がなかったから、小川やカベスタニーがエスケープの5点をとっているシーンはよく見かけた。厳密には、同点勝負となったときには4人全員のクリーン数が勝敗を決めるのだが、実際問題としてて、クリーン数勝負になることはまずない。
今回の最難関セクションは、前半の第5セクションと、その手前の第4セクションだった。第4では、インしてすぐの斜めのとんがり岩に苦労をした。しかし野崎がいいラインを見つけると(残念ながら野崎は、その先で5点となった)、続くライダーは続々ここを攻略。ここでは一気にスペインに迫る好スコアをマークすることになった。しかしイギリスのスタートは日本よりあと。日本の走りを見ていたイギリスチームは“野崎ライン”をトレースしてさらに好スコアをマークしてトップに躍り出る。スペインが日本やイギリスに先がけてスタートとなっているのは、ある意味では勝負をおもしろくしているといっていいい。しかし日本サイドから見ると、イギリスにラインを盗まれるスタートオーダーでもあった。
第5セクションは、最後の大岩が難攻不落だった。1ラップめは、ボウもこれに失敗している。藤波は、入り口付近の斜め岩で滑ってしまって、マインダーのジョセップに突撃するかたちとなった。ジョセップが手助けをしたわけではない。しかしオブザーバーは5点を宣告。なんで? 一見、滑ってしまって赤マーカー(ちなみに、Aクラスといわれる世界選手権クラスは赤マーカー、Bクラスたるインターナショナルクラスは青マーカー、日曜日は走らないが、女子クラスが緑マーカーで規制されている)を通過できなかったようにも見えたが、事実はそんなことはない。ジョセップも手出しはしていない。するとオブザーバーは、タイムオーバーだと説明する。なんだか最初に5点ありきみたいな判定だ。この5点は痛かったが、押し問答は個人戦以上に士気に関わる。しかしそれでも、この時点ではまだスペインと2点差だった。イギリスはここで全員5点となったから、イギリスは日本に2点差で3位となった。序盤のこのあたりは、トップ3チームの三つどもえの戦い。緊張感たっぷりの場面だが、しかし残念ながら日本チームには情報収集チームがない。藤波が、ライバルたるスペインチームに戦況を聞くも、やはり情報収集には限界がある。スペインはもちろんイギリスは、マインダーも情報収集スタッフもばっちりそろっていて、さらに応援団もずらりセクションに集結している。日本は、いつまでもアウェーの戦いを強いられる。
18セクションの長い1ラップめを終えて、結果が発表されると、途中の感触とは裏腹、日本はイギリスに2点リードで2位となっていた。イギリスは、4人目のジャービスが、やはりトライアル感覚から遠のいているのか、5点となることが多い。ダビルやブラウンは、いつもと同じか、ランプキンといっしょということで実力以上の走りを見せたりもしているが、一方ランプキンとて本調子ではない。第5セクションの大岩にいたる前のターンで転倒、右肩を強打してしまった。痛がりようかはリタイヤかとも思わせるほどだった。試合は続けたが、痛みはひかなかった模様だ。
しかしそれをいえば、藤波も最終戦でクラッシュをしていて、もしかしたらあばらにクラックが入っているのではないかというほどの痛みとともに走っている。上機嫌で走っているのは、スペインだけだ。
2ラップめ、日本はやはり第5セクションが鬼門になった。今度も藤波は、1点を宣告された。岩に肩からもたれかかったからだという。しかしてそこは、肩の位置するところに岩があるんであって、もたれかかろうとしているわけじゃない。しかも藤波のみならず、スペイン勢も全員そこで肩が岩に触れている。
「そんならスペイン人にも全員1点をずつ追加しなさい」
藤波に怒られたオブザーバーは、改心して藤波をクリーンにした。アンドラには怒られるかもしれないけど、アンドラはスペインのおまけみたいな国で、オブザーバーにもスペイン勢が多い。スペインチームをひいきしたい気持ちはわかるけど、これはあんまり。「ひいきなんかしなくたって、どうせ勝つだろうと言ってやりたかった」と藤波は言っている。しかしこのセクション、藤波はクリーンしたものの、ほかの3人が5点となって、日本チームの減点は10点となった。1ラップめにして、トップのスペインとは13点差だから、ここを2点で通過したスペインとはその差は決定的だ。
2位争いは、しかし情報戦に弱い日本は、なかなか実態をつかめないまま試合が進んでいく。可能性があると言えば、この日のイギリスは、ランプキンのクラッシュゆえか、チームとしての戦い方がイマイチだった。ダビルとブラウンはやる気満々だが、トライアルから離れているジャービスにはこの日のセクションはちょっと過酷。それを案じてか、ジャービスに対してはチームもあまりハッパをかけない。さらにランプキンがクラッシュしてからは、ランプキンまでもがマイペースで自分のベストを尽くすトライアルになってしまっていた。
スペインはもともと個人プレーの集合だし、いまやナショナルチームとしての団結を示しているのは日本だけとなった。これが、今回の日本の強さとなった。いつも同じようにいっしょに下見して走っている仲間だが、常は明らかなライバル。今回は勝利を目指すチームメイト。クリーンしたときの喜びも5点になったときのねぎらいも、ライダーとして、仲間同士として心強いものがあった。
18セクション2ラップ、登ってくだって登って下るから、のべ標高差は3000メートルに近かったかもしれない。過酷なTDNをゴールしたとき、藤波は「たぶん、1点差くらいでイギリスには勝てたんじゃないか」と感触を語った。1ラップめが2点差、そのまま接戦が続いて、最終セクションは小川が5点、野崎が1点でお国の減点は1点。この分が追い上げられて1点差というのが藤波の計算だった。もちろん藤波が集計したのではなく、ほかのチームから得た情報を総合したものだ。
しかし事実は、もう少しうれしいほうにまちがっていた。イギリスは第4セクションでふたりが5点となって、お国の減点に5点を加えていた。さらに標高が高い高い山の上でもいくばくかの減点を喫していて、2ラップめだけでも日本に対して6点のビハインドを負っていた。日本は、イギリスを破って、2年連続、3位の座を勝ち取った。
スペインはすでにゴールしていて、しかも問題なく勝利を確信していた。スペインの1ラップめの減点は15点で、2ラップめはたったの4点。トータル19点は、日本の1ラップめの28点よりはるかに少ないのだから、逆転はありえない、ぶっちぎりの勝利だった。
「チームとしての戦いがよくできたし、逆にスペインに負けている点も、チームとしての力量不足の面とも思える。今回戦うにあたって、優勝は絶対に無理、2位を目指してがんばると宣言してきたけど、優勝も狙わなければ手に入らない。今回の2ラップめは、第5セクションでの10点は大きかったが、それ以外ではたった2点に抑えることができた。そういう点では、日本チームも今後は具体的に勝利を目指していくべきかもしれないと思えたのが、今回の収穫だった」
藤波は語る。藤波自身は、2ラップめにオールクリーンをして、トータルの減点は6点。ボウやラガもそれ以上の減点をとっているから、今回の個人成績ではおそらくトップ。しかしもちろんTDNでは個人成績など関係なくて、記録と記憶に残るのは、藤波を中心として日本の4人が実力を精一杯に発揮してイギリスを破ったということだ。
トライアル・デ・ナシオン/世界選手権 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
順位 | 国名 | スタート減点 | 1ラップ減点 | 2ラップ減点 | ゴール減点 | トータル減点 | 総クリーン数 |
1 | スペイン | 0 | 15 | 4 | 0 | 19 | 123 |
2 | 日本 | 0 | 28 | 12 | 0 | 40 | 94 |
3 | イギリス | 0 | 30 | 18 | 0 | 48 | 93 |
4 | イタリア | 0 | 86 | 48 | 0 | 134 | 49 |
5 | フランス | 0 | 79 | 65 | 0 | 144 | 54 |
6 | スウェーデン | 0 | 170 | 143 | 0 | 313 | 15 |
7 | アメリカ | 0 | 171 | 156 | 1 | 328 | 13 |
8 | ドイツ | 0 | 210 | 199 | 0 | 409 | 5 |
トライアル・デ・ナシオン/インターナショナルトロフィー | |||||||
1 | チェコ | 0 | 44 | 66 | 24 | 134 | 68 |
2 | ノルウェー | 0 | 78 | 70 | 0 | 148 | 42 |
3 | オーストラリア | 0 | 79 | 61 | 11 | 151 | 54 |
4 | アイルランド | 0 | 106 | 105 | 0 | 221 | 30 |
5 | アンドラ | 0 | 116 | 105 | 0 | 221 | 30 |
6 | フィンランド | 0 | 101 | 121 | 23 | 245 | 32 |
7 | スイス | 0 | 163 | 138 | 0 | 301 | 21 |
8 | オーストリア | 0 | 162 | 182 | 0 | 344 | 11 |
9 | ポーランド | 0 | 188 | 157 | 0 | 345 | 12 |
10 | ポルトガル | 0 | 182 | 181 | 0 | 363 | 6 |
11 | 南アフリカ | 0 | 205 | 184 | 0 | 389 | 11 |
12 | グアテマラ | 0 | 197 | 202 | 0 | 399 | 10 |
13 | ベネズエラ | 0 | 192 | 213 | 0 | 405 | 5 |
14 | ラトビア | 0 | 206 | 203 | 0 | 409 | 1 |
15 | カナダ | 0 | 210 | 201 | 0 | 411 | 8 |
16 | ルクセンブルク | 0 | 212 | 201 | 0 | 413 | 5 |
TDNのこれまでの記録については、自然山通信TDN全記録もごらんください。