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マーチン・ランプキン逝く
初代世界チャンピオン、マーチン・ランプキンが亡くなった。
4月2日の午後のこと、65歳だった。
ハロルド・マーチン・ランプキンは1950年12月28日、イギリス・ヨークシャー州シルスデン生まれ。ランプキン家の、というよりもイギリスの、そして世界のオフロード・モーターサイクル・スポーツのルーツ、アーサー・ランプキンの三男。長男アーサーJr.、次男アランと、そろってオフロードライディングを愛し(兄二人はBSAの契約ライダーだった)、ISDTなどで大活躍した。ISDTはインターナショナルシックスデイズトライアル。のち、ISDEとなって現在に至っている。
オフロード一家のランプキン家にあって、トライアルに特化して修練を積んだのが、マーチンだった。ブルタコのチームライダーとなったマーチンは、1973年にイギリス選手権チャンピオンとなると同時に、ヨーロッパ選手権チャンピオンとなった。ここでいうヨーロッパ選手権は、現在のヨーロッパ選手権とはちがう。当時のヨーロッパの感覚では、ヨーロッパこそ唯一の世界だった。実質的な世界チャンピオンだ。
ほどなく、ヨーロッパ選手権は世界選手権となった。そしてその初年度、1975年にチャンピオンとなったのがマーチン。今に至るトライアルチャンピオンのルーツこそ、マーチン・ランプキンだ。
世界チャンピオンとなったマーチンはいよいよ本領発揮。兄二人の栄光に続き、1976年には念願のSSDTでの勝利を果たす。SSDTにはその後77、78年と3年連続で勝利している。
この頃、マーチンに子どもができた。それがドギー・ランプキン(ダグラス・マーチン・ランプキン)だ。ドギーの誕生は1976年3月だから、まさにこの頃のマーチンは絶好調だった。
その後、ブルタコが1980年に倒産し、マーチンはSWMのライダーとなり、1982年に現役を引退する。それは同時に、次世代の栄光へのスタートでもあった。
ドギーの初めての勝利は9歳の時。メジャー勝利は93年のヨーロッパ選手権。97年に世界チャンピオンになると、その後の活躍はご存知の通り。そしてドギーの活躍の傍らには、常にマーチンがいた。
とびきり大きな声、息子のライディングを称え機運を盛り上げていくフォロー、的確な采配。マーチンのマインダー業務は、世界選手権を戦うすべてのマインダーのよき手本となった。ドギー・ランプキンの12回の世界タイトル(インドアを含んでいる)はドギー本人の才能と努力のたまものであるのはもちろんだが、この父マーチンの存在は偉大なものがあった。
ヨークシャーのランプキン一族といえば、イギリスでは知らぬものがない。アーサー、アラン、マーチンの3兄弟はそろってSSDT優勝者だし、アーサーとアランは実家の横で機械工場を営み、その向かいにはアーサーの長男、ジョン・ランプキンが営むベータUKがある。ドギーの弟ハリー、アランの息子のジェイムスもまたトライアルライダー。SSDTではかなりの上位入賞を果たすライダーである。ジェイムスはまた、マーチンに替わってドギーのマインダーを務めたこともある。
日本で初めて世界選手権が開催された頃、イベント後の記者会見が開催された。そのとき、初代世界チャンピオンとしてマーチンも臨席していたのだが、当時はドギーの父としての印象が定着していて、マーチンにマイクが向けられることがないんじゃないかと心配したスタッフ某氏が、マーチンになんか質問してちょうだいとお願いされた。いわばやらせ質問の依頼なのだけど、二つ三つ質問を用意して会場へ出向いて、おたずねすることになった。
ひとつだけ、覚えているやり取りがある。質問は、あなたは初代の世界チャンピオンで、息子は4回(当時)の世界チャンピオンだが、どちらがすぐれていると思うか、というおぬまけなものだった。もっと気の利いた質問をするべきだったと今でも反省しているのだけど、突然お願いされたんで、しょうがない。マーチンは、もしかするとちょっと憮然として、もしかすると毅然として、やっぱり大きな声で答えてくれた。
「わかりきったことを聞くんじゃない。息子のほうが10倍ほど勝っている」
前半の部分はよく覚えていないけれど、最後の「Ten Times」という響きは、今でも耳に残っている。
ドギー・ランプキンによれば、この1年ほど体調がすぐれず療養をしていたということだが、4月3日、癌のため亡くなった。
2016年トライアル世界選手権の開幕と、孫アルフィーくん(10歳)のデビュー戦の目前にしての訃報だった。
1976年、1978年、1980年
イギリス選手権トライアルチャンピオン
1973年
ヨーロッパ選手権トライアルチャンピオン
1975年
世界選手権トライアルチャンピオン
1976年、1977年、1978年
スコティッシュ・シックス・デイズ・トライアル優勝
1977年、1978年、1981年、1982年
スコット・トライアル優勝
Photo:Erick Kitchen, @dougielampkin12, Good Shoot/FIM
若きドギー・ランプキンを扱ったイギリスの番組。祖父のアーサー、お父さんの3兄弟、おじさんのジョンなどが登場する