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電動YAMAHAと黒山健一。世界制覇ならず
2018年7月15日、南フランスのアルプス地方オーロンで開催されたトライアルGPで、黒山健一がみごと勝利を果たしたのは先日お伝えしたところだが、その翌週、7月22日にはベルギーのコンブリアン・オ・ポンで電動クラスの第2戦が開催された。シリーズ2戦しかない電動クラスなのでタイトルが決まるのは今回のベルギー大会である。しかし黒山はここで2位。残念ながら世界タイトルはガスガスTXTEに乗るロリス・グビアンが獲得する結果となった。
トライアルEクラスが設けられ2年目。今年はフランス大会と翌週のベルギー大会の2戦でランキングが決まる。シリーズたった全2戦しかないので、黒山健一とヤマハTY-Eが世界チャンピオンを獲得するためには、フランスに続いてベルギーでも優勝する必要があった。もしベルギーで黒山が2位でグビアンが勝利すると同ポイントで並ぶことになる。その場合は直近大会で上位の選手がランキング上位となるレギュレーション。1勝1敗同士なら、世界チャンピオンはグビアンとなる。つまりタイトル獲得は、黒山にとってもグビアンにとっても、すべて今回のベルギー大会にかかっていることになる(もちろん計算上は、この二人以外にもチャンピオンの可能性はあるが、現実的には二人の一騎打ちの様相だ)。
ヤマハの、そして日本の期待を一身に受けている黒山にとって、プレッシャーも最高潮。もちろんグビアンとて同じだ。フランスのグビアンは現在もアウトドア世界選手権などに出ている現役である。さらにグビアンの乗る電動マシンは昨年マルク・コロメにより世界チャンピオンマシンになっているガスガスTXT-E。テストを重ね、実績を積み上げてきたパッケージだ。
トライアルの戦績としては黒山が格上だが、黒山が世界選手権シリーズから離れて10年以上になる。そしてヤマハのTY-Eはもちろん世界選手権初挑戦。世界選手権はおろか、トライアル競技に出るのが初めてという、初めてづくしのTY-Eだ。はたしてどちらが勝つか負けるか、終わってみないとわからない。
いま、世界選手権の結果はライブで世界中に発信されている。世界中のトライアルファンが、勝負の行方を見守ることができる。しかし今回ばかりは、トライアルファンだけではなく、こんな人たちもまた、ライブリザルトに釘付けだった。
同じベルギー大会を走っている、GPクラスの藤波貴久とトニー・ボウらだ。あとで藤波選手から聞いたのは「ぼくもトニーも、競技中にEクラスのリザルトが気になって気になってしかたがなかったんです。セクション下見の時とかに、チームスタッフのタブレットを借りて、Eクラスのライブリザルトをトニーと見てたんですよ」
藤波は自分のレースを振り返りつつ、Eクラスについて話してくれた。たまたま撮ったこの写真は、競技中にEクラスのリザルトを見ているときの藤波とボウにちがいない。試合中にこんな表情を見せるのも珍しい。これは黒山とグビアンの接戦を見守るファンの表情だ。
Eクラスは朝一番にスタートする。セクションは緑マーカーを使う。緑マーカーは125ccのラインだが、今回は125ccがスケジュールに組まれていない。Eクラス出走8名のうち、黒山、グビアン、ブルオン、成田の4人にとっては余裕をもって走れるセクション設定だが、ワールドの経験がない下位の4人には少々難度が高く、なかなか苦戦を強いられている。
1ラップ目の第4セクション。急斜面と苔むした岩盤といくつかの難ポイントがあり、勝負どころとなっていた。競技は始まったばかりだが、ここまでグビアンが1点。黒山は3セクションすべてをクリーンしていた。先にEMの成田が入り、出口近くの斜めにそそり立つステアケースで1点、出口近くでもう1回ついて2点で通過する。
続いてEMのブルオンも斜めのステアケースで1点。下位ライダーの何人かはこの斜めのステアケースでクラッシュしているので、ここが最も大事なポイントになると思われる。黒山の意識も、斜めステアケース攻略にあった。入念な下見が続く。そこでグビアンがイン。力強くスピード感ある走りだった。難所の斜めステアケースも問題なく、危なげなくクリーンしていった。
それを見届けた黒山がイン。入ってすぐのステアケースを越えて着地してすぐのことだ。ステアケースを登った直後、次のラインへマシンを進めようとした瞬間、オブザーバーの手がパッと開き、ホイッスルが鳴ってバック(後退)5点をとられた。ミスが許されない神経戦で、この5点は大きく影響しそうだ。
その後黒山は足つき1回を2度。グビアンは足つき1回を3回とって1ラップ目を終えた。グビアン計4点でトップ。黒山は計7点で2番手になっている。第4での5点が手痛い。
しかし2ラップ目に入った途端、第1でグビアンが5点を取った。ここもクリーンセクション。今度はグビアンが苦境に立つ。2点差で黒山がトップに浮上。黒山が大きく挽回するチャンスかと思われた。ところが次の第2で黒山が5点! 両者の点差はすぐに元通り、グビアンのリードに戻ってしまった。この後二人は、ともに第6で1点とっただけで、クリーンを重ねながら2度のバッテリー交換を経て長距離コースを急ぎ回っていく。
競技も終盤。パドック近くの第13〜15セクションに着く頃、グビアンは黒山のプレッシャーから逃れるかのようにトライを早めていた。最終セクションをクリーンしたとたん「オレは世界チャンピオンだ!」と大声で喜びを表していた。時間をおいて最後に黒山がクリーン。ちょっと複雑な表情を含んでいるが、黒山もまた、プレッシャーから解き放たれたような笑顔となった。
「ただただ、残念としか言えません。1ラップ目の第4セクションのオブザーバーの判定の傾向をちゃんと把握しておくべきでした。僕の観察が甘かったなというところです。挽回するべく集中を続けましたが及びませんでした。これで電動トライアルは終了です。すぐにエンジンのトライアルに切り替えて、全日本選手権に集中します。今年の9月には世界選手権最終戦イタリア大会と、デ・ナシオンに参戦するので、今回のヨーロッパの経験を生かして、いい結果を出そうと思います」
ゴール後、ガスガスのパドックでグビアンに聞く。
「ベルギーのセクションは、フランスと比べれば難度が高かったが、それでもすべてクリーンを狙える。ただし、ちょっとでもリズムを崩すと失点になる神経戦だった。黒山が失敗したと思えば、ぼくもミスをして順位を落とす。そして黒山がミスをして、ぼくもどこかでミスをする。最後の最後まで勝負がどうなるかわからなかった。2連覇を達成したTXT-Eは安定したパワーがあり、バッテリーにとても余裕がある。ベルギーではバッテリー交換場所が2ヶ所に増えたが、我々にその必要はなかった。もちろん念のために2ヶ所で交換はしたが、それはあくまで保険としてだった」
今回のヤマハの参戦で、ぼくらファンが抱いた夢は、日本人による日本メーカーの電動トライアルマシンの世界チャンピオン獲得だった。すでに電動を市販化しているガスガス、EM、メカテクノ。そして今後、ヤマハの参戦をきっかけとして、さらに新たな大手メーカーが参入することも、おおいにあリえるのではないだろうか。
電動トライアルはたくさんの可能性を秘めている。静かで排気煙が出ない、危険なガソリン不要で屋内施設で乗ることもできる。そのメリットは乗って楽しむスポーツとしても、ショーとしても同様だ。Trial Eの世界が、これからどのようなかたちで発展していくのか、楽しみだ。
ヤマハと黒山健一は、期待されていた世界タイトル獲得にはいたらなかった。しかし初めての大会参戦、初めての世界選手権挑戦で、タイトル争いの中心的存在であることは、内外に充分に示したのはまちがいない。そしてこれが、ヤマハと電動トライアルバイク、ヤマハの本格的トライアル活動の、第一歩となるにちがいない。
ところで――。電動マシンは、排気音がしないから、セクションインしたと気づかず写真を撮りそびれることが何度となくあった。エンジンマシンなら岩や木の向こうを走っていても、エンジン音で近づいてくるのがわかる。電動マシンはそれがさっぱりわからない。そういうというところが新鮮でもあったが、シャッターチャンスを逃したりの失敗もありなベルギー取材となった。
●予選1回目
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●予選1回目
18-R6-QUAL2-results
●トライアルE結果
18-R6-QUAL1-results