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日本チーム、TDN 2位の快挙
2019年トライアル・デ・ナシオン(TDN)は、9月29日、地中海に浮かぶスペインのイビザ島で開催となった。ワールドクラスに参加した日本チームは、スペインチームに次ぎ、感動の2位入賞を果たした。
今回の日本チームは、藤波貴久、小川友幸、黒山健一の3人。2016年以来、同じこの3人によるチームでTDNを戦っている。2016年は2位、2017年は3位と表彰台を獲得していたが、2018年は4位となり表彰台を逃し、今回は表彰台奪還のリベンジの戦いとなった。
とはいえ、この3人は世界選手権でも屈指のベテラン(年長)チーム。黒山と小川が初めてTDNに出場したのは1995年、藤波の初参加は1999年。この当時のライダーは、いまとなっては誰もTDNには参加していない。すっかり世代交代しているのだ。
彼らが世界のトップクラスで戦えるのは、もうそんなに長くはないのは、3人ともに承知している。藤波が今年の世界選手権でランキング3位を奪還したのは驚異的なビッグニュースだったが、小川や黒山の世界選手権での成績はこの数年ぱっとしていない。そのうえTDNの成績も毎年落としてきているとなれば、あるいはそろそろと考えるのも、不自然ではなかった。
しかしそんな中、日本のトップ3といえばやはりこの3人が選ばざるをえない。加えてこの3人は、小学生の頃から世界のトップを夢見ていっしょにトライアル修業にいそしんだ同じ釜の飯を食った仲間であり幼なじみ。この3人のチームのきずなは、他のどんなチームよりもかたいものがある。彼らが最前線を守っている限り、日本代表はあの3人で、というなかば不文律のようなものもできつつあった。
TDNにはいつまで出られるか、という質問を投げかけると、まず「選んでもらえるなら」という但し書きがつく。TDNチームはお国(この場合はMFJとなる)が主役で、TDNを走るには代表選手に選ばれなければいけない。そのうえで、彼らが異口同音に語っていたのは「このままではやめられない」。
過去、日本がTDNで4位以下になったことは何回か(1995年以前はいつも)あるが、この3人が代表になったときには必ず表彰台に上がっていた。表彰台を逃したのは、昨年2018年が初めてだった。TDNを走らなくなること、あるいは自身の選手生活を終える時期は、正しくは本人たちもまだわかっていない。続けたくても、フィジカルの不調でどうにもならない事態だってありえる。だからこそ、彼らは願っていた。
「できることなら、この3人でもう一度表彰台を取り戻したい」
トライアル関係者は、藤波・小川・黒山の3人のチームをベストメンバーと呼ぶ。ことTDNに関しては特に、彼らへの期待はたいへんに大きい。TDNに、この3人のチームで出なかった時代については、MFJやメーカーの、それぞれ複雑な事情があった。ライダーとすれば、実力を発揮するには乗り慣れている自分のマシンを持っていきたい。しかしTDNのこの時期、全日本選手権はまだシーズン中だし、マシンの輸送には少なからずの費用も発生する。MFJ、メーカー、チーム、ライダーのそれぞれが、TDNに対する思いを共有できなければ、実現がむずかしいチーム構成だ。
2016年からの参戦は、MFJとトライアル選手会、ホンダとヤマハが一丸となって取り組んで実現している。選手の3人は、いずれも20年にわたり、日本のトライアルに貢献し続けてきた。この3人が行くのなら、支援を惜しんでなんとする、という空気が、日本のトライアル界のそこここにでき上がってきたというのもあった。たとえは小川は、TDNでは藤波のスペアマシンに乗っているが、藤波のファクトリーマシンは、いくら小川が藤波と幼なじみの友だちだからといって、ほいほいと貸し出されるものではない。藤波と小川に黒山も含めて(彼らがメーカーの垣根を越えてデモンストレーションを行なったことも、忘れてはいけないだろう)、彼らが厚い信頼を置かれているからにほかならない。
そうして迎えた2019年TDN。はたして期待には応えられるのか、表彰台は奪還できるのか。
藤波は、2019年にランキング3位を取り戻した。世界ナンバー3の実力を持つ。スペインチーム以外で、実績から藤波を上回るライダーはいない。不確定要素は、小川と黒山だ。彼らは世界選手権への参戦は、日本GPだけ(黒山は2018年イタリアGPに参戦したが、最下位だった)。この2年ほどは、GPクラスの下位に落ち着いてしまっている。
されど、3人が3人ともGPクラスのライダーであるチームは、スペインと日本だけ。その点からすると、日本が他チームに負けるわけはないとする下馬評は理解できる。しかしT2クラスのトップライダーの実力は、いまや日本のIASをはるかにしのぐ。たとえば日本GPのT2クラスに参戦した小川毅士は、両日ともに無得点の16位に終わった。日本GPには来日しないライダーもいるから、本場ではさらに激しくしのぎを削っている。こんな中で鍛えられたT2クラスのトップライダーの実力は、計り知れない。
ライバルチームを見ると、GPクラスのライダーを2名揃えているのがイギリス。ジェイムス・ダビルとジャック・プライスだ。もうひとりはT2のトップライダーであるトビー・マーチン。フランスにはGPクラスライダーはブノア・ビンカスだけ。ほかは去年まではGPを走っていたアレックス・フェレールと、T2の中堅のテオ・コライロ。イタリアは2018年T2チャンピオンのマテオ・グラタローラを筆頭に、T2のルカ・ペトレーラ、エレクトリッククラス3位のジャンルカ・トルノール。ノルウェーは3人ともT2クラスのライダーだ。去年、日本が4位となったのも、ほぼ同じような顔ぶれを相手にしてのものだった。ライダーの格ばかりでは、結果は占いきれない。
「今年こそ」。その思いはチームやライダーへの大きなプレッシャーとなった。去年、20分ものタイムオーバー減点があったことから、マネージメントの強化も課題だ。現地に赴く日本の誰よりもヨーロッパのトライアル経験が豊富な日本人、それがこの3人だ。その彼らをマネージメントするのは、並大抵ではない。しかし一から十まで、ライダーにおんぶに抱っこでは、新進気鋭の列強に立ち向かうに、なんともこころもとない。
予選トップをとった昨年と真反対に、今年は藤波が5点となって、予選は最下位。スタートは日本がトップだ。今年、ベルギーGPで藤波は予選に失敗、一番スタートを体験しているが、本当にたいへんな経験をしている。今度は日本チームがその憂き目に遭ってしまうのか。さらに、決勝がスタートするや、日本は藤波貴久が第1セクションで5点になるという波乱の予感で戦いをスタートさせた。はずすことのできない戦いなのに、これはちょっとやばい。
しかし日本チームにとっては、これがこけら落としになった気がしないでもない。15セクション2ラップは、3人が走ってスコアのいい者ふたりの減点をチームのスコアとするルール。3人がクリーンすればチーム減点は0だが、ひとりが5点を取っても二人がクリーンすればチーム減点は0。二人が5点、一人がクリーンなら、チーム減点は5となる。いつもの大会はケアレスミスを一つすればそれが直接結果につながるが、TDNではそれを仲間がカバーすることで、ミスが帳消しになる。しかしチームみんながミスをおかせば、減点は大きい。最大限点は10点だ。
細かい減点があって、オールクリーンを続けるチームに後れを取り、序盤は6チーム中5位という厳しい順位だった。去年もおととしも、こういう細かい減点がもう少し大きな減点につながり、そしてちょっと順位を落とすという戦いが続いていた。関係者には不吉な予感を感じさせる流れだ。
しかし今年は、心強い味方がいた。前触れもなく、突然会場に現れた応援団だ。これまで、TDN会場に駆けつける日本人といえば、チームや関係者、ごくわずかの報道陣、両手には余るけど、二人分の手があれば足りてしまうほどだった。純粋なお客さんもいるにはいたけれど、5人もいれば日本人が多いな、と思えるくらい。スペイン、イタリア、フランス、海を越えてもイギリスなどの応援団は、日本勢に比べれば圧倒的多数だ。極東からの遠征はハンディがあると、ずっと思っていた。
ところが今回現れた応援団は、日ごろ全日本や世界選手権日本GPでも、ひときわ応援のにぎやかな人たち。その少数精鋭がイビザにはやってきていた。彼らの応援は、今までの日本チームがなんだったんだというくらいににぎやかだ。本人たちも、ちょっとうるさいかも、ガイジンの人たちにひかれるかも、と気にしてはいたけれど、日本チームの背中を押すには、これくらいの応援があってちょうどよかった。
今回の日本チームの、最大限点は6点だった。それも1ラップ目の最終セクション、ひとつだけ。ほかは1点と2点ばかり。3人のうち、誰かが失敗しても他の二人がきちんとフォローするするという、TDNの戦い方がきちんとできていた。こんなに絶好調の日本チームを、これまでに見たことがない。
1ラップ目、第6セクションでフランスが7点、イギリスが6点。日本はここをクリーンして、4位から一気に2位に浮上。その後は着々と3位以下を離していく。
しかし、まったく油断はできない。1ラップ目、2位を守っているとはいえ、日本の減点は12点で、フランスの15点と3点差でしかない。日本が誰もクリーンができなかった最終セクションは、フランスはクリーンしている。いつ逆転されてもおかしくない点差だ。
誰かが走り終わる、次にトライするライダーに、そのセクションの状況が伝わり、ときにセクションの脇で、ラインの指示、励まし、応援が飛ぶ。日本のチームワークは、いつも世界一を誇っているのだが、今回のそれは神の領域だった。
TDNを前に、ライダーのレベルから、だいたいの順位を読む。今のスペインは圧倒的で負けようがないが、ドギー・ランプキン時代のイギリスも強かった。しかしランプキンがいなくなってからは、若手のライダーが代わりを務めることが多く、そんな彼らは、だいたい小粒だ。日本の3人とは、まったく格ちがいだ。ところがそんな小粒を集めたチームが、TDNでは強くなる。日本的に考えると、日の丸を背負うと神風が吹いて強い力が得られる、みたいな話だが、諸外国にそんな話はない。愛国心(日本のそれとはちがうかもしれないが)ゆえのものかもしれないが、それはやっぱりチームの力ゆえのものだと思われる。日本チームには、これまでなかなか発揮できなかった力が、そこだ。
今回の日本チームはちがった。スペインでさえ2点を失う第9セクションを1点で抑え、以後、14セクションで1点を失うも、フランスに10点差で最終セクションにやってきた。フランスは日本より後ろを走っているから、まだ減点をするかもしれない。でもしないかもしれない……。TDNのフル減点が10点だから、10点差だと逆転の可能性もある。1ラップ目には、藤波だけが1点で通過している。2ラップ目もそのスコアなら、日本の2位は確定だ。なんとしても、3人とも5点となってはいけない。
こんなにプレッシャーのかかる最終セクションはあったろうか。まず黒山がトライ。前半の岩を登れずに5点。次の小川は、そそり立つ最後の大岩で5点。あとがなくなった。藤波のトライになった。
気合いの入れ方も、気合いの入り方も、日本の応援団の応援も、いよいよボルテージが上がっている。
最後の大岩にさしかかった。ひときわ高いエキゾーストノートが響き渡り、そして大岩にアプローチ。藤波らしい、なりふりかまわぬといったフォームで、見事なクリーンをしてみせた。
決まった。2位入賞だ。
これまで、4度の2位入賞を果たしている日本チーム。しかし今回の2位は、これまでのどの2位ともちがう、ニッポン一丸となって勝ち取った、大きな大きな2位入賞だった。
その晩、日本チームの宴は、いつまでもいつまでも続いていた。