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タデウスとライア、ガスガスに
タデウス・ブラズシアクがガスガスに戻り、すでにガスガスに乗っているライア・サンツとともに、再びガスガスに乗ることになった。これはエンデューロのニュースなのだが、これまでKTMの看板ライダーだったタデウス・ブラズシアクがガスガスに乗るというのは、トライアル的にもちょっと気にしておきたいニュースだ。
タデウス(最近はもっぱらタディと呼ばれている。もちろん昔からタディと呼ぶ人はいたけれど)について、レッドブルなどのサイトを見ると「紹介の必要はない」と書かれている。すっかり有名人の実力者だ。ただし自然山通信的には、タデウスについてしばらくニュースをお届けしていないから、ここで全部おさらいしておこう(最近のタデウスについてはあんまり詳しくないので、その点はごめんなさい)。
タデウスの出身はポーランド(1983年4月26日生まれ)。最初のレースキャリアはトライアルだった。1999年〜2003年、2005年〜2007年、8回のポーランドチャンピオンとなっている。2003年ごろ、ポーランド選手権の話をタデウスに聞いたら、チャンピオンはタデウスで、ライバルはいなくて、いつも2位になるのはタデウスの兄貴ということだった。その兄は、世界選手権ではタデウスのマインダーだった。ポーランドで連続チャンピオンとなる一方、タデウスは2003年と2004年にドイツチャンピオンにもなっている。
しかしタデウスの最も大きなトライアルキャリアは、2004年のヨーロッパ選手権チャンピオン獲得だった。2000年から世界選手権(トライアルGP)に参戦していたタデウスは、2003年はタイトルを狙ってジュニア(現在のトライアル2)への参戦に活動を絞ったのだが、イギリスのシャウン・モリスに破れてランキング2位となった。この頃、タデウスの愛車はもっぱらガスガスだった。
以降、トライアル世界選手権(トライアルGP)への参戦を続けたタデウスだが、ランキングは2006年の8位が最高位だった。トライアルキャリアの最後、タデウスはベータやスコルパにも乗った。日本専用マシンのように思われているTYS250Fツインカムも走らせていた。
タデウスの変換期は2007年だった。トライアルライダーとしてシーズンインしたものの、友人と話をしているうち、エルツベルグ・ロデオなるエンデューロレースに出てみることにした。マシンも借り物で戦闘力など望むべくもなかったが(その時のマシンは2年落ちのガスガスだったらしい)、なんとかプロクラスを走ろうともがいていた。そんなとき、KTM契約のライダーが負傷して、そのマシンがタデウスの元に回ってきた。翌日には、エルツベルグで突然勝利をおさめた無名ライダーとして、タデウスの名はタディとしてエンデューロ界で知れ渡っていた。
タディの快挙のあと、エンデューロに進出するトライアルライダーが目立ち始めた。ドギー・ランプキンやグラハム・ジャービス、トライアル2チャンピオンのアルフレッド・ゴメス、ジョニー・ウォーカーもトライアル出身だ。田中太一も、エルツベルグは走っている。ジャービスはエルツベルグで勝利したが、ランプキンは未勝、トライアルの成績=エンデューロの成果ではないようだ。
以後のタデウス=タディの活躍はエンデューロ界の人たちはよくご存知だ。エルツベルグの連続制覇にはじまり、スーパーエンデューロ、エンデュクロスなど、エクストリーム系エンデューロで数々の勝利を得て、この世界の絶対的王者となった。一時引退を表明していたようだが、2019年もKTMでの参加を続けていた。
一方ライア・サンツ(1985年12月12日バルセロナ生まれ)は、2000年から2013年までに13回のウイメンズ世界チャンピオンになっている(途中1回、イリス・クラマーにタイトルを奪われている)。2001年〜2003年がベータ、2004年〜2012年がモンテッサ。2013年はプライベートでモンテッサに乗ったが、2012年の1シーズンだけ、ガスガスに乗った。この2012年が、ラリースト、エンデューロライダーとしてのライアのスタートだった。
2013年にモンテッサに乗ったのは、この年HRCライダーとしてダカールラリーに出場したという背景もあったが、以降はKTMのライダーとしてダカールラリーに参加していた。
そしてまず2020年1月のダカールラリーに、ライア・サンツがダカールラリーに出場し、そして今回、ガスガスのタディ誕生が発表された。契約自体はKTMがガスガスをコントロールすることになった頃に交わされていたが、今回マシンとともにその姿が発表された。
KTM傘下となったガスガスは、ブランド名はガスガスだが、エンデューロマシンの中身はKTMそのままとされている(セッティングなど、方向性についてはそれぞれの味付けをしてくるはずだ。このあたりは同じような境遇のハスクバーナと同様といえる)。KTM契約の二人がガスガスに乗るのも、契約主は同じくKTMということになるのだろう。
KTM傘下となるまでのガスガスのエンデューロ部門は、実はKTMには引き継がれておらず、RIEJU(リエフ)が買い取ったとのニュースがあった。つまりガスガスをトライアルとエンデューロとに二分して、ガスガスという名前(ブランド)とトライアル部門をKTM(の親会社)が引き継ぎ、エンデューロ部門をリエフが引き継いだということのようだ。KTMの業績は2輪低迷のこの時代にあって好調という。KTMは、まずは新生ガスガスのブランドをしっかり告知させていく作戦で回していくことにしたようだ。
タディ・ブラズシアクは、赤いガスガスエンデューロマシンとともに、トライアルマシンのガスガスにも楽しく乗っているという。ライア・サンツは、過去にトライアルとエンデューロ・ラリー活動の両立はむずかしいと表明しているが、どこかでまた、トライアルライディングをする彼女の姿を見てみたいものだ。まずは、お帰りなさい、ガスガスに、というところだ。
(すべての写真は gasgas.com )